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プロローグ

※14/8/8 改稿

 戦争とはもっとも愚かな外交手段の一つである。

 誰かが言ったことだ。

 にもかかわらず、人間はどれだけ時間がたとうとその争いを辞めようとはしない。

 宗教、経済、政治。

 飢餓、貧困、恐怖。

 どの時代だって振り回されるのは決定権を持たない一般人で戦争を始めた当の本人達は雲の上。

 ことの発端はいつだってただ一発の銃弾だ。

 それが引き金となって、まるで導線に火のついた火薬庫が爆発する。

 連続する銃声にあちこちから上がる悲鳴や怒号。

 きっとそれを仕掛けた人物はその様子を見てあざ笑っているのだろう。 

 

 ――この俺のように。

 

 「……、」

 俺は手に持っていた拳銃を懐の中にしまいつつ、大混乱の民衆の中を悠然と歩いていく。

 ちょろいものだ。

 まったく、クソゲー認定したいほどのイージーさだな。

 何か特殊な能力を使う必要もない。

 人間とはこうも簡単に思考を誘導することが出来る。

 恐らくこいつらは誰かがこの状況を仕組んだなんて思っていないだろう。

 人とは群れる事によって安心感を得たがる生き物だが、一度その群れが崩れると、もうどうすることも出来ない。どころかその波紋は一瞬にして群れ全体に広がってしまう。

 タァン!! と、またどこかで銃声がなった。

 こうなってしまってはもう場を納める事は不可能だろう。

 争いの連鎖はどこまでも広がっていく永久機関だ。

 なんのことはない燃料は人間である。

 

 「でも、こうも計画通りにいくとさすがに愉快よね」


 この場に似つかわしくないほどの楽しそうな声がすぐ横から合流してくる。

 俺と同じく顔をすっぽりと外套で覆った少女だ。

 「誰も思わないさ。まさか自分が手のひらの上で転がされているなんてな」

 周囲の人間を見下したように鼻で笑う俺に、同じく少女もクスリと笑う。だがそれは、俺のように周りの人間に対してのものではない。

 彼女は俺の事を嘲笑しているのだ。

 そして言う。

 「それはアンタも同じでしょ」

 「誰かさんみたいに自由にはなれないさ。俺には羽ばたくための翼がないんだよ」

 肩をすくめながら苦笑まじりにそう返すと、彼女もまたぷっとふきだした。

 「冗談言わないでよ。私のは羽ばたくための翼じゃないわ。舞うための翼よ」

 そう彼女は得意気にいった。

 ふふん、とそこそこに発育のいい胸を張って。

 はいはい、そうですか。

 と、それから彼女は、そこでふと気が気がついたように「ん?」と小さく声を発した。それからスンスンと鼻をひくつかせて辺りの臭いを嗅ぎ始める。

 「どうかしたのか」

 怪訝に尋ねる俺を無視して、彼女はやがて西の方に視線を向けた。にィっと凶悪に口端を吊り上げると、まるで牙のように鋭く尖った犬歯が顔を覗かせる。

 彼女と同じく空を見上げる。

 夕焼けはもう沈みかけそれを後ろから追いかけるように、夜のとばりがもうすぐそこまで迫ってきていた。

 なるほど、道理で彼女の鼻が効くわけだ。

 大量の血の臭いに反応したのか、それとも――。

 「ねぇねぇ」

 と、彼女が頭にかぶっていたフードを取り去った。

 それから大きくかぶりを振ると、それまで外套の中にしまわれていた真紅の髪が硝煙の風邪に踊り視界を多い尽くす。

 腰ぐらいまでもある真紅の長い髪に、それと同じ色の大きな瞳が、俺を見上げてくる。

 俺の着ている外套の裾をちょこんと摘んで、

 「ねぇねぇ!」

 と、彼女はもう一度言った。

 欲しい玩具をねだる子供のような瞳だ。

 とても俺と一緒にこの大混乱を引き起こした人物にはとても見えない。

 そこでようやく彼女の言いたい事を悟った俺は小さくため息を吐き出すと、彼女と同じく暑苦しいフードを脱ぎ去る。この混乱だ、いまさらこんな暑苦しく、機動性に優れないものを纏ってなくても俺達の事を気に止めるものはいないだろう。

 こいつらにとっては精々、観光に来て不運にも暴動に巻き込まれた日本人が立ち往生しているだけのことだ。

 それでもあまり目立つ行動をとって欲しくはない――というのが本音なのだが、ソレは彼女の性質上仕方がない事なのも分かっている。

 赤ん坊が母親に母乳を求めることぐらい自然なことなのだ。

 しょうがなく俺は指を二本立てると、「いいか。二人までだ」と、念を押すように彼女の瞳を見ながら言う。

 「そうこなくっちゃ」

 彼女は満足そうに、にぱっと笑った。

 まぁ、俺も俺で本来の仕事をしなきゃいけないし、ここからは別に別行動でも構わないか。

 「俺は例のブツを狙いにいく。お前とは一旦ここでお別れだ」

 「一人で大丈夫? あそこのセキュリティかなり堅いよ」

 少しだけ不安そうに訊いてくる。

 確かに彼女がいないのは痛手だが、それでも不可能ということはないさ。そのためにわざわざこの騒ぎを起こしたんだからな。

 彼女のおかげで短縮されるはずだった時間が元の所要時間に戻るだけのことだ。

 「なに、別に心配しなくても」

 「だって智久がヘタうったら、そこから私達の素性もバレちゃう可能性があるじゃない」

 ……どうやら俺の心配をしてくれていたわけではないようだ。

 はいはいそーですか、と大きく息を吐き出して。

 「それも問題ない。この俺がそんなヘマをやらかすと思うか。既に監視カメラにはダミー映像がセット済みだ」

 「うわなにそのドヤ顔。親切で言っとくけど、あんた今超気持ち悪いよ……?」

 「うるさい。さっさと行け」

 本気で引いているらしい彼女をしっしっと追い払う。

 「ってか、確か前に同じこと言ってた時失敗してたよねr?しょ~~~~~もない、赤ちゃんが仕掛けたようなブービートラップに引っかかって……」

 「今回は本当の本当に大丈夫だ。無問題もーまんたい。ノープロブレム」

 アレは仕方がなかった。今時、足元に落とし穴が仕掛けてあるなんて予想外にも程がある。

 アリ地獄に落ちていくアリの気分をリアルに味わった貴重な体験だった。

 苦い記憶を振り払いように咳払いをして、

 「それじゃ明日の朝、海岸で落ち合うぞ」

 「了解!」

 そう言って、俺達は互いに人ごみの中に紛れていく。

 今日は土曜日。

 さっさと仕事を片付けて帰らないと月曜日の学校に遅刻してしまう。

 やれやれと肩をすくめながら、懐から愛用のベレッタM92を取り出す。

 目的のブツは美術館に収められている、『女神の祈り《ペンダント》』。十九世紀はじめ、どこぞのいかれた魔術師が作り上げたと言われる呪いのアクセサリーだ。

 なんでもその中央には不気味さを際立たせるかのごとく特大のブラックダイヤがはめ込まれているので、美術品的、宝石品的な価値も相当なものだとか。

 頭の隅で目標ダーゲットの画像を思い出しつつ、建物の陰から顔を覗かせる。

 ふっ、予想通り、美術館の対応が追いついていないな。

 警備員にまで裂く人員がないか? 可愛そうに、たった一人で怯えているじゃないか。

 どうやらこの仕事、予想よりも大分早くカタがつきそうだ。

 カチャリと、背後から音もなく近づいた俺は見るからにひ弱そうな警備員の後頭部に銃口を突きつける。

 「ひ――、」 

 「動くな声を上げるな。お前の個人認証コードを教えてもらおうか。変な考えは起こせば躊躇なくこの引き金を引く」

 男が息を呑む気配が伝わってくる。

 命と職務。

 天秤にすらかからないな。

 仕事に人生をささげているとか言う奴がいるが、そう言うやつは、もしこれ同じ状況になっても果たして同じことが言えるのか。ハッ、言えるわけがないさ。

 誰だって一番大切だろ? 

 自分の命が。

 カチャッと、わざとらしく音を立てて、引き金に指をかける。脅しではないと、彼の脳に伝えるために。

 すると、

 「――ッ、N1158だ」

 震える声で言った彼に、俺は口元に薄い笑みを浮かべると、

 「ありがとう」

 言って、


 ズガンッ!! と、容赦なく引き金を引いた。 

 

 そう。

 戦争とはたった一発の銃弾から起こすことが出来る。

 ただ一回の銃声で世界は簡単に変わるのだ。

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