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泣き虫の私が泣く人のいない世界に行った話。追加で絶対泣かない女がこっちの世界に来た話。  作者: ヤマト


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29.西の番外編 ミカエル



 カリムが、大量に運ばれた木材の数量が記載された書類を「どうぞ」と渡しながら、「どうして薬物は海から運ばれるってみんな思っちまうのか……どう考えても無駄が多いだろう……」と呟く。


「最初が肝心だからな」とそれに答えながら、ミカエルは書類を速読する。明らかに木材の数と重さが合わない。ずさん過ぎて笑ってしまう。


「最初?」


「そう。最初。木箱から粉が漏れ出ていて、それをみなで開けて大量の白い粉を確認して……動揺の中、誰かが最初に言う。薬物だ、と。それでそれは薬物になる」


「なるほど」


「海を渡り入港した船舶、積まれた未承認国家名の刻まれた木箱。ああそうか。見つかりそうになったら木箱ごと海に沈めればいいと、輸入した悪い人間は考えたのだな。港は薬物を隠す都合の良い場所だものな。……この「薬物の発見」を、早く派遣兵士の詰所に伝えよう、いや大丈夫だ、俺が行く!…………というように、最初にひと言言っただけで、話は勝手につながる」


 小麦粉だから実によく燃えたな、とミカエルは首を回した。


「子爵邸に踏み込んだ先、おかしな様子の三人を見て動揺する現場で、最初に言う。「彼らは薬物を摂取していたんだ」。調書に対して供述する際、最初に言う。「子爵の暴れる姿を見て、薬物の恐ろしさを知りました」。あとは話が広がるのをただ見ていればいい」


「はあ。集団同調性心理ってやつですか。笑えますね」


「そうだな。どう考えても薬物をバレずに運ぶなら陸路だろうに。しかも砂漠経由」


 海に沈めてしまえばもう使い物にならない。末端価格いかほどのものか不明だが、薬物を後生大事に取引するようなバカが港で?そんな危険を冒すわけがない。


「やばけりゃ砂に埋めとけばいいですからね。あとで取り出せる。……まあたまに、そうして埋められた薬物やその他を、斥候中や土豪掘り途中に見つけちまうんですよね。戦争中の兵士が」


「なるほど。それでお前は詳しいのか」


 ミカエルは納得して頷いた。


「適材適所、使い勝手のよい人材。いいな。報酬をさらに上げよう。いまこちらに向かっている者たちも含めて全員」


「はは、ありがとうございます。スカウトされて戦場やめてくる奴らも喜びますよ。オレはもうこれ以上もらったら使い切れないんで、使い果たした後にまたください」


「いいだろう。無くなったら言え。その間投資して増やしておいてやる」


「オレ死ぬまでに使い切れるかな……」

 カリムは途方に暮れた。
















 砂漠に隣接する西の領地はとある侯爵家の管轄で、家名をメリーという。


 メリー侯爵家当主は、西の領地活性化を目指し、砂漠を抜けてきた商人や旅人相手の一大リゾート地を造ろうとしていた。

 が、計画は頓挫。投資先の商会の株価が急落して大損害を被り、大規模工事目前にしてリゾート地化の夢は泡沫と消えた。


 ……と、思われたのだが。メリー侯爵は折れなかった。


 王都のタウンハウスにて、連日連夜の盛大な夜会を開催。そこに集う人々に向かい熱弁するはメリー侯爵。リゾート地完成のあかつきには、いかに巨額の配当を出資者に払えるかを滔々と語る。そしてなぜか手元には、「あの第二王子が獄中から書いた手紙」。


 手紙見たさに人々は集まり、その一部が出資の話に耳を傾け、さらにその一部が配当に夢を描いた。



 人が集まれば金が集まる。……メリー侯爵が狙っていた客寄せの目玉、最近王都で話題のハーマン侯爵家若夫妻は招待できなかったが……小賢しい次代当主の若造が頷かないせいで……しかし、第二王子直筆の手紙があればかなりの人数が呼べる。出資者が増える。


 さらには降ってわいたような幸運が向こうからやって来た。なんと、ハーマン侯爵家当主が「僕も出資してみようかな」と連絡してきたのだ。

 若夫婦は駄目だったが、なんとその親の現当主が!国一番の大金持ちの当主が!


「ぜ、ぜぜぜぜぜひ!ええ、ぜひ何口でも!大船に乗ったつもりで!わはははは」

 震える声を隠せたかどうか。


 メリー侯爵は勝ちを確信した。

 本来は出資者の身分を明かすのは厳禁だが、夜会で会う人会う人に、それとなく「国でもっとも金を持つ、とある方も出資者となっていただいてね。いやまあ、名は語れないが。ああ、国でもっとも、だ」などと話してみる。と、出資者はさらにさらに膨らみ、夢の企画は現実へと一気に近づく。


 メリー侯爵は笑いが止まらなかった。


 そして、投資失敗でとん挫したと思われた計画は、神の御業か悪魔の所業か、鮮やかに奇跡の復活を遂げ、とうとう着工までこぎつけた。














 メリー侯爵はもうずっと眠れていない。


 目の下にはくまがくっきり。青白い頬は常に引きつっていて、脅えなのか笑いなのか不安定な表情が錆のようにこびりついている。


 王都のタウンハウスからここ西の領地に入り、好景気に沸く自領を悦に入り眺めていたはずだった。

 

 大型の土木機器、工事従事者と工事施設、その簡易宿泊所、それに伴い増える店や商売人たち。土地をならして測量、設計図をなぞり次々と出来上がって行く杭基礎。

 基礎工事はどんどん進み、見えてくるは広大な花畑を擁する植物園やどんな商品も揃う高級店が連なる買い物ストリート。王宮もかくやと思われるほど華美で荘厳なメインのホテル施設。


 この世の春だった。

 はずだったのに。


 ……遠く遠く離れた東のとある港町で、拝領以来の大事件が起こったと言う。噂は海風に乗って王都を駆け抜け、西の領にも真っ直ぐ届いた。




 薬物を輸入した子爵家が、一晩で消された。

 家も人も。




「…………わしは……大丈夫だ……」

 呟く内容とは真逆で手の震えが止まらない。


 王宮に忍び込ませていた息のかかった者からの、連絡が途絶えて久しい。あの下働きがいなければ、第二殿下へ運ぶことができない。


 薬物を。


「だ、大丈夫だ、何も証拠は残していない……はず」


 しかし、もし……下働きが捕まっていて、そしてしゃべったら?

 そういうことがないよう逆らえない事情の者を送り込んだが、万一もある。

 そいつがべらべらと話してしまったら。

 強い酒から始まり、禁制の薬物にいたるまでの差し入れの経緯を供述してしまったら。

 夜会成功のカギとなる、獄中からの直筆の手紙欲しさに、薬物を……それを指示した、西の領主である自分の名前をもし。白状してしまったら……!


「……はあっはあっ」


 動悸が止まらない。息苦しい。


 王宮の兵士に捕縛されるのは怖い。この家が自分の代で終わるのも怖い。


 ……が、何より恐ろしいのは……


「メリー侯爵閣下。お耳に入れたいことが」


 執務室のドアを叩いて入ってきたのは、最近知り合った行商人だ。

 行商人のくせに非常に使い勝手がよく、情報通で世間知にたけている。そしてかなり自分に心酔しているらしく何くれとなく融通してくれるため、邸内の出入りを許した。


 行商人は、茶色の髪に細目の、これといった特徴のない顔をわずかに曇らせて近づいて来た。


「……ここ数日、おかしな輩がこの領地内をうろついております。御存じですか」


 おかしな輩?と聞き返すと、茶髪に細目の若者は頷いた。


「外国語を話す、見たことのない男です。大木のような、見上げるほど大きな男だとか。……わたくしめが、聞きかじった証言を繋ぎ合わせて考察してみたところ……おそらく、国交のない我が国未承認の、かの国の者かと」


「っっ」


 メリー侯爵の息が止まった。


「な、なん、なんでそう思……っ」


「わたくしめは行商人でございます、閣下。世界中の人間の仕草や言語を見聞きしております。おそらく、いや確実に、かの国の者どもが数人、この領地になぜか侵入しております。理由は定かではありませんが、なにか……閣下?どうされました、閣下?」


「……っ」

 一瞬で汗が吹き出す。全身の震えが止まらない。


 メリー侯爵はふらついて、そのまま床に座り込んだ。行商人が驚き声をかけてくるが返事も出来ずに、ただ頭を抱えた。



 もうバレている。

 知られているのだ。



 王宮に紛れ込ませた下働きの者。あの者はもうすでに捕まっているのだ。自白もしたのだ。

 とっくに知られていた。

 すべて知られてしまったのだ。……王宮に、だけではなく。



 そう。薬物の輸入元。

 もっとも恐ろしい……かの国の監視人……犯罪組織の間者に……!



「た、た、助けてくれ!」


 メリー侯爵は眩暈でよろめきながら、目の前にある足に縋りついた。溺れてわらを掴むような、必死の形相で。


「助けてくれ!いくらでも払う!なんでもやる!わ、わしを……わしと家族を、どうか助けてくれええ!」


 茶髪の行商人は困惑の表情だった。そして侯爵の話を聞いて、さらに困惑を深めた表情をした。

 何度も何度も侯爵に聞き返し、話をまとめ、そして黙って考え込む。


「……閣下は、砂漠を経由して……薬物を仕入れていたと。具体的にはどのように?」


 聞かれたことに対して、侯爵は幼子のようになんでも答えた。


「し、資材だ!工事に使う、木材の……木の板を削って、穴をあけて空洞にして……」


「なるほど。その空洞に忍ばせたのですね。ああ、でも、空洞のある木資材は建物には使えませんよね?」


「だ、だから、帳簿を書き換えてある!木材の本数と重さを!あ、あとは適当に、それらしく見えるよう積んで誤魔化してある!」


「なるほど」


「だ、第二王子に渡すためだけだ!他には売ったりしとらん、自分で使ってもない!」


「わかりました」


 細目をさらに細めて若者は頷いた。そして、「海外へ逃亡するのが、もっとも無難かと思われます。……わたくしめがお力になりましょうか」とささやいた。


 その親身な声に、メリー侯爵は縋りついたまま蹲った。









あと数話、明日一気に投稿して完結します。


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