15(追加あり)
目が開かず、わずかに白む空気の中ベッドでまどろむ。
そっと頭の上までシーツがかけられた。これ、先生の刺繍のシーツだわ。
全身は隠され、銀の髪だけがベッドに散らばる。ついで、部屋の扉がわずかに開く音がした。
「そこまで」
ミカエル様の厳しい声。
「これ以上は開けるな」
シーツの隙間から片目だけで覗く。シャツをきちんと着たミカエル様が、少しだけ開いた扉に手をかけていた。
「……確かに」と、少し脅えたような、しかし微かに怒りを滲ませたような、年配の男性の声がする。扉の向こうだ。許された幅はごく小さく、そこから部屋の中を確認した男性は、「確かに。検分いたしました」と再度言った。
「……長い御髪。貴族のご令嬢とお見受けいたします。あなた様もご令息では……なぜこのようなところで。……まさか、神の御心にそむくような真似を」
「それ以上の詮索は不要。確認して教会の宣誓書に記入すればそれで貴殿の仕事は終わりだ、神父」
ミカエル様、わざと冷たく言ってる。
「早朝に来ていただき感謝する。寄進は後日」
そう告げると、ミカエル様は丸めた布を……昨夜、刺繍シーツの代わりに敷いて、そして明け方にベッドから剝ぎ取ったものを神父に渡した。
「……証拠をいただきました。神の祝福を」
神父様は一瞬沈黙し、それを抱えて一礼した。階下へと足音が下りて行く。ミカエル様もそれに続いて行ったので、私は刺繍シーツの肌触りのよさを堪能しつつゆっくり起き上がった。
「つ」
鈍い痛みはあるが、動けないほどではない。そろそろとベッドを降りて窓際から外の通りを覗く。もちろん、向こうから見えないよう、床に座って窓の隙間から目だけで。
「……護衛の人たち、平民の格好してるわ」
三人の変装した護衛が神父を囲んで、まるで朝方まで飲んだ酔っ払いが神職に絡んでいるような演技で、明け始めた通りを歩いて行くのが見えた。
あのまま守って教会へと急ぐのだろう。
このあたりの下町の教会神父を呼んで、目視で確認させて、即結婚宣誓書を提出して受諾させる。と、ミカエル様が教えてくれた。中央神殿ではなく、一般市民の使うごく近くの教会で。証拠の……破瓜の、しるしのついたものがあれば即時効力発動となるのだ。女性を守るための律でもある。いわゆる、捨てて逃げる男を阻止するためだ。
中央の神殿に向かうには時間もかかる。邪魔も入るかもしれない。小さな街の教会ですが許してくださいと何度も言っていた。
「……可愛らしい斥候が覗き見していますね」
戻って来たミカエル様にシーツごと持ち上げられた。
「体は大丈夫ですか。どこか辛くはないですか」
「はい」
ベッドに降ろされて、そのまま一緒に寝転ぶ。横抱きにぎゅっとされると、つむじに「……はあ」と深いため息が落ちた。
「だいたい終わりました。……後はもう、なるようにしかなりません」
「ミカエル様、お疲れ様でした。そしてありがとうございます」
「ありがとうはこちらですよマリィ。いろいろ、本当にいろいろ……改めてやり直したいことが山ほど……」
朝日が青い髪を照らして白い頬に影を作る。指でその前髪を払うと、間近に大好きな青い目があった。
「ミカエル様はご自分を悪者にしたのですね。無理やり私を娶ったという形で見せれば、神父様も宣誓書受諾を急がれますもの。本意なく奪われた女性を守るために」
「……わたしはまごうことなき悪者ですよ。バタバタの大騒動に紛れて、あなたという宝石をまんまと手に入れたのですから」
思わず笑ってしまった。
「ずいぶん優しい悪者ですね。ミカエル様は、最初からずっと優しいです。あの夜会からずっと」
「……あれは衝撃でした。わたしのマリィ」
ミカエル様も笑う。頭に、額に、耳に、頬に、ちゅっちゅっと口付けをされる。
そっと青い目を覆うまぶたに触れると、その手首にも口付けされた。
「ミカエル様。あの夜のようにお顔が疲れています。少し眠ったらどうですか」
「……そうですね。実は昨夜だけでなくここ数日準備やらであまり寝ていないので、さすがに疲れました。一緒に少しだけ仮眠をとりましょう」
午後になればどうせ王宮に緊急出仕ですし、とくぐもった声で言うと、ミカエル様はわずかに体をずらした。私の胸の谷間に鼻をすり寄せる。そしてそこに顔を埋めて、またため息をひとつ。
すぐに寝息が聞こえた。
「……昨夜あれだけ、だめですだめです、これはだめだこれはまずいっておっしゃってたのに。お顔を埋めるのはいいのかしら」
「……もちろんわたしの顔だけです。埋めていいのは」
寝ていると思ったのに。
私は吹き出してしまって、慌てて青い髪を胸に抱き込んだ。
さらさらとした感触を楽しんでいるうちにミカエル様は今度こそ動かなくなった。
「……」
窓の向こうの朝日はまぶしい光線となり部屋に差し込む。私とミカエル様を包んだ刺繍シーツがそれを柔らかく弾いて天井に放つ。
徐々に街の活気が漏れ聞こえてきて、私は踊る光の束に目を細めた。
柔らかいシーツのような愛に包まれた私は、でも確かに、別の形の愛も知っているような気がした。この光線のようにまばゆく、鋭く、何もかもを切り開いて差し込むような強烈な愛だった。ような、気がする。
きらきら踊る光線は、誰からの祝福かしら。
まぶたを閉じる瞬間、枯れ果てたと思った涙が一粒転がり落ちた。
…………追加……………
「さ、行くわよ。アオキ、ヤマダ」
「えええ」
「いやよ!巻き込まないでって言ってるでしょ!どこへ行くって言うのよ!」
「まず人事課、それから総務課、辞表を出して、あと今後の出資者は必要だからヤマダ、お前の金づるを何人か呼び出しなさい」
「ちょいちょい!ヤバイ!あんたほんとにヤバいって!頭おかしい!」
「アオキはいまこっそり組んでいるシステムを全部抜き出して来なさい。今後使えるわ、独立したかったのよね?」
「いや、もう、何から言っていいのかわからないけど、普通に穏やかに退職して独立するつもりだったことだけは……それだけは理解してほしい……」
「それでわたくしも一緒に引き抜きという形で辞めさせて、助けるつもりだったのよね?ほんと遅いわお前」
「……えええ」
「たくさんの男がわたくしを狙っていたのはわかっているの?わたくしは目立たずでもモテるタイプだもの。お前はどこまでも愚鈍で手遅れなのろまね」
「それはわかってはいたけど……」
「あとヤマダ、お前はわたくしのことを少しだけ気にしていたけれども、わたくしが影で社員どもにずいぶんモテていたからイラっとして助けなかったのよね?なんともお粗末な女だこと」
「はあ?ばっ……なんで、あんたのことなんか……っ」
「まあどうでもいいわ。それよりヤマダ、早く金づるを呼びなさい。偽投資コンサルタント、教祖を名乗る怪しい宗教法人代表、詐欺からの救出を語る詐欺師、全員呼ぶのよ。すべてこちらで横取りの丸裸にしてやるわ。アオキは早くシステム抜いて。さっさと」
廊下を歩きながら黒髪を払う。警備員が後ろを走って行くわ。倒れているクズのために誰かが呼んだのかしら。お忙しいこと。
ふと思う。
「…………誰だったかしらね」
……マ、誰だったかしら。
綺麗な、綺麗な。わたくしの、唯一。
もう戻れないそちらで、
どうか幸せに。
光あれ、どうか祝福を光にかえて。愛に愛を、ひかりませ。
光りませ。
「行くわよ、ふたりとも」
「えええ……」
「嫌って言ってるでしょ、え?完全無視?頼むからこっちの言うこと一瞬でも聞いてよ!」
「さあ、わたくしについてきなさい」
晴れやかに口角を上げて笑うと、目の前のふたりが慄いたように震えた。
わたくしは浜口マリ。
絶対に泣かない女よ。
この世界、わたくしにぴったりだわ!




