その壱
あらすじでも警告しておりますが、前作の重要伏線部分を最初からネタバレ全開で書いております。
御前試合騒動顛末を読み終わっていない読者諸氏はその点を御注意下さい。
その日、扶桑人街は祭であった。
初代雷文公の直系が見つかっただけではなく、次期東大公になることが決まったのである。雷文公を神の如く崇め奉る扶桑人にとって、これは朗報以外の何ものでもなかった。
その上、その人物は魔王、それも東大公家と因縁のある六大魔王を討ったと大々的に話が広められたいた。
一般的な扶桑人にとって、戦に勝つことよりも、魔王、それも世界に徒なす六大魔王を討つ方が大きな価値があり、扶桑人の魂を体現したとしか表現出来ない次期東大公への期待は一気に高まった。
御前試合本戦が種々の理由で中止になったことよりも、その一報は扶桑人がお祭り騒ぎを開始するのに十分な理由を与えていた。
そんな喧噪を横目に、一人の偉丈夫が冒険者互助組合の酒場目掛けて一路足を速めていた。
彼が酒場に辿り着いた頃には、酒場も振る舞い酒で盛り上がっていた。
綺堂仁兵衛はこの人外の境地に至った冒険者の間の中でも人望が有り、誰も彼もがその未来に明るいものを感じていたのだ。
それを横目に、偉丈夫はいつもの席を目指して道を掻き分ける。
そして、そこで彼が目指していた人物が静かに読書をしていた。
「ああ、良かったぜ。もう、戻っちまったかと思っていたよ」
挨拶も何も無く、クラウスの横の席に慶一郎はどかりと腰を落とす。「あんたには聞きたい事が山程あるんだ、イアカーン猊下」
「……僕はクラウス・ヴァシュタールだよ。魔王猊下と一緒にされても困るんだがね」
本を閉じると、辺りが凍り付く様な冷たい声でクラウスは言った。
「魔王イアカーンの正体を云い当てたら、願いを叶える。これは嘘じゃ無いんだろう?」
クラウスの態度を気にする事無く、ずいと慶一郎は相手の目を見た。