31.西の番外編 王太子
我が国の西に、名だたるリゾート地あり。
その報に、国務棟を歩きながら王太子は眉間を押さえて沈黙した。
「……」
国内だけでなく、近隣諸国からも問い合わせがひっきりなし。王太子の婚約者である隣国の姫までも、「婚約式終わったら絶対連れて行け」「メインホテルに泊まりたい、絶対に!」と強要してくる。
「……あー……」
ため息しか出ない。
会員制のメインホテルは、まず最初に出資債権者たちを優先的に招待すると言う。
先見の明ありと国中から羨ましがられる出資者たちは、今では鼻高々で、「今後も大いに出資して行こうと思っているよ。わははは」などと各家の夜会で高笑いしているそうだ。中途出資は認められておらず、メリー侯爵時代からの出資要請を拒否していた人々は、悔しさのあまり自慢する者に殴りかかることもあると言う。本当に馬鹿馬鹿しい話だ。
そして自分は出資していないので、メインホテルには泊まれないし姫も連れて行けない。例え王太子であっても堂々と断ってくる奴がいるから。
あいつが。いるから。
「はあああ。……なぜだ。なぜみな気づかない。なぜ騙される。誰かひとりでも気づいてくれよ!頼むから!」
ひとりで叫ぶも返るはむなしい静けさだけ。
いや、気付いている人間はいるのだ、幾人か。しかしその幾人はすべて「あちら側」というこの地獄絵図。
「どう考えてもあいつが大儲けしてるだけの話だろう……!」
両手で顔を覆って立ち止まる。後ろの侍従と護衛は、最近の主人の心労を察してただ沈黙している。気を遣われている。申し訳ない。
「……なあ、知っているか?あの西のリゾート地。すでに稼働は始めているが、中心の最高級会員制メインホテルだけはいまだ門を閉じているそうだ。…………なぜかわかるか?」
振り返ると、王太子の顔を真っ直ぐ見られない侍従たちは、そっと目を逸らした。
「最初の客はもう決まっているんだと。で、その最初の客がまだ来られないから、それをひたすら待っていると……」
高級会員制メインホテル最初の客は、もちろん最大債権者ハーマン侯爵。
恭しく跪いた商会長代理の若者に、ハーマン侯爵はにこにこと、「じゃあ、ここで我が娘と婿殿の結婚披露会を開こうかな」と告げた。
こうして最高峰の贅をさらに超えた天上のホテルと称されるメインホテル最初の客は、かの名だたるハーマン侯爵家若夫婦の結婚披露会に決定した。
さすがハーマン侯爵家。高級会員制ホテルの格もさらに上がった。素晴らしいホテルの、素晴らしい使い方を生み出した。新しい披露会の形だ。
ぜひ、ぜひ、その披露会に招待していただきたいものだ!国中の貴族の願いだ……!
「……それが今一番の話題なんだそうだ。誰が招待されるかって。……はは、おかしいな。この国の王太子の婚約式が間近だというのにな」
「……」
「……その待ち望む披露会は、王太子の婚約式が終わらねば開けないそうだ。本当におかしいな。王太子の婚約式がまるで邪魔な前予定のようになっている」
「……」
口を噤む彼らの、苦しそうな顔が辛い。でもごめん、お前たちしかいないんだ。愚痴を言える相手。
「……その西のリゾート地の総名称、聞いたか?『マリア・メリ』。道半ばで散ったメリー侯爵の遺志と心意気を称え、「メリーが聖母に抱かれて安寧の眠りにつくことを」と願い奉された名称だと、人々がこぞって感動しているそうだ。引き継いだ商会への賛辞が止まないんだと」
……ただの「マリィとアメリ」だろうが!!
義理の親子二代で、ほんと好き勝手!好き放題にやりたい放題!くそ、くそおお!!
何がメリー侯爵の遺志を継いだ男気溢れる商会だ!あほだろ!
俺に言わせれば、面倒な測量から基礎工事まではやらせておいて、その後をごっそり横取りしただけの悪の商会!
「……はあ……」
地団太踏んで大声で叫びたい。
…………お前は!
お前は、ただ、贅を尽くした最高の環境を揃えて最高の披露会を開き!オーブリー夫人の出した条件をさっさとクリアして!一刻も早く侯爵家へ、妻のところへ引っ越ししたいだけだろ!本当に、それだけのためだろ!おのれの欲望のためだけ!
エロいことばっか考えてんじゃねえよおお!!
頭かきむしって怒鳴りたい。大暴れして回りたい。
でもしない。自分は王太子だから。
……次代の王だから。
側近を使い、高笑いの女王をいなし、悪辣な金儲けバカをうまく見逃し……この、混沌の次世代をなんとかうまく乗りこなして行かなければならないから。
「こんにちは王太子殿下。いい天気ですね。仕事がはかどりそうな」
「……出たな。悪辣な金儲けバカめ」
背後からかけられた声に、口の中で呟く。聞こえたのかそうでないのか、侯爵家婿ミカエル・ハーマンはにっこりと微笑んで近づいて来た。
「ご機嫌いかがですか。まもなく婚約式ですね。楽しみです」
後ろにぴったりと大木のような護衛の大男。ああ、やだやだ。
「機嫌は見りゃわかるだろう。王太子婚約式の直後に、その王族式より豪華な披露会を開こうとしている臣下がいてな。心労が続いているんだ」
「義父上が、たまたま持っていた権利を我々夫婦の門出のために譲ってくれると……信じられない幸運にありがたくも恐れ入る心地です」
「いやお前頭おかしいだろ。堂々と言うその神経も」
吐き捨ててさっさと行こうとして、ふと思い出して青い髪と目の男を見る。
「なぜカニバルは見逃さず、メリーは見逃した」
ミカエルは、おや、と一瞬目を見開いた。
王太子は自分の耳から金髪を払う。
「虐待は残念ながら我が国では罪にならない、今はまだ。重罪なのはカニバルでなくメリーだろう。カニバルはどこへやった」
「……仲間がたくさんいる、にぎやかなところへ。元気に暴れる中年が来て、いい戦力だと喜ばれていると思います」
隣国の鉱山です、と加えられた。
はあ……と王太子は全身からため息を吐く。
「やり過ぎるな。俺は内部分裂は望まない」
「……御意」
何がだ、ちっとも御意なんて思ってないだろう。今度こそ嫌味を吐き捨てて翻すと、背に声がかかった。
「殿下、さきほどのご質問ですが。……メリーは、わたしの唯一にはあまり関わらなかったが、カニバルはわたしの唯一を愚弄した。それだけの違いです」
「……」
バカだ、本当にこいつ。
もう振り返る気力もなく、侍従たちを引き連れて歩き出す。これから向かうは宰相の執務室。ああもうやだやだ。
続く声は風に乗った。
「殿下。殿下と婚約者様をわたしどもの披露宴会にご招待させていただきたく。招待状を送らせていただきますね。他の招待客のように別ホテルでなく、殿下方はメインホテルへお泊りいただきます。……殿下はわたしたち次代の、王ですので」
そんなもの、侍従に送っておけ。
後ろ手にサインを送って、王太子は先を急いだ。
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リクエスト等あれば、またふたりのお披露目会とか載せますね。
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