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井戸端に角  作者: 穴沢喇叭
一話
7/15

 私が巻き付け始めるや否や、小屋に空いた穴から真っ黒なものがぶしゅうと吹き出す。水っぽいような、ゼラチン質が地面にびちゃっと叩きつけられて、びくびく動きながら盛り上って形を作ろうとする。私は右手の出力を強めた。やっぱり夏は面倒だ。吹き出すスピードが段違いだ。

 鎖が私の意思に沿って、上から下までを覆っていく。物理的に水の動きが阻害される他、絡まった私の血がいい感じに邪魔をして内側に閉じ込めようと働く。そのぶん出血は多く、冷や汗が滲む。ついでに持久走をしているような倦怠感と息切れがおこる。やっぱり1人じゃ辛い。


 びちゃびちゃは次第に人の形になる。痙攣しながら、ゾンビ映画のように起き上がって、徘徊をしだす。そこまでを見届けると、小面が狙撃を開始した。急所を狙って放つ。矢は頭や胸を貫通して吹き飛ばす。重要器官を失ったびちゃびちゃは悶え苦しみながら形を崩し、水に戻る。

 猿面は鎖を捨て、得物を取り出してサクサクと刺していく。基本的に人の形になってしまえば、急所や体の特性は人のそれと一緒である。手首を切ってもいいし、首を裂いてもいい。とにかく確実に、完全に殺せればそれでいいのだ。


 腕になにかが絡み付いた。黒い人影、つまり1つ遠くこちらに飛び散ったやつが私を邪魔してきたようだ。ちょっとちょっと、武闘派連中はなに見逃してるのさ。というのは理不尽かもしれないけれど、あんまり私の実力を過信しないでほしい。腕に絡み付いてきて面倒くさい。

「もうちょっと気を使ってほしい、なっ」

 少し右手の力を弱めて、左手の鎖を射出、頭に巻き付ける。ぐるぐる巻きにした頭部に歯を食いしばって一気に力を込める。鎖がぎゅうと絞まって、やつがムグムグなにか言い出した。そんなのお構いなしにさらに力を込める。びしびしと頭骨が割れる感覚と共に、頭がひしゃげる。絶叫を耳にしながら、やつの頭を潰す。ほころんだところから水がベシャベシャ飛び散って、私の体を濡らした。生臭いにおいが鼻を刺激する。変に酸っぱいのと鉄臭い。もがき苦しんでいたやつは糸の切れた人形のように、というのはベタだけど、私の手に釣り下がるように海老反りになってたおれた。左手の鎖を切断して、右手に集中する。


 肺が酸素ほしさにもがき苦しみ、心臓はものすごい速さで鼓動した。鎖は上から下までを覆い尽くし、水の流出は止まる。頃を見計らって力を振り絞り、先端を地面深くに突き刺してから一気に締め上げる。汗か脂汗か冷や汗かよくわからないけれど、身体中で悲鳴をあげていた。小屋もギシギシ悲鳴をあげたが、こちらはまだまだもつだろう。私の方はそろそろ限界だ。スタンバイしていた狐面の1人が鎖をつかむ。

「切るよーーー!!!!」

 私が切断すると同時に彼は懐から杭を取りだし、先端に取り付ける。それからさらに引っ張って締め上げ、地面に突き刺した。以上、とりあえずこちらの仕事は終わった。


 やっぱり私1人じゃ辛い。


 解放された私は鎖を引っ込めて、傷を塞ぐ作業にはいった。意識を手首に向けると熱湯を掛けたみたいな音をたてて血が止まり、それから肉と皮下脂肪を閉じて皮膚が塞がっていった。気が抜けた私はその場にへたりこむ。

 這いつくばりながら見上げると、残りは3体ほどだった。本日流出したのは20体あまり、うち退治したのは全体、見逃しは無し、といったところに落ち着くだろう。もう少し少な目で終わってもいいところであるが、まぁ夏なのでこのくらいが適量だろうか。


 直後、体が仰向けにひっぺがえされる。と同時に後方に思いっきり引っ張られた。つまり足を捕まれて投げ飛ばされた。少し離陸したからだが前転を繰り返しつつ、ごろごろと転がって全身に衝撃を覚える。最後にごろりと上を向いた私の体に黒い影が馬乗りになった。次に首に衝撃を受けたとおもえば、呼吸が阻害された。吸いきれなかった空気が漏れ、肺がきゅうと不満を訴える。

ヌメヌメした感触が首許にまとわりつく。じろりと見やると、頭がぐしゃりとひしゃげた黒い姿があった。後方から回り込んで、それから反撃に出たということか。頭を潰し損ねたのがよくなかった。頭部は次第に形状を取り戻していく。

「......っあ......が」

 さて、痛みはないものの苦しいというのはどうにもならない。とりあえず喘いでみたがいっこうに気道は確保されない。しかたなしになけなしのエネルギーを使って抵抗を試みた。じたばた、というよりかは溺れているような感じだろうか。もがくというよりは全身を痙攣させているように見えたかもしれない。先程鎖を小屋に巻き付けておいたお陰で、体のエネルギーはせいぜい手首を動かすぐらいにしか利用できなかった。


 意識が混濁してくる。頸動脈だか、リンパ腺だかなんだかわからないけれど、そこの動きを止めれば簡単に心拍は停止するとか言うし、脳に行き渡る酸素は何秒で枯渇するとか言うから、本当はこんなに考えを巡らせている場合じゃなかった。

 唾は大きく開いた口から駄々漏れのようだ。恐らく白目も向いているかもしれない。女子高生ならせめてこんな醜態をさらしたくなかったけれど、ちょっと無理そうだった。

「......げェ......」

 さらに力は強まる。ちょっと、サポートはどうなってるんだ。お兄さんたち、そっち3体しかいないでしょうに。

 指さえ動かせなくなった。前が霞む。次第に顔をとり戻したあいつはなんだかにっこり笑っているように見える。まあ同胞の行き来を阻害した張本人である私が死ぬのはさぞかしうれしいことなんだろう。今までのぶんもあるし。


 目を閉じ掛けたちょうどその時、目の前で噴水が発生した。

 空気が喉に一気にはいる。突然の出来事に気管と肺が対応しきれず、唾が絡まって噎せた。体を捻って拘束から逃れ、それから這いながら呼吸を整えた。

 振り向いた先の噴水はすでに収まり、徐々に崩壊していた。


「ごめんごめん、見つかんなくなっちゃって」

 小面が駆け寄ってきて平謝りした。

「殺す気、でしたよね」

「だっていきなりいなくなったんだもん」

 ほら、と彼女が指差す方を見ると、井戸は遥か遠くにあった。50メートルはありそうだ。つまり、私は50メートルほどでんぐり返りみたいなのをし続けたようだ。

「ね、しかたないでしょ」

「そうかも、しれませんけど」

 倒れたときに誰か1人寄越してくれると良かったな。まあ私ごときがそういうの頼むのはちょっと筋違いなのかもしれないけれど。


「詩春ちゃんならできるとおもって」

「過信しすぎです」

「でもなんかね、首絞められてる詩春ちゃんの顔が、うっとりしているように見えちゃって」

「それがみえてどうして助けないんですかバカなんじゃないですか」

「えー、だって気持ち良さそうだったから」

「ふざけてますよねそうですよね」

 にこにこしてるのだろう、仮面のなかは。由美さんはそういう人だ。言っちゃ悪いけれど、ちょっとおかしいのだこの人は。

 私はべつにこういうところに快楽は求めていない。ていうかそれ、やばい人なんじゃないかな。


私死にかけたんだけど。


私死にかけたんだけどなぁ。

「うそうそ。ちょっと残りの3体が意外とすばしっこくって、やっと倒したってところ」

 地面に刺さった矢を抜きつつ、私を助け起こした。肩を借りて、よたよたしながら歩く。

「見失っちゃってごめんね」

「......いえ、私が言い過ぎました、ごめんなさい」

 何となく謝っておいた。恨みがましい私は何度でも思おう。私死にかけたんだけど。

「夏はやっぱり強いのね、油断できないわ」

「まぁ、妹がいたら助かるんですけれど」

「そうねぇ、詩織ちゃんもいれば、あなたたち百人力よねぇ」

妹は今は仕事ができない。それは仕方がないことだけれど、でもいてくれれば、こんなにやつらが出てくる前に塞げたと思うし、みんなの手を煩わせることはなかった。私が由美さんを恨む理由はない。


私だけでは、やっぱり非力なだけなのだ。一緒にできれば、いや妹のようにうまくできれば。できない私は、やっぱり非力なのだ。もっとうまくやれれば、もっとうまく行くはずなのだ。拳は知らないうちに強く握りしめられていた。

「詩春ちゃん、今日は一人で頑張ったじゃない」

 頭を撫でられた。息は切れ切れだけど、いくぶんか調子はよくなった気がする。誉められて調子がいいって、私は簡単なやつだ。


もっと強くならないと。


「......今は詩春じゃないです、私は詩織です」

妹は、詩織はまだ学校にいけないから。詩織の役は、今は私だから。少しでも、妹に追い付かなきゃだから。

名前で読んでもらうなんて、やっぱりできない。

「......そうだったわね。でも今は学校じゃないんだから、詩春でいいでしょ。あなたはあなたなんだから」

由美さんはいつも言う。私が最後には甘えてしまうのは、やっぱり由美さんが優しいからだろうか。

私は由美さんの手を振りほどいて、みんなのもとへ向かう。

「なに意地張っちゃって。肩かしてあげてるのに」

「大丈夫です、もう歩けますから」

「......頑固ちゃんだなぁ、詩春ちゃんは」

後ろからにこにこした声を聞きながら、私は井戸の方へ戻った。


井戸はもうもとに戻っていた。ほかのメンバーが片付けてくれたのだろう。

「鎖手、大丈夫か」

猿面は心配したけれど、私は大丈夫とだけいって帰った。鎮さんは相変わらずにやにやしていた。うざかった。

私は仮面を脱がずに、エンジンを吹かして帰路を走っていく。

高回転のエンジンが、咆哮をあげた。

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