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泣き虫の私が泣く人のいない世界に行った話。追加で絶対泣かない女がこっちの世界に来た話。  作者: ヤマト


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23.東の番外編 マリィ~ミカエル



「ダマヤ様はお母様大先生と一緒にお帰りにならないの?」


「お母様大先生って言ってて自分でもおかしいなって思わないの?あたし、ここで前食べたとろっとしたチーズケーキ食べたいの。あれ食べてから帰るわ」


「あちらはいま休止中です。料理長が「生チーズケーキ改・真」を作っている最中なのです。代わりに、新作の「しゃりしゃりくんパートセブン」をお食べになる?」


「あんたん家、そういうの多すぎない?」


 先生をお見送りした門でダマヤ様とおしゃべりしていたら、唐突に「わっ」とざわめきが上がった。


「おじょ、若奥様。お下がりください」


 ケイトがさっと出てくる直前に、「マリース様!」と私を呼ぶ声がする。女性だわ。しかも必死の声音。


「マリース・ハーマン様!わたくし、ミカエル様の妾候補、お手付きになる予定のミランダ・カニバルでございます!」


「……え?」

 ええ?妾?


 隣でダマヤ様が、「おっ、いきなり面白そう」と呟くのが聞こえる。え、面白いの?


「ミカエル様には、いつも大変お世話になっておりますの」

 ミランダ様は門の外で、堂々と礼をする。


 私は二度見した。


 ……お胸が!お胸がこぼれちゃう!

 教えてさしあげた方が……いえ、あれは出てしまう!コルセットの端が見えてるもの!もう出る寸前……間に合わない!


「お、お茶を。お茶をどうですか、ミランダ様」


 お嬢様!と悲鳴を上げるメイドにお願いして、護衛に門を開けてもらう。ケイト、護衛、メイド、ものすごくたくさんの人が私の周りをびっちり囲んで、ミランダ様がよく見えなくなってしまった。


「おじょ、若奥様。もうひとり男の同行者もいます」


「え」

 ケイトの言葉に驚く。同行者、見えてなかったわ……ごめんなさい……。


「……察するに、あの令嬢のお胸ばかりに視線がいっていたのでは?」

 大勢に囲まれて歩きながらケイトに鋭く詰められる。大移動だわ。私が勝手に訪問者を引き入れたから。本当にごめんなさい。


「これ、絶対報告が上がってしまうわ。ケイト、あとで一緒に謝ってくれる?」


「いえお嬢様。いえ、若奥様は、一度、若様と旦那様にこっぴどく叱られなければいけません。旦那様は結局のところ甘やかして終わるのが目に見えているので、若様にお願いしましょう」


 言いながらケイトはため息を吐いて首を振る。


「若様も……無理かもしれませんが……」


「私、ミカエル様に叱られてしまうかしら」


 しょんぼり言うと、隣のダマヤ様が鼻で笑った。


「だから、そういう時にアレよ。ミカ様も一発で黙るわよ」


「え」


 にやにやするダマヤ様の言う「アレ」の内容が思い当って、ドキドキしてしまう。しかしいつものように即座にケイトが割って入った。


「ダマヤ男爵令嬢、毎回のことながら口が過ぎます。あと若奥様に不適切なお話をするのはお止めになってください」


「はいはーい」

 毎度繰り返されているやり取りを見ているうちに中庭へ着いた。


 囲んでいた護衛たちが広がり、ケイトとメイドとともに半円を描く。ダマヤ様も後ろに下がった。私はみなを率いるように前に立つ。ドレスの裾を軽く持ち上げ、ゆったりと礼をした。


 急遽のお茶会だけれど、一応の主催者は私だものね。


「ようこそおいで下さいました。ハーマン侯爵家マリースにございます。お初にお目にかかります、どうぞよしなに」


「……」

 前方、先に歩かされ、促されてテーブルの前に立たされていたお二人は、一瞬空気に飲まれたようだった。しかしミランダ様が、はっと慌てた素振りで姿勢を正す。その横の前髪で顔を半分隠した男性も、猫背気味の背を伸ばした。


「ご、ご挨拶……まことにありがとう存じます。カニバル子爵家ペリオールに、……長女ミランダでございます……」


 男性の低くこもった、聞き取りにくい声。それに頷くと、ミランダ様も礼をして口を開き、「お目にかかれて光栄です」と丁寧に言った。


 ミランダ様も男性も、マナーがとてもしっかりなさってるわ。……でも。でも、どうしても、お胸が。お胸が気になるわ……。


「んん、どうぞ、テーブルにお座りになって。風もありますので肩掛けをお持ちしましょうね」


「え?無風じゃない?」と小さく呟くダマヤ様が、「はじめましてえ、男爵令嬢兼刺繍店広報として活躍していて権力と大金持ちのカレシも諦めないガッツも可愛いって評判のダマヤですっ」といつものごとくしゃべり出して、おふたりが目を白黒させているわ。わかる。


「……このたびは突然のことで驚かれたと思いますが」

 メイド持参の肩掛けを断って、ミランダ様が私と目を合わせてテーブルに着く。

 え、断るの?

 早速、という空気で語り出すミランダ様を止めようとするが、するすると話し出してしまった。


「侯爵令嬢様……若奥様に、きちんと改めてご挨拶させていただきたいと思いましたの。ミカエル様とのことを若奥様に黙っているのも罪悪感を覚えますし、何より妾としての心構えは持っております」


「ま、まあ。その話はいったん置きまして、ミランダ様。どうぞ。我が家料理長の会心の作、冷たくしゃりしゃりするお菓子ですわ」


 両手を広げて運ばれた小皿を勧める。四人で囲むテーブルには温かいお茶も添えられ、一足先に「いっただっきまーす」とダマヤ様がスプーンを咥えた。


「いただきますわ。……でも若奥様、目を逸らしたくなるお気持ちもわかりますが、妾のわたくしは若奥様のお立場を決して危ぶませるつもりはありません。日陰の身で納得しております」


「ミランダ様、まあそれは一度」


「若奥様。妾を持つことは貴族の一種のステータスでもありますの。ミカエル様もこれで若いと侮られることもなく」


「ミランダ様」

 そっと言葉を遮ると、ミランダ様はぐっと黙った。顔を上気させ、唾を飲み込む。何かを必死に、ひたすら必死に考えている様子で。


 そして考え抜いたのか、出た言葉はわずかにどもっていた。

「み、ミカエル様は、わたくしの、こ、この魅惑的な肢体を見て、微笑んでくれたのですっ」


 お父様が、若いから仕方ないと笑ってましたわ!と言い募る。隣のペリオール様が、止めようとしているのか宥めようとしてるのか、腕を上下させた。前髪で表情は見えないが、かろうじて見える唇がいくどとなく開いては止まる。が、ミランダ様は黙らない。


「わ、わたくしのことを、羽があると!羽があるとおっしゃってましたわ、きっと妖精のようだとの意味ですわ!鎖で繋いでおきたいとも!」


 身振り手振りが大きい。胸元がずれて、ああ……コルセットが、半分見えてしまった……。


「ミカエル様は!わたくしが、きちんとお慰めいたしますので!若奥様は、こんな、こんな……夢のような邸で、夢のようなお庭で、ずっと夢のような生活をなさっていればいいわ!」


「……」

 ケイトや護衛が動こうとするのを手で制する。


 それから私は、真正面の彼女を見つめて静かに言った。


「私は、そのようなことはあり得ないと存じております」


 途端、ミランダ様の目尻が吊り上がった。


「し、失礼ですが。ミカエル様にご自分が愛されているからあり得ないとか、そういう根拠のない、」


「いいえ」

 私はゆっくり首を振る。ミランダ様をまず、落ち着かせなければ。ここで起立しようものなら、離れて立つ護衛が一斉に前へ踏み込む。


「いいえ、ミランダ様。そういうことではありません。私がミカエル様から、何も聞いていないからです」


 は?と怒りを抑えたように口を尖らすミランダ様。隣のペリオール様はただ沈黙。ちなみにダマヤ様はおかわりしてます。


 私は、息を小さく吐いた。


「私は何も聞いておりません。……ミカエル様は、中途半端なことがお嫌いです。お仕事もその他も、すべて同時に何通りも模索し計画し、結果を出せるよう試行錯誤し、そしてその通りに遂行される方です。誰も気づいていないようなことでも。……つまり、妾を取ると決めたら、その結果に向かって完璧にことを運ばれます。正妻である私にも必ず伝えるでしょう。それに伴い起こりうる様々な困難、障害、不利益を見越して、それらを排除なさるでしょう。……私に、侯爵家に、秘密裡に妾を迎えるなどはしません。もし本当にミランダ様。あなたを妾にしたいとあの方が望まれたら」


 静かなテーブルに落ちる、私の声。


「まず最初に私と父に「妾を取りたいと思います」とはっきり言われるでしょう。なぜなら、ミカエル様は、そうしたことで結果何があっても、最終的には必ず勝利への道筋を作る方だからです。内密にしてことが複雑になり、邪魔が入り、このように女性の方が先に邸へ突撃してしまう……などという『失敗』は、絶対に犯さないのです。……私自身の気持ちは別の話ですよ?ここでは」


「……」


「そのような失態を演じると思うこと自体、ミカエル様への愚弄です。それから、これだけは覚えていただきたいのですが」


 背筋を硬く、浅い息を吐く。銀の髪が光を弾き、品位という圧が場がふっと凍らせた。


「ミカエル様は、我がハーマン侯爵家代々の当主の中でも屈指の守り刀になるであろう方。ハーマン侯爵家が押し頂いて迎えた宝玉でございます。これ以上の侮りは私が許しません」


「……」 


 沈黙のテーブルに風が吹いて、パラソルの影が揺らぐ。


「……さあ、お召し上がり下さいな。溶けてしまいます」


 にっこり笑うと、ミランダ様は口を噤んだ。そしてお顔を伏せる。

 ペリオール様が腕をおろす。ダマヤ様が三杯目のおかわりをした。
















 ケイトが話し終える。


「……」

 思わず立ち止まったミカエルは、両手で顔を覆って唸った。頭の隅に鳴り響いていた頭痛がいつのまにやら消えている。


「ちなみに蛇足でございますが」

 きびきびと詳細に、流ちょうに事の成り行きを話していたケイトも、少し笑いながら立ち止まる。


「わたくしどももだれひとり、若様を疑ってなどおりませんよ。妾など。ミランダ嬢の門での叫び声の時点で、全員腹の中で呆れておりました」


「……」


 自分の胸の奥の奥がほっと弛緩したのがわかった。


 思いの外、自覚しているよりはるかに、気に入っているらしい。大切にしているらしい。自分は、この場所を。


「……こちらも蛇足だが……羽虫と言ったんだ。あと、鎖で繋いでおきたいでなく、目にしたくないから鎖で繋いでおけ。だ」


「それはそれは」


「……しかしマリィには、そんな言葉を投げつけたなどとは知られたくない。あとでなんと説明すれば……」


「いえ、そんな些末事よりも若様。おじょ、若奥様を、これを機にしっかり叱っていただかないと。警戒心が無さすぎです。お願いいたしますよ、ガツンと」


 マリィを?ガツン?


「ガツン……」

 落ち込んで半泣きのマリィを想像するだけで、吐き気がしてくる。


「わたしに出来ると思うか……?」


「…………はあああ」

 わざとらしく大きなため息を吐かれた。


「なぜよりにもよって若様を狙おうと思ったのか。心底呆れます、子爵家に。妾を持つなどもっとも遠い方ですのに」


「そりゃ一番金回りがいいからだろうなあ」

 気配を感じさせずに背後に控えていたカリムがぬっと割って入る。ケイトは目を吊り上げて嫌そうな顔をした。

「そこなは王宮で子爵家の面々から若様を守れずにいる独活の大木ではないか」


「厳しいな」


 頭をかくカリムを無視して、ケイトはミカエルを促した。


「報告はここまでです。この邸の中については、今後子爵家関連の問題は起こることはないでしょう。……が、まだ続きがあります。お聞きになりますか?」


 邸の中では、と言う。ミカエルがこれから邸の外で、子爵家をどうにかするのだろうとわかっているのだ。

 頷き返して、ゆっくり歩き出す。同様に歩き出したケイトは、なぜかわずかに震えた。笑いを堪えているのだった。









*この後から、ちょっと過激めの描写や残酷、金儲け、ざまあ、いちゃいちゃ等が

どんどん加速して行きます。

ご理解いただき楽しんでいただけると幸いです。

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