日常
※14/8/8 改稿
「で、これが例の『女神の祈り』なの?」
長机の並ぶ教室の一番前。
謎の怪しい数式が書きなぐられたホワイトボードを背に、俺達のボスが胡散臭そうにそう呟いた。
セーラー服に右目を眼帯で隠したポニーテイルの見るからに濃い属性の少女は左手で頬杖をついて、右手の親指と人差し指でネックレスを振り子のように振っている。
おいおい、人がせっかく苦労して盗って来た物をそんなにぞんざいに扱うなよ。時価にして二千万はくだらない品だぞ。
ブラックダイヤだけではない。装飾品とチェーンの部分も純金で出来ており、細部に至るまで匠の意匠が凝らされている一品だ。
素人目にも分かるその一品を、
「はぁ~、とんだ期待はずれだよ。なんの力も感じない。とんだ骨折り損だよ」
大きくため息を吐き出した彼女は、やがて興味が尽きたように俺に向かってペンダントを放り投げた。
「アナタは何もして無いでしょう、生徒会長。あと雑に扱わないでください。これ一つで校舎を丸々新築で代物なんですから」
慌てて空中でキャッチすると、机の上にやる気なく突っ伏した彼女に向かって呆れながらもそう返事を返す。
生徒会長、如月ユイ。
この相羽高校を統べる第二十一代生徒会長にして、俺達生徒会役員のトップ。
現在のこのぐーたらにだらけきったナマケモノの姿からは想像できないだろうが……。
容姿端麗、学業優秀、才色兼備。それがこの女の外面、つまりは教師や一般生徒からの評価だ。
そして、
「トモぉ~」
「なんですか」
「コーラ」
「……自分で買ってきてください」
これが俺達、つまりは生徒会役員だけが知っている彼女の素だ。
自分勝手な怠け者。
傍若無人。
唯我独尊。
演じている役とはまるで正反対だ。
自動販売機はこの教室を出て徒歩三十秒のところにズドンと設置されている。すべては面倒くさがりの彼女のためだ。
というか、毎回毎回こうやってパシらされるので俺が無理やりに設置したんだが。
苦労したぜ。
先生や他の生徒にばれないように一晩で自販機を運び込んで工事するのは。
なんて感慨に浸っていると。
「お金ちょうだい」
などと、彼女は冗談なのか本気なのかわからないような顔で言ってくる。
正直に言おう。
俺はこの如月ユイという女が『クソ』がつくほど大嫌いだ。
会長の言葉を完全無視すると、俺は無理やりに話題を変える。
「大体、なんで仕事明けだっていうのに、俺と会長以外の誰も生徒会室にいないんですか」
『女神の祈り』を懐にしまいながら、俺はここぞとばかりに室内を見渡す。
言ったと通り、俺とその正面につっぷしている会長以外、現在この教室には誰もいなかった。
「皆やる気ないよねぇ~」
などといいながら、会長は愛用の枕を取り出していた。
見るからにふかふかふわふわのピンク色のハート型。
誰がどう見ても安眠する気マックスじゃないか。
一番やる気がないのはアナタだと声を大にして言ってやりたい。
誰よりも早く生徒会室にいて、誰よりも遅く生徒会室に残っている会長。しかしながら、彼女が仕事をしているところを俺は見たことがなかった。
もしかしたら彼女はこの生徒会室に住み着いているのではないかと俺は密かに疑っている。
会長が完全にスリープモードに移行してしまったから、俺もすることがなくなってしまったな。
しかたなく、途中だった推理小説の続きでも読もうかと、鞄の中から本を取り出したところで。
「あら、お二人だけですの?」
ガラガラと生徒会室のドアを開いて、お嬢様口調少女が入室してきた。
切りそろえられたブロンドの髪に青色の瞳。
歩き方一つ見てもどこか気品というか、オーラのようなものがにじみ出ている。
実はどこかの国の姫様だといわれても納得してしまいそうな風貌だった。
相羽高校三年にして生徒会会計、ロカ=クラリアス。
「お帰りなさい、今回の仕事はどうでした?」
柔らかな笑顔でロカさんが訊ねてきた。
それに俺はため息混じりに、
「仕事自体は余裕でしたけどね。どうやら盗ってきたモノは会長のお気に召さなかったみたいです」
しまったばかりの『女神の祈り』を再び取り出すと、斜め前に座っているロカさんに差し出す。
流石はロカさん。
会長のように雑な扱いをすることなく、丁寧な手つきで俺の手からネックレスを受け取ると、品定めするかのようにじっくりと見回しはじめた。
思わず感心しながら黙って眺め、彼女の鑑定が終わるのを待つ。
やがて、
「確かに本物ですわ。さすがですわね」
「この程度ちょろいですよ」
朝飯前、は言いすぎだとしても、今回は比較的楽な仕事だった。
しいて言うなら昼飯前だな。
いつぞやアメリカンマフィアのアジトに侵入したときの千倍は楽な仕事だ。あれは今思い出しても身震いする。
かの有名なツタンカーメンが使用したといわれる『黄金の王冠』。
ブツを盗んだまではよかったのだが、一瞬の油断で赤外線に引っかかってしまった。
あの時はもうだめかと、さすがの俺も肝を冷やしたものだ。
「『女神の祈り《それ》』買い取ってもらいたいんですけど」
俺がいつものようにそう言うと、
「ご希望のお値段は?」
「いつもの通り」
「『特になし』ですわね。了解しましたわ」
ロカさんは楽しそうにそう言うと、机の上に布を広げてその上に持っていた『女神の祈り《ネックレス》』を丁寧に飾り付けた。まるでどこかの宝石店にでも飾り付けられているかのような綺麗な見栄えだ。
特大のブラックダイヤが気のせいか一回りほど大きくなったように錯覚する。
パシャ、ぴろりろりーん。
ロカさんはそれをすぐさま携帯電話の写真に写すと、見かけに似合わない高速な親指さばきで次々にパネルを操作する。
すると今度は鞄の中から小型のノートパソコンをとり出して、軽快なブラインドタッチでキーボードを叩きはじめた。
その様子を黙って見つめること三十秒。
不意に彼女の携帯が震えた。
キーボードを叩く手を止めて、彼女は満足そうな笑みでそのディスプレイを眺めると、一瞬の思考の後、左手でパソコンのキーボードを数回叩く。
そして、
「2.3でどうですの?」
見る者を虜にしてしまいそうな微笑を浮かべながら、彼女が提示してきた金額は二千三百万。まさかの相場以上の値段だった。
十分です。と、俺は短くそう答えた。
別に俺は金が欲しいわけじゃない。最低限のリスクに見合った報酬が手に入るならそれで十分だった。
しかしさすがは『法外価格の淑女』の異名持つだけのことはある。
一体どこの誰とどんな取引をしたら、この短時間でそこまでの金額を引き出せるのだろうか。
気になって前に一度だけ探りを入れてみた事があるのだが、独自のルートを使っているらしいということ以外にまったくなにもわからなかった。俺としては興味を引かれるところではあるのだが、へたに薮をつついて蛇に出くわすのはつまらない。
それに謎は謎のままの方が、ロカさんのミステリアス性が高くなる……、ということにして無理やり自分を納得させたのだった。
け、決してロカさんから脅されたとか、そんなことではない。
会長から仕事を請け盗ってきた物を、ロカさんが捌く。
これがこの生徒会の大まかな流れだった。
「そういえば」
と、仕事を終えて、趣味であるエロゲーをパソコン上に立ち上げながら、ロカさんがふと思い出したように俺に尋ねてきた。
「どうでもいいですが、そういうゲームをするときはヘッドホンをつけてくださいと何回言ったらわかるんですか。……で、なんです」
「あ、あら、わたくしとしたことが……」
少し顔を赤らめながら、鞄の中から彼女お気に入りのヘッドホンを取り出すと端子をプラグに差し込んだ。
いつも思うのだがここに健全な男子高校生がいるのをお忘れではありませんかね?
こほん。と、ロカさんはごまかすように咳払いをして、
「そ、そういえばスカーレットさんは一緒じゃないんですの? 今回の仕事は彼女と一緒だったのでしょう」
動揺が表情にでまくってますよ。……とは言わないのだが……。
どうにもロカさんには抜けているところと言うか、天然なところがある。
今度、生徒会でババ抜き大会でもやってみるか。
絶対にこの人が最下位だ。
ロカさんが『法外価格の淑女』たるのは、相手が画面上にいるからだ。
きっと画面の相手に直接会って交渉したら、逆に激安で取引されることだろう。
「あいつは勝手にどこぞかへ消えましたよ」
結局あいつは待ち合わせ場所にも来なかったので、俺は躊躇なく彼女を置いて帰った。
まぁ予想していたことだったのだが。
基本的に俺達、つまり生徒会役員は全員足がつくとまずい連中の集まりだ。
よってパスポートなど持っているはずもなく(偽造したものなら何個か所持しているが)、会長が手配したプライベートジェットに乗る以外にヨーロッパからこの日本に帰ってくる手段はない。
「どうせ新鮮なトマトジュースに夢中になってますよ。心配の必要は微塵もないです」
大した心配せずに俺は言った。
「トマトジュースって」
と、ロカさんは苦笑しながら首筋に手を当てた。
長い髪のせいで目立たないのだが、彼女の首筋には傷跡がついているまるで蛇にでも噛まれたかのような二つの牙の痕。
ヴィネッサが大好きな血液を飲むときにつける傷跡だ。
そう。
ヴィネッサ・スカーレットは吸血鬼だ。
俺達とはまた違ったベクトルの真の闇の住人。
血の流れるところ、全国各地の津々浦々、戦争、紛争、殺し合い。
影の中には彼女あり。
それが彼女のキャッチコピーだ。
好物は美少女の血。
嫌いなものは『銀の弾丸』『十字架』『太陽』と世間一般に広く認知されているそれと変わらない。
俺が仕事をするときに、一番よくコンビを組むのがヴィネッサだった。いつも仕事から帰るときは大抵は俺一人になっているのだが。
まぁ、ヴィネッサの場合は放っておいても、
「たっだいまー!!」
……こうしてフラッと帰ってくる。
ズバァン!! と扉が壊れるのではないかというほどの勢いで扉が開け放たれた。実際にちょっとフレームが曲がってるが、それは見なかった事にしておいてやろう。めんどくさいし。
真紅の長い髪に、同色の瞳。
ヴィネッサ・スカーレットのご帰還だった。
心なしか仕事現場で会ったときより肌がツヤツヤしている気がする。
おかしい、俺は二人までだと念押ししたはずなのだが、あの満面の笑みは明らかに十人は襲っている顔だ。
頬を引き吊らせてインターネットに吸血鬼の目撃情報が流れていないことを静かに祈る俺の心中を知ってか知らずか、彼女は上機嫌に鼻歌を歌いながら俺の隣に座った。
「仕事は?」
と、ヴィネッサは弾んだ声で訊ねてくる。
「問題なしのパーぺきだ。誰かさんがいたら、もっとスムーズだったんだがな」
ヴィネッサは小さく笑うと、口の端から八重歯のような牙をチラリと覗かせる。
「お詫びにキスしてあげよっか?」
「勘弁してくれ……」
貧血で保健室に運び込まれるオチが目に見える。
と、そこで、
「ス、スカーレットさん、私の血でよければお好きなだけどうぞ」
ギャルゲーに夢中になっていたロカさんが会話に割り込んできた。
そうだ忘れてた……。
この人は献血中毒者だった……。
ロカさんは首筋にかかっていた髪を払いのけると、誘うようにセーラー服の肩口をはだけてみせる。
だからこの場で唯一、思春期真っ只中の男子には、その好意は目の毒以外の何ものでもないことを自覚してくださいロカさん!
「ごめん、ロカの血はもう飽きたんだよねぇー」
などと、申し訳無さそうに言うヴィネッサに、
「そうですの……」
ロカさんは残念そうにディスプレイに戻っていった。
そこでふと気がついたようにヴィネッサが言った。
「珍しいわね。私が最後じゃないなんて」
彼女の視線を追って、俺もその席に視線を向ける。
丁度ヴィネッサの正面の席。
この生徒会で現在、唯一空席になっている席。
生徒会副会長、凪野。
「あぁ、ナノは単独で仕事に行ってる。今日中にでも帰ってくるんじゃないか」
俺がこともなげにそう言うと、ヴィネッサも「ふーん、そっか」程度のそっけない返事を返してくる。
それで終了。
別に俺もヴィネッサもナノの事が嫌いなわけではなく信頼しているからこその反応だ。
実力はこの変人ぞろいの生徒会の中でも間違いなくトップだ。ただし俺以外の役員同様、性格に若干の難があるが……。
「ってことは今日はこれで全員?」
「だな」
俺は改めて生徒会室を見渡す。
マイ枕で熟睡中の生徒会長、如月ユイ
ヘッドホンでギャルゲー真っ最中の会計。『法外価格の淑女』、ロカ=クラリアス。
俺と雑談している庶務。『吸血鬼』、ヴィネッサ・スカーレット。
なんとも濃い連中の揃っている生徒会だな。
どんな生徒会だ。
そして、さらにそこに、俺とナノも入るわけだ。
改めてこの生徒会の異常性を認識する。異常性と言うか、混沌と言うべきだな。
もう読む気が失せてしまった小説を鞄の中にしまうと、俺は懐にしまってあった愛用の銃《ベレッタM92》を取り出した。
適当にヴィネッサに話を振りつつ、順序良く銃をバラしていく。
「……なあ吸血鬼」
手入れをする手を止めずに、意識だけをヴィネッサに向ける。
「ん、なによ?」
「何で俺はこんな混沌としたな面子に囲まれているのか、今物凄く不思議になったんだが」
「そりゃアンタも混沌とした人間だからでしょ」
それにヴィネッサは、大きな瞳でパチクリと『何を今さら』的な瞬きをする。
思わず俺の手が止まった。
「俺がこのメンツと同じ? ハッ、面白い冗談だ」
「いやいやいやいや、アンタがその手に持ってるモノ見てみなさいよ。普通の人間はそんなモノを片手間に分解できないから」
「……、」
自分の手元を見て、ヴィネッサを見て、そしてもう一度バラバラになったベレッタを眺める。
そんなにおかしいだろうか。
ひとたび日本から外に出れば銃なんてそこら中に転がっていると思うんだが。
それに日本でだって自衛隊やら警察のごく一部など、持ってるやつは持っている。
「生徒会室で高校生が拳銃を弄くってるのが異常だって言ってんのよ、バカ」
彼女が呆れたようにそう付け加えてきた。
「バカとはなんだ、バカとは。お前に訊いたのが間違いだった。ロカさん」
「なんですの?」
ヘッドホンをとって、ディスプレイから顔を上げる。
「俺って一般人ですよね?」
「せめて、その手元のモノをしまってから言ってくださいまし」
笑顔で言われてしまった。
組みかけのベレッタが音を立てて机の上に滑り落ちた。
カシャーンと音を立てて、途中まで組み立ててあったベレッタが再びバラバラに分解されてしまう。
俺らしからぬミスだった。
これが戦闘中だったらきっと俺はもうこの世にはいないだろう。
この一瞬で穴あきチーズの出来上がりだ。
スキップしながら地雷原を駆け抜けろと言われてるようなもんだ。
それぐらい衝撃的な事実だった。
ショックを受けている俺を尻目にロカさんは、ふふんと笑って、
「一般人とはこの私のような」
「「それはない(です)」」
「がーん、ですの!?」
ロカさんはとうとうパソコンを閉じてしまい、机の上に指先で『の』の字を書き始めた。
裏世界屈指のバイヤーのどの口がそんな事を言うのか。
貴女が一般人なら世界中の密売人は精々中学生ですよ。内緒で校内に持ち込んだトレーディングカードを小銭でやり取りしてるレベルの。
ヴィネッサはため息を吐き出すと、仕方がないといった風に肩をすくめた。
それから俺の顔をズビシッ!っと指差すと俺の額にぐりぐりと押し付けてくる。
そぎ落として欲しいのだろうか?
「智久、アンタ自分の肩書き言ってみなさい」
「どこにでもいるごく普通のテロリスト」
「どこにでもいないわよ」
吸血鬼に言われたくはない。
まぁしかし、ロカさんに言われたのでは認めるほかあるまい。
大変不本意ではあるがな。
落ちたパーツを回収して手早くベレッタを組み立てると、どこにも不備がないことを確かめて一発一発丁寧に弾を込めていく。
ふっ、さすがは俺。
完璧な仕上がりだな。




