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井戸端に角  作者: 穴沢喇叭
二話
14/15

14

「なるほど、お饅頭が夢に出てきたんね、ようやくわかった」

 売店で買ってきたスポーツ飲料を水で薄めて、幼女に飲ませている。

 蹴手繰が反応を待つ。

「うん」

 あんパンとメロンパンを持って交互に食べていた。

 俺の昼飯は惣菜パンひとつになってしまった。


「ほら、ゆっくり食べなって、よくないよ、脱水なんだから」

「うん」

「返事はいいの、ほら、パン預かるから」

「わうえええ」

「ダメなもんはダメなの」

「えええええううわ」

 どうやら通常運転だ。そこまで心配しなくても良かったかもしれない。

 ほんとうにこいつが幼女だったら今すぐ保健室だが。そんなに心配しなくていいだろう。


 やはり俺のなかでなにかが麻痺しているんだろう。


 コロッケパンだけは譲れなかった。

 朝食べるのは油が濃くて嫌いだが、昼はコロッケパンだろう。ソースに浸った弾力のある衣と、口にはりつくほど練られたジャガイモが美味しい。水分で流し込むのもいい。

 焼きそばパンはあれはあれでうまい。ソースにからめた焼きそばとコッペパン、ダブル炭水化物の背徳的なあの食べ物は確かにそそられる。でもコロッケパンの方が、主菜と副菜をよくまとめた、どんぶり的な美味しさはこちらの方が上に感じる。賛否両論はあるだろうが。

 まぁさゆりと半分にしたので、ほとんどコロッケは食べられなかった。牛肉がすこし少なかった気がする。


「いつきたんだ?」

「うん」

 生返事。こちらには目もくれない。菓子パンをちぎりちぎり、蹴手繰から提供されている。エアコンのおかげで部屋はようやく適正な温度に向かっていた。

「昨日」

「昨日からずっとここに?」

「うん」

 額に貼った冷却シートが鬱陶しいのか、しきりに位置を整えている。目を動かすたびに邪魔になるのだろう。


 俺はひとくち、コロッケをかじった。ソースに濡れた柔い衣がちぎれる。

「窓ぐらい開けなって、こんな蒸し風呂じゃおかしくなっちゃうでしょ」

「お風呂はいれないから、サウナ」

「バカ言ってんじゃないの、汗かいて余計ベタベタするし、水気がぬけるだけでしょうが。今日はあたしんちに泊めたげるから、もうこういうことはしないこと、いい?」

「うん」

「次はちゃんとエアコンつけんだよ」

「うん、大丈夫」

「別に部室には居てもいいから、体調管理だけしてね」

「うん、大丈夫」

 どうでもいいから、早くあんパンを寄越せ、といった風だった。


「まだちょっとあついかな?」

 さゆりはコロッケパンを食べ終わっていた。幼女の首に腕を回し、抱きついた。

「えへへぇ、気持ちいいでしょー」

 顔色ひとつ変えずにせっせと口に運んでいる。

「オクちゃんはもう小学2年生なんだっけ」

「うん」

「どれ、重くなったかな?」

「わうえええええ」

 さゆりにもちあげられても、食べるスピードは変わらない。

「安静にしてたほうがいいんじゃないか?」

「あ、そうだった」

 ゆっくり幼女は下ろされる。

「えええええうわ」

「うむ、すこし増えたかなぁ」

「うん」

「ちゃんと食べてるかぁ?」

「うん」

 さゆりにあんパンを見せつける。幼女はしばらくしてまた食べ始めた。


 オク。箱尾億。

 自分がどんなやつなのか、どういうことをするやつなのか、名刺を渡すだけでわかる名前、それはそれで分かりやすくていいのかもしれない。

 そんな名刺どこでつかうのだろう。

 自分の名前が何年も前の世代から固定されている。生まれる前からその名前になるのが決まっている。外国ではそこまで珍しいことではないのだろうが。

 本名はあるのかもしれない。しかしそれで呼ばれることは決してない。常に今までの先祖の評価が強く関係し、それ以外であることを許されない。

 彼女らの当たり前に、俺は耐えられないだろう。


 幼女は最後の一口を詰め込み、さゆりに抱きついた。蹴手繰も食べ終わっていたし、俺だけ残されてしまった。

「さて、今日は気を抜けないわけだけども」

 蹴手繰は背を伸ばす。

「私まだ3限があるからかえれないけど」

 指をならし、首を大きく回してから立つ。腰をならして、腕を頭上に組んで脇腹を片方ずつ伸ばす。こいつの関節は楽器に使えそうだ。

「あんたさきに帰るんでしょ」

「ああ」

 ゆっくり味わっていたコロッケパンも、もうひと欠片になった。口の中が少しもたつく。

「よろしくたのんだ」

「はいよ」

 背を伸ばすとき、蹴手繰は声を出す。肋骨や背骨を引き剥がすように大きく伸ばし、小さく呻く。どこから出ているのかわからない妙に滑らかな声、弛緩中の吐息。俺は視線を下げる。

「じゃ、3限いってくんね、オクはちゃんと冷房つけてここにいること、いい?」

「うん」

 どこからかクレヨンと画用紙を取り出して、幼女はさゆりの似顔絵を書いているところだった。

遅くなりすみません......

最初の宣言も全然守れていませんが、なにとぞよろしくおねがいします

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