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井戸端に角  作者: 穴沢喇叭
二話
10/15

10

「やっほおおおおおおおおおおおい」

 腹部にものすごい衝撃がはしった。どすんという音と共に脳天に突き刺さるような衝撃で俺の目から火花が散った。

「げふっ」

「ユーイチいいいいいいいい! おっきろおおおおおおおおおおおおおおお」

 そのまま腹部にのし掛かられたままジャンプをどしんどしんされ、腰がミシミシと悲鳴をあげている。

思わず布団を剥いだ。

「わ、わかった、おきる、おきるから!」

「ふっふー、じゃあどいてあげる」

 彼女は俺の答えに満足したのか、ふんふん鼻をならして腰に手を当てつつ立つ。朝から刺激的な短さのホットパンツと生足を目の前にして、俺は顔を背けながら布団から這い出た。あれじゃあホットと言わずパンツなんかはみ出ちゃって見えちゃうんじゃないかって思う。上はタンクトップだし。

 股間が生理現象をおこしているのを知られやしなかっただろうか。欲情したのではなく、単に朝だからだが、だからといって同い年のような女の子に知られたいことではない。

「さ、大学に行こう行こう」

「いでででででででででででででででで」

 腕を強制的に引っ張られてリビングに向かわされる。腕が変な方向に曲がっているため肩からちぎれそうだった。お構いなしに俺を引っ張る彼女は鼻唄を歌って、朝からご機嫌である。俺は部屋から引っ張り出される前に準備しておいた鞄を掴んだ。


 昨日はろくに寝れなかった、というか今日帰ってきて二時間しか寝ていなかったのが失敗だった。というか仕方のないことだった。その結果がこれなのだが、やはり三度目に呼ばれたときしっかり起きていれば良かったか。仏の顔は三度までと言うし、そうしていれば実力行使に来なかったかもしれない。

 寝ていないのは彼女も同じはずだが、毎回毎回俺より早起きをして起こしに来るのだった。体力の回復がものすごく早いのか、それとも無限大なのか。どちらにせよキッチンで鼻唄を歌っている彼女は今日も元気一杯だった。

 洗面してジャージを着替えてたたみ、食卓につく。すでに玉子焼きが二人前、それと漬け物が盛り合わせにされていた。キュウリと茄子の味噌漬け、沢庵、それに白菜の浅漬と梅干し。いや漬け物多すぎだろ。これにお味噌汁がつくのだから塩分過多になりそうな食卓だが、それを思ってもつくってもらっているのでそんなのは口にできなかった。いや、言葉に出せないと言う意味で、食べられないと言うことではない。彼女の料理は抜群にうまい。

 お櫃からほかほかのご飯を2人分よそって並べる。昨日のうちに研いで浸しておいたのをタイマー設定で朝炊いたものだから、うまさは抜群である。米のいい香りが鼻をくすぐる。彼女がお櫃に入れておいてくれたのだろう。毎回気になることだが、電気釜で炊いたものをどうしてお櫃に移すのだろうか。確かにほんのり香りが変わって美味しいけれど、保温なら電気釜でできるし、面倒もないように思えるのだが。電気代の節約とか、そういうのだろうか。


「おまたせー、じゃ、いただきまーす」

 彼女はお味噌汁を食卓に運ぶなり手を合わせて、モグモグ食べ始めた。

「いただきます」

 箸をとってお味噌汁をすする。ほどよい塩気の香りで唾液が染み出してくる。いつもの味、朝からひたすら暑い今日この頃だが、お味噌汁のあたたかさはいつもいつでもよいものである。葱と豆腐、しゃきしゃきした歯応えと対照的なふよふよさがたまらない。ああ、日本人で良かったなんて思う。

 俺がいい顔をしていたのか、彼女がこちらをみてぬふふと笑った。

「どうじゃね、さゆりちゃん特製味噌汁は」

 無い胸を張るさゆりちゃん。いや、無いとか言っちゃいけない。ぺったんこじゃなくて、ちょっと膨らんでいる。むしろ俺は巨乳よりもこちらの方が好みだったりするが、そんなこと俺の身分で選り好みしてはいけない。そのはずなのにここにさゆりがいるのはやっぱり幸運なのかもしれない。えっへん、とさゆりは偉そうだ。

確かにさゆりは偉い。こんなに美味しいご飯を作ってくれて、それで俺を起こしてくれるのだから。これで幼馴染みだったらもっと素晴らしいのに、なんて。高望みはしてはいけない。身のほど知らずだ。さゆりに、感謝してもしきれない。

「すっげえうまいです」

「そうじゃろそうじゃろ、ほらユーイチ、玉子も食べて」

 ご飯を食べつつ、玉子焼きを頬張る。久しぶりにだし巻き玉子だったようで、ふわふわとろっとした玉子から出汁が染み出てきて、もうなんにも言えない。すっげえうまい。文句なんてつけようがない。

「うまい」

「じゃろじゃろ、漬け物もよく仕上がってるぜ、たんとおたべ」

 さゆりはご機嫌である。俺もご機嫌だった。朝からこんなご飯が食べれるなんて、やっぱり幸せだ。俺みたいな身分の人間が、こんな思いをしていいのだろうかって、うれしい不安に襲われる。襲われるなんて言葉が適していないくらいだ。


 朝御飯を二人でペロリと平らげ、身支度をする。歯を磨いて、トイレを済ませて。さすがにトイレには同行しない。当たり前だ。

それから、ベルトを締める。

「さゆり、いいか」

「おっけ。さ、どうぞ、ユーイチ」

 さゆりは一度目を閉じると、体の力を抜く。体の中央から光が漏れ、さゆりのからだがうすくぼんやりとしたものに変わる。俺はさゆりの体に手を突っ込む。毎回思うんだが、よく手を突っ込めるなと思うと同時に、朝っぱらから女の子のお腹をまさぐる大学生って捕まった方がいいんじゃないかって思う。俺のことだけど。こいつが変な声を漏らすから、余計変なことをしているように見えてしまう。体をよじるし。いや、本人は体の中を直接触っているようなものだって言っていたから、当然変なことをしているのだろう。

 さゆりからベルトを引っ張り出すと、完全にさゆりのからだが透き通った。


「ちょ、ユーイチ、そ、そこ、ダメ」

 ベルトを締めてバックルに通そうとしていると、さゆりが体をくねらせた。足を閉じ、唇を引き締めて、眉をひくつかせている。これも毎回のことなのでさすがに大きく反応はしないようにしているが、まあやっぱりものすごい背徳感がある。なんでもベルトはさゆりのからだと同期しているようで、感覚がそのままリアルタイムで伝わるのだと言う。さらにバックル部分がちょっと公言できないようなところらしかった。上か下か、なんて下らないことを考えてはいけない。ポーズ的に大体予想はつくけれど、そこはちょっと我慢してほしいというのは無理な注文なのだろうか。て言うかなんで、バックル部分がそういうところなんだよ。作るときに考えてよ。

 ベルトを締め終わり、俺は鞄をもって玄関に向かう。

「ユーイチ、もう少し丁寧に扱ってほしいなあ、デリケートなんだよ、そこ」

「お前な、だったら仮面とかにはできないのか? 俺だけベルトって言うのも、なんだか寂しいって言うか、そもそもこれじゃ某変身ヒーローみたいだし」

「いいじゃんかっこいいし。それに、たぶん仮面だともっと大変。いつもユーイチの吐息がフーフーと全身に」

「わかったわかった、いわなくていい」

「それはそれでしてみたい気持ちもあるけれど」

「俺は断固として拒否するぞ」

「ちぇー、けちー」


 靴を履いて外に出る。過ごしやすくはなったが、やはりまだまだ夏が残っている。鍵をして、徒歩で駅に向かう。

「ま、感度は調整できるんですけれどもね」

「やっぱりへんたいなんじゃないかお前」

「積極的なの。逆にユーイチはこんなに積極的な女の子が近くにいるのに、どうして襲ってこないのかしら、しらしら」

 にやにやと不敵な笑み。

さゆりの場合は、完全に普通の女の子ではないからなぁ。いや、俺は普通の女の子でも襲ったりしないぞ、大体俺にはそんな権限なんてあるわけがないし、そんな勇気はないし、警察にお世話になりたくもない。ともかく俺は女の子を襲わない。

「俺の色恋云々には干渉しないって約束だろ」

「あ、そうよねそうよね、ユーイチには好きな子がいるんだったねー、これは失敬失敬」

「ちがうって、好きとか、そういうんじゃなくてさ」

 さゆりはけたけた笑って嬉しそうである。もう。

 好き、じゃなくて。使命と言うか、そういうやつだよ、なんて。ここだけ言うと、ものすごく勘違いしたやつとか、気持ち悪いやつとか、かっこつけすぎかもしれない。好き、なのかもしれないけど。さゆりとはこんなんだけれど、恋愛感情はやっぱり無い。妹とか姉とか、それこそ幼馴染みみたいなあれで、まあ厳密には全然違うんだけれど、友だちみたいなものだ。だからやっぱり、あの子の事が好きなのかもしれないし。やっぱりそうじゃないと、使命を果たしていないのかもしれないし。難しい話だった。


 幽霊みたいになったさゆりはすいすいと辺りを飛び回っている。こんな女の子と一緒に暮らす男子大学生なんてそうそういないだろうなって。いい意味でも悪い意味でも俺はやっぱりラッキーなんだろうな。

 駅について、改札を抜けたところで電車が来た。けっこうギリギリだったようだ。さゆりは相変わらずうろうろしているけれど、他の人に気づかれると言うことはない。幽霊みたいなものだし。だからいつまでも話していると空中に向かって延々と語りかけているイタイやつになってしまうので、直接話すのをやめた。

こういうときそういえばさっき食べたご飯は果たしてどこに言ったのだろうと思うけれど、物理法則なんて全然通用しない子なので考えないことにした。電車に乗り込む。


 椅子に座ると、さゆりは膝の上に座ってきた。幽霊みたいなものなのでおもさが感じられない。よくわかんないけど。でもそこに座っている感触は確かにある。不思議な感覚だ。

 俺は鞄から音楽プレーヤーを取りだし、イヤホンで耳に栓をかった。俺がベルトを身に付けているときは感覚を共有できるらしいので、お気に入りの曲を流すと、さゆりはノリノリで動き始めた。ちなみに最近は70年代のハードロックが好みらしい。俺もディープ・パープルは好きだ。

 景色はどんどんすっ飛んでいく。目的地まではまだ時間がかかる。本当は事に備えてバイクとか車で移動しなきゃなのだが、あいにく免許はいま頑張ってとっているところだ。はやく家にあるスポーツ系軽自動車を乗り回したい。

 曲が2曲目になったところで、俺は目を閉じた。

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