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井戸端に角  作者: 穴沢喇叭
一話
5/15

 このルックスでヘルメットと言うのも、なんだかおかしい気がする。足は運動靴だし。鍵を差して、スターターボタンを押してエンジンをかける。モーターがウィーンと音をたてると、エンジンが機嫌よく回り出した。

 袴が邪魔をするので、またがりにくい。仕事の時も移動性は悪いし泥で汚れるから洗濯が面倒なので、本当はこういうのじゃない方がいいのだ。規定だから仕方がないのだろうが、もうちょっとジャージとかツナギとか動きやすい服装が良かった。和服にこだわるなら、忍者服とか。いや、自分が着たいだけなのだろう、試しに頭の中で試着してみる。真っ黒くろな服に網の下着、それにゲートルみたいな脛にわらじ。あぁ、思ったより痛い気がしてやっぱりやめた。

 この服、妹の方はなんだか随分喜んでいた。やっぱり、こういう服って、普通はうれしいものなんだろうか。巫女さんって、憧れたりするものなんだろうか。花恵も一着ほしいって言ってたし。


 ギアをいれて、スタンドを上げて、エンジンを吹かす。あまり時間がないので、いつもより捻った。ブブブブという低音が本気を出してF1みたいな音に変わる。ギアの調子はすこぶる良かった。いろんなものがビュンビュン後ろに飛んでいく。気持ちいいけど、やっぱり風が体に当たりすぎて、ちょっと大変だった。お金ためて、ガイラシールドでもつけてみようか。そうすればダイレクトじゃないから、この風ももっと気持ち良く感じられるようになるかもしれない。


 幹線道路を走り抜けて、脇道をパタパタ小気味よく進む。そのうち砂利道になった。本当はこのタイヤは砂利道が苦手なんだけれど、いつもお構い無しだった。この子には随分乱暴なことをしている。申し訳ないなぁと思いながらも、ゆっくり走る砂利道は楽しいものだ。

 おんぼろの小屋の前で停めて、社務所に向かう。ついでにリュックから仮面を取り出して、顔につけた。元々能面だったというこの仮面は、昔は紐でつけていたけれど、近代化改修があったとかなんとかで、いまはベルトで固定する方式に変わっている。うしろでしっかりバックルに差し込んで固定して、ちょっとずつずらして、フィッティングは完了した。ベルトはまだひとつしか締めない。それでも頭がむずむずして、それからたてがみが首もとに当たってチクチクする。あまりいいにおいでもない。長年の汗と、泥と、かび臭いにおいが積み重なって、重厚な納戸のにおいを提供してくれる。最近はあまり手入れをしていなかったから、余計かもしれない。消臭スプレーとか使ったら、さすがに罰当たりだろうか。


 社務所はすでに明かりが灯っていた。ガラガラ戸を引いてなかに入る。靴は7足揃っている。みなさんお揃いのようだ。上がって、いつものように部屋に入る。

「こんばんは」

「おう、こんばんは、ちょっと遅かったな」

「部室で寝ちゃってて」

 すみません、と7人に謝罪。時計の針は五分ほど過ぎていた。

「まぁそういうときもあるか、高校生じゃあ」

 ニヤニヤしながら奥の彼は立ち上がった。髭が剃りたてなのか、顎をつるつるといじっている。目尻にシワを寄せて、腕を組んだ。神主の格好である。

「じゃ、こんばんは」

 一同が彼に挨拶をする。彼以外の全員、顔は見えない。私同様にそれぞれ仮面をしている。狐が2人、猿が2人、小面が2人、奇妙なものたちが一斉に彼の顔をみていた。毎回、恐ろしい絵面だなと思う。

「今日は鎖の掛け替え、それから軽く掃除をすることになると思う。いつもよりだいぶ草が生い茂っているので、まずは除草からかなと」

 じゃ、解散。それだけ説明をすると、彼は社務所の奥へ戻っていった。一同が立って、体を伸ばし始める。各々、巫女や神主のなりをして、リュックかポーチを身につけている。


「部活は」

 猿面の男が聞いてきた。落ち着いた低い声。体格も良くていかつい格好をしている。

「ぼちぼち」

「学校は」

「ぼちぼち」

 社交辞令みたいなものだ。特に意味はない。会話をしながら、社務所を出る。それから、奥に向かって歩く。電灯がポツリポツリしかなくて、本当は歩きたくない。暗いのは好きだけど、神社でこの遅い時間帯を歩くのが好きというわけではない。なにか出てきそうで嫌なのだ。

「調子はどうなんだ」

「いつもよりいいくらい」

「そりゃあよかった......あいつの方は」

「最近落ち着いてきた」

「......そうか、それなら良かった」

 彼は背伸びをしながらどすどすと歩いていた。のしのしでもいいかもしれない。猿というか、ゴリラか熊みたいだ。お面を変えた方がいい。

「昼間もシズメさんがみてくれていたそうだが、まぁあのニヤニヤ顔をみると良くなってきているみたいだなと思って」

「うん、だいぶ安定してるよ」

「いつ戻れるんだろうな」

「わからない。でもたぶん、もうじき」

 元気な妹は、実は元気ではなかったりする。いや、元気すぎるというのか。どちらにせよ、彼女は今、普段の生活を送れない。学校へ行くのも、外に出るのも、仕事をするのも、まだ元気過ぎる。もう少し時間が必要だろう。

 元気なぶんにはちょうどいいが、元気すぎるのはまた問題だったりする。

 わたしくらいがちょうど良いのかもしれない。


 砂利道を進んで、本殿を抜けて、それから裏道を通ってなお進むと、通行止めの柵がある。小面が鍵を開けて、なかにはいる。もちろん私たち以外は、人なんていない。湿っぽい空気で辺り一面が満たされていた。

「鎖手、今日は頼むぞ」

 猿面が話しかける。首をゴキゴキならして、手首をくるくるまわして、だいぶ気合いが入っているようだ。

「大丈夫。今日は調子がいい」

 手をグーパー。親指から小指まで、ひとつひとつわきわきと動かして、それから肩をまわす。


手を頭のうしろに回して、もう1本のベルトを閉める。しっかり仮面が密着する。頭がむずむずして、髪の毛が風が前から吹いたようにバサバサした。歯の辺りがむずむずして、歯茎にチクリと当たる。手の爪も、長くなった。からだ全体がゾクゾクして、服がちょっときつくなる。

 不思議と安心感が生まれる。この姿の方が、落ち着く。何が来ても大丈夫、私は、いつもより格段に強い。自信が沸き出てくる。実際、私は普段の何倍も力が強くなっている。

 狐面の1人が懐から笛を取り出す。それにあわせて、私は拳を反らせて右手首に力を込める。手のひら側の接合部がじんじんして、ぶしゅっという音と共に金属が飛び出す。痛くないと言えば嘘になる程度の慣れた激痛が走る。もっと力を込めて、勢い良く中身を射出させた。ズルズルと赤い血潮と共に金属の連なりが現れる。じゃらじゃら音をたてて、うねうねのたうち回りながら、1メートルほどの長さになった。


 鎖手という名前の由来は、これをみれば一目瞭然だろう。


 右手は汚れてしまったので、左手を使って懐からケースを取り出す。和服だと左が上になるようにあわせるのでとても取りづらい。四苦八苦しながらようやく手につかみ、中から錠剤を二粒取り出す。そういえば、痛み止めと、増血剤を飲んでいなかったのだった。慣れてはいるものの、やはり激痛は激痛だ。今から飲んだところで仕方がないような気がするけれど、気休めに飲んでおくことにした。水はないので、気合いで唾をためて、一気にのみこんだ。軽くむせる。

 狐面が笛を吹き始めていた。そろそろ、目的地だ。

小面こおもては能などで使う、良く見る女の人のお面のようです。

お面大好きです。

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