潜入 3
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翌朝の新聞の見出しはこうだった。
『必見! 伝説の宝剣本日公開』
どうやら俺達が忍び込んだ証拠は見つかっていないらしい。
そりゃそうだろう。
実際に証拠が出るとしたらア○ンアルファくらいのものだ。別に物が盗られているわけでもないしな。
しゃこしゃこと歯を磨きながら、新聞をパラパラとめくっていく。
ヴェネッサはというとアレからそのまま熟睡タイムに入ってしまったようで、今は「釘が釘がぁああああ」と意味不明な悪夢にうなされている。
確かに釘も杭の分類にはカテゴライズされるか。
ためしに今度、釘打ち器あたりで狙ってみるかな。
読み終えた新聞を机の上に放り、うがいを済ませると、俺は開きっぱなしにネットブックの前に腰をおろした。
そして思わずにやりと笑う。
完璧だった。
ダ・ヴィンチも真っ青だろう完璧な計画書がそこには出来上がっていた。
いやまぁ、ダ・ヴィンチはテロリストでもなければ泥棒でもないのだが……。
睡眠時間を1時間に削ったかいがあったというものだ。
出来がいいものができると気分も爽快だな。
ネットブックをベッドの上に置くと、俺は朝食をとるために部屋の出口へと向かった。
「美術館の開館までまだ時間はあるし、朝は豪華にフレンチのバイキングと」
直後。
「釘とプリンが~~」などと、わけのわからない寝言を呟きながら寝返りを打ったヴィネッサの裏拳が俺のネットブックを粉々に破壊した。
ガシャーンッ!! と無機質の破壊音が俺の鼓膜に突き刺さる。
世界がスローだった。
音もスローだった。
その瞬間、世界の全てが止まりそうなほどにスローモーションになり、そして加速した。
「うぉああああああああああああああああああああああ!? テメェ起きろこの吸血鬼!! ざけんなよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」
一瞬で寝ていたヴィネッサのマウントを奪い、両襟首を締め上げて、残像が残るほど首を上下に揺さぶる。
「……、ぐぅ」
「おい待て! テメェ今一瞬起きただろ!! 起きたけどめんどくさそうだったから寝なおしただろ!? 一体今まで俺のパソコン何台おしゃかにしたと思ってやがるんだ!! しかも今日のは睡眠時間の殆どを費やして作った計画書まで入ってたんだぞこのヤロォオオオオオオオ!!」
「だって、どうせ失敗するじゃん……ぐぅ」
「なに寝言にしようとしてますか!? 今の明らかにお前の本音ですよね!? 」
俺はとうとう、愛用の銃《ベレッタM92》を抜いてヴィネッサの額にゴリゴリと押し付け始めた。
「前回だって俺のノートパソコンお前がぶっ壊さなきゃもっと楽に済んでたんだぞ!? 」
「オーケーオーケー話し合おうかチェリーボーイくん」
「話し合う気皆無だろ!? 」
しばらく睨みあっていた俺達だったが、
「止めだ」
俺の方の体力が限界だった。
ただでさえ、ここのとこ連日仕事続きなんだ。その上睡眠時間まで削ってる俺にこれ以上の体力消費は望ましくない。
仕方なく銃口を下ろして力なくその場にうなだれる。
あぁそうだよ。結局こうなる運命なんだ。
いつもいつもいつもいつも俺の計画書(PC)をぶっ壊しあがって……。
こいつと組んで計画通りに言ったことなんてものの一度もない。
毎回毎回狙ったかのように完成直後を狙ってこいつがぶっ壊しに来るからだ。
結局最後はいつもどおりだ。
俺はヴィネッサに携帯電話を放り投げると、
「会長に連絡してくれ」
「はいよー。ってことは今から?」
「あぁ」
一つ頷いて、腕時計を確認する。
時刻は八時二十分。
「会館時間の四十分前か」
「またあの博物館?」
「美術館だアホ」
「たいして変わんないじゃん。細かいなぁ~」
ぶすぅーっと頬を膨らませて拗ねたふりをする吸血鬼に朝から苛立ちを覚えながら、備え付けの小型冷蔵庫からあらかじめ買ってあったミネラルウォーターを取り出す。
ペットボトルに残っていた水を一気に飲み干すと微かだが頭が冴えていく。
この仕事が片付いたら数日くらい休みでももらうか。
当然ズル休みだが。
有給でももらえたらありがたいんだが、生憎とそんな便利な校則は存在しないもんでね。
今度の会議で提案してみるか。学生の有給制度。
「で? 昨日行ったときは偽者だったじゃない」
「『昨日』はな……。『今日』は本物だ。言っただろ信頼度80パーセントオーバーだ」
「それは他の展示品の話でしょ? 」
「いや、間違いない」
確信を持ってそう告げると、ヴィネッサの表情に僅かに緊張が走った。
そりゃそうだ。
昨日だってアレだけの怯えようだったんだ。まず間違いなく本物があるとすれば当然の反応だろう。
だから、
「行きたくなきゃ先に会長のジェット機に行ってろ」
だから俺は強制はしない。
あくまでもコイツの自由意志に任せる。
自分の命だ。
自分だけが好きにする権利を持っている。
それに結局はいつもと同じ作戦で行くのだ。俺一人でもさして問題ない。
「こっちもプロを名乗ってる以上ブツは持ち帰る」
その言葉に、ヴィネッサはふるふると首を横に振った。
「私も行くよ」
「いいのか? 」
俺はもう一度確認するように訊く。
万が一の場合俺はこいつを守ってやれない。
守る気もない。
どころか不測の事態が起きれば俺は躊躇無くこいつで宝剣の真贋を確かめるし、囮にだってつかうだろう。
自分の身は自分で守る。
それがあの生徒会の確認するまでもない鉄則だ。
「行くよ。私もプロだから」
「そうか。……で、なんのプロだ?」
おかしい。
コイツの肩書きは『吸血鬼』だけだったと記憶しているのだが……。
「いつの間にこそドロにジョブチェンジしたんどおおおおおおおお!?」
ソニックブームを伴って突き出された拳を紙一重で神回避。
ジョブだけにジャブって。
わかり辛えよそのギャグ。
「で、なんで本物だって? 」
「簡単だよ昨日お前が使ったトリックさ」
「昨日……」
瞬間、ボンッ! とヴィネッサの顔が沸騰した。
「わ、わぁああああああああああああッ!? わ、わたわたわたし一体なんてことを!? 」
今さらながら昨夜の痴態を思い出しているらしい。
真っ赤になったと思ったら今度はその場で悶え始めた。忙しいやつだな。
「お、男の血を……、それもよりによって智久の血ぉおおおおおおっ!! 」
最終的に両手で頭を抑えてもんどりうち始めた。
「んなことはもういいから帰って来い。話が進まないだろ」
「う? うぅうううううう……」
枕を抱いてそれに顔を半分ほどうずめているヴィネッサ。
「単純な問題だよ。当日の朝本物にすりかえるのさ。万が一、盗まれてもいいようにってな」
「それで今回はどうするのよ」
ヴィネッサが枕に顔を埋めたまま聞いてくる。
「こいつを使う」
俺はにやりと口端を吊り上げると、得意気にベレッタを持ち上げた。
つまりは、いつもと同じ、だ。
銃と弾さえあれば……、テロは起こせる。




