だいすきっ!! 『すにーきんぐっ!!』
ミッションはいたって簡単。お弁当を家に忘れたお兄に、それを届けてあげるだけです。でも、デミヒューマは学校には入れません。そこで立てた作戦はこれです。
「こちらゆあーク。学校に潜入した。ミッションを開始する」
そう。学校への単独潜入。武器は現地調達。死んだときに当局が関知しないやつです。作戦を立てたのは大佐こと鷹子お姉さま。お姉さまが来ればいいのにとは思ったけど、そこはもう今更気にするところではありません。ここまで来てしまったのです。
「あ、『いぬ』いるっ!」
「わうっ!?」
だいすきっ!!
だいろくわ 『すにーきんぐっ!!』
「わう・・・な、なんであんなにゆあのこと追い掛け回すのですか・・・?」
どれだけの執念があのお姉さんを動かしていたというのでしょうか。ちょっと触らせて、と十分近く追い掛け回されました。おかげで大幅なタイムロス。だけど今はもう授業中。ゆあを邪魔するものはいないはずです。
「校内に潜入するなら今です。―――突入します!」
鷹子お姉さまの情報通り、体育館と校舎をつなぐ連絡通路には人気がなく、さらに入り口には鍵がかかってません。なんともたやすく潜入に成功しました。
「わふ・・・ゆあにかかればたやすいものです」
「わ、さっきの『いぬ』またいたーっ!!」
「ええっ! 授業はサボりですかっ!?」
撤退です! 校内を走り回ると騒ぎになるかもしれませんから外に逃げます。茂みに潜り込んで、一気に学校の敷地から飛び出せばひとまず危機は去るのでした。さすがに学校の敷地外までは追ってこないようです。
「はぁ・・・ま、まさかサボってまでゆあを探すとは・・・」
あの人は危険です。『いぬ』生初のスニーキングミッションにとんだ強敵の出現です。あの人は一体なんなのでしょうか。
再び敷地内に戻り、今度は警戒しながら進みます。木陰に隠れて辺りを見回して慎重に進んでいくと、いきなり誰かに肩を叩かれます。
「ゆあちゃん?」
「わふっ!!」
びっくりして逃げ出そうとすると待ちなさい、と引き止められます。振り返ると先日、公園で会ったお姉さんがいました。
「あなたは・・・こないだの」
「千尋。―――あなたの飼い主のクラスメイト。こんな所で何してるの?」
「お兄がお弁当を忘れたのです」
「そっか。じゃあ、届けに行こうか」
「でもさっきから邪魔が入ってなかなか先に進めないのです」
ゆあは千尋さんにこれまでのいきさつを話します。千尋さんはふむ、と少し考え込み、そうか、と呟きました。
「じゃあ、ゆあちゃんに教えてあげるわ」
「わふ?」
「―――学校に潜入しても『いぬ』だとばれない百の方法」
そういうと千尋さんは近くの茂みにゆあを連れて行きます。そしていきなりゆあの服を脱がせようとするではありませんか。
「わふっ! ゆあにはそんな趣味はないですよ!?」
「大丈夫。私もそんな趣味はないから。―――私のジャージを着て学校に入ればいいのよ。耳は髪の毛が長いから隠せるし」
「し、尻尾はどうすればいいですか?」
「折りたたんでお尻の間にでも挟んでおきなさい」
「わう・・・無茶ですよう」
ゆあにジャージを着せて千尋さんはこれでよし、とゆあの手を引いて昇降口まで堂々と進んでいきます。
「ば、ばれたりしないですか?」
「堂々としていればばれないものよ」
「ところで千尋さんはどうして今、学校に来たんですか?」
「―――寝坊したの」
私のことはどうでもいいでしょう、とゆあに上履きをよこして来た千尋さん。勝手に借りてもいいのでしょうか・・・?
「あ、さっきの『いぬ』っ!」
「わふっ!? さっきのお姉さんです!?」
「やっぱり先輩でしたか・・・」
千尋さんは呟いてゆあを自分の後ろに隠します。するとお姉さんは千尋さんに挨拶して後ろの『いぬ』は何かしらと訊ねてきました。
「はい?」
「だから、その後ろにいる『いぬ』よ! 千尋ちゃんのペットなの?」
「いえ。そもそも『いぬ』なんていませんけど?」
「何言ってるのよ。この子、さっきまでイヌミミつけてその辺をうろついてたのよ!?」
「イヌミミって、これですか?」
そう言って千尋さんはゆあの耳にそっくりなイヌミミをカバンから取り出しました。
「え? じゃあ、もしかして・・・?」
「プレイです」
「―――ああ、そうなの・・・。もしかして千尋さんって、そっち系の人だった・・・?」
「そっち系の人です。イヌミミ付けた女の子が大好きです」
真顔で断言する千尋さんにお姉さんもたじたじ。まあ、個人の自由だから文句は言わないけど、人の迷惑にならないようにね、と言って、お姉さんはどこかに行ってしまいました。
「なーにが人の迷惑にならないようにね、よ。重度愛好者は迷惑じゃないって言うのかしら?」
「じゅーどあいこうしゃ?」
「デミヒューマ好き好き病よ。たまに人間とデミヒューマの区別が付かなくなってペットに異常な愛情を注ぐ人がいるの。あの先輩は学校でも有名な重度愛好者でね。この学校のデミヒューマ愛好者同好会の会長さんなの」
「わふ・・・それでサボりでゆあを追いかけてきたんですか」
「さて、敵もいなくなったことだし、さっさと教室に行きましょうか。お昼休みになったらもっと大変になるからね」
「はいっ! ―――ところで、千尋さんはどうしてイヌミミを持っていたんですか・・・」
「―――そ、それは・・・」
「教えてくださいよう」
「―――か、彼が・・・そういうの、好きで・・・」
千尋さんの顔が真っ赤です。
「もうっ! そんなことはどうだっていいの! さ、教室に行くわよ」
教室にはちょうど先生の姿はいません。千尋さんはチャンスね、と呟き、せっかくだし直接渡してきたら? と言ってくれました。ゆあは頷いて、教室のドアを開けます。
「お兄~!」
「げっ、ゆあ!? なんで学校に?」
「お兄がお弁当忘れたから届けに来たんですよう。途中で千尋さんに助けてもらったんです」
「千尋さん?」
「例の先輩に捕まりそうだったから、ジャージを貸してあげたの」
「そっか。千尋さん、ありがとな」
「ところでお兄。一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「イヌミミが好きな彼がいると千尋さんは寝坊するのですか?」
教室中が凍りつく。千尋さんを見てひそひそと話をしているクラスの人たち。千尋さんは顔を真っ赤にして違うってばと否定していますが、もう後の祭りです。
「ゆあ」
「わふ?」
「余計なことは聞かなくていい!!」
「わぶっ!!」
お兄のゲンコツがゆあの頭に直撃。なんでこうなるんですかっ!?
こうしてミッションコンプリート。お昼休みになる前に撤退します。千尋さんも送りに付いて来ています。
「酷い目に遭いました~・・・」
「私もゆあちゃんのせいで酷い目に遭ったわよ・・・ああ、教室に戻るのが怖いわ・・・」
一体何を追及されることやら、と千尋さんはため息一つ。涙目で今日はもう帰ろうかな、と呟いています。
そしてまたさっきの茂みでジャージを脱いでいると、なにやら人の声がします。千尋さんがなにかしら、と頭を上げると、すぐにその頭を引っ込めます。その勢いのあまり、ゆあの頭とぶつかります。
「わふっ!」
「し~っ! ―――ここにいるってばれたらまずいわ」
「な、何があるんですか・・・?」
「―――修羅場ってヤツね」
「しゅらば?」
とうとう年貢の納め時か、と千尋さんは呟きます。そっと顔を出して状況を観察している千尋さんはどこか楽しそう。楽しそうならゆあも一緒したいです。ゆあも同じようにのぞきます。すると、そこにいたのはゆあもよく知る、あの人なのでした・・・つづく。
次回予告
「どうしてイヌミミ好きな彼がいると寝坊するのか、体で教えてあげるわ・・・・ゆあちゃん」
「わふっ!? ご、ごめんなさい千尋さん~!!」
嘘です。そんな次回はないです。
ゆあはあまり頭はよろしい方じゃないです。あ、でもちゃんとお兄にたくさん教えてもらってますよ! お手もできます。お座りもできます。ふせもちんちんも大得意ですよ!
次回『だいすきっ!!』は、
『じょしばなっ!!』
ゆあとお兄のクラスメイトたちの女子トーク。
男子禁制、女の子の秘密の時間が始まりです!