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「なるほど、お饅頭が夢に出てきたんね、ようやくわかった」
売店で買ってきたスポーツ飲料を水で薄めて、幼女に飲ませている。
蹴手繰が反応を待つ。
「うん」
あんパンとメロンパンを持って交互に食べていた。
俺の昼飯は惣菜パンひとつになってしまった。
「ほら、ゆっくり食べなって、よくないよ、脱水なんだから」
「うん」
「返事はいいの、ほら、パン預かるから」
「わうえええ」
「ダメなもんはダメなの」
「えええええううわ」
どうやら通常運転だ。そこまで心配しなくても良かったかもしれない。
ほんとうにこいつが幼女だったら今すぐ保健室だが。そんなに心配しなくていいだろう。
やはり俺のなかでなにかが麻痺しているんだろう。
コロッケパンだけは譲れなかった。
朝食べるのは油が濃くて嫌いだが、昼はコロッケパンだろう。ソースに浸った弾力のある衣と、口にはりつくほど練られたジャガイモが美味しい。水分で流し込むのもいい。
焼きそばパンはあれはあれでうまい。ソースにからめた焼きそばとコッペパン、ダブル炭水化物の背徳的なあの食べ物は確かにそそられる。でもコロッケパンの方が、主菜と副菜をよくまとめた、どんぶり的な美味しさはこちらの方が上に感じる。賛否両論はあるだろうが。
まぁさゆりと半分にしたので、ほとんどコロッケは食べられなかった。牛肉がすこし少なかった気がする。
「いつきたんだ?」
「うん」
生返事。こちらには目もくれない。菓子パンをちぎりちぎり、蹴手繰から提供されている。エアコンのおかげで部屋はようやく適正な温度に向かっていた。
「昨日」
「昨日からずっとここに?」
「うん」
額に貼った冷却シートが鬱陶しいのか、しきりに位置を整えている。目を動かすたびに邪魔になるのだろう。
俺はひとくち、コロッケをかじった。ソースに濡れた柔い衣がちぎれる。
「窓ぐらい開けなって、こんな蒸し風呂じゃおかしくなっちゃうでしょ」
「お風呂はいれないから、サウナ」
「バカ言ってんじゃないの、汗かいて余計ベタベタするし、水気がぬけるだけでしょうが。今日はあたしんちに泊めたげるから、もうこういうことはしないこと、いい?」
「うん」
「次はちゃんとエアコンつけんだよ」
「うん、大丈夫」
「別に部室には居てもいいから、体調管理だけしてね」
「うん、大丈夫」
どうでもいいから、早くあんパンを寄越せ、といった風だった。
「まだちょっとあついかな?」
さゆりはコロッケパンを食べ終わっていた。幼女の首に腕を回し、抱きついた。
「えへへぇ、気持ちいいでしょー」
顔色ひとつ変えずにせっせと口に運んでいる。
「オクちゃんはもう小学2年生なんだっけ」
「うん」
「どれ、重くなったかな?」
「わうえええええ」
さゆりにもちあげられても、食べるスピードは変わらない。
「安静にしてたほうがいいんじゃないか?」
「あ、そうだった」
ゆっくり幼女は下ろされる。
「えええええうわ」
「うむ、すこし増えたかなぁ」
「うん」
「ちゃんと食べてるかぁ?」
「うん」
さゆりにあんパンを見せつける。幼女はしばらくしてまた食べ始めた。
オク。箱尾億。
自分がどんなやつなのか、どういうことをするやつなのか、名刺を渡すだけでわかる名前、それはそれで分かりやすくていいのかもしれない。
そんな名刺どこでつかうのだろう。
自分の名前が何年も前の世代から固定されている。生まれる前からその名前になるのが決まっている。外国ではそこまで珍しいことではないのだろうが。
本名はあるのかもしれない。しかしそれで呼ばれることは決してない。常に今までの先祖の評価が強く関係し、それ以外であることを許されない。
彼女らの当たり前に、俺は耐えられないだろう。
幼女は最後の一口を詰め込み、さゆりに抱きついた。蹴手繰も食べ終わっていたし、俺だけ残されてしまった。
「さて、今日は気を抜けないわけだけども」
蹴手繰は背を伸ばす。
「私まだ3限があるからかえれないけど」
指をならし、首を大きく回してから立つ。腰をならして、腕を頭上に組んで脇腹を片方ずつ伸ばす。こいつの関節は楽器に使えそうだ。
「あんたさきに帰るんでしょ」
「ああ」
ゆっくり味わっていたコロッケパンも、もうひと欠片になった。口の中が少しもたつく。
「よろしくたのんだ」
「はいよ」
背を伸ばすとき、蹴手繰は声を出す。肋骨や背骨を引き剥がすように大きく伸ばし、小さく呻く。どこから出ているのかわからない妙に滑らかな声、弛緩中の吐息。俺は視線を下げる。
「じゃ、3限いってくんね、オクはちゃんと冷房つけてここにいること、いい?」
「うん」
どこからかクレヨンと画用紙を取り出して、幼女はさゆりの似顔絵を書いているところだった。
遅くなりすみません......
最初の宣言も全然守れていませんが、なにとぞよろしくおねがいします




