その壱拾壱
「だったら、仁兵衛の奴にあげて下さいよ。俺はこれだけで結構ですから」
懐から翠緑の柄糸を取り出し、イアカーンに見せる。「むしろ、これだけでお腹いっぱいなんですけど」
「うーん、困ったなあ。僕の気が本当にすまないんだ。そこら辺は追々考えていくか。そんな訳でね、あの魔王を退治したと思っていたんだけど、リングラスハイムの事件以来、うちは兎も角、さっきもさわりを云ったし、君たちが直接見聞きした事だからよく分かっていると思うけど、東大公家の動きが妙におかしくなってね。流石に、見逃せなくなって、ここ暫く冒険者互助組合を洗っていたわけだ」
イアカーンは気を取り直し、一つ一つ思い出すかの様に言った。
「百年間?」
リングラスハイムの事件が終わってから今に至るまでの時間を慶一郎は言ってみる。
「いや、流石にそこまでは。リングラスハイムの件の後始末で何年かは動けなかったし、その後も南部域には顔見せ程度には戻れたんだけど、戻る度に何故かリングラスハイムの時みたいな事件がどこかしらで起きていて、その尻拭いに飛び回っていたから……ドゥロワの乱の後期辺りから、何かこう違和感を覚えて……その違和感を本腰を入れて探り始めていたって所か」
真面目な顔付きで、宙に指で何かを描きつつ、虚空を睨みながらイアカーンは言った。
「その頃から彼奴は動いていたと?」
慶一郎は自然と真顔になっていた。
「だろうねえ。東大公家の人間にしか、怪しい動きをする輩が現れなかったからねえ」
抹茶を啜り、「だから、逆に目立つんだよね。扶桑人って、祖先を蔑ろにしないし、東大公の意向に逆らうことを好まないし。大義の為ならば、自分の欲望をぐっと堪えるしね。壊れた様に欲望に忠実なのは扶桑人らしくないんだよ」と、言った。
「いやいや、そりゃ誉めすぎでしょう」
慶一郎は思わず苦笑する。




