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第一話

人生ってのは本当に先が読めない。


 心地いい休日の午後。先月高校に入学したばかりの速水鉄平はやみてっぺいは、家族の共有PCを前にした自分の現状を振り返って諦め混じりの達観に浸っていた。

 眼前のPC画面には、『ゲーム、「アルジャンワールド」をダウンロードしています』という表示と一秒ごとに埋まっていく緑のダウンロードゲージが映っている。


 自分でやっておいてなんだが……不安だな。


 そう考える鉄平の内心では漠然とした『やってしまった感』とでも言うべき感覚が居座っていた。

 ダウンロードが進むと共に嫌な予感が体を蝕んでいく感覚に、

「まあ原因は分かりきってるんだけどな」

 とその事についての結論を呟いた鉄平は、観念した顔で目をつむる。

そのまま眉をひそめた鉄平は自分がこの『アルジャンワールド』をダウンロードするまでのいきさつを思い返していた。


          ●


 事の発端は三日前。晴れた水曜日の放課後に、『彼女に振られて生きる気力を無くした。しばらくそっとしておいてくれ』と書かれたメールを鉄平の携帯に送ってきた友人、峪修次たにしゅうじが軽い引きこもり状態となった事がキッカケだった。

 どうやら人生初の彼女。そんな記念すべき相手との関係が三日持たなかった事が相当ショックだったらしい。

 告白OKに至るまでの過程で何度か相談を受けていた鉄平は、


 ……まさかこんなに早く分かれるとは。むしろ何故付き合ったし。


 と考え、驚くと共に、かなり凹んでいるだろうな。と修次の心情を察していた。

 その後、大丈夫かアイツ? と心配し、土曜休みの今朝、修次の家へと様子を見に行ったのだが……どうやらその当人、振られた傷をいやす最中で何か変なスイッチが入ったらしい。

 三日ぶりに会ってみれば、PC用オンラインゲーム『アルジャンワールド』にそれはもうどっぷりと、部屋からほとんど出ないくらいにハマっている友人の姿がそこにあった。


 心配になって様子を見に行ったら当の本人はネトゲ三昧だった! とかいったい何の冗談だ。

 と、その様子にイラっとした鉄平は、先週、一体どうやって告白どうしよう? などとほざく修次の相談を受けていたことを思い出し、


 あの時間返せ。


 と青筋を立てる。

 しかしいざ「学校に来い」と言えば「ひいっ、学校で恋!」と勘違いし、一瞬で青ざめる程度にはダメージが残ってるご様子だった


 こいつ大丈夫か? ……うん。ダメだな。

と、修次の状態に頭を抱えた鉄平は、その場で少し話した結果少しでも気晴らしになれば。という理由で修次と一緒にこの『アルジャンワールド』をプレイする事となったのだった。


          ●


 そういった流れで冒頭のダウンロードへとつながった訳だが、PC画面を前にした鉄平は、今から行うゲームに対し、唯一の知人プレイヤーが『ああ』な事から若干の恐怖を感じていた。

 振られた結果の引きこもりだとは思うが、様子を見に行った時に見た修次の夢中具合ははっきりと記憶に残っている。


 もちろんオンラインゲーム、と言ってもアニメやマンガみたいに自分の精神を電脳世界へフルダイブできる物ではない。

 修次のハマった『アルジャンワールド』はクリックとキーボードで操作する、よくあるゲームの一種だ。

 しかしそんなこと関係無く、ハマるときはハマってしまうのがゲームの怖さ。ミイラ取りがミイラになる可能性は十二分にありえることだった。


 そこまで考えた鉄平の口から、

「早まったかなぁ」

 とため息交じりの声が出る。

 家に帰った後で、これでよかったのだろうか。と悩んだ自分は悪くないと思う。

 しかしもう約束してしまったという事に加え、人生初のオンラインゲームという事から心のどこかでちょっとワクワクしてる自分もいた。

 そのことを自覚し、気まずげに頬をかいた鉄平は。


 まあ楽しんだもん勝ちだよな。


 言い聞かせるように切り替えて携帯を取り出し、修次に報告しようと電話を掛けた。

 ワンコールの内に呼び出し音が切れ、良く知った声が聞こえてくる。

『はいよー、何?』

「今『アルジャン』に新規登録してダウンロード中。というかもうダウンロードが終わるから一応報告しとこうと思ってな」

 現状を報告した鉄平は、それを聞いた修次の、

『おお、ホントに始めてくれるのか』

 という驚きの声に、

「まあ約束しちゃったからな」

 と苦々しい口調で返す。

『そうか、始めてくれるのか……大変だな、お前』

 何故か同情の声が来た。


「元凶お前っ!」

 思わずツッコミの声を入れた鉄平は、

「……んで、ダウンロードしたらどうすればいい?」

 と質問を送る。すると返ってきたのは、

『ああ、じゃあ一番最初のスタート地点の町で待ってるから楽しみにしていてくれ。それと、チュートリアルは飛ばしていいぞ。基本はオレが教えるさ』

 というテンション高めな声だった。

「分かった分かった。期待してるよ」

 相槌を打った鉄平は、電話の向こうの様子から、来週からは学校来れそうだな。と少し安心。

 今の会話中にゲームのダウンロードが完了したのを確認し、電話を切った後、マイク付きヘッドホンのプラグをパソコンに差し込んだ。


 いよいよだ。


 自分に言い聞かせるように気構えた鉄平は、ダウンロードしたゲームを起動させログインする。

 画面一杯に広がった黒の中、白く光る文字が浮かび上がる。

「えーっと? 『ようこそアルジャンワールドの世界へ。まずはあなたの分身となるキャラクターを作ります。選択肢の中から好きなものを選んでください』か」

 まず、最初に自分の操作するアバターのキャラメイクをするらしい。

 選択肢には人間、獣人、エルフ、ダークエルフ、ドワーフ、ホビットとファンタジーの定番種族が並んでいる。

「……まあ適当に決めていくか」

 とりあえず人間を選択。

 開始した直後にこのキャラで友達と会うという事を考え、自分に近そうな髪型と顔のパーツを選択。名前をテッペイを縮めた『テツ』にして決定を押す。


 次の画面に進むと戦士や魔術師といった職業が選択肢として表示された。


 ああ、ジョブ設定か。

 どうやらこの中から二つ選べるらしい。と見て取った鉄平は、さてどうしようか。と、軽い気持ちで画面をチェック。

 全体に目を通した鉄平は、その数の多さに思わずその顔をしかめてみせた。

 選択肢は全部で36。一応分かりやすいように前衛職、後衛職、生産職と分けられているが……真面目に考えたら時間がかかりそうだ。

「というかなぜ前衛に使用人(メイド/執事)がある」

 興味半分でジョブ名にカーソルを合わせると、『ご主人様の敵を華麗にお掃除☆』という簡単な説明が出た。


 暗殺職だ! という驚きと共に、肩の力が抜けていく。

「……コレも適当でいいか」

 その後、結局選ぶのが面倒になった鉄平は、とりあえず選択肢を両方とも魔術師に。

 続いて出た9つの選択肢と、その上にある『この中から属性を6つ選択してください』という文に対し、左横から順に一個づつ属性を選択。

火、水、風、土、木、雷を選んで確定のアイコンをクリックした。


 どうやら今のがキャラメイクの最終項目だったらしい。

やり直しは効きませんという警告と共に、『本当にこのキャラでよろしいですか?』という質問が画面に表示される。


 適当に決めたのがバレてるみたいで嫌だな。この質問。


 そう思いながら『本当にこれでよろしい』のアイコンをクリックした鉄平は『設定をセーブ中です』の文字がスクロールされるのを見て一息つき、続いて表示された『チュートリアルをスキップしますか?』という表示で『はい』を選択。

 最後に出た『ようこそ冒険の世界へ』と言う文章の表示を契機に、いよいよ本格的にゲームをスタートさせた。



 最初はPVが流れる仕様らしい。


 真っ黒になった画面が一拍おいて一転。鮮やかに色づき様々な街やフィールド、迷宮の様子を映していく。

 その後派手なBGMと一緒に箱の中に飛び込んでいくようなエフェクトが画面一杯に広がっていき、画面の向こうにしゃがんだ状態で現れた鉄平のキャラ、テツがゆっくりと立ち上がった。

 今テツがいるのはどこか大きな建物の内部らしい。中では頭の上に名前の浮かんだキャラが何人か映っている。

「これ皆プレイヤーなのか」

 この画面に映っているキャラだけでも結構な数がいる。今この瞬間に、沢山の人が自分と同じゲームをしている事を実感させられた。

 中には〈謝るなら今のうちだ〉や〈俺はもう死んでいる〉、〈アクティブなヒッキー〉など、変わったキャラネームも多い。

 画面端にちらっと映った、変態なんたら、などと書かれたキャラネームにいたっては、いったいどんな人がプレイしているんだ? 疑問が浮かぶレベルだ。


 よく読めなかったけど、変態って……変態だよな。

 全文を読めなかったのが悔やまれた。


「っと、そうだ。修次に連絡しないとな」

 オンラインゲーム特有の光景を眺めていた鉄平は、観客モードから一転。携帯のSNSで修次にログインした事を報告する。

 自分のキャラ名を伝えると、すぐに画面下の『メニュー』から『〈シュウ〉が〈テツ〉にコンタクトを求めています。応じますか?』というセリフ調の吹き出しが表示された。

 どうやら修次のキャラネームはシュウらしい。


「ネーミングセンスが被ったかー」

 そう笑った鉄平は『コンタクトに応じる』をクリック。

 一瞬でチャット形式になった吹き出しの中に『ちょっと待ってろ。あと通話したいからマイクボタン押しといてくれ』という修次からのメッセージが表示された。

 ああ、通話ができるのか。と頷きながらマイクボタンを押すと、ほどなくして[シュウ]の文字を浮かべた一人の男がこっちに走ってくる姿が見えてきた。

 とがった耳が目立つが種族はエルフだろうか? がっしりとした鎧の背中に大剣を背負った姿だ。


 エルフってもっと後衛向きの種族じゃなかったっけ?


 そんな事を思いながら観察をしているとヘッドホンに音が来た。

『おう、来たな。それにしてもタレ目まで一緒とは、地味にリアルと似たキャラを作ったな』

 通話に問題は無いらしい。言われてる事は散々だが音はきれいに聞こえている。

「うっさいな。こういうの初めてだから、イマイチ勝手が分かんないんだよ」

 と返すと驚いた声で、

『……オンラインは初めてとか、信じられないヤツだな。俺なんて5年前のゲーム解放イベントの時からこのゲームをやってるというのに』

 という言葉が返ってきた。

「え、じゃあお前、古参プレイヤー? というかこのゲームってそんな前からあんのか」

 この『アルジャンワールド』が5年前からある事にも驚きだが、修次が開始当初からプレーしている事はそれ以上の衝撃があった。

 振られて自暴自棄になった末にこのゲームを始めたのだとばかり思っていた分、意外性が大きい。

「それにしても。そう言うお前のアバターはリアルとは似てもつかないな」

『え、ああ、この見た目か』

 修次のアバターであるエルフは本人よりも背が高くて髪も長く、おまけにかなりのイケメンさんときてる。

 修次の面影は0。むしろマイナスと言って良いだろう。


 自分ももっとイケメンに設定しておくべきだったか?

 少しだけ後悔を感じた鉄平に、

『ま、その辺は気にしたら負けというヤツだ。ゲームだしな。何にせよ、せっかく来たんだ。楽しんで行ってくれよ』

 と修次は声をかける。そしてどこか自慢げな様子で、

『今日は初心者指導の上手い特別ゲストを呼んでおいたからな。すごくいい人だ、後悔しないこと請け合いだとも』

 と後悔したくなる言葉を続けていった。


 あー、人呼んだのかー。

 内心で苦笑した鉄平は、初心者にはハードルが高くないか? と少し居心地を悪くする。

 どうやら気を使ってくれたらしいが……大丈夫だろうか?

 思わず、余計な事を。と言いかけ、そういう先入観は駄目だよな。と自分を諫めた鉄平は、

「そうか、んじゃま楽しみにしてるよ」

 という返事を返す。

 修次の話を信じるなら、すごくいい人、なのだ。

 大丈夫……なはずだ。と、なんとか笑った鉄平はしかし、そのすぐ後で、あれ? という表情を浮かべその笑みを消した。


 どうやって動かすんだ? これ。


 チュートリアルを飛ばしたせいで、操作方法がさっぱり分からない。

 そのことに気づき、焦る自分に、落ち着け、ゲームだから。と心の中で言い聞かせた鉄平は、若干体制を低くしてマウスを持つ手に力を入れた。

 まずは画面の中をマウスでクリック。メニューやマップ、アイテムウインドウが開けるのみでキャラクターは動かない。

「クリックじゃないってことはキーボードで動かすのか?」

 そう判断した鉄平は、ここか? と、適当にキーを押してみる。


 アバターが髪をかき上げ、キザなポーズを取った。


『……さっそく楽しんでいるな』

「誤解だ!」

 修次の一歩引いたようなコメントに思わず抗議の声が出る。

 取り繕うように他のキーを押すと、今度は『みなぎってるぜー!』とでも言いたそうな力強いポーズが炸裂した。

 痙攣を起こして震えている。今にも倒れそうだ。


 ああ、これ力んでいるのか。

 一拍遅れて理解した鉄平が、何でこんなのが……。と頭を抱えて項垂れると、

『……じゃあやる気になってくれてる所で、とりあえずこのゲームのことを教えとくか』

 という追い討ちが飛んで来る。

 セリフの前の沈黙が居心地の悪さを誘発した。


         ●


 一方、インカム越しに鉄平に話しかけていた修次は『いや待て、とりあえず操作方法が分からない』という鉄平の声を耳にして、そういえばチュートリアル飛ばしてたんだったな、と納得の頷きを作っていた。

 その上で、じゃあさっきのアクションは天然か。と驚愕。

「そうだな、説明が面倒だからメニューを見てくれ」

 と端的な指示を出し、ついでとばかりに、

「そういえばジョブは何を選んだんだ?」

 と今後の方針を決めるために質問を送っる。


 アルジャンワールドは戦闘・生産の区別無しに二つのジョブを選択できる。千円課金で追加ジョブを取る事は出来るが、鉄平の性格上初日から課金は無いだろう。

 ゆえにジョブの数は二つ。そう考えた修次が鉄平の回答を待つと、案の定、

『魔術師二つ取ってみた。属性は横から氷以外の6つ。えーっと、火、水、風、土、木、雷か』

 という返答が返ってきた。

 その言葉を聞いた修次は『魔術師か……』と記憶の中にある魔術師の特性を思い出す。


 アルジャンワールドはMPと引き替えに各種武器の固有技であるスキルと、発動に時間のかかる分誰にでも使うことのできる魔法を元に先頭システムが成り立っているゲームだ。

 システム上どのジョブでも全てのスキル・魔法を使う事が可能だが、ジョブによって相性があり威力・成長速度・命中に差ができる様になっている。

 その中でも『魔術師』は選択した属性に類する魔法に様々なプラス補正のかかる、典型的な後衛型の魔法職として知られていた。


 それにしても、まさか同じジョブを二つ選ぶとは……さすが、と言うべきなのだろうな。


 無課金のプレイヤーは二つのジョブをかぶらない様に設定するのが一般的だ。

 ゆえに鉄平もそうするだろうと考えていた修次は、友人の選択がその一般から外れた事に以外を感じつつ、まあ課金すれば無問題か。と結論を出す。

 どうやら鉄平の操作確認も一段落ついたらしい。

『よし、操作大体覚えた。今から試運転するから、その間になんか話してくれない?』

 という鉄平の言葉を受け承諾の返事を返した修次は、画面の向こうにいる『テツ』が動いては戻る様子を見つつ、本来ならチュートリアルで説明があったこの街についての情報を話す事にした。


「鉄平。いや、この場合はテツか? ……まあ何でも良い。今俺達がいるのは『迷宮都市ラース』と言う都市の『始まりの神殿』という施設だ。なお名前にかこつけてか、大抵のイベントが此処を起点に行われる。基本知識だから覚えておけ」

『あー、分かりやすい名前だな。今はそこそこ空いているけど、イベントの日は混むのか。ここ』

「まあそういう事だ。時と場合によってはサーバーが落ちてゲームが強制終了される、という隠しイベントも起きる。そこまでいかなくても何かしら問題があれば運営から詫びアイテムが貰える、という特殊なイベントも見れるぞ……地味だがな」

『あ、本当に混みそう。というかそんな事になんのか……』

 返す鉄平の口調に少し呆れが入る。それを受け、

「まあ、こういった事は他のネトゲでもある事だ」

 と誤魔化す様に断言した修次は、再び街の説明へと話を戻す事にした。

「それでこの迷宮都市ラースだが、ここはチュートリアルをすませた初心者が都市の周りにいるザコでレベルを上げ、ある程度のレベルになったら街の横にある迷宮に挑戦。または都市を出てほかの町に行ってみる、という形がセオリーの街だ。初心者から廃人まで遊び倒せる深すぎる迷宮が売りだな。全三六五層だったか? ……一日一層! 一年で最下層!! が街のキャッチフレーズだな」

『街なのに、キャラ濃いのな』

 修次は鉄平のコメントを聞いて、確かに、と同意する。


 するとそんなこんなで話しているうちに動作確認の方が一通り終わったらしい。

『うし、大体大丈夫そうだな。多分行けると思う』

 という鉄平のOKが出て、修次はにやりと人の悪い笑みを作る。そして、

「それでは、こちら側へようこそ鉄平。これで君も廃人、通称イエスマンの一員だ」

 と、もったいぶった口調で鉄平を歓迎した。


 しかし歓迎された当人はその文句に危機感を感じたらしい。

『え? いや、別にそこまでハマる気は……』

 と釘を誘うと声を出す。

 そんなあわてた様子の鉄平に、修次はゲーマー界のテンプレトークを叩き込む事にした。

「いいかテツよ。否定はいけない。イエスマンならゲームについての要請はイエスと答えるのが筋だからな。……ではもう一度返事を、どうぞ」

『イヤス』

 惜しい即答だった。

 その事に、

「ふむ、なかなかしぶといな」

 と楽しそうに笑った修次は、

「それじゃあ神殿の外に行くとしよう」

 と言ってキャラを神殿の入り口へと動かしていった。


          ●


 おお、よくできている。


 先行する修次を追いかけ、神殿から街へとキャラを移動させた鉄平は、意外と広い街並みに内心で驚きの声を作る。

 立ち並ぶグラフィックがこちらの歩調に合わせて流れていく様子はよどみが無い。

 意外とお金がかかっている。とそう思える出来だった。

 その事に感動しながら、うーん、初心者。と自己評価を下す鉄平は、

「そういえばこのゲームってレベル無いのか? さっきステータスを見たら能力値はあってもレベルが無かったんだけど」

 と自分の前を行く修次に話しかけた。

『ああ、そういえばこういうシステムは珍しいのか。このゲームはプレイヤーキャラではなくジョブにレベルのつくシステムだ。基本ステータスは装備とジョブ補正、それにオートスキルで上下する。つまりジョブが多いほど有利という訳だな。増やすには課金だが』

 最後の一言がなかなか重い。

「課金か……でも、お高いんでしょう?」

 と思わず通販番組のノリで聞き返すと。するとそれに合わせて修次の口調も変化する。

『いえいえ、なんといつでも千円ポッキリ。皆様ご納得のお値段となります』

「納得させようって割には高くねえ?」

 思わず素に戻される内容だった。

『いやいや。真面目な話、ジョブごとに大きな個別ストーリがあるから収支的には本当に納得のお値段だと思うぞ。少なくとも中古のゲームを買うよりはお得なはずだ。もちろん無理にとは言わないがな。なに無課金でもジョブは二つ選べるから、少なくとも二つのストーリは楽しめる。決めるのはそれからでも……って、ああ、お前両方とも魔術師か。やる気に満ち溢れてるな』

「なんて腹の立つ評価っ……! というか課金前提で話すなよな」

『なに、どうせ気に入ったら課金するんだ。財布の準備でもしておくといい』

「気に入ればの話だからまだ分からねえよ!」

 少なくともそうバンバンとお金をつぎ込みはしない。と、そう思いたい。

しかしそこまで考えた鉄平は、でもこいつが五年もやってるんだよな……本当に面白かったらどうしよう? と不安を感じ、自分の財布を確認する。


 残金五百円だった。


           ●


『ワンチャンすらねえよ! 小遣い制度なめんな!』

 やけになって喚く鉄平の声を聴いた修次は、先手を打たれた、しかも自爆! と驚愕の感情を覚えていた。

 しかし、まあ待て。と呟いた修次は、小遣い性なら補充が効くだろう。鉄平の小遣いがいくらかは分からない。だがしかし千円はあるはずだ。と予測する。

「小遣い日は?」

 と聞けば案の定、明後日、と言う言葉が返ってきた。

 つまり明後日までに、課金イエスな状態に持っていけばいいわけだ。


 一度だけ。という建前がとんでもない事態を引き起こすという事を、鉄平も知る事になるのだろうな。


 と、修次が過去の経験から予測を立てていると、そうと知らない鉄平の方から、

『そういや修次、てかシュウか。そっちの方はどうなんだよ。結構課金してたりするのか?』

 という質問が送られてきた。


 当然の疑問。


 聞かれることを内心覚悟していた修次は、やはり来たか。と目をつむる。

 そして絶対に『高えよ!』とか言われるのだろうな。と考え少しためらってから、

「……さすが良い所に気が付くな。約五十三万だ」

『……え?』

「五十三万だ」

 暴露した。


           ●


 せ、戦闘力……!


 五十三万と言う数値に一瞬思考がそれる。その上で鉄平は、いや金の話だから。と考え直し再度金額を認識、驚愕した。


 とりあえず高一の資金力じゃない……というか、

「中古のゲーム買うよりお得! とか言いながら課金額五十万って何だよ……さっきの勧誘、どう考えても詐欺じゃねえか!」

 お前そんなんでよく勧誘できたな。と呆れていると、

『思っていたよりも厳しめな反応が来た!』

 という、よく分からない驚きの声が返ってきた。

 その事に鉄平は、何処に驚いてんだ。と言う感情を込め、課金した内容を問いただす。

「十二分に甘えだろうがっ。その金、ゲームの何に使ったんだよ」

 気づけば詰問タイムが始まっていた。


 可笑しなことになってきたな。

 現状に苦笑いした鉄平は、最初から可笑しかったもんな。と内心で続け修次の言葉を待つことにする。

 すると一定の沈黙をおいた修次は、仕方ないとでも言いたそうに、重々しい口調で語りだした。

『まずこのゲームは全、三六職ある。その上で最初の二職が無料なわけだ』

 絵の具か。いや、今はつっこんだらいかん。

 喉まで出掛かった言葉を引っ込めた鉄平は、先ほどのキャラメイクを思い出しながら、

「おお、そうだな」

 と理解の相槌を打つ。

『それで残りのジョブストーリーも見てみたいな。と考えた俺は、残っていた三十四職を、一職千円だから三万四千円か、で買い。定期的に更新される期間限定装備とガチャ、その他観賞用アイテムに手を出し、軽いコレクター根性を発揮して……こうなったわけだな』

「なるほど、これはしょうが無いな」

 鉄平は、そら振られますわ。と言いたくなった自分をなだめ、一度、深く息をする。そして、

『おお、理解があるのか?』

 という修次の声に吸った息を思いっきり吐き、

「うん、すごく理解した。当然だな」

 返答した。

『ちょっと待て。今明らかに何かしらの含みが……』

 あ、感づかれた。しかし踏み込ませはしない。

 そう決意した鉄平は修次の以上な課金額。その資金源について切り込みを入れる。

「修次、お前どうやってそんな金作ったんだ? ……やはり犯罪か」

 何故か断定混じりになった。

 それに対して修次は無罪を主張。

『やはりとか言うな、ちゃんと合法だ。実は死んだ祖父が色々とガラクタを残しててな。その中の一つをデザインが良いから、とねだって譲ってもらったんだが……試しにネットオークションにかけたら意外な事に高く売れてな。つまりはそういうことだ』

 とどうしようもない内情を話し出す。

「貯金しろよバカ野郎」

 思わず唸りながらそう言った鉄平は、その金をもう少し他に使えなかったのかと内心もどかしくなっていた。


 しかし事既に後の祭。友人のリアルマネーはデジタルの海に溶けている。

 それを理解した鉄平は、今更言ってもしょうがないか。と切り替え、ある程度冷静になった頭で、まさか、という言葉の似合う可能性に思い当たる。

「なあ、一応聞くけど。ゲーマーってのは皆、そんなに課金するものなのか?」

 恐る恐るといった確認。

『イエス』

 返答は即答だった。



         ●



『なんて世界だ……って、待て。さすがにソレは無い。絶対に無い!』

 インカム越しの鉄平の断言。それを聞いた修次は、ああ何か勘違いしているな。と察し、

「言っておくが、あくまでゲーマーと言われるレベルのユーザーに限定した話だからな?無課金で遊ぶユーザーも当然いる」

 と互いの間に起きたであろう認識のずれについて説明する。

 言われ、自分の勘違いに気づいた鉄平は、

『ん、ああ、ごめん。俺の聞き方が不味かったのか……』

 と気まずそうに謝罪した。それを受け、

「謝るほどじゃない。正直、無課金の人間より二、三千円くらいの課金をしているユーザーの方が多いと思うがな。……実際課金している人間はかなりいるぞ? ヘビーユーザーに至っては俺より課金額の多い人だっている」

 と課金アピールに転じた修次だったが、どうやらヘビーユーザーの話が余計だったらしい。

 五十三万より上がいる。という話を聞いた鉄平は

『か、金あんな……社会人か』

 とかなり衝撃を受けていた。


 しまった、サービス開始当初から五年間コツコツ課金した人間の話は不味かったか……!


 五年間の集大成とも言える人様の合計金額。そんなものを話したら一般人に惹かれるのは当然だ。

 つい口を滑らせた。と自らの過ちを悟った修次は、鉄平の言葉に、

「そうだな。大体は社会人だ」

 と答えながら、話をそらすのにピッタリなある課金プレイヤーの存在を思い出す。

「もちろん大して課金していないのに強い、という人もいるぞ。今日呼んだ〈変態鬼畜王セクハラー〉さんの様に圧倒的なリアルラックを持つ人間もいるからな。期間限定百円課金で当選率0、0001%の最強激レア装備を連続引きするという超人っぷり。……あれはすごかった」

『え、今、なんて?』

「うむ、驚くのも無理は無い」

 すぐさま食いついた鉄平の反応に気を浴した修次は、やはりこういう時は超人の話に限る。と思いながら解説を重ねていく。

「なにせ宝くじで買ったクジが必ず一千万越えのアタリになるようなものだからな。一時期はハッキング疑惑まで出たが、なんというか、そういうレベルじゃなくてな。本当にすごいんだ……運の振れ幅が」

 この説明で分かるだろうか? と自分の説明力の無さに不安を覚えつつも修次は説明を言い切った。

 しかしどうしたことだろう。インカム越しの鉄平は、

『いや、そこは確かにすごそうだけど、そうじゃなくてだな』

 と歯切れの悪い応答を繰り返していた。


 食いついたは良いが……妙な認識のズレがある?


 やりとりの流れに違和を感じた修次が次の言葉を待つと、言いづらそうな口調で鉄平の指摘が来る。

『いや、その、名前が……ほら、な?』

 どうやら〈変態鬼畜王セクハラー〉という名前に驚いているらしい。

「って、何? まさか、そこに食いついたのか?」

 と抗議の声を上げれば、

『その意外そうな声!』

 逆に抗議された。

 それを聞いて、いやいや、そこはおかしくはないだろう。と頭をかいた修次は、


 まあ確かに十八禁ゲームの中ボスにいそうな名前だが……。


 と内心で続け、ん? と動きを止める。


 おかしい。そうなるとこの名前が十八禁にピッタリという事になるのではないだろうか?


 思いがけぬ思考の展開に内心で焦りを覚えた修次は、いやまあネトゲだしセーフだろう。と自分に言い訳。

 周りから、例のあの人、呼ばわりされる〈○フォイ〉や、倒れると絵になる〈やむちゃ〉、など他の色物プレイヤー達を思い浮かべ、やはりセーフ。と結論を出す。

そしてその勢いに乗った修次は、そのまま、

「この名前のどこに問題があるんだ」

と、落ち着いた声音で質問した。


         ●


あ、ダメだ。コイツ慣れてやがる。


自分の驚きを修次に聞き返された鉄平は、その冷静かつ平坦な声音に、何て野郎だ、とPCの前で唸り声を上げた。


もっとこう違和感とか無いのか?


と疑問に思うが、多分言っても無駄だろう。

と、そこまで考えた鉄平は、ふと先ほどの会話に引っかかりを感じ、緊張した面持ちで押し黙った。


何か大切なことを忘れている気がする。

妙な名前に気を取られたせいで流してしまったが、ヘッドホン越しの修次は何かとんでもない事を口走ってはいなかっただろうか。

あわてて先ほどの会話を思い返してみるが……どこを振り返ってもおかしなことばかりだ。


その事実にあいつキャラ濃すぎだろ。と修次の評価を改めた鉄平は、確かこの後の事に関係するんだよな。と考え、それと変態鬼畜王セクハラ―をつなぎ合わせる。

そして、ああ、と内心納得の声を上げてから、

「……今日呼んだ?」

と混乱した。


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