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泣き虫の私が泣く人のいない世界に行った話。追加で絶対泣かない女がこっちの世界に来た話。  作者: ヤマト


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2/21

2(追加あり)


 あの王宮ホール夜会での大泣きから一週間。私はクッキーをほおばっていた。


「おいしい、とってもおいしい」


 頬に手を当てて笑ったら、侍女のケイトも笑う。


「ようございました、お嬢様。そんな可愛らしいお顔を見たら、料理長もさらに張り切って厨房がお菓子だらけになりますね」


 長いこと味覚も削られ味を感じなかったのに、今はお菓子の甘さが舌に染みて幸せだ。この邸は侯爵家のタウンハウスで静かな立地。怒鳴り声なんて一切聞こえない邸内の静かな時間に、私はようやく心身ともにリラックスさせていた。


「お嬢様は以前、こんな退屈でくだらない時間はいらないと、お茶の時間も禁止されていましたね。……でもあれも追い詰められた限界のお嬢様の心の叫びだったのですね」


「え、あ、まあ、ええ」

 マリース。あなたほんとに向いてないわ、貴族令嬢。

 慌てて窓の外を眺める。



「こんなに綺麗なお庭があるのですもの、お外で食べていいかしら?」


「あらまあ。庭の花は咲いているだけで金にならないから無駄と言って焼き払おうとしていらしたのに。ええ、もちろんすぐに用意いたします」


「焼きは、……ええ、お願い」


 にっこにこで侍女やメイドたちが庭にテーブルを用意してくれた。パラソルまで設置してくれて、なんて優雅なお茶の時間。大喜びで外に出ようとしたら、執事がすっと近づいて来た。


「マリース様。ドンタルト公爵からの先触れとともに、ご子息ミカエル様がお会いしたいと」


 ミカエル様、あの青い髪の方は幼馴染だが、幼少期以降交流はない。というかマリースと仲良くしている貴族令息や令嬢なんていないんじゃないかな。婚約者であったこの国の第二王子であるユンゲー殿下ですら没交流だった。


 マリースの苛烈な性格は確かに貴族令嬢にはめちゃくちゃ向いていない。みんなでうふふとお茶する時間はマリースには耐えられない。たった一週間ここで過ごした私ですらよくわかる。家の金のインゴット持ち出してスラムへ出向いて、そこに蔓延る裏社会の窃盗組織を、……改心させるとかじゃないのよ、買収して新しく組織改編して自分がトップに君臨してスラムを牛耳ろうとするなんて、令嬢はやらない。いや令嬢じゃなくてもやらないけど。


 見ると、ケイトや護衛たちが眉をしかめている。


「お嬢様、ドンタルトご子息は宰相のご次男にて第二殿下の側近候補とも言われている方。先日の王宮での夜会でもお嬢様に理不尽な証拠とやらを突きつけようとしたとのこと、なんの意図があるやも。ここはお断りするべきでは」


 いや理不尽ではないのよ。真実真実。


「大丈夫。そうだ、ミカエル様もお庭に出てもらいましょ」


 不健康な顔色の彼には日差しはまぶしいかしら。でもたまにはお日様を浴びないと。







「……あの」


「ミカエル様、このお菓子美味しいですよ。これも、あ、これも塩気があって止まらなくなります。ほらどうぞ、水分も摂ってくださいね」


 目の前に山のように積まれたお菓子に、ミカエル様は明らかに戸惑っている。端正なお顔の青い目があちこちに揺れて、私を見ては首を傾げる。


 鳥みたい。かわいい。


「いくらでもお腹すくでしょう。これだけ食べてもお夕飯はおかわりできるくらいですものね。高校生男子の」


 言ってからはっと口に手を当てる。

 いけない。めちゃくちゃ普通に社会人風味出してたわ。でもそもそも、みんな年下の子どもなのだ。マリース含め。いやマリースはちょっと子供とはかけ離れた存在だが。


「えと、少しお顔の色が良いようですね。この前よりは」


 慌てて話を変えて、日差しに溶けそうな白い頬を見つめる。笑いかけるとなぜか赤くなって、ミカエル様は咳払いをした。


「んんっ。……ええ、まあ、ひとつ仕事が片付いて睡眠時間も多少とれるようになりましたので」


「まあ。それはよかったですねえ。大変なお仕事でしたのね」


「はい……あなたが起こした様々な事件の証拠をひとつひとつ精査するのに時間が異様に……なにせ証言も物証も量が多くて……」


「まあ……」


 あれか。断罪の場面で使う証拠集めと裏付けか。ひとりでやったとは言え、あの時の彼の憔悴ぶりを見るに相当な数があったのだろう。


 マリース。あなたね。


 ふと気づくと、背後の空気が緊張している。ケイトやメイドたち、護衛さんたちがわずかに警戒しているのがわかる。私が責められると思っているのかも。


「ぱ。パワフルですよね、マ、ええと、私」


「……」


 他人事のような(他人事だけど)私の口調に、ミカエル様は一瞬ぽかんとした。背後もぽかんとしている。緩んだ雰囲気にほっとしつつその気の抜けた表情に嬉しくなって、彼のお皿にまたクッキーを盛る。

 盛りながら、うんと内心頷く。マリースの代わりとはいかないが、無関係の私が謝ったり労ってもいいんじゃないかな。こんな若い子が頑張ったんだもの。


「ごめんなさい、張本人の私に謝られてもと思われるでしょうが本当にごめんなさいね。しかもあの時、あなたにそんな苦行を強いた本人に寝ろと言われて……腹が立ったでしょう」


「……あの」


「それと、まだ用意出来ていませんが、必ず新しいハンカチをお返ししますね」


「いえそれは」


「ミカエル様は親切で優しいですね。そして優秀。おひとりで証拠集めして、要綱をまとめて記して。将来とても良い大人になりますね。御両親も楽しみでしょうね」


 お皿のクッキーは三角山の形に積み上げられ、そして、彼の顔は真っ赤になっていた。


「いえ、そんな、わたしは次男ですのでそんな」


「ご立派な次男でご長男様もきっと安心ですね。将来の心配事がひとつ無くなりますから」


 上の子と下の子、仲いいのが一番よね。

 親に心労しかかけていないマリースに言われてもどうかと思うが、素直に照れてくれるらしい。耳の先まで色を変えて黙り込む彼に、私は続ける。


「ミカエル様の積み上げた確固たる証拠や物証が、今回の婚約破棄を揺るぎないものにしたのは間違いないでしょう」


 泣いて帰ってきた次の日、お父様は王宮に向かい殿下との婚約破棄を書類にまとめてきた。爆速だった。


 はっと青い目がこちらを見つめる。


「あ、の、マリース嬢、あなたはつまり、婚約破棄を望んでいた、と」


「望む望まないのではありません、私にはその権利もありません。処され為されたことを粛々と受け入れるのみです」 


 権利ないものね私。


「……後悔や、未練は」


「ありません」


 生まれた瞬間からマリースはこのマリースだった。だからマリースは幼いころに結ばれた王家との婚約自体、なんの興味も持ってなかった。自分のことなのにね。それよりも毒の種類とか最新の武器防具に興味深々だった。なんでよ。向こうの世界の武器を知りたがるから私図書館に通ったわ。どんな社会人よ。


 AI搭載ドローン型爆撃機をこちらの世界の言葉で必死に説明していた過去を思い出し遠い目をしていると、ミカエル様がゆっくりとテーブルの上で指を組んだ。


 そして、青い目を光らせて真剣な顔をする。


「……マリース嬢、一体、何があったのですか。あの夜会のあの瞬間から、突然別人のようになって」


 鋭い。さすが。確か、かなりの読書家で学園でも常にトップを独走しているとか……ちなみにマリースは彼のことを「地味でがり勉のクジャク」「根暗なウミウシ」って言っていた。異世界でもウミウシは青いの?


「……反省したのです。殿下に婚約破棄を告げられた瞬間に。それで一気に過去の所業が甦ってきて、えと、生まれ変わろうと思いまして。赤ん坊から生まれ変わった気持ちで、一からやり直そうと決意した次第です」


 殿下の怒鳴り声で、オフィスでのパワハラ場面が一気に甦ってきて、ごく自然に涙が……とは言えずに言葉を濁しつつなんとか釈明。


 苦しい言い訳と思ったが、ミカエル様は頷いてくれた。


「……なるほど。あ、赤ん坊……それであのような、な、な、涙を」


 涙と言うだけでまた顔を赤くする。え、単語だけでもそんなに!?


 この世界の常識や感覚はマリースとの会話で身に染みているはずだけれど、やっぱりこの「泣く」に関してだけはどうにもわからない。


 が、私は改めて背中を伸ばした。

 自分の感覚とは違うこの世界、泣くことが何かの罰となるなら……マリースはならないと言ったが、前例がないのだ。もしかしたらなんらかの刑罰が新しく生み出されるやも。私は第一人者(?)としてそれを背負わなければならない。


「……お恥ずかしいものをお見せしました。今日来られたのも、その抗議でしょうか。後始末でしょうか。あのような公式の場で、あのような失態ですものね。しかしあれはすべて私個人の責任です、どうか我が家に責を負わせるのは」


「いえ」

 ミカエル様は、穏やかに遮った。そして赤いお顔をようやく元に戻し、切れ長の青い目でこちらを見る。きらめく虹彩が日差しに反射した。


「抗議もなにも、あれは、あ、あの、な、な、涙の件は。……んんっ、あの件に関しては何もありません。今日伺ったのは、あなたの様子がどうしても気になって。あの、なんと言ったらいいのか……自分の検証結果に間違いはないと確信はあるのですが、でも、それを……あんな衆人監視の中、たったおひとりの女性をまるで吊るし上げるような形で……他にやり方があったのではないかと。……考え出すといてもたってもいられず、父に頼んで先触れを出してもらった次第です」


 そして正面から見つめられる。


「マリース嬢。申し訳ありませんでした。あれは暴挙に他ならない。何度注意と警告を繰り返しても一切聞かず断罪したくても呼び出しに応じない、いくら探してもひらりひらりと行方をくらまし予想のはるか先で日々事件を起こす、そんなあなたを捕まえて宣言するのはあの場、あの夜会しかなかったとは言え……わたしは別の方法を考えるべきでした」


「まったくあなたは悪くないわ」

 別の方法はなかったでしょうね。ええ。

 むしろ正しく判断が下されたと言うべき。郊外の雑貨店を勝手に買い取って学校の備品を並べて売ったり正規兵士団の武器庫の鍵をコピーして外国の要人と接触しようとしてたものね?学園で捕まえるのは無理よ、いやほんと正しい断罪劇だったと思います。


「謝罪を受け入れます。そしてミカエル様、私の謝罪と心からの感謝も受け入れて下さいな。ご迷惑を、いえ、ご迷惑なんてひとことで済む話ではないですが今までごめんなさい。そしてありがとうございます、ミカエル様。あの時あの場所で、私を追いかけて声をかけてくれたのはあなた様だけでした」


「……受け入れます」


 ミカエル様は、青いまつげが染まるのではと思うほど顔を真っ赤にして、俯き気味に頷いてくれた。そんな様子を見ているとなぜか私も恥ずかしくなって頬に手を当てる。共感性羞恥。なんか全身ぽかぽか熱い。


「け、ケイト。少し日差しが暑いかもしれないわ、ミカエル様にあの冷たいお飲み物も出してもらえる?」


「はいはい」

 振り向いて頼んだら、ケイトはようやく安堵したような、それでいてなぜかにやにやと笑み崩れて、メイドとともに準備し出す。なにその顔。


「あ、いえ、わたしはこのお茶でも」


「いえミカエル様、冷たくて甘くてひゅいっとする美味しい飲み物です、一度お試しください」


「ひゅい?」


「私のしゅわっとした飲み物飲みたいなとの呟きを聞いた我が家の天才料理長がですね、うんうん悩んで、しゅわっとではなくひゅいっとしたものを作ってくれたのです!ね、ケイト」


 張り切って説明する私に、背後でポットとグラスを用意しながら、ケイトや他のメイドたちが楽しそうに笑う。


「そうですねえ、料理長はお嬢様に甘いから」「がりがりした冷たい塊のお菓子とか、吸って飲めるぷるぷるのお菓子とか、髪がなくなりそうなほど悩んで唸って試行錯誤しておりますよ」


 私はぐっと両の拳を握る。


「楽しみねえ!我が家の料理長は革新的な技術と工夫が得意な真の天才だもの、きっと成功するわね」


「あらあらまあまあ」「そんなことを言われてしまっては、料理長はもう一本残らず抜けても本望でしょうねえ」「確かに」と華やかな笑い声が庭に満ちる。


「完成した暁にはきっとミカエル様も食べに来てくださいね」

 手を合わせて叩き、ミカエル様に笑いかけると、


「……」

 目を見張って再びぽかんとしていた彼は、「仕えている者にもこんなに気安く」「何より邸の雰囲気がこんなに柔らかい」「わたしは一体今まで何を見ていたんだ」などと小さくぶつぶつ呟いたあと、


「……ふふ」



 ゆっくり、砂糖が水に溶けるように笑った。

 青く透き通る美しい水面のようだった。



「ぜひ。必ず食べに来ます」












………………追加………………



 ぱちっと目を開けると、正面に黒髪の男がいた。


「おい!なんとか言ったらどうだ、浜口マリ!何度言えばそのふやけた脳みそは覚えてくれるんだ?一体何年この仕事やってんだ、使えねえなオイ!」


 大声で怒鳴られて見返す。


「……」


「あ?なんだ、また泣くのか?泣くのか?おいおーい、泣けば済むと思ってんのか。社会人辞めちまえ!」


「…………」



 唾を飛ばして目を尖らせて叫び散らす男。みっともないわね。ああ、知ってるわこのクズ。卑屈で卑怯で正真正銘外道の変態。


 喚くゴミから目を離し、ゆっくりとあたりを見回す。わたくしとクズからみんな目を逸らしている、そのたくさんの人間が座っている狭い部屋、小さな机、そこを占める箱型の、ああ、あれパソコンだわ。へえ、実際に触ってみたいわね。あらわたくしの服、面白いわ。マリの着ていたシャツね、なかなかの着心地。何より動きやすいわねえ。柔らかくて痛くない靴も気に入った。



 ここまで三秒。

 なるほど。なるほどなるほど。秒で把握。



「聞いてんのか浜口、泣けばすむと思いやがってこの、」



 ばんっ。

 床を踏む。あら、ヒールじゃないからいまいち決まらないわね。まあいいわ。

 斜め上に首を向ける。氷よりも冷たい声が出た。




「泣くわけないじゃない。誰に向かってものを言ってるの、このクズ」




「……は」



 時が止まったように、しん、と部屋中が静まる。目の前の男は呆けたように口を開け、汚いツラを晒していた。








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