表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
慈愛の魔王。〜全ての生き物に慈愛を神への反逆〜  作者: 盆ちゃん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/34

10話 閑話隠密部隊の迷宮侵入

10話 閑話隠密部隊の迷宮侵入


自由貿易都市国家『ヴェスペル大公国』の地下会議室から姿を消した三つの影——最強の隠密部隊『幻影のミラージュ・エッジ』は、その日の夜半にはすでに、大陸中央に位置する『奈落の迷宮』の巨大なエントランス付近へと到達していた。

 地上の星明かりすら届かない深い谷底。本来であれば冒険者たちで賑わうはずの迷宮の入り口は、今や異様な緊張感に包まれていた。

 純白の鎧に身を包んだ『神聖ルミナス教国』の聖騎士団が数百人規模で陣を敷き、松明の炎が煌々と周囲を照らし出している。さらには、わずかな魔力の乱れすら検知する異端審問官たちが、赤い法衣を翻しながら高精度の探知魔導具を片手に目を光らせていた。

 アリの一匹すら通さない、完璧な封鎖網。

 しかし、谷の斜面に生い茂る木々の枝の上からその光景を見下ろす三つの影にとって、それは「少し手間の多い障害物」に過ぎなかった。

「……教国の連中、相当気合が入ってるな。魔力探知の網が三重に張られてる。物理的な死角はほぼゼロだ」

 黒装束に身を包んだ三人のうち、長身の男——リーダーのジンが、光を完全に吸収する暗殺布の覆面越しに低く囁いた。

「物理的な死角がないなら、認識の死角を作ればいいだけのこと。カイル、いけるか?」

「ええ、お任せを。探知魔導具の波長を誤認させ、彼らの視覚と聴覚に一瞬の『空白』を作り出します」

 ジンの隣で、小柄な幻術士のカイルが音もなく印を結ぶ。彼の指先から微弱な、しかし極めて高度に練り上げられた無色の魔力が放たれ、夜風に乗って教国の陣地へと広がっていく。

 それは、相手を完全に眠らせるような大味な魔法ではない。「松明の炎が揺れる音」「風が草を揺らす音」といった自然の環境音に自らの魔力を同化させ、監視者たちの無意識下に『異常なし』という情報を刷り込む、神業とも言える幻術だった。

「網の綻びができた。行くぞ、リゼ」

了解ラジャー

 ジンの合図とともに、紅一点の軽業師リゼが動いた。

 彼女の体は重力という概念を忘れたかのように、音もなく虚空を滑る。教国の見張りが一瞬だけ瞬きをした、そのコンマ数秒の隙。リゼは一陣の夜風となって二人の聖騎士の間をすり抜け、迷宮の巨大な石門の影へと到達した。足音はおろか、空気を切り裂く風切り音すら一切発生させない。

 続いてジンが動く。彼は自らの肉体を『影そのもの』へと変換する特異な魔法の使い手だった。

 松明の光が作り出す聖騎士の長い影。ジンはその影から影へと、まるで水面を泳ぐように渡り歩く。そして最後に幻術の維持を解いたカイルが、認識阻害の結界を纏いながら悠然と二人の後を追った。

 わずか十数秒の出来事。

 数百の精鋭が目を光らせる絶対の封鎖網を、彼らは誰一人として気づかせることなく、文字通り「存在しない者」として通り抜けてみせたのだ。

「入り口の突破完了。これより、本格的な『逆侵攻ダイブ』を開始する」

 迷宮の第1階層。じめじめとした洞窟の中で、ジンが仲間たちに告げた。

 ここから先は、未知の魔王軍が昇ってくるという危険地帯だ。

「大公閣下からの至上命題を忘れるな。我々の目的は戦闘ではない。極力敵との接触を避け、魔王軍の懐深くまで潜り込み、対話の意思を伝えることだ」

「わかってるわよ。無駄な殺生は痕跡を残す。隠密にとっては下策中の下策だもの」

「ええ。それに、下層からどれほどの軍勢が来ているか分かりません。体力と魔力は温存しなければ」

 三人は深く頷き合い、闇と同化するように迷宮の奥へと駆け出した。

 彼らの進行速度は、通常の冒険者パーティーの数十倍に達していた。罠を解除するのではなく、作動する一瞬前に通り抜ける。迷宮の構造を瞬時に把握し、最短距離で階層の階段(教国は各階層の転移陣を封鎖しているため、彼らはあえて階段ルートを選んでいた)を目指す。

 当然、道中には多数の魔物が徘徊している。

 第10階層付近。前方の通路を、数十匹のゴブリンとオークの群れが塞いでいた。通常の討伐隊であれば、正面から激突して血みどろの戦闘になるところだ。

「リゼ」

「任せて」

 ジンの短い指示に、リゼが懐から小瓶を取り出し、通路の壁にそっと投げつけた。

 パリン、というかすかな音とともに、小瓶から甘ったるい匂いのする薄紅色の煙が立ち上る。それは、低級の魔物が好む『幻惑香』だった。

 ゴブリンとオークたちは、争うように煙が漂う方向——つまり、三人とは逆の方向へと群がっていく。完全に意識が逸れた魔物たちの頭上の天井に、三人はヤモリのように張り付き、音もなくその真上を通り過ぎた。

 第30階層。今度は、視覚を持たず音と振動で獲物を狩る巨大なコウモリの群れが飛び交う大空洞に出た。

 ここはカイルの独壇場だった。彼が『音響隔離』の結界を展開すると、三人が走る足音、呼吸音、さらには心臓の鼓動さえもが完全に外界から遮断される。彼らは猛スピードで空洞を駆け抜けながら、頭上を飛び交う巨大コウモリに一切の感知を許さなかった。

 斬らない。殺さない。見つからない。

 ただひたすらに、影として迷宮を滑り降りていく。

 血の一滴すら流すことなく、彼らは信じられない速度で階層を突破し続けていた。それは、何千回という死線を潜り抜けてきたプロフェッショナルだけが到達できる、洗練され尽くした『神業』であった。

「……信じられないペースね。教国の連中が数ヶ月かけても到達できない深さに、たった数日で来ちゃったわ」

「だが、ここからが本番だ。大公閣下の情報通りなら、この先で『彼ら』と接触する可能性がある」

 数日後。ついに彼らは、第120階層付近の階段へと到達していた。

 そこから先は、彼ら隠密部隊の生業とも言える『常闇の森』が広がる、光なきエリア。

 三人の目には、プロフェッショナルとしての鋭い光と、世界の命運を握る使者としての強い決意が宿っていた。

 ——神のシナリオを拒絶し、下から『忍者』を求めて昇ってくる慈愛の魔王。

 ——神のシナリオを疑い、上から『対話』を求めて降りてきた幻影の使者。

 上と下、異なる場所から同じ「平和」という願いを胸に歩みを進めた両者は、漆黒の森が広がる第130階層付近にて、いよいよ運命の交差の時を迎えようとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ