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泣き虫の私が泣く人のいない世界に行った話。追加で絶対泣かない女がこっちの世界に来た話。  作者: ヤマト


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 その後のことを少しだけ。



 今回の騒動で、終始腹を立てていたのはミカエル様のお父様、この国の宰相様だった。


「わたしを拘束。ほう。わたしを。へえ」


 第二王子よりドンタルト公爵家全員の拘束命令が出されました、と執務室にやって来た王宮護衛を迎えた第一声は、にこやかなそれだったと言う。


「嫡男のハルバードはミズリー公爵とともにミズリー邸へ?なるほど。次男のミカエルは出奔。なるほどなるほど。で?わたしの拘束命令の出令理由と権限の根拠は?権限の万一の譲渡があった場合の事由と管轄は?君ら護衛の管理機関の申請はどうした。すべてわたしの納得いくまで示していただけるかね。幸い、王太子が帰還される朝まではまだ時間がある。じっくり聞こうじゃないか」


 白いものが混じる青い髪が額に揺れて、隙間から見える青い目が笑っているようでまったく笑っていなかった、と王宮護衛は震えながら後に証言したそうだ。ずっと立たされ「王宮におけるあらゆる申請書および許諾書の作成法と提出時の注意事項」を朗読させられた護衛と、もちろんずっとソファに座ってゆったりお茶を飲んでいた宰相は、そのまま仲良く朝を迎えた。








 この国最古の公爵家、物申せるのは両陛下だけと言われるミズリー邸にも怒れる人物がいた。

 しかしそれは、ミズリー公爵家当主でも夫人でも、馬車に同乗して邸に身を隠したドンタルト公爵家嫡男ハルバードでもない。


「我が公爵家の門までようこそ。王宮護衛と国軍兵士のみなさま」


 松明に照らされ弓なりの目を前方に据えたまま、優雅に礼をしたのはこの家の長女、ハルバードの婚約者であるヴェロニカであった。


「みなさまお揃いでいかがされました。まあ、ハルバード様を追跡してここまで。それはご苦労さまでございました。彼は今、書斎で我が父とカードゲームに興じておられますわ。秘蔵のワインを開けて。おほほほほほほほ」


 高らかに笑う扇の羽ばたきが、異様な圧を放つ。門の前に待機した数人の国軍兵士がじりっと一歩前に出る。と、その瞬間にヴェロニカはぴしゃりと扇を閉じた。


「控えよ。ここをどこぞと思うとる。ミズリー公爵家正門ぞ」


 がらりと声音が変わる。扇の縁でコン、コンと門柱を叩くその音が、なぜかぞっとするほど遠くまで響いたそうだ。


「……ハンカチを拝見する機会が今後なくなってしまう?そんな危機を迎えたのは誰のせいかえ。どこのバカが我の楽しみを奪うか。腹立たしいにもほどがあるわ、ええい口惜しい。我が王宮にいたならば八つ裂きにしてはらわたを引きずり出してやったものを」


 コン、コン。コン、コン……

 しん、と静まり返った王宮護衛と兵士たちに向けて、ヴェロニカはにっこり笑った。


「……ではみなさま。楽しい夜をお過ごしくださいませ。失礼いたしますわ。おほほほほほほ」


 松明に反射した笑顔に、なぜか誰も動けなかった。という。


 本当かどうかはわからない。









 王太子殿下も怒りに怒った。


 急遽帰国となり、へとへとに疲れて辿り着いた王宮で、一番に「第二王子ユンゲー様が私兵を動かした」との報告である。「は?」としか言えない。


 続けて、「ドンタルト公爵家とハーマン侯爵家全員の拘束命令を断行。それに従い、王宮内に緊急招集

令が発動。および第二段階にまで引き上げ」である。「……はあ?」と聞き返すのが精いっぱい。


「王宮護衛と国軍兵士が王宮を出奔したドンタルト公爵家次男およびハーマン侯爵家長女を追跡、邸の前に布陣」「はあ?」「ミズリー公爵家正門前にも待機」「はあ??」「ハーマン侯爵家当主より王宮への設備維持寄付金の全停止通知が朝一番に届きました」「……ちょ」「宰相がいま、部屋の前で待機しておられます」「……ちょ、待って、待って!」「扉開けます」「待ってえ!!」


 美しい金髪が密かな自慢、次代王としての自覚を持ち真面目一筋に生きて来た王太子殿下は、開いた扉の前でにこにこと笑う宰相を見て「ひゅっ」と喉を鳴らした。


「お帰りなさいませ王太子殿下。お疲れでございますかな」


 ぺらりと紙を渡されて、震えながら受け取る。誰かと誰かの結婚証明通知書?教会から?なんだこれ。今はもうどうでもいい。侍従に「押印しておけ」と押し付ける。


「お出迎えできてよかった。わたしが拘束されてしまっていたら、こうして殿下をお迎えできませんでしたから」


「はは……」

 冷や汗が流れる。王太子は力を振り絞って、周囲の者すべてに聞こえるよう声を出した。


「全拘束命令解除。王宮内および王都すべてだ。即時決行とする!」


 全員が動き出す。


「それから?」

 宰相の笑顔が迫って来る。


「両陛下へ即時の帰国を願い申し出よ。王太子名ですぐにだ」


「それから」


「ミズリー公爵家およびドンタルト公爵家、ハーマン侯爵家各当主へ王宮最高位迎賓館から招待状を送れ。話を聞きたく願う」


「……それから?」

 青い目で微笑まれて、王太子はぐっと腹に力を込めた。



「王宮内の鎮静化を図る。第二王子ユンゲーを拘束および連行。廃籍を前提とし、王太子の権限を持って投獄とする!」


 高らかに宣言すれば、「よろしい」と宰相が頷いた。


 ほっと崩れ落ちそうになる膝を叱咤する。これからがもっと大変だ。




 血の繋がった愚か過ぎる弟への哀惜など、これっぽっちもなかった。









 が、国内でもっとも怒り、その怒りをもってもっとも影響力を発揮したのは、その誰でもなかった。


「まあ、拘束令。わたくしの夫に。まあ。長男と次男も。あらあら。まあ」


 ドンタルト公爵家当主の妻、社交界の呼び名は宰相夫人。ミカエル様の母、オーブリー様はあの夜、実妹である隣国王妃を訪問していた。王妃の第三子出産祝いである。だから夫と嫡男と次男が王宮で拘束対象となり、嫡男は他家へ、次男は侯爵令嬢を連れて出奔、さらに公爵家門前にて王宮護衛と兵士が布陣したことも知らなかった。あえて知らされなかったとも言う。宰相が報告を止めたのだ。「ことが終わってからにしましょう、絶対にその方がいい」と次男の熱弁を受けて。


「まあ。そう。そんなことがあったの。あらまあ」


 夫人はすべてが終わった後……王太子帰国後のさらに後にそれを知らされて、そう頷いた。隣国の王妃宮で。


 夫人は、妹である隣国王妃に「では失礼いたしますね」と告げた。そして生まれたばかりの第三子に

「なんてお可愛らしい、泣いておられるわ。どうぞ健やかに」と目尻を下げて微笑みかけた。


 顔を青くして「落ち着いてねお姉さま」と言う妹に礼をして、予定を切り上げて帰国。そのまま王宮に足を運び、三家当主と王太子が会する最高位用迎賓館を通り過ぎて、帰国したばかりの両陛下のもとへと怒鳴り込んだ。


 そう、怒鳴り込んだ。


「お前のとこのバカ次男がやらかしたと聞いたが?」と。


 学園時代の絶対権力者だった先輩に対して、陛下は顔を伏せた。学園時代のヒエラルキー最高位お姉さまであった夫人に対して、皇后陛下は顔を覆った。そしてふたりは、……もちろんそのつもりもなかったが、バカ次男への特別恩赦……例えば間もなくある王太子の婚約式等、国事祝儀の際ですら、恩赦と言う名の救いは銅一枚分もなくなったな……と悟った。次男ユンゲーは欲望に目が眩み、絶対につついてはいけない藪を鉈で刈り尽くして自滅したのだ。と。


 そして、社交界での頂点である宰相夫人はそのまま帰宅した。


 在宅であった嫡男ハルバードを呼びつけようとしたが、その彼の前に躍り出たのは婚約者にしてここに嫁いでくる予定のミズリー公爵家ヴェロニカ嬢。彼女は阻止しようとするハルバードを華麗にかわし、鮮やかに宰相夫人に告げ口した。


 ……次男の行動を。




「ミカエル。来なさい」


 ミカエル様が夫人の私室に入ると、正面に座る母、オーブリー様がいた。そして横にはなぜか従者のごとく立つヴェロニカ嬢。


 母の部屋でなく地獄に入室してしまったと、彼は後に語った。


「ミカエル。結婚おめでとう」


 えぐるような先制パンチを繰り出した夫人は、ゆったりとソファにもたれ品よくお茶を飲み微笑んだ。


「座りなさい。床に」


「は」

 従うミカエル様。夫人は穏やかに扇を振った。


「聞きました。大変でしたね。いろいろ。でも、疑問に思う点がいくつかあります。確認させてもらいます」


「は」


「当初の計画、つまり第一案。これはわたくしも聞いておりました。無事に婚約できるといいわなんて、子を持つ親としてごく自然に思っておりました」


「ありがとうございます」


「ところがそれが頓挫。別案、第二の案に移らざるを得なかったと。……第一案にはいくつかの分岐点があり、それ相応に対処できるよう別案を考えていたのですね?のっぴきならない事情も加味して、用意しておいたと」


「はい」


「ではその別案、くだんの逃亡劇は緊迫した場面での選択なのでしょう。それはわかりました。……問題は中身です。例え別案と言えど、場に即し、もっともよいと思われる案、あなたの最善策を、あなたは採用したのですね?」


「……はい」

 わずかに返事が遅れたミカエル様に、夫人はにっこり笑った。


「そう。最善策。あれが。あなたの最善策であると」


 ミカエル様を打ち抜く視線。


「ヴェロニカ様に聞きましたよ。姑息な長男ハルバードはあなたをかばおうとしていたみたいですが、そうはいきません。……侯爵令嬢を布で巻いて。馬車で逃亡して。……侯爵令嬢に?夜道を歩かせて?」


「……」


「侯爵令嬢を?下町の民家で?メイドも侍女もいない、ただの民家の二階で?ええ?その上、教会で?わたくしの耳が遠くなったのかしら。おかしいわね。……この国の高位貴族、天下の侯爵令嬢を、ええ?何ですって?これが、最善策?えええ?」


「……は、」

 氷室よりも凍える声音が落ちて、ミカエル様は膝の上の拳をぐっと握った。


「ミカエル。あなたはドンタルト公爵家の、理知と智謀、正義と平等を掲げる代々の直系男子の燦然と輝く歴史に、拭いきれない汚点を」




「……お、お待ちくださいませっ」

 ダマヤ様仕込みの扉バアンを再現したつもりが、力がなくて「そっ」と音もなく開いた。後ろでミカエル様のお兄様ハルバード様が止めておられるけれど、どうにも耐え切れずに入室した次第。


 そう、私もいたのだ。公爵邸に。









役立たずの登場

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