表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泣き虫の私が泣く人のいない世界に行った話。追加で絶対泣かない女がこっちの世界に来た話。  作者: ヤマト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/15


 続いた外出禁止の期間中、有り余る時間を有効活用しようと、ケイトに提案されて「邸内探索ツアー」をよくしていた。使っていない部屋がたくさんあるこの侯爵家邸内を、みんなで隅々まで練り歩いてわいわいおしゃべりするという、ただの散歩だ。

 でも、亡きお母様の衣裳部屋や埃をかぶった先祖肖像画置き場、ただのガランとした空き部屋などの見学は、清掃の行き届いていない場所をチェックするのにも役立ちますとセバスにも喜ばれた。「将来、婿になる方をお迎えになった際の部屋割りを決めましょう!」なんて女子トークもしつつきゃあきゃあ楽しかった。


「婿になる方は大量の本を持ち込むかもしれませんので、この空き部屋を書斎にしましょう」「婿になる方は大量の宝石をひたすら買い込むかもしれませんので、この小部屋を貴重品置き場にしたらどうでしょう」「もしかしたら婿になる方は変わった趣味があるやもしれませんね。例えば刺繍ハンカチ収集癖ですとかね。やはりサンルームをお嬢様の刺繍作業専用コーナーに作り替えませんか」「婿になる方……の、お家の護衛たちも、希望してこちらに移ってくる可能性があります。しかも大量に。旦那様に相談して、待機部屋の拡張が必要っすね」


 ケイトやメイド、ついて回る護衛たちも笑いながら話していたわ。次々と提案されて混乱してよくわからなくなって、私はひたすらうんうん頷いていただけなのだけど。



 でもその中で、全員がぴたりと黙る瞬間があった。


 二階の一番端の、長く使用してなかったお部屋の、さらにその隣の小部屋。おそらく元は、ただの収納部屋だったところだ。そこに、明らかに後付けの南京錠が外れたままぶらんと引っかかっていた。


「え、ここは?」


「……ええと、お嬢様が、絶対に誰も入るなと厳命された開かずの部屋です……」


 え、何それ……みんなに注目されて必死に表情を整え、「あ、ああ、そうだったわ」と答える。え、私

聞いたことない。聞いたことのない事柄なんて初めてでは?


「ず、ずっと閉まっていたなら掃除もしなきゃならないし、そろそろ開かずも解禁しましょうか」


 冷や汗をかきながらノブを回す。開いた扉の向こうはカーテンが引かれ真っ暗だ。私はさっさと先頭で踏み入り、そして……非常に後悔した。


「……ひええ」



 部屋の真ん中には祭壇があった。


 はい、どう見ても祭壇。怪しい灯篭に、呪文?が長々と書かれた垂れ幕、黒い布で覆われた台には魔物の姿が刻まれた禍々しい燭台、そこに蝋燭が何本も……で、床には、魔法陣のような……黒い大きな染みもあって……え、これ血糊?なんの血?ひえ、ひええええ。


 ひゃあひゃあ言いながらケイトたちと抱き合う。魔法陣の横に落ちている本を拾った護衛が、「絶対に成功する!悪魔召喚の儀式……」とタイトルを読んでから、私にすごい視線を送ってくるわ……。


 ち、違うから!私じゃない、いや私だけども!


「か、片付けましょう!ストレスストレス、ストレスが私にこうさせたのね!もうよく覚えてないけど!」


 ストレスマジックでうやむやにして勢いのまま垂れ幕を外す。みんなと一緒に燭台やら何やらを運び出して、カーテンを開けて風を入れた。


 いや何やってるの本当に。マリース、あなたね。



 ……あれ。私、マリースの顔が思い出せないわ。いや、私がマリースの顔だから、元の私の顔……あら。元の私って、




 誰だっけ。





「気が付いたか。大丈夫か?マリース」


 はっと身を起こすと、そこは豪華なソファの上だった。頭の奥に響くような鈍痛は薬の影響だろうか。こめかみを押さえる私を見て、正面に座った男は微笑んだ。


「すぐ抜ける薬だ、安心してくれ」


「……殿下」


 にこにこと笑っている。ユンゲー殿下がマリースに笑いかける場面など、記憶のどこをさらってもない。




 ソファにゆったり座った第二王子ユンゲーは、シャツの首元を開けてブーツも紐を緩めたラフな格好だった。そして組んだ足に肘をついて穏やかな笑みを浮かべた。


「かわいそうに、マリース。怖かったろう?」


「あ、あなたが……殿下が、命令したことでしょう」


「悪かった。だがああでもしないと、お前はここに来ないだろう?もう時間も迫っていてな。仕方がないことなんだ」


 金髪を傾けて、碧色の目が楽しそうに笑っている。絵画にしたらさぞ美しいだろうという完ぺきな微笑みが、とても怖い。怖くて不気味で恐ろしい。


「ど、どうして私をこ、こんな風に……みんなを傷つけてまで」


 穏やかな微笑みに徐々に追い詰められるような心地で唇に力を入れる。そうしないと歯がかちかちと鳴ってしまいそうだ。そんな私を見て、殿下は腕を広げて大げさに肩をすくめた。


「だから、仕方ないと言っているだろう。明日王太子が帰って来てしまう。どういう手を使ったか予想はつくがまさかあいつらが協力するとは思わなかった、まあオレの落ち度だな。邪魔者が帰国してしまえばもうお前をどうにもできなくなるだろう?これは仕方ないことなんだ。少し無理をさせたが理解してくれ」


 兄殿下である王太子様を邪魔者と言い、仕方がない理解しろと拉致された本人に言う。王族の傲慢さだけではない、どこか不気味な感覚のズレが恐ろしい。


「……どういうことでしょうか。まったく、私にはわからないことだらけで」

 胸の前でぎゅっと拳を握り、どうにか平坦な声を出す。


 大丈夫、大丈夫と必死で自分に言い聞かせた。

 ここは、おそらく、王宮のどこか……殿下のプライベートゾーンではない……確か、申請して使用する応接室。管理は王宮施設局で許可が下りるのは上位貴族まで、迎えるは他国使節団下位貴族までが範囲。つまり、施設局に話が通っているし、許可があれば他の人間が出入りできる空間だ。


 王宮にはお父様がいるもの。それに、ミカエル様だってきっと。


 だから私は時間稼ぎをしなければ。


「ああ、お前は何も知らされていないのか。ひどいな、ミカエルもハーマン侯爵も」

 私の心の内を読んだようにふたりの名を挙げて殿下が鼻で笑う。


 そして正面から見つめて言った。


「お前とミカエルの婚約だ。あいつ、王宮の侯爵のもとへ通いまくって、渋る侯爵をようやく説得したらしい。最終的にはお前を守れるからと侯爵も乗り気になったが、そう心変わりした理由が俺の出した出仕要請だと。おかしいよな、俺はただお前をここに呼びたかっただけなのに」


「……」


 毎日毎日何度も一貴族に要請を出し続ける行為は明らかにおかしいのに、殿下は本気でわからないように首を傾げている。


「それで婚約の契約書を出すにあたり、法務規定である後見人が必要だが」


 貴族同士の婚約は下位ならば当主同士の契約書を提出し、法務局を通して貴族院に認められれば締結される。が、上位は違う。上位の場合、当主同士の押印、そして婚約を望む家と同等かそれ以上の爵位にある者が、後見人として立場を明確にした証の押印も必要となる。さらにはもうひとつ。

「王族の誰か」の名義印も、提出する書類に押印されてなければならない。


「……侯爵家長女と公爵家次男の婚約だ、当主同士が許可しても容易にはその先に進まない。だろう?だから俺も多少面白がって見ていたところはあったが」


 見ていた、という表現が怖い。つまりずっと監視していたのだ。ミカエル様やお父様を。


「それなのに。いつのまにか、後見人の印欄は埋められたと言う。わかるか?同等もしくはそれ以上の爵位、つまり後見人になれるのは公爵家のみ。公爵家だぞ?そう簡単には願い出ることすらできないのに。ドンタルト公爵以外の公爵家……しかも、あの最古の公爵家。どう渡りをつけ、どんな手を使って懐柔したのか……クソが」


 穏やかに流れるように話していたはずなのに、一瞬で低い声音になる。高低差の激しい口調で吐き捨てられた名は、確かに格式ある公爵家名だった。


(……ああ、そうだわ。ミカエル様のお兄様の、婚約者の方のお家……)


「あの公爵は、他家と政略で結ばれたとしてもそれ以外は常に線を引くような、厳格で排他的な人間だぞ。それを、娘の婚約相手の家の、その家を出て行く予定の次男の後見人なぞ……一番嫌うしがらみではないか!それをなぜ!……どんな理由だと聞いたら、娘がどうしてもと。お父様が後見しないなら嫌いになります、一生恨みますと言われてね、と笑っておったわ。クソ、意味がわからん!クソ、クソ!」


 膝を拳で叩いている。私は少しでも殿下から離れたくて、そっとソファから腰をずらす。が、殿下は、そんな私を見てすっと姿勢を戻し……また、ゆったりと笑った。


「ああ、すまない。興奮してしまった、そう、お前と話しているとどうしてもおかしくなってしまうな。落ち着かなければ」


 叩いていた拳に口を当てて深呼吸をしている。その様子を息を潜めてうかがいながら、私は口の内側を噛む。震えないよう、恐怖心に蓋をして。


「でも、わかるよな?マリース。たとえ後見人欄を埋めてもこの婚約は通らない。王族が、王族の印がないからだ。だろう?両陛下のいない王宮で唯一の王族である俺が絶対に押さないのだから、どうあがいたって不可能なんだ」


「……なぜ……殿下は私とミカエル様の婚約を認めないのですか……?」


 私が掠れた声で問うと、「はっ」と心底おかしそうに笑われた。


「当たり前だろう、相変わらずお前は人の話を聞かないなマリース。お前の婚約者はこの俺だろう」


 笑ってこちらを見てくる。真正面からぶつかると、その瞳孔が開いているのがわかった。


「わ、私と殿下の婚約は、破棄されました」


「俺は認めていない」


「殿下からの申し入れです」


「認めていないと言っているだろう。昔からお前は、俺に反抗ばかりするな。俺の気をそんなにひきたいか」


「何を……」


「仕方ないな、お前は。ミカエルもかわいそうに、こんな女に振り回されて。この女は自由にさせてはいけない人間だ、躾けた上で自由を奪い鎖で繋ぐくらいしないとまた何か悪さをするというのに」




 話が通じない。言葉が行き交わない。


 自分の喉が次第に詰まってくるのがわかった。

 私、この感覚よく知ってる。知ってるわ……。




「さて、マリース」


 喉に手を当てる私を見遣って、殿下は立ち上がり満足げな顔で伸びをした。


「お前は浅はかにも、時間稼ぎをすればいいとでも思っていたのだろうが。そんなわけないだろう。よく考えろ、マリース」


「は」


「俺は名義印を押さない。絶対に。……そうしたらミカエル、あいつは、信じられない奇策を繰り出したんだ。王太子の外遊を短縮させ帰国させる、と。……わかるか。一貴族が、王族の予定を、変えさせたんだ」


 家臣が王族の行動を操った。一歩間違えれば、即捕縛されて死罪を賜ってもおかしくない。


 ミカエル様はその危険を顧みずに打って出たのだ。


 なぜ?

 化け物が、王宮にいる化け物が、もう目を覚ます寸前だったから。



「……無茶で無鉄砲、だが巧妙な策は奇跡的に成った。王太子は帰国する。明日だ。そうすれば、王太子名義の印が手に入り、お前たちの婚約は成立する。……な?わかるだろうマリース。だから俺は」


「…………」


 私の中で溜まった恐怖心が、一気に噴出した。ぶるりと大きく震えるともう治まらず、がくがくと揺れながら私は必死に声を絞り出す。


「だから私兵を……私兵を、動かしたのですね……?」


「そうだ」

 異様なほど素直に嬉しそうに、ユンゲー殿下は微笑んだ。




 私兵は王族個人の所有物であり私有財産の範囲に当たる。


 しかし、いざその私兵を動かす段階になると、個人の権限を大きく逸脱する存在となる。つまり、国家の許諾および認知がないと、私有の私兵であっても「動かす」ことは許されない。例えば王宮内に暴漢が侵入し王族の命が狙われ、剣で切りつけられる直前で私兵が前に出て王族を助け、暴漢を切ったとする。そんな状況であっても、事件の直後から「私兵の出た理由」「私兵の動きの可否」「私兵が出る必要が本当にあったか」等、細かく尋問調査されて公式書類となり、しかるべき審査機関へと回される。


 たったひとり動かしただけでも、私兵に「命を下した」となると大問題なのだ。王族だからこその権限で、表裏一体の権限の足枷ともいえる。



「私を……私をひとり拉致するためだけに、あなたは、私兵を動かして……家の者に、無体なことを……」


「だから仕方ないって言っているだろう。お前は邸から出てこない、ミカエルは婚約を結んでしまう。明日になれば終わりだからな」


 そうして殿下は、壁際の飾りだなに向かう。引き出しから何かを取り出すと、こちらへ向かって歩いて来た。


「なあ、マリース?王宮で王族の俺を拘束できるのは王族だけだ。知ってるよな?」


「……はい」


 王族は王宮内で治外法権扱いとなるが、もうひとり王族がいれば即時拘束ができる。


「つまり、俺は明日になればもう拘束対象だ。王太子に報告された時点で私兵動員の疑惑は疑惑でなくなり、俺は拘束される。そこで俺は素直に尋問に応える、「マリースを攫って犯す計画を立てたから」と」


「な、なに、なにを」


「俺は狂人扱いで裁かれ……病身と偽り宮の奥に閉じ込められる。幽閉だ。俺は少ない王族の血を持つスペアだから、毒杯を賜るのは王太子が結婚して子をふたり産んだ後……少なくとも数年は永蟄居となる。だが、確率は低いが王族籍を廃籍した後、どこか僻地の領へ流配される可能性も少しはある。称号剥奪法があるからな。マリース、お前としてはこの案が一番いいだろう。永蟄居の場合は、お前も大変になるからなあ。まあ、蟄居にしろ流配にしろ、数年後は俺とともに毒杯だ。これは諦めてくれ」


「なぜ、な、何をおっしゃってるのかよく」


「もちろん、俺はどうなっても、お前を連れて行くからだ。宮の奥でも、流配の僻地でも。それにお前としても、俺とともにいるしかなくなる。今から」


 ユンゲー殿下が近くなり、彼の瞳孔が開き切っているのがわかった。白目の端が血走って濁った光を浮かべている。金色の眉はなぜか眉頭ばかりが上がり、唇は笑っているのに口角が下がっていて、奇妙な印象ばかりが際立っていた。



「お前を犯すからだ」


 硬直した私の首に、ゆっくり、ゆっくりと殿下の腕が回る。ギュギュッと皮の擦れるような音がした。


「…………」


「似合うなあマリース」


 感触でわかる。これは愛玩動物用の首輪だ。そのなめした皮の表面に、いくつかの石?のような硬い物が埋められている。


 両手で力任せに引き千切ろうとしたら、その石の荒く削られた面が顎に擦れ皮膚が裂けた。


「……っ」


 それでも必死に首輪を引っ張っていると、殿下が私の髪を掴んだ。


「俺の髪色の宝石シトリンがふんだんに使われた首輪だ。大事にしてくれ」


「……私に金色は似合いません。要りません」


「そうか」


「人を呼びます。離してください」


「いいぞ」


 拍子抜けなほどあっさりと頷き、殿下は外へと続く扉に声をかけた。大きな声で「入ってこい」と言うと、扉は開き数人の男女が入ってきた。


 王宮の殿下付のメイドふたり、そして……あの背の高い男は、そうだ。私を拉致した私兵……。


「た、たすけっ」


「今から俺はマリースとここで睦み合う」


 殿下のあまりにも堂々とした、そして朗らかな宣言に、メイドふたりは目を見開いて固まった。


「たす、おねがい助けて!」


「俺が許可するまでは扉を開けるな。誰が来てもだ。これは綸言だ」


「助けて助けて!お父様を呼んで!たすっ」


「王族である第二王子の権限を行使する。許可がなければ開けるな。わかったなら出て行け」


「まっ……」


 私の視線と、メイドたちの恐怖に見開かれた視線が一瞬だけ合う。しかし、


「ああ、あとお前は扉の前で立ち番だ。……早く行け!」


 突然ネジが飛んだように大声で怒鳴った殿下に、メイドたちは飛び上がった。そして身を翻して逃げて行く。立ち番と言われた私兵の男は、ちらりと私を見たあと、「……殿下」と小声でささやいた。


「綸言も何ももう明日にはあんた、王族ですらないと思うが」


「だから、明日までは王族だろう。時間にしてあと十数時間か。残りの時間、ぞんぶんに行使しようじゃないか。……お前、立ち番をしながら近づいてきた奴らはすべて斬れ」


「無茶な」


「王太子が帰ったらお前は王太子付きに鞍替えすればいい。狂王子の命は責任能力の訴追の範囲外だ。……だが、今。俺は王子だ。今、王子権限は生きている。拘束されるまではな。明日朝まで俺は王宮の主、王子だ。どんな狂人だろうと。……ははは。法の穴だ」


「……」


 私兵の男は頭をかいて、無言のまま出て行った。扉の閉まる音が私の耳に突き刺さる。


 殿下はくるりと振り向き、楽しそうに笑った。


「ああ、マリース!お前ももう終わりだな。今の瞬間で終わった。あのメイドたちから話が漏れる、一瞬で王宮内に噂が走るぞ。俺とマリースが……とな。例えそれが虚偽だとしても!睦み合うこと自体が無くても!そして明らかな被害者であるお前が訴えても!もうお前はすべて終わりだ」


「……っ」




 この国の貴族令嬢は処女性がすべてだ。


 相手が婚約者であっても、婚約者でなくても……処女を失ったら、その相手に嫁ぐ。もっと言えば、喪失した令嬢はそれ以外嫁ぐ先がない。例えそれが街の暴漢や破落戸であっても令嬢の意思や権利はない。相手に嫁ぐことができない場合、修道院や自分の家の別邸で生涯隠されたまま過ごす……とは建前で、自ら命を絶つ選択をすることも多い。それほど処女性が優先され、そして守られる。

 真実ではない噂ですら、処女を喪失したかもしれないと一時話題に上がるだけで令嬢の運命は断たれる。

 だから守られるのだ。噂ひとつで揺らぐその処女性を、みなで守り抜く。

 護衛が付き侍女が寄り添い、邸でも学園でも守り通されている令嬢の根本には理由があるのだ。




「婚約は難しい。後見人に王族の印。……しかし、結婚はある意味簡単だ。そうだよなあ?高位貴族であろうと簡単に結婚はできる。襲って犯せばいい」


 この男は、それを狙っていた。何度も呼び出しを繰り返し、そして周りはそれから私を守ってくれていた。


「……」


 つかの間の静けさの中で、私は息を吸った。


「……あなたは……殿下は、おかしい。どうされたのですか。目を覚ましてください」


「面白いな、お前が言うか。狂わせたお前が」


 殿下は首を傾げて首輪に手を伸ばしてきた。逃げようにも背はソファにぴったりと張りつき、身動きすらできない。


「永蟄居になっても、流配になっても。毒杯までの数年間、お前を犯して犯して犯しまくってやろう」


 隙間のない首輪と首の間に無理やり手を入れて、ぐいっとそれを引っ張られた。


「あっ」


「おかしいか。……そうだな。おかしいんだ。あの夜会から。俺はあの時からずっとおかしい」


 息がかかるほど顔を寄せられて必死で首を反らす。殿下は、いや目の前の狂った男は、目だけ光らせて無表情で言った。



「お前の顔が四六時中浮かんできて、他のことが考えらえない。あの、あの、な、な、な、……泣き顔が」


 ずっと頭から離れないんだ、と乾いた笑い声を上げた。



「あれを見た貴族どもは、俺と同じでみんなおかしくなった……と思っていたが、そうじゃない。みな、思い出してはうっとりと「尊い尊い」などと崇めているだけだ。俺だけだった。……俺だけ、おかしくなった……俺はそうじゃない、そうじゃないんだ。尊い?バカ言うな。あれは、あの姿は、俺のすべてを刺激する……みだらで、下品で、淫靡で、罪なほど乱れた耐えがたき誘惑。お前はやはり悪魔だマリース」


 悪魔の誘惑だ。とても逆らえない。


「お前を泣かせる。滅茶苦茶にしてやる。それだけしかもう考えられない」


 金髪を軽く振ると、首輪を下に向けて思い切り引く。その暴力に体が浮き、私はソファから転がり落ちた。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ