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井戸端に角  作者: 穴沢喇叭
一話
1/15

 残り物には福があるという。お饅頭を我先にと競い合って食べるなんて、そんな浅ましいことおやめなさいな、というようなことらしい。別に今競いあっている訳ではないが、残り物には、というか残されたものには福があるなんて、到底思えないのだった。


 ざっと2時間の睡眠から覚醒し、重たいまぶたをこじ開けつつ周囲を見回していた。楽器が、たくさん。

「ああ」

 部室である。時計の針は7時、やはりきっちり2時間の睡眠であった。部活が終わってそのまま眠りについてしまったようで、誰もいない部屋の中に一人さみしく、まどろみから覚醒した。


 窓から赤い空が見えた。赤い、もしくは紅い、いや茜色か、いろいろな表現ができそうな混沌とした色に、少々青みがかった空である。太陽は沈み、大分暗くなっている。いつもなら6時頃目を覚まし、駐輪場へ歩いていくのだが、今日は少々疲れがたまっていたようだ。大きなアクビをひとつ、体育座りから立ち上がる。口許がちょっとべたついている。不覚にもよだれなぞ垂らしてしまったらしい。顔を洗おう。


 私のすぐ隣、見上げるとずんと鎮座していらっしゃるのは私のキーボード。見守っていてくれた優しいやつだと思っていたら、あいにく電源は切れていた。30分放置するといじけて切れてしまう。

配線を引っこ抜いて、ソフトケースに突っ込んだ。本体がケースのギリギリに作られているのか、本体ギリギリにケースが作られているのか、よくわからないが、押し込まないとしまえないのだった。特にケースの角はクッション材が詰まっていて、ギュウギュウ押し込まないといけない。こいつにとって相当な負担だなぁ、ごめんねと思いつつギチギチにしまう。チャックをして、それからペダルをポケットにしまって、楽譜をしまって、部屋のすみに運んだ。

これでクラス最軽量の部類に入るらしいけれど、小柄で非力な私にはまだまだ重く感じられた。これと同じ鍵盤数で余裕で15キロ越すとかあるみたいだから、5キロじゃあ素晴らしく軽いんだろうけど。


 少し動いたからか、締め切った部屋で寝たことを後悔した。ベタベタなのは汗のせいもあるようだ。ここは暑すぎる。鞄を背負うと、背中にワイシャツがくっついて気持ち悪かった。


 外は冷房が効いていた。ちがう、部室の温度が異常なだけだ。コンクリむきだしの部室棟、二階なのでそのぶん熱気がやって来る。外が30度なら、部室は40度である。扇風機をおいたところで邪魔なだけだし、必死に風を送ってくれても来るのは熱風である。換気扇くらいあればいいのに。

 窓を開ければそこらじゅうに歪んだギターの音や重いドラムの音が響き渡って、爆音を近隣住民のみなさんにばらまかなければいけなくなり、苦情がどわっと来る。まだ練習しているつっかかりひっかかりの演奏をみなさんに聞かれてしまうのが怖いと言うのもあったりする。


 階段を降り、洗面所で顔を洗うと、タオルで拭かずに歩いた。風が吹くと、水が蒸発して気持ちがいい。何となくケータイをいじりながら校門を目指した。七時でも自由解放である。「盗難事件が発生しました」とかよくホームルームで連絡しているけれど、さらに校舎も解放ときちゃあ、ね。なんなんだかなと思う。夜遅くやってる部活もあったりして、しょうがないのかもしれないけれど。


 ぶぶぶとケータイが震えた。ライトが緑色に点滅する。最近は無料トークアプリが急速に普及し、メールなぞ使わなくなった。

『あしたってぷーるあったっけとかおもった』

 変換するのが面倒だから平仮名ばかりになるのはいいんだけど、けっこう読みづらかったりするときもある。

『あるはず』

『りょ ところでわたしはいまどこにいるでしょーか』

『さあ しらん』

『つめたいなー もっといいはんのうないの』

『わあい わたしすっっっごくきになーるー』

『おんどさをかんじる...... とにかく、ちゅうこくをします』

『なんですか』


「歩きスマホはあぶないぜ、詩織ちゃん......」


 後ろから急に抱きつかれて、耳元で吐息混じりに囁かれたそのときの私の気持ちを、花恵はもっと考えるべきである。

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