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泣き虫の私が泣く人のいない世界に行った話。追加で絶対泣かない女がこっちの世界に来た話。  作者: ヤマト


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6(追加あり)




「……」


「…………はあ」


 ミカエル様の、溶けるような優しいため息が聞こえる。


 そちらを見ようとしたら、両目が柔らかい布に覆われて何も見えなくなった。


 たぶん、ハリ、じゃなくて、クジャクのハンカチ。


「まったくあなたは……本当に……」


 そのまま、長い腕が私の頭を囲う。綿で包むように頭ごと抱き締められた。


「最初から最後まで心臓が疲弊しっぱなしです」


 ささやきが耳に滲み、布が目尻とまぶたを羽で撫でるように拭う。それからそのシルクの端が、ゆっくりと唇に当てられた。


「血がにじんでいる、少し切れてますね。我慢しようとしたのでしょうが、この綺麗な唇を傷つけるのは無しです」


「ミカエル様」


「はい」


「ミカエル様」


「はい。マリース嬢」


 ようやく風が吹いた。と、思ったが、私がやっと風を感じられただけで、ずっと中庭に吹き渡っていたのかもしれないわ。

 周りでは忙しなく人の動く気配がする。ケイトが遠くから走って来ているようだ、もしかしたら邸内から唇の薬を持って来てくれたのかもしれない。


「マリース嬢、あなたを呼び捨てで呼んでもいいですか。でもマリースと呼ぶのはわたしが嫌なので、他の愛称で」


「はい」


「では、マリィと」


 胸の奥がぎゅっとなる。マリィ。

 


 マリ。



「はい。ミカエル様」


「マリィ」


「はい。……私は、ミカ様とお呼びした方がいいですか」


「勘弁してください」


 布越しに長い指が揺れているのがわかる。私も肩を揺らして笑った。

 



 ざわりざわりと気配はたくさん動いているのに、誰も近づいてこない。


 と、ふと再び空気が止まった。

 向こうから……門の方角から、軽やかな足音が聞こえる。


 それがだんだん近づいて、中庭の芝生を踏むと同時に、「やだあ、あたしったら。忘れ物しちゃってえ」と甲高い声がした。


「ダマヤ様」

 シルクを目から外してもらって瞬きすると、らしくなく顔をしかめた彼女がいた。


 忘れ物はこのバラの作品ですねと手元のハンカチを渡そうとしたら、かなり粗雑な仕草で顎をしゃくる。


「あんた、本気でお母さんに仕事依頼してくれるの?報酬はあたしが決めるけど」


「もちろんです」

 芸術作品だもの。頷くと、はっと肩をすくめた。


「じゃ、そのハンカチはあげる。手付けってことで。あと、いい金づるの太客ってことで、ひとつだけサービスもしてあげるわ……ミカ様」


 指でくいくいとミカエル様を呼ぶ。

 眉をひそめたミカエル様は、しかし何かを考えるような表情で、ダマヤ様に寄って行く。そしてミカエル様が離れた瞬間に、私はケイトたちに囲まれた。


「お嬢様、さ、一度邸内へ入りましょう」


「え、でも」


「お顔を洗ってメイクを直しましょう。お嬢様、その赤く腫れたお目目は危ないです、誰に見られるかわかったものじゃありません」


 ぐいぐい引っ張られて邸へと向かう直前、振り返ってふたりを見る。

 ミカエル様とダマヤ様は、頭を寄せ合い何か話していた。難しい問題を前に唸るような、非常に険しい顔で。



 私は知らなかった。


 その時、ダマヤ様が、


「……殿下、股間を膨らませてたわよ。ぱんぱんにね。前傾姿勢で歩きながら真っ赤な顔でふうふう息をして、完全に発情してたわ。馬車に駆け込んですぐ奇声が聞こえて……何してたかは想像つくでしょ。あいつはヤバい。本当にヤバいと思う。いろんな男を見て来たあたしの勘が言ってる。……よくよく気をつけることね、彼女の身の回りを」


 と伝えたのを。


 知ったのはもっとずっと後のことだった。







……………追加……………


 クズは目を白黒させている。パニックになっているみたい。打たれ弱いわね。一方的に嬲ることのできる獲物だと思い込んでいたものねえ。


 ああ、その臭い息すら嫌だわ、もう呼吸しないで。


 さあ、あの男はどこかしら?


「アオキ!」


 目当ての名前を叫ぶと、空気がさらにびりっと固まる。


「アオキ。出て来なさいアオキ」


「……えええ……」


 視界の隅、のそりと立ち上がる影。こいつ青木。マリの同期。ひょろひょろの痩せ型で眼鏡にかかる長い前髪。たくさんのゴミ人間の中で唯一、マリを慰めてくれる男。みんな見て見ぬふりをするけど、こいつだけ声かけてくれるって。でも誰もいない場所限定なのよね、そういうとこだろ、お前。


「アオキ、お前このドクズの言動記録してるわよね?さっさとそれをお出し」


「え、あ、な、なん、で知って、」


「お前の保身とかどうでもいいわ。あと、この変態がマ、わたくしを罵ったあと毎回トイレで自慰している画像も出しなさい」


 ざわりと周りが揺れる。目の前の黒髪クズは、一瞬で顔色が無くなった。わかるわ、「向こうの世界」でもこういう人間の顔色何度も見たもの。毒蛇をドレスの袖に忍ばせて握手しようとして、バレた時の相手の顔思い出したわ。ああ、あれ殿下だったわね。どうでもいいけど。


「い、いや、あれは、ほんと、いざという時のための……」


 おどおど視線を揺らして寄って来た青木に吐き捨てる。


「遅い。お前は何もかもが遅いわ。いざという時?それを逃してお前は後悔するのよ。お前そういうとこだわよ?いざという時やり返すなんてばかばかしい。攻撃は常に、間断なく、容赦なく、しつこく繰り返し何度も何度も相手が滅してもなおやり続けることが肝心よ」


「相手滅してるのに……?」


 脅えたような青木を横目で見て、それから腕を組んで髪をかき上げる。あら、わたくしの髪、短いわ。



「さあお出し。それをありとあらゆる人間に見せてこの虫けらの下衆で醜悪な本性を全世界に晒すわよ」



 有名になるわね、よかったこと。冷たく笑うと、目の前の虫けらはぶるぶるっと痙攣して憤怒の表情になった。







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