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出会いは廃墟の街中で①

 はっきりとしない曇天。崩れそうなビルにひび割れたアスファルト。

 俺はそんな荒れ果てた街の通りの隅で、一人瓦礫に座り込んでいた。


「疲れた……」


 うなだれてつぶやく。どこまで行っても誰もいない。水が欲しかったけれど、そんなものはどこにもない。

 ついさっきまで学校の屋上で昼寝をしていたはずなのに、違和感と共に目覚めたらなぜかこの街にいて、唐突に生命の危機に瀕している。


「一体俺が何をしたっていうんだろ……」


 瓦礫に手をつくと細かい塵がざらりとまとわりついた。それが空気中にも舞っているのか、喉も少しイガイガする。風がビルの間を抜ける細くて寂しい音がした。


 ここはどこだろう。少なくとも学校付近ではないようだけれど。っていうか俺の知ってる地球上ですらなさそうだけど。

 率直に言って最終戦争後の、滅びた地球を連想する風景だ。


「本当に滅びたのかな」


 呟いてみると実感からはほど遠く、どこか別世界の出来事のように感じた。

 でもマジで滅びてしまったのかもな。ニュースでも最近各国の緊張云々言ってたしな。どこぞの国がミサイル実験とかとも。

 じゃあなんで俺は生きているんだろう。考えたけれど納得のいく答えは見つからない。


「俺は揉め事を避け続けてきたから、神様が見逃してくれたとか?」


 そんなわけあるはずない。分かってはいる。でも、そんなことより喉が渇いた。

 人類滅亡の方がはるかに大変なはずなのに、頭はどこかぼーっとして現実を見ていなかった。


 ふと視線を感じた。振り向くと数歩離れた地面にスズメがいた。


「……?」


 いや、スズメじゃない?

 姿や大きさは間違いなくスズメなのに、その羽の色だけが妙だった。

 タマムシの羽の色にも似た鮮やかなメタリック、あるいは宝石のような滑らかな色と光沢。頭から尾羽の先まできらきらしていて、どう見ても俺の知っているスズメじゃない。


 しばらく彼(彼女?)と見つめ合う。

 俺は特に手を出すつもりはなかった。新種のスズメかもしれないけれど、もしかしたら汚染されたバイオスズメ的なアレかとも思ったのだ。

 だとしたら危ないし怖い。


 と。バイオスズメ(?)が急に警戒するように顔を上げた。すっ、とその姿が虚空に消えた。


「……!?」


 比喩ではなく本当に消えた。影だけがそこに残っているが、飛び立つ音と共にそれも消えた。

 呆気にとられていると走ってくる足音がした。さっきバイオスズメが警戒した方向だった。


 振り向くと大きな瞳と目が合った。


 同い年くらいの女の子だ。頭の後ろ高い位置で結んだ髪を長く垂らしている。きょとんとした顔。

 体格は俺より少し小さいくらいだけれど、俺じゃあとても背負えないほど大きな鞄を背負っていた。それで走っていたなら何ともすごい脚力だ。


 ぼーっと見ている俺に構わずその女の子は近づいてきて、こちらの周りを一周した。じろじろ眺められてなぜかにおいまで嗅いでくる。まるで猫かなんかのよう。


「シグニザツカ?」


 目の前に戻ってきた女の子が、唐突に何かを言った。


「アンガルニツク?」


 ……外国語だろうか。俺は当然何も答えられない。

 彼女は考え込み、おそらくは別の言語で何かを言った。しかしやっぱりわからない。

 彼女が何か言う、俺には伝わらない。それを何度か繰り返した後。


「あーもう駄目だー……これで通じなかったらお手上げ。おしまい」


 唐突に聞き取れる言葉が降参ポーズの彼女の口から飛び出した。日本語だ。

 彼女はこちらの表情の変化を読み取ったらしい。ぱっと顔を輝かせた。


「通じてる? 通じてるよね?」

「そりゃ、うん。分かるよ」

「ホント!? やったっ!」


 彼女はひとしきり小躍りした後こちらに駆け戻ってきた。


「こんなところでヒトの生き残りに会えるなんて思わなかったよ、やっぱり旅はしてみるもんだね、でも言葉まで通じるなんて思わなかった、ものすごラッキー!」


 捕まえられた両手をブンブン振り回されて、俺は正直目を回しているような気分だった。この子は一体何なんだ?


「わたしはケーナ」


 急に姿勢を正して彼女が言う。


「この世のあらゆる知の欠片を体系づけて一まとまりにするために旅をしているの。今のテーマはヒト文明とその衰退について!」

「知の欠片を……体系づける?」

「……ん、まあ今やってるのはその準備っていうか調査段階だけどねー」


 微妙に目をそらしながらケーナとかいうその子は言った。


「ね、君は?」

「え?」

「君の名前!」

「に、新山圭介」


 詰め寄られて俺はのけぞるように答えた。


「ニーヤマケースケ? 長いね? 全部名前?」

「名前は圭介の部分。新山は苗字」

「ふうん?? ケースケ!」

「あ、うん」

「いい名前!」

「ど、どうも」


 ケーナは満面の笑みを浮かべた後、興味深そうな顔になって再び俺の周りをぐるりと回った。上から下まで熱心に視線を行き来させながらつぶやく。


「いやーそれにしてもヒトの生き残りがいるなんて、ホント知らなかったなー。もういなくなっちゃったもんだと思ってた」

「え?」


 俺はその言葉で心臓が跳ねるのを感じた。


「なんでケースケは生き残れたの? なにか秘密が?」

「いやちょっと待った! その前に訊きたいことが……」

「なに?」


 俺は慎重に言葉を選んだ。ゆっくりと吟味して、おそるおそる舌の上に乗せる。


「もしかしてなんだけど、人間は滅びたの……?」

「うん。あれ? 知らない?」

「俺は学校の屋上で昼寝してたらいつの間にかこの街にいて……なにがなんなんだか」

「??」


 ケーナは意味が分からなかったようだ。きょとんとした表情でこちらの顔を覗き込んできた。


「……もしかして困ってる?」

「多分……」


 言葉に困る俺に、彼女はそれなら、と声を明るくした。


「それならわたしに任せてよ」


 顔を上げると、ケーナの嬉しそうな笑顔。彼女は手を打ちあわせた。


「わたしがなんとかしてあげる。なーに、そんなに深刻に考えることないって」


 いや深刻は深刻だと思うけれど。

 それでもその笑顔によって俺の不安が軽くなったのは確かだった。


 その時急に地面が揺れた。地響きもした。音の出どころは、多分近い。

 ぎょっとしてそちらに顔を向けていると、ケーナが「あー……」と声を上げた。


「あのね、ケースケ。会えてうれしすぎたせいで忘れてたことがあるの」

「え?」

「まずはあいさつ。初めまして」

「うん」

「それから次なんだけど……」


 彼女は申し訳なさそうに笑った。その頭でピクピクと何かが動いた。


「わたしちょっと追われてたんだ。ケースケも巻き込んじゃった。でも絶対一緒に生き延びようね。約束だよ?」


 言い終えると同時に。

 横手のビルが音を立てて崩壊した。その向こうに大きな影が見える。

 建物を破壊して現れた巨大な芋虫は、赤い目をこちらに向けた。

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