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井戸端に角  作者: 穴沢喇叭
一話
3/15

 塩と牛乳を買って、花恵を家まで届けた。花恵の家は私の家から15分ほど離れたところにある。もちろんバイクで。学校から帰るには同じような方向なので、送るのはそこまで大変じゃない。

「はいこれ、いつもの」

 花恵は帰り際に、何枚か文字の書かれた半紙を渡す。花恵は字が上手い。小さい頃から書道塾に通っていたとかで、普段の様子からは想像できないような、日本語と認識できないような文字を書いてくれる。認識できないっていうのは、つまり下手ってことじゃなくて、書道に対して何も知識のない私が読めないってだけなのだ。これは本当は私の仕事なのだけれど、こんなミミズが這ったような文字かけないから、花恵に協力してもらっている。

「いつもごめんね」

「いえいえ、好きでやってますから」

 ギュッと。花恵はすぐ抱きつく。人肌が恋しいとか、温もりを補給とか、いつもよくわからないことを言っている。まぁ別に嫌じゃないし、花恵にこうしてもらえるのもちょっと温かくていいから、そのまま花恵の気がすむまで頭を撫でたりする。それが狙いでもある。私よりちっちゃい子の頭を撫でることで、優越感に浸っているのだ、というのは嘘で、本当はただ花恵が笑うからだと思う。可愛いのだ、花恵は。

「がんばってこいよ」

「おう、まかせとけ」

 ぎゅうとまた強く抱き締めてから、花恵は離れた。儀式が終わると、満足げな顔をして親指をたてる。

「さ、いってこい」

「おう」


 花恵の家についたのが8時半ぐらいだったので、なんやかんやで家についたのは9時ちかくだった。道が意外と混んでいたりで、ちょっと遅くなってしまったが、10時までに目的地につけばいいのでなんとかなるだろう。車庫のシャッターを閉めて、荷物を下ろして、家にはいる。


「ただいま」

「帰ってきた!」

 二階からなにやらがたがたと音を鳴らして降りてきた。家が古いから至るところきしむのである。ぎいぎいすごい音が毎回鳴るので、もうじきに壊れるんじゃないかと思う。

「寝てたな」

 ぎろりんと私をにらむ。寝てるのはいつも寝てるけど、確かに今日は寝過ぎた。一時間の遅延だ。靴を脱ぎつつ、申し訳なさそうにドーナツを見せてみた。さっき家用に買ってきたやつ。ご機嫌とりだ、こうなってしまったときの必殺技である。

「......許す」

 ドーナツを取り上げると、妹はさっさとリビングにいってしまう。リビングというか、居間というか。なにぶん古いのでフローリングの部屋なんてうちにはない。全室和室である。キッチンも土間にあるし、さすがに薪の釜戸ではないけれど、でもそれを改造したガス釜でご飯を炊いている。トイレはつい最近までは母屋になかったし、車庫も蔵をそのまま使っている。要するに私の家はいつからあるんだろうと言うような古民家なのである。


 とりあえず居間に行くと、いつものようにご飯が用意されていた。

「今日は、ちょっと失敗した」

 妹がなんとも言えない顔を向ける。ちょっともじもじしている。ふむふむなるほど、ジャンルのわからない、得体の知れないレインボーなものが大皿に盛ってある。が、それ以外はよく見かける煮物や和え物もあるので、食べられるものもありそうだ。

「まだ食べてないの?」

「お姉ちゃんが帰ってくるまで、ゲームして待ってた」

 誉めてほしそうに上目遣いをしたので、頭を撫でてやる。私と同じ身長だから、ちょっと頭を垂れてもらわないと大変。お勉強してたら、もっと誉めてあげたけど。

「ちょっと荷物置いてくる」

 ギシギシと音をたてて自室に向かう。そろそろ、廊下も穴が開きそうだ。


 1階の奥の自室は、妹と兼用である。といっても15畳ほどある大きな部屋だから、二人の机をおいて布団を広げても全然問題がない。この家で一番大きな部屋を使っている。机に荷物をおいて、居間に戻った。

 妹はご飯を茶碗に盛り付けていた。相変わらずの大盛りだが、これが妹のスタンダードのようだ。私よりちょっとスポーツ系の妹は、これぐらいとらなければ消費に追い付かないのだろう。私の分も溢れるほど盛って、ちゃぶ台に戻ってきた。私も大概か。


「味噌汁温めてきて、わたしおかずやる」

 妹はさっさと皿の里芋の煮物とレインボーを持っていくと、レンジにかけた。あのレインボーは温かい食べ物らしい。

 味噌汁はコンロで温めなきゃだから、こっちの方が仕事は多い。火をつけて、鍋の中身を回す。今日は茄子と豆腐のようだ。茄子は味がよく染みるので、味噌汁に入れると美味しい。食感も独特で楽しい。あの噛んだときにしみ出す感じが、いい。

 ちょっと温めて火を止め、茶碗によそった。ふたりとも猫舌なので、あんまり温めすぎると飲めなくなってしまうのだ。

 茶碗をもってちゃぶ台に戻ると、ちょうどレンジのものも終わったようで、同時か、それくらいに席についた。


「いただきます」

 二人で声を合わせる。神社にお参りするのもそうだけど、拍手とか礼とか、ぴったしあった方が何となく気持ちがいいものだ。どうせ食べるのは二人だけだし、こういうときに合わせるのも、清々しくていい。

 さて、レインボーのものを食べてみようか。黄色い塊がベースに、赤や緑や青色や茶色のブロックのものがごろごろ。食べ物で青色ってあんまり知らないんだけれど、何を使っているんだろう。

「おいしいかおいしくないかは、わからない」

 なんてことを妹は言うもんだから、余計に心配になってきた。

 ひとくち恐る恐る。ふむ、黄色は卵のようだ。つまりはオムレツのようなのだ、オムレツに見えない強烈なルックスにちょっとビックリしてしまっていたようだ。なんてことはなかった。茶色は挽き肉とか昨日のしょうが焼きか。しょうが焼きってオムレツにしないと思うんだけどなぁ。緑はピーマン、赤はパプリカのようだ。問題の青色はよくわからない。なんだろうこれ。

「青色ってなに」

「......答えられるものとそうじゃないものがある」

 さて、青色はアウトなものなのかもしれない。おいしいかおいしくないかは、ちょっと判別しかねた。食べられなくはない、微妙な線であった。


 里芋の煮物もいつものように甘じょっぱくておいしかった。里芋がメインなわけだが、大根とか油揚げとかニンジンとかも一緒に煮てあって、それもまた良かった。私は、染みてる系が好きなのかも知れなかった。

 二人だけの夕食はやっぱり寂しい。というか、妹がいてくれるだけで十分だったりするんだけど、もうちょっと家族の団らんとか楽しみたかった。

 一通り食べ終えて、食器を洗い場に置く。洗い場のプラスチックの桶があるので、そのなかにお湯が張ってあって、皿はすべて浸しておくのだ。洗うのは帰ってきてから、現在はもう九時半に近いので、速攻でお風呂に入って、着替えてから出掛けなければならない。どうせこのあと汗をかくからあんまり意味がないけれど、決まりだから仕方がない。

 私は妹を誘って、風呂場に向かう。

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