潜入
「そういえば思ったんだけどな。アセンブラァドって言ったらアセンブル・ハートに聞こえないか?」
「…………アセンブるラァァァァァァァァァド……」
「そのテンションでなぜセ○の真似をしようという考えに達した」
しかも全く似てない。
声が高い、テンションが低い、そもそも似せようという気が無い。
採点、二十点。
翌日の深夜一時。
場所は例の美術館。
さっそくのお仕事とは、我ながらワーカーホリックにも程がある。
日本人は働きすぎとは海外の人もよく言ったものだ。
しみじみ痛感するね。
空調ダクトの中でおそろいの暗視スコープを装着した俺とヴィネッサは一度下見も兼ねて忍び込んでみたわけだが……。
――どういうことだ。
俺は今、恐らく別の意味で頭を抱えていた。
いや、実際は止まることなくほふく前進しているのであくまで心の中でなのだが。
今時は田舎の公民館でもダクト内部に赤外線を張り巡らせてる時代だぞ。
仮にも美術館を名乗るなら最低限のセキュリティ設備ぐらい整えとけよ。
陳列されてる品に失礼だろ。
そんなこそドロにあるまじき憤りを覚えながらも、動きを止めることなく奥へ奥へと進んでいく。
どうやら最低限の監視カメラは設置されているみたいだが、さすがにダクト内部まではカバーしきれない。
どれだけ平和ボケしてるんだか。
「暇だ……」
欠伸が出るぜ。
ビックリするぐらいに何も仕掛けられていない。
本来夜行性のはずの色ボケ吸血鬼は、俺の代わりにとでも言うように何度も欠伸を繰り返している。
それぐらい暇だった。
下見ついでに目標を盗って帰れるかもしれない。
適当に警備の様子を確かめて、ゆっくりと計画を練る予定だったのにその必要もなくなりそうだ。
仮にもかの有名な『悪魔殺し《アセンブル・ハート》』だ。
一体どれほどの警備体制かと少しだけ期待していたが……。
――いや待て、冷静になれ。さすがにこれはない。まさか俺達が忍び込むのを予め察知してトラップをでも仕掛けてるのではないだろうか。
――。いや、それはない、はずだ。
俺達がこの国に着いたのはほんの半日前だ。
当然誰にも話していないし、盗聴、盗撮、尾行の類も一切なかった。
情報が漏れるする隙間なんて一部もないはずだ。
だとしたら更なる可能性は――、
と、前進がそこで止まる。
たどりついてしまった。
本当に何事もなく。
ダクトの通風孔から見下ろすと丁度真下。
表面上だけのアクリルケースに入れられて飾ってある。
「……マジかよ」
思わずそんな言葉が口をついて出た。
だってあれ、普通にカパッとアクリルケース外せばそのまま持っていけるレベルだぞ!?
ここの美術館の館長の脳みそは絹か木綿じゃねえのか!?
しかも辺りには警備マンの姿すらない。
やる気あんのかコラァ!
わざわざ深読みしてトラップとか警戒してた泥棒に謝れや!
拍子抜けと言うか、興ざめと言うか。
呆れと怒りを通り越して、一周回って脳みそが落ち着きを取り戻していく。
いやいや。よく考えろ。
これはついてる。
このまま盗って帰ればわざわざ侵入方法や逃走経路、警備状況、下準備の計画に時間を裂く必要がなくなる。
必然的に仕事は早く終わって、残りの時間はゆっくりと観光ができる。
そうだ。
そう思い込もう。
ガシャン!! と俺は通風孔の金網を蹴りぬいて、そのままスタリと猫のごとくしなやかに大理石の床に着地する。
窮屈だった暗視スコープをようやく取り去ると視界が広がり一種の開放感がおとずれた。
「派手な音立てたわねー」
言いながら、彼女もさして気にした風もなく俺の背後にスタリと降り立つ。
そして、
「じゃ、私はこれで!」
などとバカな事をほざきながら、そのままスタスタと歩き去ろうとしていたヴィネッサ。
その首根っこを俺は予備動作もなく瞬時に捕まえる。
「ぐぇ……、首がしまッ……!? 助け……」
「人聞きの悪い声を出すな。普通に後ろ首の根元を掴んでるだけじゃねぇか」
もっとも全力で締めつけているのには変わりない。正面からだったら確実に息の根を止めているだろう。
首の根で息の根を止めるところだった。
……うん。
全くうまいこと言えてないな。
以前から薄薄思っていたことだが、どうやら俺にギャグのセンスは無いらしい。
別にお笑い芸人を目指しているわけではないからそんな才能はあっても無用の長物なのだが。
「やだやだやだやだ帰る! 帰せ、帰して、帰してくださいお願いします!」
……むっ?
野良猫を無理やり抱っこしたときのような暴れっぷりだな。
「帰せごらァァァ!!」
前言撤回。
野良猫はこんな暴力的な鳴き声は出さない。
「噛むぞこらァ、吸うぞこんちくしょーッ!!」
どれだけ怖いんだよ。
チラリと、すぐ横にある宝剣に目をやって。
「ふむ」
と、一つ頷く。
そこまで怖いのならば仕方がない。
コイツは吸血鬼だが、俺は鬼でもなければ死奏者でもない。
それに誰であろうと死ぬのはやっぱり怖い事だしな。
苦しみながら死ぬというだからさらに嫌だ。
そんなのは誰だって嫌だ。
そんな彼女の目の前には掠っただけでも死に直結しかねない宝剣。
ん?
……こいつ、なぜついてきた。
俺だったらまず間違いなくボイコットだ。
会長からの仕事?
はん、知るか。
誰だって自分の命が一番大切なのさ。
ソレを考えるとコイツは勇気があるのか、仕事に忠実なのか……。
なるほど、本来ならばよくぞここまで来たと褒めてやるベきなのだろう。
「ふむ、ふむ」
と、今度は二回ほど頷く。
逃げようとしていたこいつにも情状酌量の余地がありか。
こいつの気持ちも分からなくもない。
仕方が無いな。
俺は満面の笑みで、
「だが断る。さっさとあの剣を盗ってこい」
「コロォオオオオオオス!! 干からびるまで吸い尽くしてやるぁぁあああああああああああ!!」
「日本語をしゃべれ。ここはヨーロッパだ」
言って、掴んでいた吸血鬼――、もとい歯をガチガチならしている狂犬の勢いを利用して合気道の要領でポイと投げ捨てる。
勢いを殺しきれず、前のめりに、自らの顔面で豪快なヘッドスライディングをかまし、そのまま大理石を雑巾がけしているかのようにズゴゴゴゴゴーとすべっていく。
例えるなら、えーとアレなんていったか……、そう確か。
「カーリングの石のようだ」
俺としては、ヴィネッサの顔が摩擦熱で火傷しようとどうでもよく、日本のサラリーマンよろしくせっせと仕事をこなしたい。
カパッと大して重くもないアクリルケースを取り去ると後ろに放り投げる。
ゴンと、なにやら背後で鈍い音がしたが、どうせカーリング石に今しがた投げ捨てたアクリルケースがぶつかった音だろう。「ぐえっ」という不気味な鳴き声が聞こえた。
「さて、宝剣は……」
宝剣を拝見、なんてベタなギャグをかますつむりはないが、ひとまず手にとってみる。
その場で二,三回空振り。
ヒュン、ヒュンビュンと刃が空を斬る小気味良い音が連続する。
……軽い。
まるで羽でも振り回しているような軽さだった。
「おいヴェネッサ、ちょっと来い」
俺の背後で雪兎みたいに丸くなって頭を抑えながら、アクリルケースの中に引きこもってプルプルと可愛らしくもなく震えているヴィネッサに声をかける。
その返事は、
「いやだ」
「ガキかお前は」
「だって智久のことだから、『ちょっとこれが本物か確かめたいから黙って斬られてくれ』とか言って、いきなり斬りつけてきそうなんだもん」
「お前から見た俺は通り魔か何かか」
「似たようなものじゃん!」
「……全国のテロリスト諸君に謝れ」
「ふぇええええええええええええええええん」
とうとう泣きはじめてしまった。
やれやれだ。
どれだけ俺が信用されてないかがよくわかる。
俺はため息を吐き出しながら、もう一度確かめるように剣を振り下ろした。
それからアクリルケースの中の彼女の耳にも聞こえるように、少し大きな声で言ってやる。
「安心しろよ。コイツは余裕で偽者だ」
ピタリ、と彼女の泣き声が止まる。
俺は見せ付けるようにその偽者を胸の前に構える。
「銀の比重は10.5前後。金やプラチナの比重と比べると半分以上も軽い。だがこの剣はあからさまに軽すぎる。ともすれば持っていることさえも忘れてしまいそうな代物だ。おおよそ名剣には程遠い贋作だよ」
こんな粗末な代物を本物と勘違いされるとは、本物の宝剣が泣くぞ。
カパリと、それまで穴熊を決め込んでいたヴィネッサがアクリルケースを取り去った。
「そして、これは普段から純銀の銃弾を使っている俺だからこそ言える事だが、光り方が鈍すぎる。闇の中であることを引き算してもこれはありえない」
そしてとうとう雪兎が立ち上がる。
どうやら両腕でごしごしと涙を拭いているようだ。
俺の博識ぶりに彼女もようやく納得してくれたのだろう。
鼻水をすすりながら、ゆっくりとこっちを振り返る。
そこに一瞬の隙が出来たのを俺の鋭い眼光が見逃すわけも無く。
「悪いな吸血鬼。ちょっとこれが本物か確かめたいから黙って斬られてくれ」
などと大げさに言いながら、実は剣先で首元をチクッとつついただけなのだが。
一応、万が一の最終確認だ。
こいつが本物ならこれだけのことでも吸血鬼には致命傷となるはずだ。
一瞬の間があって。
「ギャあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアあああああああああああああああああああああああああああッ!?」
博物館中に吸血鬼の絶叫が響き渡る。
いや、さながら断末魔か。
やっぱりこいつはバカだった。わかっていながら自ら巣から出てくるとは……。
あまりにショッキングだったのだろう。ヴィネッサの膝がその場に崩れる。どうやら意識を手放してしまったらしい。
俺はそんな事はお構い無しに、手に持っている自称宝剣を元の場所に戻していた。
その上から元あったようにアクリルケースをかぶせておく。
数ミリの誤差も無く完璧に元の位置の戻してみせる。
我ながらなかなかの職人技だ。いっそ芸術的でさえある。
気絶しているヴィネッサを引っつかむと再び暗視スコープを装着して、簡易式のワイヤーロケットを通風孔内部に打ち込む。
「っと、大切なものを忘れるところだった」
蹴り抜いた金網もつかむ。
「んでもって、」
機械のスイッチを押すと、そのまま打ち込んだワイヤーが自動回収されていく。
俺はただワイヤーを掴んでれば自動的にダクト内部に戻るってわけだ。
少し遠くから数人の足音と声が聞こえる。
そりゃ、アレだけの悲鳴をあげればさすがに警備員も集まってくるだろうよ。だが、その頃には俺達はダクトの中、最後にこの金網を元に戻せば完璧だ。
文字どうり全ては闇の中さ。
上りながらヴィネッサの首筋を見てみる。
小さな傷にはなっているものの精々掠り傷程度。
傷口が広がっていく様子もなければ体から炎が噴きあがる様子もない。俺の見立て通り偽者だったわけだ。
「さてと、どうしたものか……」
気絶してるヴィネッサをダクトの奥に転がし、俺は金網を元に……。
「しまった……ッ!! !!」
調子に乗って蹴り破ってしまったせいでビスが完全にイかれてしまっている!
まさかの凡ミスに背中から汗が噴出す。
例えるならテスト用紙の解答欄を一つ間違えて記入してしまったのを回収直前に気づいてしまったような、そんな感覚だ。
「くっ、不覚!! 」
「……ん、むぅ」
どうやらヴィネッサも起き出しそうだ。
このまま彼女が起きれば間違いなくさっきのことを騒ぎ始めるだろう。
警備員の足音も、もうそれほど遠くない。
どうやら手段を選んでいる時間は無さそうだ。
「かくなる上は……ッ」
俺はカッと目を見開くとポケットの中からアロン○ルファと書かれた瞬間接着剤を取り出した。
「これで何とかなることを祈ろう」




