12
最近のお気に入りは製図用の鉛筆だ。
シャープペンシルもいいが、鉛筆の筆記用具としてのよさはまた格別であると思う。特に俺は鉛筆を削る行為がたまらなく好きである。なんだったら鉛筆をひたすら削り続ける仕事についてもいい。
あのブレードでジャリジャリと削っていく感じが素晴らしい。手回しも好きだし、ミニシャープナーもいい、カッターナイフも捨てがたい。書き心地もだんだんと柔らかくなるようなあの感じが落ち着く。
まあたしかに太くなっていってしまうしボロボロするからその点はご愛敬である。また沢山用意して机の上に広げておくのも贅沢さを感じられてまた良い。
鉛筆を削り削り、机の上においていく。本日はまた三本体制だ。
「じゃじゃじゃじゃーん」
突然後ろから両肩に手をかけられた。
「ヒグッ」
情けない声が漏れてしまった。最悪だ。せめて朝ぐらいはゆっくりと鉛筆を削らせてくれないものだろうか。どうして俺は毎朝といっていいほどこんなに脅かされて生きていかないとならないのだろうか。
体が跳ねた上に声も上ずってしまった。だが幸いなことに削っていた鉛筆は折れなかった。もし鉛筆が折れていたら俺は今日一日また憂鬱な気持ちで過ごさなければならなかっただろう。2本目で折れるなんて。まだ黒一本と赤と青とオレンジも削らなければならないのに。
そういえば憂鬱なんて漢字想像するだけで憂鬱になる。書くだけで憂鬱だなんて言ってる外国人芸人がいたが全くもってその通りである。書けたら格好が多少つくぐらいだと思っていたが別段そういうわけでもないのだ。この漢字は......。
「っははははは! ヒグッだって! ヒグッて、ヒグッて」
後ろのやつはだいぶ面白かったのだろうな。まぁそれはよござんした、おかげで俺の脳内モノローグが途切れてしまった。
後ろを向けば。
「なんだ蹴手繰か、おどかさないでくれよ」
「アンタ毎日やられてんのにホントに抵抗しないんね」
涙を浮かべている。俺そんなに面白かったのだろうか。ただただ考え事をしていただけで笑ってくれるのだから世話ないものである。
「お前に抵抗したら余計逆効果だってもう心得た」
「あらあら、じゃあ私が好き勝手やっても本人様ご公認ってことでいいんね」
うわぁすっごく楽しそう。こいつ本当ににたぁって笑うな。目は大きくてたしかにぱっちりしているがいかんせん目付きが悪い気がする。こうやって笑われるとなんだか獲物を狩る獣のようだ。はっきりいって俺はただの小動物だ。
明日からまた俺はさゆりに貞操を狙われる危険と蹴手繰のエスカレートする狩猟的脅かしに耐えながら生活していくのだな。
俺がもっと勇敢で明るい性格だったら良いのに。今更性格を変えるとまた蹴手繰に指摘されて結局のところ堂々巡りしそうだ。前もちょっと元気な性格にしたら「アンタなんか少しおどおどしてるくらいがちょうどいいんだ」とか言われてさんざんにけなされてしまった。俺はやはり小動物よろしく蹴手繰に反発せずに暮らしていればよいのだ。
「なんだかにやにやしながらアンタが鉛筆を並べてるからちょっかい出したくなるんよ」
おはようさゆりちゃん、と彼女は軽く挨拶する。さゆりは元気に手を振った。
「いいじゃないか鉛筆ぐらいにやにやしながら並べたって。朝ぐらいは好きにさせてくれ」
「暗いアンタがにやにやしてると余計恐ろしく見えるのよね、キモい」
「余計なお世話だ」
「それに朝ぐらいはって、それじゃいつも私が夜に好きにさせてあげないみたいじゃん」
「ちょ、おいおいそんなことは言ってないでしょ」
「一応アンタも男だもんねぇ、溜まってるのかなぁ。あ、さゆりちゃんが好きにさせてくれないのかなぁ?」
「う、うるせえな」
「あー、怪しーい、アンタだいたい好きな子いるんでしょー」
「お前、そろそろ俺も無視するからな」
「どうぞご勝手に、と言いたいところだったけど」
蹴手繰は席を立つと、ちょっと詰めてと俺を1つ奥の席へ押込み、俺がもといた席へ座った。
「ごめんごめん、つい。夜に好きにさせてくれないのはあいつらだもんね」
彼女は削ったばかりの鉛筆をいじっている。
「昨日井守の人たちが鎖を掛け替えたんでしょ、鎮さんから事前連絡のあった通り」
「あぁ、らしいな、俺もさゆりに言われて警戒中なんだが」
「取り逃がしは?」
「出てきた20体全て殲滅したそうだ。だからない。その代わり、でもないんだが」
「出られなかった奴が屋敷に流れてくるかもしれない、と。まったく面倒くさいんだから。ま、今日も車で来てるから、そういうことになったら一緒に送ってく」
「毎回すまん、俺が免許を早くとればいい話なんだがな」
「いいのいいの。まぁとってくれたら私もラクできるんだけど、アンタが車できたところでどっちみちお互いに出てかなきゃならないし。お父さんが見込んだ人なんだから、協力は惜しまないよ」
「ありがとう」
蹴手繰は驚いたような顔をすると、困ったように笑って目をそらす。頬を指でかいた。
「そーいう笑顔はあの子に向けてやんなさい。いまさら私にしたってしょーがないんだから」
「そ、そうか、すまん」
「私がアンタにちょっかい出すんは、あくまでも友達としてだかんね。アンタ笑顔だけはわりと良かったりするんだから、気をつけてくんないかな」
「いや、普通に会釈として返しただけであってだな、別段深い意味はないんだ」
「はいはいそうですか、まぁ私も今更ほじくり返したりするからいけないんだろうけど」
彼女は大きく背伸びをして肩を叩く。昨日少々面倒だったのは彼女も同じようだ。首をグリグリ回している。体育会系の彼女の首は程よく締まっていて、少しだらんとしたシャツが鎖骨の辺りまでを強調している。俺は気まずくて顔をそらした。
「とにかく、さゆりちゃん警報が鳴ったら連絡よろしく」
「お、おう」
さゆりを見る。さっきから会話に参加してこなかったが、まぁたしかに空に向かって男女二人がうわ言をのべていたら異様な光景になってしまうので配慮してくれているのだろう。こちらを見ながら何やら楽しそうであるから、一人だけのけ者にされてちょっとかわいそうだと思っていたが心配は無用のようだ。
「あ、そういえば彼女はどーなのよ。アンタ鎮さんに言われてなにか協力してるんでしょ?」
「ん、ああ、最近調子がよくなってきてるからそろそろまた学校に行けると思うが」
「そ。ならいいの。お姉さんの方は?」
「順調に代役をしてくれてる、んだが」
「あー、なにかよくないことでも?」
「ああ、昨日の帰りに報酬も受け取らずに帰ったらしいんだ。昨日の仕事も含め最近はずっと一人で頑張ってるから、かなり限界に来てるんだろうし」
「そう、だねぇ。肉体的にも、精神的にもそろそろキツいかなぁなんて私も思ってたところ。井守の人達のほうもまだ夏の影響で個人個人キツいだろうし、私もできる限りならサポートできるから」
「助かる。一応今日は予定の日だから、ついでに鎮さんに彼女が報酬を受け取りに来たか確認して、二人の様子を見てくる」
「頼むわ。ま、ここらでお話は終わりにして。そろそろ講義始まるし」
「ああ」
「詳しい話はまたのちほど」
蹴手繰はそのあと結局俺の隣で講義を受けることにしたらしい。
俺がオレンジ鉛筆を削っていると、ちょうど講師が教室にはいってきた。




