日常2
※14/8/8 改稿
2
「会長、起きてください。全員揃いましたよ」
二十時。
いつもこの時間に生徒会の会議が始まる。
まぁ会議といっても、会長の持ってきた仕事をそれぞれの専門分野に振り分けていくだけの楽な作業。
本当に大変なのはその内容の方だ。
この人もこの人で独自の裏ルートを持ってるからな。ヤバいものから超ヤバいものまで多種多様に取り揃えられている。まさに裏仕事のデパートみないな人だ。
そして俺達、生徒会役員は組織であって組織ではない。
つまりは仕事時、個々の判断で行動する事が許可されている。極端な話、場合によっては依頼人でも殺すことができるわけだ。
実際に、俺は何人もの違法ドラッグの売人の頭をトばしてきた。
もちろん金はもらった後でな。
「んむにゃ? 朝かにゃ?」
俺が肩を揺り動かすと、会長は目をシパシパさせながら起きてきた。
寝ぼけ眼で生徒会室を一瞥すると、うんと小さく頷いて。
ちょいちょいと指先で俺に頭を下げるように合図する。
不審に思いながらも、会長の前に頭を差し出すと、
「あだっ!?」
スパァン!! という軽快な音をたてて、俺はなぜか会長の上履きで頭を叩かれた。
そして、
「おバカだね。まだ凪野ちゃんがいないじゃない」
会長は憮然とした態度でそういった。
繰り返そう。
俺達の仕事は基本的にこの人、生徒会長から依頼されるものだ。
そして今、ナノが行っている仕事も例に漏れない。今日中に帰ってくるのはいくらナノでも不可能だろうことは、会長も重々承知のはずだった。
つまりはどういうことかと言うと、
「会長」
「んわわわ!? キれる十代! 暴力は反対だよ!?」
いつまでも頭をペシペシと叩いている上履きを受け止めると、会長の手から奪い取ってゴミ箱に放り捨てた。
俺は笑顔を浮かべたまま、唖然としている会長の額にベレッタの銃口をごりごりと擦りつける。
「ナノは会長の依頼した仕事でいませんが……、ま・さ・か・忘れていたなんてことはねぇですよね?」
俺のその言葉に、彼女はハッと今思い出したように目を見開いて――、そしてサッと目を逸らした。
なんてわかりやすい人だ。
俺はさらに強く銃口をおしつけると、
「わ、忘れていました。ゴメンナサイ」
なんとも珍しい事に、彼女は素直に謝った。
会長は両手を上にあげて無抵抗の意思を示す。
まぁでも、
「ゴメンナサイで済んだら世の中にテロリストはいないんですよ、会長」
俺はこの人が大嫌いだ。
謝られようが土下座されようが、頭を上履きで叩かれたというあの屈辱を水に流す気などサラサラない。
ごめんなさいで済んだらこの世に拳銃も核ミサイルも必要ないのだ。
「あばばばばばばばば」
奇妙な声を出して震え上がる会長に、だが俺は躊躇しない。
いい加減にうんざりだ。
まったくもって堪忍袋がぶち切れた。
俺をキれさせたら大したもんですよ、会長。
引き金にかけた指を引こうとして、
「はいはいストップ」
伸びてきた手がベレッタの銃口を捻り上げた。
一瞬遅れて、タァン!! と空気を切り裂くように鋭い銃声が生徒会室に響いた。
パラパラと天井に開いた穴から木屑がおちてくる。
ちっ。
「ヴィ、ヴィネッサぁあああああああああああ」
会長は感涙の涙でむせび泣きながら、俺の背後からベレッタを掴んでいるヴィネッサに弾丸のように飛びついた。
ゴチン! と、会長の頭が正面にあった俺の顔面をふきとばしていく。
それと同時にヴィネッサは銃を手放して、サッと身を避ける。
俺は頭突きの衝撃と痛みを殺しきれず、生徒会室の床に後頭部を痛打した。
こ、殺す。
堪忍袋がサバイバルナイフでズタズタだ。
なみだ目で銃をにぎりなおして、勢いをつけて立ち上がろうと、
もふっ。
なんだ?
なんだか柔らかいような妙な擬音が聞こえたぞ。それになんで、いきなり視界がこんな、ピンク色に……。
「ひうっ!?」っと、なにやら頭上から会長の息を呑む声が聞こえてきた。
それに続いて、
「あらあら」
「あちゃー……」
ロカさんが、その後にヴェネッサが困ったような声を上げる。
はてさて、いったいどういう――。
突然の異常現象に脳みその回転が追いつかない。
いかん。冷静になれ。
落ち着いて考えろ。
こんなもの銃弾の飛び交う紛争地の最前線に拳銃一つで送り込まれたあの時よりは遥かにマシなはずだ。
あの状況、あの角度、あのタイミング、そして皆のこの反応。
……まさかッ!? 思わず目を見開く。
そこから導き出される答えは、これしかない……。
もう一度ピンクに染まった視界をまじまじと見つめて、俺は確信を持って頭を『外に出した』。
……会長のスカートの中から。
ゆっくりと上を見上げると、まず最初に目に入ったのはヴィネッサだった。
彼女はやれやれと首を振ると、顎ですぐ横を示した。
俺はそれに従うように、恐る恐る視線を移動させる。
するとそこには予想通りというか……。
顔を真っ赤に染め眼帯をつけてない方の左目の端に涙をいっぱいに溜た会長がいた。
って、いやいや、あなたそんなキャラじゃないですよね!?
なにちょっと年頃の少女らしい仕草を見せてるんですか!?
やがて会長はヴィネッサの背中に回りこむと、しかし顔だけ出してもじもじと俺のほうを見つめてきた。
そして、
「責任……とってくれる……?」
そう言って、会長は上目遣いで俺のほうを見上げた。
同時にこらえきれなくなったようにヴィネッサが『ブフッ』っとふきだした。
それに俺は、
ブチン、と。
俺の脳みそがそんな音をたてた。
あるいはこれが血管が切れた音だろうか。
堪忍袋の緒はとっくに切れて、あげくミンチになってしまっているのだからきっとそうだろう。
少しでも悪いことをしたと思った俺が悪かった。
殺そう。
今すぐに。
「会長、知ってますか」
「ぐすっ、なにを……?」
もったいぶっても仕方が無いので俺は単刀直入に言うことにした。
「俺はアンタの、そういうところが大嫌いなんですよ」
「がーん! ふられたんだよ……」
俺は今一度、会長の頭に銃口を向ける。
だが今度はヴィネッサの背中にサッと隠れてしまった。
そんな様子を楽しそうに見ていたヴィネッサが、
「二人ともその辺にしときなさいって。今回は智久も悪いよ」
「いやお前、何気に弾除けにされてる事に気づいてないだろ」
「え? あぁ!? いつの間に!?」
ヴィネッサは慌てて背中にくっついていた会長をひっぺがす。
どれだけ力強く抱きつこうと、会長は所詮人間だ。人知を超えた吸血鬼の怪力にかなうはずもなく、なすすべもなく放り捨てられた。
「うぇえええええ、ヴィネッサが裏切ったよー!」
「それはこっちの台詞よ! 危うく殺されるところだったじゃない!?」
ちなみに俺が使用している銃弾は全て銀だ。
ただの人間でも当たれば重傷だが、吸血鬼に対してはかすり傷だけでも致命傷になりかねない代物。
ヴィネッサもそのことを知っているだけに、その行動は当然であるといえた。
大切なのは他人じゃない、自分の命だ。
そして、ここの生徒会役員は全員そのことを熟知している。
弱肉強食。
それが裏の世界で生きていくための絶対条件なのだ。
仲間? なにそれ食えるのか。
「ストップですわ。話し合いが一向に進んでませんわよ」
と、とうとうみるに見かねたロカさんがヘッドホンを外して、ノートパソコンを閉じながら言った。
どうやら俺達が騒いでいたおかげでゲームに集中できなかったらしく、ロカさんは少しだけ不機嫌そうだった。
「だぁってヴィネッサとトモがぁ~」
会長は駄々をこねる子供がそうするように、涙目で俺達二人を指差した。
まるでいじめっ子の心境だ。
まったく心は痛まないが。
理不尽をボディランゲージも駆使して必死に訴える会長だったが、
「お黙りなさい。わたくしは最速で帰ってゲームの続きをしなければなりませんの」
「ふえ……?」
予想だにしていなかったその言葉に会長がアホの子のようにポカンと口をあけ唖然とする。
クワッ!! と目を見開いたロカさんは会長にさらなる追い討ちをかける。
「美雪が……、美雪がわたくしを待っているんですの!! あなたのごときマリモにかまってる暇はありませんの!」
バァン!! と机を力任せに叩きつけると、ロカさんは今プレイしているゲームソフトのパッケージを会長に向かって突き出した。
そのパッケージには数人の女の子達が描かれており、ロカさんが言っているのはその中の青色の髪をした気弱そうな少女のことらしい。
どちらかというと、その横に載っているモザイクのいかがわしい画像の方に目を奪われるのは男子ならご愛嬌というものだろう。
ヴィネッサにいたってはうわぁと顔を赤面させて顔を逸らしているものの、チラッチラッと視線をそちらに向けている。お前もどんだけ生娘なんだよ。
「ま、まり、も……」
片目をパチクリさせて唖然としている会長。
俺とヴィネッサはお互いにアイコンタクトをかわすと、今のロカさんには下手に逆らわない方がいいだろうと、俺達はどちらともなく頷きあって、大人しく自分の席に戻っていく。
俺達が二人とも席に着いたのを確認して、ロカさんは満足そうに目を細める。
「ここに私の味方は誰もいないことがわかったよ……」
会長もようやく諦めたらしく、肩を落として自分の席に戻っていく。
ひときわ大きくため息を吐き出した後、やる気なく机の上に突っ伏すと、
「んじゃ、会議をはじめるよー。ロカ」
「はいですわ」
ロカさんが机の上にあったリモコンのスイッチを押した。
すると、それまで生徒会室を照らしていた明かりが全て消える。
次いで会長の背後から巨大なスクリーンが降りてきた。
同時に、俺達は仕事モードへと態度を切り替える。
あの会長までもがこの時ばかりは表情を引き締めていた。……机には突っ伏したままだが。
数秒あって、巨大スクリーンは黒い画面から白い画面へと切り替わる。
その画面中央では立体的な紋章がゆっくりと回転していた。
「今回の仕事はこれですわ」
ロカさんはそう言うと、もう一度リモコンのスイッチを押した。
すぐさま画面が切り替わる。
直後、「げっ」とヴィネッサがうめき声を上げて顔をしかめた。
ふと横に視線を向けると、頭のてっぺんからつま先まで滝のような汗をふきだしている。
まるでナイアガラの滝だな。
スクリーンには数枚の写真が映っていた。
なるほど、剣ね。
しかもアレはとびっきりの上玉だ。
確か名前は――、
「宝剣、アセンブル・ハート」
俺が面白そうに呟くと、横で固まっていたヴィネッサがあからさまに動揺した様子で頭を抱え始めた。
そりゃそうだ。
写真に写っているのは銀色の剣。
細かく意匠の凝らされた柄に、見る者の視線をも切り裂きそうな純銀の刀身。
そう『純銀』だ。
正確には吸血鬼は銀の弾丸に弱いのではなく、銀そのものに弱いらしい。
それにつけて今回は剣ときたもんだ。
切られるだけならまだしも刺された場合、その意味は吸血鬼的には杭にカテゴライズされるはずだ。
だがこれだけではない。
ヴィネッサにとって問題はさらにある。
「この剣は別名、『悪魔殺し』っていうんだよ。その昔どこぞの名高い姫様が吸血鬼に襲われた際に、その騎士がこの剣で吸血鬼を刺し殺したって言われてる伝説の一振り」
会長が今回の目標について詳細を説明していく。
そう。この剣はその昔、吸血鬼を殺しているいわくがある宝剣だ。
あの強気なヴィネッサがここまでビクついているのもそれが大半の理由だった。
なにせ銀には触れただけで火傷してしまうのだ。
それが『貫かれた』なんて事になっては想像を絶する苦痛だろうよ。
会長の説明に付け足す形で、ロカさんが補足説明をしていく。
「その姫の名がクラリエッタ、騎士の名がアーサーですわ。新月の夜にクラリエッタ姫を襲いに来た吸血鬼との死闘の末、アーサーは重傷を負いながらも吸血鬼の胸に剣を突き刺した、というのがこの剣に語られているエピソードですわ。たしか民話にもなっていたはずです」
そして当然、そのことはヴェネッサも知っているわけで、彼女が怯える気持ちも俺にはよくわかる。
なんたって俺もたった一人でマフィアの本拠地に侵入した経歴があるからな、自ら死地に赴くヤツの気持ちと言うか、そんなのだ。
なるべくなら自分は関わらず、他のヤツに行ってもらいたいだろう。
「ふむ。俺とヴェネッサで行こう」
俺、即答。
「えぇ!?」
横に座っていたヴィネッサが全力で目を見開いて俺のことを凝視してくる。だが知ったことか。
あわあわと柄にもなく慌てふためいているヴィネッサを無視して俺はサクサクと話を進める。
「かまいませんよね会長、ロカさん」
「問題ありませんわ。それに元々そのつむりでしたもの」
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!?」
今度はバッとロカさんの方を振り向いて目をむいている。
そんな様子を見てロカさんはクスリと笑った。
「わたくしと会長、それに凪野さんで別の案件にあたりますわ」
それに会長が「え、私も仕事するの!?」などと、わけのわからないショックを受けていたがそれはスルーするとして、ふむ、ナノが戻ってくるのか。チラリと横で慌てふためいているヴィネッサを一瞥する。
しまった。
嫌がらせのつむりでヴィネッサとの仕事を提案したのだが早計だったか。
「ちっ」
「舌打ち!?」
早速チームワークは最悪だった。
まぁ、今までこいつと組んでチームワークが良かったことなんて皆無なんだが。
俺もヴィネッサも基本的にはスタンドプレーだからなー。
そもそも協力なんて言葉が出てこない。
「ロカさん達はどんな仕事を?」
それに返事をするかわりにロカさんはリモコンを操作する。
すると、すぐに画面が切り替わった。
「わたくし達はテロ組織と武器の密売人の仲介ですわ。交渉はわたくしがいたしますが、もしも荒事に発展した場合は凪野さんに活躍していただくつむりですの」
「……それだと私いらないよね」
会長が半目でロカを睨みつける。
いや全く同感だ。
会長なんて連れて行ってもマリモ程にしか役に立たない。と、言うとうるさいので言わないが。
「マリモ会長には飛行機や船のチャーターをお願いいたしますわ」
なんて思っていたらロカさんが代わりに言ってくれたようだ。
「それぐらいこの生徒会室にいても携帯一本でできるんだよー。あとさっきから気になってたんだけど何でマリモ……」
「マリモって、太陽の当たらない中心付近は枯れて空洞になってるんですのよ」
うにゃ? と、会長が首をかしげる。
ふむ、仕方が無い。俺が教えてやるとしよう。
「つまりは頭の中が空っぽって事ですよ。会長」
「がーん!!」
真っ白になって崩れていく会長を見ながら、ロカさんはクスクスと口元に手を当てて笑う。
大丈夫ですよ会長。マリモは大きくなって崩れても、そこからまた小さいマリモが生まれますから。
「博識ですわね」
「たまたまですよ」
俺とロカさんは互いに笑いあって、それを合図に会議は終了したのだった。
ショックで崩れている会長と動揺で硬直してしまっているヴィネッサは放っておけばそのうち回復するだろう。




