ケセランパサランとミケ
ケセランパサラン千尋君の住む街に引っ越してきた上村家の犬と猫。
同じころに、黒い影が現れ、小さいモノを襲うという事件が発生。
谷川さん家は緊急会議にも使われれます。
一匹の三毛猫が雨上がりの濡れた塀の上を歩いていた。
ミケ。もうすぐ一歳になる。メス。小鈴の首輪付き。つまり上村さんちの飼い猫である。
目的地はとある民家、『たにがわさんち』なのだが……
「……まよった…………」
引っ越して間もないミケは道に迷った。細い小道が多くて入ってみたくなるし、面白そうな置物とかそこら辺に置いてあるから遊んでみたくなるし、ぽかぽかしてるからのんびりしたくなるし……気が付いたら迷子になっていた。おまけに雨まで降りだして慌てて近くの駄菓子屋さんの軒下で雨宿りしたのだ。
自分がどこからどの道を通ってここまで来たのかも分からない。だから帰り道も分からない。家の庭に遊びに来たスズメさん達に聞いた『たにがわさんち』への行き方も分からない。
泣きそうである。
そんな時、ミケの目の前にふわりと現れた白い物体。
何だ何だ、と思う前に飛びついていた。猫の本能というものである。
その白い物体はあっけなくミケに捕まった。フアフアでモフモフで真っ白の初めて見るイキモノ。おまけに弾力もあり、何か叫んでいる気がするが、知らない。モフモフする! むぎゅう、っと抱きしめ、放す。ぽふぽふと毬をつくように地面と遊ばせる。また抱きしめる。コロコロ転がす。丸める。ぎゅうぎゅうに抱きしめて圧縮する。放すと元の形に戻った。面白い!
「放さんか! この猫!」
「毛玉に怒られた!」
「毛玉じゃねえ! ケセランパサランだ!」
何この面白い毛玉。じりじりと間を詰めると毛玉も下がる。何だろう、追いかけたい。
捕まえようとジャンプした瞬間、ピリッとした。驚いて止まる。
「はっはっは! 動けなかろう! これが本当の金縛りだ! 俺の本来の力の100分の1も使ってないけどな」
何⁉ 動けな……
「あれ? 動ける」
普通に動ける。前足で毛玉をポフポフしてやった。毛玉は真っ白なくせに少し青くなっていた。
「何だと? 嘘だろ……俺、金縛りだけは自信あったのに……猫一匹くらいは止められるって……」
ミケは目を輝かせる。もふもふもふもふ……
全力でモフモフしまくった。ミケは満足じゃ。ふふふ。
毛玉はへなへなしていた。へなへなしていても毛玉はもふもふだった。
「満足したなら放してくれ……」
仕方ないなあ。ミケはお利口さんだから放してあげよう。
「あ、ありがとう。急いで行かないと……」
毛玉は急ぎの用があるらしかった。ふわっと浮き上がって何かを呟いていた。
「毛玉さん、急ぎの用があるなら言ってくれれば良かったのに」
言ったら大人しく放してあげたのになあ、と反省したミケに毛玉は叫んだ。
「お前が何も聞かずに勝手にモフモフしたせいだろ!」
ミケは負け犬のようにふわふわ行ってしまう毛玉を眺めた。その姿が見えなくなるまで見送ると、すたすた歩きだした。何も考えず、ただ風の向くまま気の向くまま。鼻歌なんか歌ったりして歩いた。そして、気づく。
「あの毛玉さんに道聞けばよかった……」
今日の朝、庭でのびをしていたらピヨピヨ話す声が聞こえたのだ。
『たにがわさんち、いいとこ』
『たにがわさんち、仲間、たくさん、いる』
『きんきゅう、かいぎ、だって、よ』
『はやく、いこ、いこ』
「ねえねえ、『たにがわさんち』って何?」
急に声をかけたミケに驚いたスズメ達はバサバサと飛び立った。だが、ミケは瞬発力と跳躍力でそれらを捕まえる。前の町ではミケに運動神経でかなう猫などいなかった。捕まったスズメに尋ねると、親切に教えてくれた。
『たにがわさんち』までの行き方、『たにがわさんち』で開かれるお茶会について。
「楽しそうだからミケも行ってきます!」
上村さんちで一緒に住んでいるドーベルマンの何とか(名前は忘れた)に一応伝える。このドーベルマンには常日頃からバウバウ怒られている。外で遊んでばかりいるなとか、変な獲物を狩ってくるなとか、行先を伝えてから遊びに行けとか、日が暮れる前には帰ってこいとか、うるさいのだ。まあ、一度も咬まれたり、ミケのご飯を横取りしたりしないから許してあげているのだが。
世の犬猫一緒に飼われている家では仲が悪い家もあるみたいで、ケガが絶えない猫もいるようだ。まったくイヤな話だ。うちではケンカしたってドーベルマンの何とかにミケが負けるわけがないけどね。
ふふん、とあの尻尾の短い黒茶の犬を思い出して笑う。
「でも、なあ……」
おなかすいた。もうすぐお昼だ。走り回って疲れたし、雨のせいで体に泥もはねた。
ミケは女の子だし、毎日お風呂に入る綺麗好きだ。早く家に帰りたい。でも、『たにがわさんち』も気になる。うろうろ悩んだ末、やっぱり『たにがわさんち』に行きたい。この街を探検したいという気持ちに天秤が傾いた。
「あ、迷ったんだった」
どうしよう。とりあえず迷ったら、
「進んでみよう!」
ミケは間違った方向かもしれないし、正しい道かもしれない小道を勇んで進んだ。
その道の行きつく先が黒い何かを纏っているとも知らずに。
谷川さん家では緊急会議が開かれている。ちょっと遅刻した千尋を待ったのち、その会議は開かれた。
議題は最近この街に姿を現すようになった謎の黒い影についてだった。
「その黒い影について知ってる奴は情報提供を」
「黒い影が現れる前兆として周りが暗くなるそうです」
「黒い影は動物を襲うらしい」
「他の町からこの街に入ってきた可能性がある」
「最近、野良犬連中が怪我してたわ!」
「小さくて可愛い生き物を連れて行ってしまうそうな」
「我々小さき弱い動物は集団で行動したほうが良さそうです」
「ビー玉を投げつけてやったらひるんだとか」
「ラジオの音に弱いと聞いたぞ?」
黒い影は動物か、妖怪の類か。それはまだ分からない。だが実際に目撃したモノ達の感じた気から推測して明らかにこちら側に危害を加える気があるらしい。弱点や出現場所など、どの情報が正しいのかは分からないが、何か対策を練る必要があるだろうと議長の千尋と司会の篤義と、そして谷川さん家は結論を出した。小さい、または妖力のない者はなるだけ集団で行動し、黒い影を見る、あるいは感じたら逃げることを決定した。それから、この街で妖力が高い千尋と篤義は暫く夜間の見回りをすることになった。
「小さくて弱い生き物を狙うなんて許せないっすね、千尋さん!」
篤義は他の町で黒い影に連れ去られて帰ってこなくなった生き物を思って怒る。もしも黒い影の正体が動物だったとしたら、すぐに動物界の長が引き取りに来るだろう。それがないとするとこれは妖怪の類の仕業か。
「心配です。このままだとかなり大きな妖怪になってしまいます」
谷川さん家はこの街の古い家仲間たちに注意を促した。これで家仲間の領域で黒い影が現れたら悪さはできなくなる。なにせ古い家はその土地の守り神になっているモノもいるからだ。守り神になっていなくても情報を谷川さん家に伝えることはできる。
だが、心配だ。その黒い影がこのまま小さい動物や妖怪を飲み込み続けるなら、さらに大きな、凶悪な妖怪に変化してしまう可能性だってある。現に結構大きな野良犬達が襲われかけたのだから。そうなる前に滅するか、封印するか。
「滅したり、封印したりはしたくないがな……」
「お優しいですね」
突然響く聞きなれない声にお茶を零しそうになった。見ると、見慣れないドーベルマン。いや、お前、誰だよ。ていうか、どうやって屋根に上った? そんな図体で。
「谷川さん家に許可をいただきました。お初にお目にかかります。先日、この街に引っ越してまいりました上村家で飼われている犬の京太郎と申します」
随分と礼儀正しい犬だな、と思いながら千尋と篤義は京太郎を観察する。きりっとした顔立ち、均整のとれた体、気品の漂う黒茶の毛並み。厳しさの中にも優しさが垣間見える瞳はしっかりと千尋を見つめていた。
「あれ? 京太郎、お前……目が」
「はい。片方だけ見えていません」
「え? まじっすか?」
この怪我が原因で職業を引退しました、と京太郎は無表情で言った。だが悲壮感などは感じられず、職務を全うして引退したことが感じられた。
「俺はケセランパサランの千尋だ。京太郎、よろしくな」
「俺は同じくケセランパサランの篤義っす、よろしくお願いしやす!」
「はい、よろしくお願いします」
京太郎はお辞儀をした後、尋ねた。
「今回の集会に三毛猫はいませんでしたか?」
三毛猫? 見てないな。この街の猫代表は白猫だったし、野良猫代表は今回も不在だ。昔は飼い猫と野良猫で統括が別々だったが、いつからか野良猫代表が「同じ猫なんだし、飼い猫代表が猫全体をしめてくれ。……めんどいし」とか言って押し付けたんだ。野良猫代表は気ままな奴で若い頃はやんちゃして女遊びも激しかったが、今は老人と日向ぼっこするのが楽しみらしい。たまに老人の傍で丸くなっているのを見かける。
「三毛猫は見てないっすね」
京太郎は初めて無表情を崩した。それほど大きな変化は見られなかったが、少しだけ顔色が険しくなった。
「もしかして京太郎君の彼女っすか⁉ 異種で付き合ってっるんすか! ロマンチックっすねえ」
「いえ、あの子と私は、」
「このご時世ですもの、そういうのが当たり前なのでは~」
谷川さん家が面白そうに言う。
「違うんです、第一、」
「フー! いいっすねえ、青春って感じで」
「いや、だから、」
さっきから京太郎はからかわれている。表情は相変わらず変わらないまま。
「フー! フー! 千尋さんも何か言ってくださいよぉ」
篤義、お前、酒飲んできたか? テンションがおかしいぞ。
「俺も彼女ほしいっす……」
あ、そういうこと。ボソッと呟く篤義の瞳はぼんやりと遠くを見つめていた。
これってアレだよな。まるで、
「まるで年寄りに絡まれてる若者のようだ」
「え?」
間違って声に出してしまった。
「私はそれほど若くありません」
3、4歳くらいに見える京太郎が不思議そうに応える。
甘いな、京太郎。千尋は黙ってドヤ顔をした。
ミケは寒がりじゃない。熱いのは苦手だけど。
でも今は何か寒い。なんでだろう? さっきまではちょっとだけ雨が降っていたけど、今日は太陽さんさんでぽっかぽかのはずなのに。どうして? しかも、なんだか眠たくなってきた。
「アスファルトの上では寝たくないなあ」
もう少し先に進んでから寝心地の良さそうな場所を見つけてお昼寝しよう。
冷たい灰色のビルに囲まれた狭い道をてちてち歩く。
ふと、真上を見上げると真っ暗だった。
「……?」
まだお日様は沈んでないはず。ミケは足元を見る。自分の小さな影が見える。
もう一度、空を見上げる。お日様はいない。空だけが真っ暗だった。
おかしい。パッと目が覚める。
野生の勘、とでもいうのだろうか。ミケは走り出す。なんとなく、ここにいたらダメな気がする。
ハッハッ、とどれだけ駆けても黒い空は追いかけてくる。
いそがなくちゃ、早くにげなくちゃ!
ちりり、ちりり、と鈴が転がる。
走って走っても同じ景色。アスファルトの狭い道はまだまだずっと続いてる。
灰色と黒の中にミケ一匹。
だんだん息が苦しくなってきた。全速力で走るのを止めないとまともに息ができないんじゃないかと思う。だけど、あの黒いやつに捕まるわけにはいかない。何かマズそうなのだ。
だから、ミケは走った。どのくらい走ったかなんて分からなくなるくらい、たくさんたくさん走った。
だけど、
「もう飽きた! にげるのに飽きたぞ、ミケは!」
ピタッと立ち止まり、振り返る。黒い影も同じように止まった。
ぷかぷか浮かぶ黒い影が笑ったようにミケには見えた。黒い影には顔なんてついてないけど、ミケにはそいつが笑ったように感じられた。いけすかないやつだ。
対峙したがどうすればいいか、ミケには分からない。
でも、向き合ってみて思ったのだ。
「お前、あんがい怖くないな」
それより、
「あの犬に似ていて、とても、とても、きにいらない」
黒いところとか、何が目的なのか何も言わないところとか、無駄にでかいとことか、あと黒いとことか。
ミケは思い出したら何だか腹が立ってきた。
キッと睨みつけるとその黒いやつはひるんだように感じられた。更に威嚇すると後ろに下がり、徐々に小さくなっていく。じわり、じわり、とにげようとしているみたいだ。
「ミケはお前がとても、きにいらない!」
助走をつけずに飛び跳ねて猫パンチをおみまいする。
たしかに手ごたえはあった。黒いやつの悲鳴も聞こえた。だけど、どうしてだ? ミケはそのまま灰色の地面に叩きつけられそうになる。
「ふおわっ!」
持ち前の運動神経でくるくる回って綺麗に着地し、黒いやつの動きを見た。
黒いやつはまだ悲鳴を上げ続けていた。ヤワなやつめ。うちにいる黒いあの犬なら軽くかわして……
そんなことを考えていた時、遠くから何か迫力あるものがドドドドドと地響きと共にこっちへ向かってきた。なんだろう! 黒い影よりも危なそうな気配がする! ミケはビクッとなった。どこかに隠れようと目たまをくりくり動かしたが、その地響きはすぐにこちらに近づいた。
「お前っすか、黒い影ってのは!」
茶色い毛玉が砂埃の中から飛び出してきた。
「覚悟ぉぉぉぉー!!」
毛玉の目玉が赤く光る。ミケまで目を逸らしたくなるくらいの強い光だった。
赤い光を浴びた黒いやつは苦しそうな表情? で悲鳴を上げてのたうち回る。茶色い毛玉は何かを諭しているようだったけどミケはトテトテ歩き、黒いやつを踏みつぶした。
「ぷぎゃああああ!!」
黒いやつはどんどんちっちゃくなる。面白くなって更にぺしぺし踏みつけた。
「ぷぎぇ、ぷぎゅ、ぷ、ぷ、ぷ、」
踏みつける度に上げる声が変わっていく。なんて面白い。
茶色い毛玉は唖然としてその様子を見守っていた。ミケは観客の視線などお構いなしに踏む。黒いやつは声を落としていき、最後に間の抜けた音を出して動かなくなった。あれ? と思い足を退けると、真っ黒な石? みたいな塊があった。
「封印されたか……」
聞き覚えのある、いけすかない奴の声だ。ミケが振り返ると、いけすかない奴がいた。黒くて、うるさくて、でかくて、黒い、あいつだ。
「ミケ、帰ろう。昼ご飯は食べていないだろう?」
首根っこを銜えられた。
「はなせぇぇぇ! ミケはまだ『たにがわさんち』に、」
猫パンチを繰り出すが、犬はそれを無視する。
「無視するな、ミケをはなせぇ!」
「ふぁ、ふぉうはっは」
このミケを銜えながら声を出そうとするなんて、とさらなる攻撃をしようとした時、急に地面に落とされた。あんまり急でさすがのミケも綺麗に着地できず、ポタッと落とされる。この犬め、ミケを怒らせたらどうなるか思い知らせてやる。と臨戦態勢に入ったミケだったが、目の前に降ってきた真っ白な毛玉の誘惑には勝てなかった。
「ふあふあ! あの時の毛……」
飛びつこうとするが、犬に妨害される。前足で頭を押さえつけられるという屈辱。
「ミケ、大人しくしていなさい。この方たちはこの街のモノどもを束ねる長のようなモノだ。きちんと挨拶しなさい」
「毛玉なのに長なの!?」
「毛玉じゃないわい! ケセランパサランじゃ!」
白い毛玉はビビりながら主張する。
「ケセラ……なんだって?」
「ケセランパサランだ、ミケ」
犬がミケをバカにしてるみたいに囁いた。
「千尋さん、この仔はミケ。私と共に上村家で飼われています」
犬がミケに『あ、い、さ、つ』と口をパクパクした。犬の言うことを聞くのは面白くないけど、初めて会う奴には挨拶をしなければならない。
「ミケ、もうすぐ一歳。よろしく」
「ああ、よろしく」
千尋という白い毛玉はモフモフ挨拶をした。
「オオオオオレは篤義っす!」
茶色い毛玉が滑り込むようにして輪の中に入ってくる。白い毛玉よりもちょっと小さめだ。なんか勢いが変で近づきたくない。
「それよりも、黒い影だが……」
「ミケさんが封印したやつっすね。どうします?」
「どうするも何も、おそらくあと1000年はこのままだぞ」
千尋は黒い塊を突っついた。ただの石みたいだ。
「上村家は複雑な一族でして。代々、人ではないモノたちと共に生きてきました。その力が飼い猫にもうつってしまったようで」
「そうなんすか。それでミケさんは前足一本で妖怪を封印できたんすね」
「そのようです。ミケには普段から危険な場所には近づかないよう注意してきたのですが、教育不足でした」
犬は茶色い毛玉と何やら話しているが、ミケは千尋と遊ぶのに夢中だった。ミケは毛玉をジャンプで捕まえようとして、毛玉は高く飛んでそれをかわしていた。
「すごいっすね、野良犬連中に大怪我させた妖怪を」
あの徒党にはかなりの強者もいたはずだ。それらを襲えるだけの力を持った妖怪を相手に無傷とは、普通なら考えられない。茶色い毛玉がミケをぽふぽふ褒めた。ミケは得意になって更に高くジャンプした。いきなり跳んだから千尋は驚いたらしい。ゆらっ、と態勢を崩したのでキャッチした。
「ん? ああ、小さな野良猫を苛めていたあの野良犬たちですか」
犬が思い出したかのように言う。
「大怪我を負わせたつもりはありませんでしたが、先に攻撃を仕掛けられたのでつい……」
え? と茶色い毛玉は間抜けな声をだす。
「なんで、飼い犬が野良と会うんだよ?」
千尋がミケの腕の中から尋ねる。
犬は普段、鎖でつながれているはずだからミケみたいに外で自由に遊べないはずなのだ。なんで野良犬と遭遇できるのか。はなはだ、疑問である。
「新しく引っ越した街がどんな風なのか、見てみたくなったので縄抜けしてしまいました」
ミケ以上の自由犬……と茶色いやつが呟いた。
「実を言いますと、今も脱走中です」
犬は首輪を見せた。でっかい図体のくせにホント器用な犬だ。
何か難癖をつけてやろうと、ミケは犬の全身を観察したが、特に気に障るような部分がなかった。いつもそうなのだ、この犬は。涼しい顔で何でもやってのける。本当にきにいらない犬だ。
ミケはもう帰ってしまおう。
何をふくれているんだ、ミケ? そう犬は考えているだろう。
犬を置いて、もと来た道を戻ろうとする。すると、犬の影がついてきた。
「どこに行きたいんだ?」
「家に帰る」
「そっちじゃない、こっちだ」
犬は街に来て半日で大きな通りから小さな小道まで全て覚えている。今までもそうだった。それでミケが迷子になるとすぐに走ってきてミケの先導するのだ。むかつく犬だ。でも、お腹もすいたし、早く家に帰りたいから黙ってついていってやる。
千尋と篤義は意外と仲が良い犬と猫を見送りながら黒い塊を遠くの山奥に投げた。
京太郎君はミケちゃんのお母さんみたいなイメージです。