表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泣き虫の私が泣く人のいない世界に行った話。追加で絶対泣かない女がこっちの世界に来た話。  作者: ヤマト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/16

3(追加あり)


 王宮の夜会以降、私は学園へ登校していない。まあ、マリースはそもそもあまり学園へは通っていなかったが。

 

 現在登校を控えているのは、混乱を避けるため、注目を浴びるのを回避するため、婚約破棄が正式に交わされた直後で殿下との接触を控えるため、夜会での騒ぎのそもそもの張本人である私の謹慎姿勢を世間に見せるため……との後付け理由はもろもろだが、主な原因はただひとつ、


「婚約の申し込みがひっきりなしでして。旦那様も青筋立てて日々断るのに苦心しておられます」


「な」


 給仕しつつなぜかケイトがミカエル様とおしゃべりで盛り上がっている。ミカエル様の後ろのドンタルト公爵家護衛さんが「へー」と声を上げ、うちの護衛たちがそれぞれに小皿を渡しながら「そうなんすよ」って相槌打ってる。


「な、な、なぜ」


「気づいてしまったのですわ。世界が。うちのお嬢様の破壊力に」


 なぜかどもるミカエル様に、真顔で言うケイト。なに言ってるの?


 ドンタルト護衛さんが頷く。

「なるほど、「あの姿」の侯爵家令嬢を見た貴族方は、その夜会当日は衝撃で動けず、しかしそこから日を重ねてじわじわと沁み込むように……そう、尊さに気づき。で、慌てて婚約を申し込んできてるわけか」

「そうそう。尊いあの光景に一撃で胸を掴まれて、忘れられないんでしょうねえ。何日も経て、いままさに降るように来てるそうっす、申し込み。仕方ないっすけど、まあ旦那様は激おこっすね。今更なんだ!いままでマリースをさんざん恐れておいて!って。我々含め旦那様も今更なんですけどねー」


 双方の護衛たちは、はははははと和やかに笑ってる。

 いやなにこれ。


「みなさん、おしゃべりじゃなくお手元の新作を食べて下さいね。そして早く感想をくださいな!」


 私はそわそわ気分を抑えられずに、さあさあと勧めてしまう。改良三回目にして傑作と(私の中では)呼ぶ、シャリシャリ君セカンド改。爽やかな果実と蜂蜜やら何やらを混ぜて溶かして凍らせて、シャリシャリ削った一品。口の中でガリガリして溶けて美味しい冷たいデザートを思い浮かべる私と、夢の中でも一晩中菓子作りをしていると豪語する真の求道者料理長の共同作品です。さあいかが。


「しゃりしゃりと言うよりはざりざりですね。美味しいですが」


「えっ……ざりざり……」


 護衛さんたちの感想に慌てて後ろを向くと、最後尾でひっそりと立っていた料理長が目を閉じ腕を組んでいる。目を開け、私の方を向く。そしてふたり同時に頷いた。


「ざりざり。お嬢様、それは果実の皮の舌触りですね。わたくしめの力不足です、要再考です……」


 私は首を振る。

「難しいですね、ガリもシャリも。でも料理長、一度開発から離れましょう。ゆっくりお休みになって。いまお父様に頼んで特別報酬も準備していますので」


「いやそんなお嬢様、いまわたくしは料理人人生の中でもっとも楽しい日々なのに、報酬までいただいてはっ」


 慌てる料理長ににっこり笑う。

「楽しいと言ってもらって私も楽しいわ。その楽しい毎日に報酬がつくのは、料理長の確かな腕と努力への正当な対価です。天才料理人ですもの、当然です」


「……お嬢様……っ」


 両手で顔を覆う料理長を見遣って、「ね?」となぜか再び真顔でミカエル様を見るケイト。


「ご覧になりましたか。人が落ちて行く瞬間を」


「……」


「褒め上手で朗らか。言葉をつくして無邪気に労ってくれて、穏やかでお優しく、何より美しい。魅惑のスタイルを含め女神のような外見。そして……過去とのギャップ。そう、まるで、天上と地の果てのような高低差のギャップ。これほどの魅力がありましょうか」


 ケイトが凄みある低い声で演説を始めてる。


「あの夜会の……あの、世にも尊いお姿に魅了された人々は、いまはその記憶に焦がれて縁談を持ち込んでいます。が。……が!尊いあの、ん、んんっ、「泣く姿」だけではないのです。尊いのは、それだけではないのです!」


 拳を振り上げているわ。


「あの「泣く姿」だけでなく。尊いのはお嬢様の本質。お嬢様のこの、優しく穏やかでのん気者で天然、たまらなく可愛らしい本質。そう、もうひとつの魅力に人々が気づくのも時間の問題でしょう。少しお話しすればわかりますもの、お嬢様の吸引力が。そうなれば求婚の場は大乱闘となりましょう。先着一名限りです、お急ぎくださいませ。公爵令息様」


 ミカエル様が慌てたように背を伸ばした。


「あ、あ、あ……あの、ま、マリース嬢、わた、わたsk」


「だめなんだよ、うちのぼっちゃん。勉強ばっかしてたから」


「ここで噛んでちゃうちの旦那様どころかケイトやメイドすら納得させるのは難しいっすね」


「まったくふがいない。争奪戦で優位に立っておられるというのに」「減点ですわ」「ええ、ええ」「ほんとうに」


 双方護衛とケイトとメイドさんたちみんな大盛り上がりだ。いつのまにそんなに仲良くなったのかしら。いいことだけれど。




 魅惑のスイーツが完成した暁には食べに来て、と誘ったのは私だけど。ミカエル様はすでに我が家に馴染むほど来ている。ほぼ毎日。公爵家から帯同する護衛さんたち専用の食器類まで用意されるほど毎回一緒にお茶している。


 たくさんおしゃべりして、一緒にお茶飲んで、お菓子を食べる。私はとても楽しいけれど。


 ……学園行かないの?


「いいのです、マリース嬢。卒業に必要な単位はすでに取得済ですし、資格試験や文官登用テストも在籍中ですが合格しております。学園に通っていたのは、ひとえに人脈作りと卒業後の進路展望の模索のためだけです」

 先ほど噛んだことが恥ずかしかったのか、小さく咳払いをしたミカエル様が説明してくれる。


「まあ。さすがミカエル様、秀才の名は伊達ではないのですね」


 ほんとすごい。文官登用テストってあれよね、大学在学中に司法試験受かっちゃうみたいな?


 かたやマリースはテスト中に前の席の方のテスト用紙に向けてダーツを投げていたわ。ミスしている箇所を教えてあげるつもり、親切のつもりだったって。なんでダーツよ。結果は手元が狂ってその方の袖を貫通したって。親切ってなに。


 ミカエル様は赤くなった顔を軽く伏せ、青い髪で隠した。

「……マリース嬢。婚約破棄により王家に嫁がないとなれば、あなたは、このハマーン侯爵家の跡取りとなるわけですが」


「ええ、まあ」


 嫁ぐ予定……もしくは国外追放予定のマリースに代わり、親戚筋から養子をもらうはずだったのは確かだ。でもそれも立ち消えた。


 いま豪雨のように降り注いでいる縁談は、その影響があると思う。王族からの婚約破棄の傷(だいぶ大きい)はあれど、なにせ家つきひとり娘、ちなみに資産家だもの。と話すと、ケイトはじめみんなは「違います。家ではなくお嬢様自身の吸引力です」と首を振るけど。


 正確に言うと、跡目は血筋で私だけれど次期侯爵はお婿さん。この国は女性が当主になることはない。


「今後のことはお父様にすべて従うつもりです」

 結局のところ私にはそれしかできないしね。マリースが戻るまでは、私はとにかくこの世界でのマリースの身分と行く末を守るだけ、他はむしろ流されるまま行くしかない。


「私は、当主より下された命に逆らうことはしません」

 微笑んで言えば、ケイトや周りは「なんてけなげな」と目を覆う。いや人任せってことだけど。


 ミカエル様はすっと整った顔を上げた。

「……侯爵家の土台を支え、あなたを支え、さらに発展させるにはそれ相応の知識と知略、権威と地位が必要でしょう」


「はい」

 でしょうね。詳しくはわからないけど。


 頷くと、真顔のミカエル様はきりっと表情を改め、まるで熟練の講師のように滔々と話し出した。


「ちなみに我が公爵家は来たる次世代の宰相を務めるであろう嫡男がおり、しかも第一王子である王太子の側近。権威地位という面では他の追随を許しません。また我がことで恐縮ですが自身で融資した商会の大規模な躍進などもありわたしの個人財産は今後も増える見込み大であり、富目当てでないということもハーマン侯爵様にはご理解いただけるかと。知識に関しては先ほどの説明通りで過不足なく、さらにわたしは次男。継ぐもののない次男です。侯爵家の行く末を鑑みれば一考の価値ありかと思われます」


「……ええ?」


 すごい早口。


「……」


「…………?」


 つかの間の沈黙の後、双方護衛さんたちがため息を吐いた。


「坊ちゃん、侯爵令嬢様引いてます。きょとんとしてますって」


「令息様そうじゃないんだけどなー、そこじゃないっつーか」


 かしましい声も重なる。


「アピール部分が違う!あああ!頭脳以外は愚鈍!」「ほんとほんと。次男二回言ったわよ」「毎日通っておいて」「イライラしますね」「根はものすごくいい人なのにね」


 でも、そこも含めてジリジリわくわくするけどね~!わかる~!とケイトとメイドが顔を寄せて叫び、護衛がお腹を抱え、わっと中庭に笑いが溢れた。大盛り上がりだ。


「うふふ」

 雰囲気に飲まれて、わけがわからないながらも私も笑う。みんなで食べて飲んでおしゃべりして、こんなに楽しくていいのかしらって。


 この気持ち、何年振りだろう。毎日毎日真っ暗な沼の中を歩いているようだったのにな。疲れすぎて疲れを感じなくなり、空腹すぎて空腹ではなかった。私あの世界で、毎日何をしていたのだろう。何かしてばっかりだったのに。そんなことすらよく思い出せない。


 ミカエル様も同じ楽しい気持ちかしら、そうだったらいいのにと思って笑顔のまま見たら、彼は首まで真っ赤になってテーブルに突っ伏していた。


「ミカエル様、どうなさったの?」


「……いえ」


 うなだれていたらしく、のろのろと顔を上げる。そして私を見返して、つい釣られたかのように眉を下げ、仕方なさそうに笑った。優しく溶けるように。


「……とても楽しいです、マリース嬢。あなたといると」


「……はい。私も」


「……」


「……」


 風が中庭を吹き渡る。パラソルの影が揺れ、テーブルのグラスの氷が鳴った。




「お嬢様」


「は、はい」

 背後から声をかけられ、慌てて応える。なぜか周囲みんなに睨まれながら、お父様の執事であるセバスが息を切らして近づいて来た。ミカエル様に一礼し、そして私へと白髪混じりの眉をしかめて低く言う。


「……先触れもない訪問ですがお断りできないお方が。いま旦那様にも至急お帰りいただくよう王宮に早馬を出しました。ご準備を。……皆の者も」


 急に、空気がぴりっとした。ケイトもメイドも険しい顔になり、護衛達も音もなく立ち位置を変えた。


 ミカエル様がゆっくりと立ち上がる。


 え、と私はその顔を見上げた。


 先ほどまでの柔らかな、静かな水面のような優しい表情が消えている。


「マリース嬢」

 中庭の先、表門の方角を見据えたまま、ミカエル様が私を呼んだ。


 確かにそのあたりが少し騒がしい。邸の表玄関をぐるりと周り裏に位置する別邸、その中間にある中庭はプライベート空間でありだいぶ距離があるはずなのに、遠い表門の情景がせわしなく揺れているのがわかる。


「……わたしも、同席しましょう。マリース嬢」

 そのひと言に安心したのは事実だった。私は頷き、立ち上がって、一度きゅっと拳を握る。


 周りが一斉に動いた。新作のスイーツが雑多に並ぶ温かな一枚の絵画のようだったテーブルの上が、一瞬で綺麗になる。ぴしりと整えられたクロスに、色のないカトラリー。手を加えることのできない果物のスライス。決められた人間以外の作ったものを一切口に出来ない相手のためだ。


 ミカエル様が、私の一歩後ろに下がった。そして礼を取った。目上の訪問者を迎える最上級の礼を。

 私も静かに礼を取る。



「……いい。楽にしろ」

 元婚約者、第二王子ユンゲー様の突然の訪問だった。










……………追加……………


 軽く構えて肘を引く。


「お、お、お、おまえ、浜口、おまえ、お、オレにそんな態度とっていいと思」


「黙れ」


 掌底を顎に叩き込んだ。スラムの裏組織の用心棒に教わった通りだわ、眩暈を起こしたらしい目の前のクズはバタンと後ろに倒れた。


「起きなさい」

 薄汚れた襟元のネクタイを引っ張る。あとで手を洗いましょう、ああそうだわ、ウォーターサーバーというものも見てみたいわねえ。


 無理やり引き起こされた男の顔色は、ネクタイで絞められてみるみる黒くなった。


 静かだわ、だあれも身動きすらしない。呆然とこちらを見ている。オフィスっていうのよね、この部屋。窓から見える外は、高いビル群。


 面白いわね本当に。ここ。


「ごほっ」

 クズが泡を吹き出しながらうめいた。


「……なにを……浜口……てめえ……頭おかしくなったか……上司のオレにこんな」


「わたくし、黙れと言ったわ」

 立たせる。ネクタイを二回捻って首をさらに絞める。激しく咳き込む男から一歩引いて、ゆっくりと周りを睥睨した。


 圧を感じたらしく、室内の空気がぐっと重くなる。


 そう、愚民どもはそうやって息を潜めていなさい。


 戦いに必要なものは武器と情報。「向こう」では武器庫もあったし、スラムで情報も簡単に入手できた。ではこちらでも同じく「武器」と「情報」を集めましょう。


 わたくしは目を細め口角だけ上げて、目当ての人間の名を呼んだ。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ