集会in谷川さん家
ども。
オレは雲じゃない。
ケセランパサランだ。
よく間違われるけど、オレは由緒正しいケセランパサラン。
ケセランパサランには動物性、植物性などなど様々種類がある。
けど、オレは特殊だ。
オレは雲性のケセランパサラン。
数千年前に雲から生まれた特別製。
モフ度が普通の奴らとは違う。
麻衣――オレの主人――は寂しがり屋でよくオレをモフる。
麻衣は凄ぇ可愛い人間の女の子だ。
気が弱ぇ、っていうか、小せぇ、っていうか……
見ててたまにイラつくこともあるけど、料理うまい。
麻衣の料理食べたら他の奴が作った料理なんて食えねえよ。
……え?
オレは正真正銘のケセランパサラン。
白粉以外にも食べるぜ?
何たってオレはスペシャルでグレートなケセランパサランだからな。
ただのケセランパサランは白粉と人間の魂くらいしか食えねえけど……
オレは魂なんて食わねえよ!?
最近の人間の魂って不味そうだし。
あんなもの食ったら、オレの心を鏡で映し出したような真っ白で美しいモフが脂ぎった黒に染まりそうじゃないか!?
麻衣は今、中学校とかいう教育機関に通っている。
オレは麻衣が生まれた時からずっと側で見守ってきた。
この家のヤツらはいつもアレで。
麻衣はいつも家の中で一人だった。
そんな時はこのオレが話し相手になってやったり、自慢のモフをモフらせてやったりしたもんだ。
さらに言うと、麻衣が夜泣きをした時はモフを肥大化させて包み込んだり、麻衣が熱を出した時には冷水に浸って額に乗っかってやったりした。
結構役立つだろう?
だが、オレは麻衣のケセランパサランだから。
誰それが簡単に扱える代物じゃないんだぜ!
……さて。
少し飽きてきた。
外に出るか。
もうオレはジャムの小瓶程度の大きさには入りきらない。
ぎゅうぎゅう詰めれば入れなくもないが、麻衣が新しい器を準備してくれた。
それが、このバケットだ!!
麻衣の手作りだ!!
このちょっと不格好な感じがオレへの愛を感じるだろう?
羨ましいだろ?
オレみたいな幸せモノ他にはいないだろ?
麻衣が小学生の頃に図工で作ってくれた。
中にはケセランパサランの主食である白粉が常備されている。
ちなみに、ちょっとした嫉妬心で隠してしまった麻衣が大事にしていたフィギュアとかいう人形もある。
オレをほっといてアニメを鑑賞する麻衣の後ろ姿を見たことによるストレスで一時期オレのモフ度が下がったのはつい最近のこと。
ちょっとした出来心で麻衣がガチャガチャで手に入れたフィギュアを隠してしまった。
すぐに返そうとは思うのだが、この人形の勝ち誇ったような笑みがそれを妨げる。
通常、このバケットには鍵がかかっている。
だが甘い。
このオレを舐めるな。
こんな鍵を開けるのくらい朝飯前。
今朝、麻衣が作ったオムレツも美味しかったぞ。
窓を開ける。
戸締まりはしっかりしておこう。
泥棒が入るとダメだからな。
いざ、外の世界へ!
今日は少し暖かい。
柔らかい風がオレを緩やかに上へ上へと導く。
「もうすぐ春ですねぇ~」
風の子がオレの周りをくるくる回る。
風の子は世界の遊び人。
世界一の情報通。
そして、オレの元相棒。
昔々はこいつと色んなトコを旅して回ったもんだ。
たまに「また世界を回りましょうよ」とか誘われるが、断っている。
麻衣がオレの帰りを待ってるからな!
「今年はお母様が張り切ってます~多分25回くらいこの国に来ますよ~」
風の子の母は台風である。
「そりゃ大変だな。あんまり派手に暴れないようにお前からも言っといてくれ」
風の子は「あいあいさ~」と敬礼して消えた。
ふわりふわりと地上に降りる。
溶けた雪の匂いが残る中で確かな草の匂いを感じた。
……しまった。
風の子がいないとオレは自力で飛ばなくちゃいけない。
自力で飛ぶか。
ケセランパサランは一つ一つにある程度の妖力が備わっていて自分だけで自由に動けるのだ。
小さな力を周りに集め、静かに飛ぶ。
久しぶりに集会に顔を出してみよう。
集会とはその名の通りである。
この町のオレの友が集まって駄弁ったり、駄弁ったり、駄弁ったり……
うん。まぁ、てきとーに話すだけだ。
集会の場所はこの町で一番の金持ちの『谷川さん家』。
長い歴史をもつ日本家屋で半分つくも神みたいになっている。
『谷川さん家』は人間で表すなら、優しい姉さん的な感じだ。
「谷川さん家、邪魔するぜ」
谷川さん家は「どうぞどうぞ」と微笑んだ。
瓦屋根に降りる。
ぽかぽかして良い天気だ。
うっかりしていると眠ってしまいそうだ。
「あれ? 千尋さんじゃないですか!? お久しぶりッス!」
千尋というのは麻衣がオレにつけてくれた名前だ。
好きなアニメの主人公からもらったらしい。
オレは今まで生きてきた中で一番気に入っている。
声の方を振り向くと、茶色のモコモコが見えた。
「篤義か」
篤義は妖怪性のケセランパサランである。
奴は化け猫の毛から生まれ、今は田村家の幼い兄弟に飼われている。
オレはこの町の妖怪と呼ばれる類いの中では古い方で、上下関係では上位にいる。
だからって威張って下位の奴らを見下すような愚かな真似はしないがな。
「それより千尋さん! 久々の集会ッスよ! 語り合いましょう!」
もう少しで皆集まることですし、と篤義は谷川さん家が用意した茶を啜った。
ワイワイガヤガヤ。
ワイワイガヤガヤ。
まぁ、たまにはこういうのも悪くない。
「長く顔出さない間に知らない奴が増えたな」
三毛猫だの小鳥だの、動物がメインでケセランパサランや妖怪の類いは少ない。
「今は温厚な猫達が多いですよ、妖力を持った奴は減ってきました」
妖力を持った俺達みたいなのは子供か霊力ある人間にしか見えないですから、と篤義は少し項垂れた。
人間好きな妖怪は人間と関われないと消えたがったり、移動したりする。
「子供か霊力ある人間、か……」
麻衣は子供?
それとも霊力ある人間?
もう、子供(13歳以上は大人という考え)ではないよな……?
じゃあ、霊力ある人間?
対して霊力とか感じないんだが……。
「……はぁ~…………」
篤義がため息をついた。
「アツノリとヨシノリも……いつか俺のことが見えなくなるんですかね……」
アツノリとヨシノリは篤義の飼い主。
彼らは双子で現在、10歳。
霊力など全くない。
普通の人の子だ。
あと、5年も経てば恐らく見えなくなる。
ただせさえ『みえる人間』が減ってきているこの現状。
もしかしたら、篤義を見ることができる人間はアツノリとヨシノリが最後かもしれない。
「泣いても、叫んでも、人間の最後は変わらない、って分かってるッス。
でも……」
篤義が言葉を詰まらせる。
――寂しい。
篤義の心が伝わってくる。
化け猫、という人間の世界と妖怪の世界が半々で生み出したモノが原点になっている篤義。
人間の世界から生まれたモノは人間の世界から忘れられた時点で消滅する。
妖怪の世界から生まれたモノはこの世界全体が終わるまで存在し続ける。
篤義はどちらなのだろうか。
俺だって分かってる。
独りは寂しい。
このまま世界が終わるまで人間と話すことも、会うことすら出来なくなる。
ただ、篤義が独りになった後に消えたいと願うのか、存在し続けたいと思うのかは俺には分からない。
俺は篤義じゃないから。
個々の自由だ。
「大丈夫ですよ~
私なんて作られてからずっと人間と会話なんてしたことないですからね」
谷川さん家はほっこり微笑んだ。
「でも、寂しさなんてないんですよ~
皆さんが集会をしてますし、楽しいです~とてもとても」
谷川さん家と篤義は生まれた時代がほとんど同じだ。
確か、江戸時代とか言ってたか。
俺はもっと前から存在してたがな。
「気長に待ちましょ~。世界が終わるまで~」
「そうッスね!」
篤義は元気を取り戻したようである。
俺はその様子を眺めながら、麻衣が帰ってくるまでふわふわと居眠りをすることに決めた。