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泣き虫の私が泣く人のいない世界に行った話。追加で絶対泣かない女がこっちの世界に来た話。  作者: ヤマト


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7/14



 あれから私は、一切の外出が禁止になった。


 学園は休んだまま、さらに街に出ることも禁じられた。お父様直々に、「護衛を付けたとしても門を出ることは不可」とのお達しだ。


 「はい、お父様。もちろん従います」と頷いて微笑んだら、お父様は私と同じ銀の髪(頭頂部薄め)を揺らして天井を見上げた。そして、「我が侯爵家の総力を結集するのは、今なり!」と雄たけびを上げていた。応、と腕を掲げたのは護衛さんたち。え、みんなどうしたの?


 両陛下と王太子様外遊中につき大臣として王宮に詰めっぱなしとなる予定のお父様は、「絶対に、絶対に外に出ないでくれ」と私の肩を掴んで言うと、颯爽と出て行った。それ以降は毎日早馬で私信を届けてくれる。



「……お嬢様がですね。狙われているととある情報筋からのタレコミがございまして」


 ケイトとメイドたちと、中庭をゆっくり散歩する。芝生をさくさくと踏んで歩くと気持ちがいい。


「タレコミ。すごいわね、お芝居みたいね」


 その後ろと両横には武装した護衛たち。簡易胸当てと帯剣は必須、喉当てと額当ては各自の自由だそう。試しに額当てを着けてみたら眉どころか目まで隠れてしまい、「お嬢様が戦場に出たら即やられますね」とみんなに笑われて私も笑った。


「そうですねえ。お芝居みたいですねえ。でも念には念を入れて、何事もなければそれでいいのですからね」


 ケイトが穏やかに笑う。でも知ってる。彼女がドレスの内側の腰巻に、短剣を忍ばせているのを。


「……そうね」


 狙われている、ということしか私は教えてもらっていない。誰にとかなんの目的でとか、明らかに私にのみ話が下りて来ない。


 お父様の政敵かしらと考える。

 あとは、財産狙いの強盗誘拐。もしくは過去の、マリース絡みの恨み。

 誘拐の線が濃い気がするけど、恨みも……捨てがたい……。


 聞きたい気持ちはある。が、私に聞かせない方がいいと判断されたのだ。そう判断したからには意味があるはずだし、詮索せずに従う姿勢を求められているのがわかる。短剣を持ち歩くケイトの気持ちを、笑いながら常に四方に目を配る護衛の気持ちを、王宮で多忙を極めながらも暇つぶしにとお店が開けるほどの本を注文してくれたお父様の気持ちを、私が知りたいというだけで無下にすることはしない。


 私は、真心には真心を返したいと思う。


「お嬢様、ご依頼の二枚目の刺繍絵図がそろそろ出来そうだと連絡がありましたよ」


「まあ!楽しみねえ」


 外出禁止となって、結局ダマヤ様のお母様、大先生への依頼は、図々しくもこちらに足を運んでもらうこととなった。ダマヤ様は異様なほど堂々と、かたやお母さまはずいぶんびくびくしながら邸に来られ、私の熱の籠った天才談義と刺繍文化の未来語りに呆然としておられたわ。「ね?この人おかしいでしょ?」と横でお菓子をバリバリ食べながら、同じピンク髪のお母様に話しかけるダマヤ様の可愛らしいこと。「……ぱ、パンの刺繍……?」と遠い目をしておられたので、「バターもお願いします!」とわがままも言ってしまった。あと報酬を提示したら、「……これ、あと三、四枚もやれば、もう店持てるじゃん……」とダマヤ様が眉間を揉んでいた。「バカじゃんほんとあんた」との呟きも加えて。


 かくして、「パンとバターの刺繍絵図」は出来上がり後即高級額縁に入れられ、食堂に飾られた。私の感動の叫び声とともに。


 日の当たるクロスの上に白磁の皿が置かれ、陰影も見事な焼きたてパンが鎮座している。ほかほかと湯気まで立てているその横には、じゅわっと溶けたバター。年代物の渋みまで感じられるワイン瓶、それらすべて刺繍!天才!


 日々眺める場所にあるパン刺繍にだんだんみんなも慣れたみたい。なにせ肖像画以外は絵画のない世界ですもの。「焼きたてパンを毎朝絵で見るという行為に心が洗われる気がしてきました」と料理長が言い始めてるって。わかる。焼き立てパンは正義だもの。


 早速二枚目を依頼したわ、次はお父様の王宮での執務室に飾っていただくことにした。将来開く刺繍作品専門店の宣伝にもなるしね。


「財務長のお部屋ですので、金のインゴットはどうでしょうか!」「……またそんな……そんなものを刺繍するのですか……えええ……」などと大先生と打ち合わせ、うちにある金のインゴットをスケッチしてもらい、「ひい……まばゆくて腰が抜けました……」となぜか疲れ果てた様子の大先生を送り出す。


 ついでに三枚目も頼んじゃおうかなと思ったけど、「いえ、こちらの二枚目が終わった後に別のご依頼をいただいておりまして。それが終わりましたらすぐにご注文をお受けしますね」とピンクの眉尻に優しいしわを浮かべて断られてしまった。


「すごい!もうすでに別注ですか!やはり天才!」


「ありがとうございます。ようやく、まともな図柄で刺せそうで……安心しております……」

 と儚く笑っておられた。


 大先生、今後も熱烈に応援しますわ!




「……もうすぐなんらかの結果が出るでしょう。あともう少しの辛抱ですよお嬢様。そうなればまた、ドンタルト公爵令息様と一緒にお茶もできますから」


「ええ」


「それまでは、日々大先生の作品を眺めて刺激を受けて、お嬢様の刺繍のセンスをさらなる高みへと磨いて行きましょうね」


「ええ。そうね」


 私が頷くと、日傘がくるりと回った。




 外出禁止と同時に、ミカエル様も来なくなった。


「やることがあって来られなくなりました。手短に完璧に片づけて、すぐ戻りますね」

と微笑んで、


「新しいお菓子を開発しても、わたし以外の人には出さないように願います」

と約束の指切りをして、それ以降姿を見ていない。だからシャリシャリ君はフォース改でいったんストップしている。料理長はその分、開発済のお菓子の質をさらに高める研究をしていて、喉がひゅいっとする飲み物の南国フルーツバージョンを作って私を喜ばせてくれた。


 ちらりと、ミカエル様は王宮のお父様の執務室に毎日通っていると聞いた。宰相である実父のところにも顔を出し、その後は別の場所へと消えるとも。毎日忙しそうに王宮を走り回っているそうだ。次期宰相と名高い兄の補佐、もしくはユンゲー殿下の兄、第一王子である王太子様の側近になるのかもしれないともっぱらの噂らしい。将来性が飛び抜けた有望株がいきなり王宮をうろうろし出したことで、そこにいるすべての女性たちが目の色を変えているとも聞いたわ。


 地味で気づかなかった、ユンゲー殿下の影に隠れてたのね、さっそくアピールしなきゃって女性たちが言ってるとか。……学園にいた時だって、有望株だったわ。失礼だわ。


 ミカエル様は、羽を広げて威嚇しなくても、権勢を誇らなくたって、綺麗なクジャクなのに。


「大丈夫ですよ、お嬢様。ドンタルト公爵令息は、クールに見えてしつこいタイプです。ケイトにはわかります」


 なぜかむすっとしている私を、おかしそうにケイトが笑う。


「他の花に見向きなんてするもんですか。ここにこんなに美しく可憐な花がありますのに」


 それから門の方を見てさらに笑う。「ほら来た」と指す方角を見遣ると、うちの護衛とともに公爵家の護衛がひとり歩いて来るところだった。



「ごきげんよう、ハーマン侯爵令嬢」


 にこにこと公爵家護衛は「今日の贈り物」を差し出す。その袋の中を見て、「まあ」と私は喜んだ。

 王都で有名なパティスリーの「旬のイチゴ飴限定品」だわ!気になって料理長と話してたのよね、これのこと。イチゴの飴なのか、イチゴに飴なのか。なんと、イチゴと飴だったわ。イチゴと飴が交互に串に刺さってる。


「ご苦労様です、手に入れるのは大変だったでしょう」


「朝から並びました。そのおかげで公爵家のみんなにもこれが行き渡り、メイドしてる彼女にもでかしたと言われ、良いこと尽くめです」


「毎日本当にありがとう」


「次の自分の番が来るのが待ち遠しいです」


 ミカエル様は来ない代わりに、公爵家護衛に託して私に贈り物を届けて下さる。しかも毎日。


 公爵家護衛はふたり一組で当番制、そのうちじゃんけんに勝ったひとりは私に贈り物を届けに来る係、負けると門でうちの門前護衛とともに警戒しつつ待機だそう。当番順が巡ってくるのがみなさん楽しみで仕方ないって言うけど本当かしら。


 ミカエル様からの贈り物の中身は、王都で流行りのお菓子だったり、ガラス製のおしゃれな本の栞だったり、綺麗な花束だったりする。が、時々びっくりするような高価なものも混ぜて込んでくる。つい先日渡された箱を開けたら、親指の大きさの青く煌めくサファイアが入っていてひっくり返りそうになった。とても受け取れないとその日の順番の護衛に言うと、


「坊ちゃんの貯め込むだけ貯め込んで使うあてのなかった底なしの資産が、一気に火を噴いているだけです。お気軽にお受け取りください」


 と気軽に返され、気軽とは真逆の気持ちで押し頂いたわ。宝石が重い!手が震える!


 銀の御髪に鮮やかな青はさぞお似合いでしょうと出入りの宝石商の方が張り切り、いま髪飾りに加工中。それをお礼とともに伝えたら「王国中のサファイアを買い漁りましょう」とユニークなお返事が来た。ユニーク?どこが?本気ですよね?とケイトやメイドたちが騒ぐので面白かったわ。ミカエル様は冗談も楽しいわね。


「では、今日のお返しです」


「待ってました!」


 変なかけ声の公爵家護衛に、ハンカチを渡す。もちろん私の刺繍入りだ。


 毎日のお礼はハンカチでと本人からお願いされたから、私からのお返しは刺繍を刺したハンカチ。お返しとはいえ金額が違い過ぎるのだけれど、本当に大丈夫かしらこれ。そして毎日毎日刺すことで、私の刺繍スピードは急速に成長中だ。技術ではなくスピードね。スピード。


「……これはまた……難易度が素晴らしい……」


 受け取った護衛は感動したような物言いで、表裏と確認し、図案をじっと……じいっと見つめた。


「……スカンク……ですね?」


「惜しいです。ホウキです」


「生き物でもなかった!全然惜しくない!」


「使い古したホウキですので、先が広がっているのです」


「なんて無駄な細かさの設定だ……!」


 大喜びの護衛。これをこのまま公爵家に持ち帰ってミカエル様へ渡せば今日の彼の仕事は終了なのだけど、その前に、現在公爵家で大流行りしているゲームが開催される。


 他の護衛やメイドだけでなく、公爵家侍従や執事さんまで参加しての刺繍の図案当て大会だそう。答えを知るのは渡された護衛のみなので、他のみんなで頭を寄せ合ってうんうん唸りながら考えるのですって。楽しいのかしらそれ。


「とても楽しいです。くせになるのです」


 にこにこと返された。図案が思ってもみない方向から来るのがいいと言う。え、どういう意味?

最近は生き物以外に物品や機器、自然物にまで対象が広がっている(毎日刺繍しているからネタが無くなって、思いつくままに刺している)ため、


「みんなで大いに悩んでわいわいしていたら偶然帰宅された若様もご覧になりまして」


「……えっ」

 ミカエル様のお兄様まで?


「「パスタ伸ばし器の刺繍」を『これを刺繍の図案にするのか……』と愕然とした顔で見つめておられました。あと「馬の走った後の道の刺繍」を『これはわかる。神話に出てくる黒蛇だろう』と言い放って後に答えを聞いて崩れ落ちておられました。今では『新作はミカエルがしまい込む前に必ず自分の執務室を通すように』と命が下っております」


 ひええ。


「さらにそれを、たまたま来られていた若様の婚約者の公爵令嬢がご覧になりまして」


 待って待って。


「次の日より刺繍を見るために日参されるようになり、政略的な婚約の仲だった若様との間に急速に絆が強まっている状況で、それを知った宰相である旦那様が珍しくも本邸にお帰りになり、同じく呆然とした顔で「皮を全部剥いた後の真っ白なリンゴの刺繍」を見つめている姿が若様そっくりだと奥様がお笑いになり、何年かぶりのご家族そろっての晩餐が執り行われました」


 なんということ。私の拙い刺繍がよそ様のお宅で物議をかもしている……。


 公爵家護衛はにこにこしたまま、丁寧にハンカチを胸にしまい、そしてゆっくりと礼を取った。


「侯爵令嬢マリース様。坊ちゃん、ミカエル様より伝言であります。『まもなく片付きそうです。そして大事な話もあります。美しいマリィ、青い髪飾りをつけたあなたと中庭でお茶を飲むのを、楽しみにしております』と」


 きゃあ、と後ろのメイドたちが歓声を上げる。「成長してますね」「さすが学習能力は高いっすね」と、ケイトとうちの護衛ががささやき交わしている。


 もうすぐ終わる、という伝言にみんな気持ちが楽になったのだろう。


「はい。お待ちしております」


 私も心がじんわり温かくなって、小さくはにかみながらお返事を伝えた。

 みんながにっこりと笑った。




 もうすぐ終わるのですって。よかった。



 毎日、毎日、朝一番に。それから公爵家護衛の二人が門を出て行った後。さらにその後、うちの専属御者が馬の手入れを終える夕方頃。毎日、絶えず、朝昼晩と、王宮から手紙がくる。第二王子であるユンゲー殿下からの、私への出仕要請の手紙らしい。


 その要請理由はさまざまだ。王子妃教育の未満終了の契約確認のため、過去の王宮からの支給品返還確認のため。いままでの謝罪要求もあれば単なるお茶会のお誘いまである。どうしてそんなに私を呼びだしたいのかわからない。


 それに対して、王妃教育はそもそも受けていないから、支給品はすべて紛失したから、謹慎中であるから、勅令ではないから、緊急ではないから、出仕命令書にあるべき宰相の許可印がないから、私信であり要請権限は法務省と陛下にしかないから。そんな様々な理由で断り、お父様の指示のもと執事のセバスが処理している。私は外出禁止の身だから、要請に応えることは出来ないのだ。


 問題ありませんとケイトが言う。セバスも頷くし、王宮にいるお父様は「気にせずに邸にいるように」と私信を飛ばしてくれる。ミカエル様の贈り物はとても嬉しい。


「……」


 それなのに、私はなぜか少しずつ苦しくなっていた。ゆっくりとじわじわと柔らかなもので締め付けられるように、首が詰まった感じがして息苦しい。


 まるで毎日絶えずやってくる手紙が、私の周りを囲み迫ってくるみたい。


 嫌な予感がする。足元から這いあがってくる悪寒に身震いする。


 尋ねずに従うのみと誓ったはずの心の隅で、私の本能に近い警戒ベルがかすかに鳴っている。


 ……政敵でも財産狙いの誘拐でもない、かもしれないわ、と。

 私は何から隠れているのだろう。みんなは何から私を守ってくれているの?



 もしかしてあの恐ろしい、残虐な、言葉の通じない化け物が、この世界にもいるのではないのかしら。

と。










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