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私と妹はいつも一緒にお風呂にはいる。好んで一緒に入るって言うのもこの歳になってちょっとアレかな、と思うけれど、別にそういうことではなくて、ただでさえ収入も少ないから光熱費を少しでも下げたいがゆえの決断である。実際そんなに変わらないって意見もあるけれど、節約する気持ちは大切である。
妹。彼女と私は双子である。彼女と私で、または彼女と私が双子である。本当はちょっと違うけれど、あらかたそんな関係だ。
そういうことになっている。
ここに含みを持たせた意味は、特にない。
だから姉とか妹とかって区別をつけても、あんまり意味をなさない。私はそう考えている。背格好だって変わらないし、女子高生だし、あるのは思想とか考え方がいくぶんか違うくらいである。細かいところではやっぱり違うのだ。
それでも区別をしてあえて妹と呼んでいるのは、彼女のたっての希望だ。もともと、彼女が私を姉と呼び出したのが始まりだ。前みたいに名前で呼べばいいのに。私が姉でいると、いろんなやんちゃをしても責任は私の方に回ってくるとかなんとか。私をいい隠れ蓑にしているというわけだ。私ははじめこの理論全くもって否定してたけど、いまとなっては姉の権力を乱用できるがゆえにいい立ち位置になってきたので、妹には感謝をしているところだ。頭なでなでできるし。
頭を撫でるのは大切だ。ふわふわした髪、さらさらした髪、材質はなんでもいい。ヒトの頭を撫でると言う行為は、非常に心洗われるものなのだ。少なくとも私にはそうだ。
ヒトの頭を撫でると、自分が優位になったように思える。実際そうかもしれない。自分の方に頭を垂れるということは、見てるだけでちょっと偉くなったような気がしてくる。なんだか敬われているようで、実際はそんなことはないのだけど、ちょっとうふふって思っちゃうのだ。これはたぶん私個人の感想なのだろう。というかどこまでいっても私個人の感想に落ち着くのが、この話かもしれない。
まぁ自分から頭を預けるなんて、それほど相手を信頼、信用していないとできない行為だから、相手からそれだけ距離を許してもらっていると言うだけで、うれしいと言うのが本当のところだろう。
というわけで、妹の頭をなでなでし続けていた。なでなでというか、くしゃくしゃかもしれない。髪を洗ってあげているだけだ。顔かたち、体つきもそっくりの彼女の頭を洗うのは、なんだか自分に自分が洗われているのを見るようで、不思議な感覚でもある。普通はそんなこと思わないだろうけど。いやまず、この歳でお風呂に一緒に入る姉妹なんてそうそういないだろうけど。
「時間ないから、ここまで」
手を離して、桶で湯船からお湯をすくう。えー、とすねる妹をなだめつつ、洗い流す。白い泡が流れ落ちて、つやつやの黒髪が出てきた。いつ見てもきれいな黒髪である。双子なのにどうしてこんなに違うんだろう。
ちなみにリンスはしない。私がちょっと髪質ガサガサだから嫉妬して、じゃなくて、これからまた仕事をするからだ。どうせまたお風呂に入らなきゃだし、2回も使うのは経済的じゃない。
体についた泡も流して、妹の世話を終了する。頭と体を同時に洗って、同時に流すのが妹流だ。なんとなくその方が、泡がついている分体が少し温かいとかなんとか。
「普通こんなことする女子高生いないんだろうなぁ」
「そう? 仲良いしいいじゃん」
にこにこ顔の妹は先に湯船に浸かる。私も続いて入った。
「助かるよぉ、お姉ちゃん」
「いえいえ」
妹はこちらを向くと、じーと顔を見てくる。
「やっぱさぁ」
「ん?」
「発育が違うんだよねぇ」
つんつん。妹が姉の胸部をさわってる。
妹が姉の胸部をさわってる。
さわりまくってる。
妹よ......おまえもか......
「普通の女子高生はこんなことしないんだろうなぁ」
「いいじゃん仲良いし」
嫌みっぽく言ってみたが、いつもと同じ答えであった。
「ましてやこの歳で妹が姉の胸部をさわったりしないんだろうなぁ」
「いいじゃん仲良いし」
「そうだけれども......やっぱし気になるかなぁここ」
「いやぁ大きくていい感じにマシュマロですよ」
「そうかなぁ」
「そうですとも」
さわられてなにも思わないのは、妹だからなのか。よくわからないけれど、あんまり目を引くようなら対策しないとかな。なんだか自分の胸に自信があるみたいで、ちょっとやなやつかも。そこまで思わなくてもいいのかな。
花恵には、こういうことは言わない方がいいかも。
なんて会話をしつつ百数え終わると、私たちは風呂から出た。しっかり体を拭いて、髪を乾かして、それから着替えた。
「お姉ちゃん、ごめんねいつも」
和服、というより巫女みたいな妹は、おなじく巫女みたいな私に困ったような顔をした。
「体調を直すのが一番なんだから、こういうのは姉妹で支えあうの。ごめんとかいわない」
なでなでしてあげた。
「ありがとね、お姉ちゃん」
「......こちらこそ」
にこにこ、とまでは行かないけれど、困ったような顔はそこにはなかった。いつもの、いつもの光景である。
これ、と妹は私に箱を渡す。漆塗りの、錦の糸で結ばれた箱。浦島太郎が開けてしまいそうな、そんな感じの箱。背中に背負ったリュックに突っ込んで、私は靴を履く。
「じゃ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい、かちかち」
火打石なんて、いつの時代の送り方だろうとか、かちかちは口で言わなくてもいいなぁとか思いつつ、私はヘルメットを持って玄関を出た。