ペットカメラ
建物内にある視聴覚室に、新人刑事のアキタは呼ばれた。
アキタの上司であるミヤジが、席に座るように促す。アキタは部屋の真ん中にある椅子に座り、大きなモニターを意味もなく見つめた。
「あの、今回はどのような事件で?」
「今からある映像を流す。それを観て俺の質問に答えろ。話はそれからだ」
低く落ち着いた声、ミヤジの短い説明の後、モニターに何かが映し出された。
ダイニングテーブルを挟み、椅子に座る男女。
左側に金髪のチャラそうな男、右側に黒髪のおとなしそうな女。
お互いに、深刻そうな顔をして見つめ合っている。
ミヤジが再生ボタンを押し、映像は流れ出した。
女が口を開く。
「不倫してますよね」
それに対して、男も切り返す。
「それはお前もだろ」
その二言を皮切りに、口論が始まった。
「私を幸せにするって言ってたじゃないですか」
「お前こそ、俺のものになりたいって縋りついてきたくせに」
「あなたのことなんて、ATMとしか見てないですよ」
「俺もお前なんか、顔が可愛いだけの無能だと思ってるし」
罵詈雑言が飛び交う。
言いたいことを言い合うだけの、口論とも言い難い、感情のぶつけ合い。
「不倫について、全てそちらに伝えさせてもらいます」
「はあ? それなら俺だってお前の男に伝えてやる!」
「別に、どのみち別れる予定でしたから、好きにしてください」
「こっちは別れたくても別れられねえんだよ! 何かあったら全部お前のせいだからな!」
女は変わらず冷静に話をしているが、男は怒りが抑えられずに叫んでいる。
「構いません。じゃあ、予定があるので」
「おい、待てよ、まだ話終わってねえぞ!」
立ち上がった女を引き留める男。
「離してください」
「そ、そうだ、二人で逃げよう! そうしたら全て丸く収まるだろ?」
「意味が分かりません。そんなに怖いなら不倫なんてしなければ良かったでしょう?」
「こんなことになるなんて思わなかったんだよ!」
しばらく男女は揉み合っていたが、映像は突然止まった。
アキタは首を傾げる。
「ただの痴話げんかですか?」
ミヤジがため息をつき、質問する。
「まあ、聞け。誰が殺されたと思う?」
一瞬の沈黙の後、アキタが答える。
「そうですね。最後の方から察するに、男が女を殺したんでしょうか」
ミヤジのため息は一層強くなった。
「ただの殺しなら俺たちが動くまでもないだろ。殺されたのは男女二人ともだ」
「二人とも? そんな、一体誰が」
アキタの悩む顔を見ながら、ミヤジはあごひげをさすり、説明を始めた。
大前提として、この殺人事件はもう解決している。
「お前にはテストとして、この映像を見せた。お前はあの男女がどういう関係で、どうして殺されたのか、分かるか?」
「男女は夫婦で、お互いの不倫について話していたんですよね。でも、殺される理由が分からない」
ミヤジは一つ目のヒントを出した。
「まずこの映像は何で撮られた?」
「何って、それはカメラですよね」
「お前、ちゃんと映像見たか? 誰が何の目的で仕掛けた、何のカメラかと聞いてるんだ」
アキタは記憶を辿る。
ダイニングテーブル、向かい合う男女、奥のキッチン、餌を入れる皿。
「ペットカメラ……ですか?」
「はあ、及第点だな」
「ありがとうございます」
「これはこの男の『妻』が、飼っていた犬の様子を見るために設置したペットカメラの映像だ」
ミヤジは二つ目のヒントを出す。
「この男女の死体が発見される前、警察にこの女の捜索願を出しに来た人物がいた。それは誰だと思う」
「え、えーっと、家族とかですかね」
「半分は当たり。捜索願を出したのは『夫』だ」
「夫ですか? でも、それだとおかしいことに……」
ミヤジはアキタを睨みつけた。
「まだ勘違いしているのか。殺された男女は夫婦関係ではない」
アキタは呆然としている。
「どういうことですか? 同じ家で暮らしていたんですよね。だって、カメラもこの女が……」
「俺は『妻』が設置したと言ったんだ。この女とは言っていない」
ミヤジは最終的に、アキタに答えを求めた。
「もうこれだけ言ってやったんだ、誰が殺したのか分かるだろ」
「いや、分かんないですって」
「じゃあ、あえて正解だけ言おう。二人を殺したのは『妻』だ」
アキタは反論できなかったが、かろうじて一言だけ絞り出した。
「なんで僕を呼んだんですか」
ゆっくりと息を吐き、ミヤジは束になった紙を差し出した。
「これでも読んで勉強しろ」
それはこの事件の概要が記された資料だった。
アキタは資料を読み、ミヤジが『妻』と呼んでいた人物が、あの映像にはいなかったことを理解した。
要約すると、以下のとおりである。
Aという人物から妻の捜索願が出され、その妻、Bを捜索した結果、別のCという人物の自宅でBとCが死体で見つかった。
容疑者はCの妻であるDで、その後の捜査により犯人と断定した。
Dの供述によると、Cが自宅でBと不倫しているところをペットカメラで確認し、怒りに任せて殺してしまった、ということだった。
アキタは思った。
真実がこんなに薄っぺらいはずがない、と。
視聴覚室から出たミヤジが真っ先に向かったのは、室長の元だった。
「室長、テスト終わりましたよ」
「二人きりの時は苗字でいいって、言っているんだが」
長いポニーテールを揺らしながら、強気な女性、ササキは振り返った。
「ササキ、そういう慣れ慣れしいのは室長としてどうなんだ」
「いいじゃないか。同期なんだから」
「同期でもお前の方が出世して、現に警察内に一つの組織まで作り上げているんだ。もう立場が違うんだよ」
煙草に火をつけながら、ミヤジは近くにあった椅子に腰かけた。
ミヤジとササキは他愛もない話を早々と切り上げ、本題に入る。
「新人のアキタくんはどうだった?」
「ありゃ時間がかかるな。映像を見せても鈍感すぎて話にならない」
「ミヤジがあの事件を選ぶなんてね、ちょっと難しかったんじゃないか?」
「わざわざ解決しているのを選んでやったんだぞ。感謝してほしいくらいだ」
ミヤジからは相変わらず、ため息しか出ない。
「面接した時は、結構勘の鋭い子だと思ったんだが」
「観察眼は申し分ない。ヒントを与えてやっと真実に辿りつけるレベルだな」
「あの『ペットカメラ事件』は特殊だからね」
「その呼び方、俺たちしかしてないぞ。ペットカメラなんて観なくても事件は解決、それをわざわざ引っ張ってきたのはササキなんだからな」
ササキも煙草をくわえ、大きく煙を吐く。
「事件のその先を探る、それがこの『事件特別捜査室』の本質だから」
「まったく、俺の仕事を増やしやがって」
「それで? 真実は教えてあげたの?」
「資料だけはな。あいつがどこまで追えるのか楽しみだ」
ミヤジは不満を垂れながらも、少し口角を上げていた。
事件の真実は、ペットカメラとその外側にある。
「映像を先に見せるなんて、ミヤジも意地悪だね」
「人は先入観でものを見がちだ。あの映像はそれを払拭する良い練習台なんだよ」
男女が向かい合って話をしている、それだけで夫婦関係だと勘違いしやすくなる。
「当時さ、ミヤジが最後に容疑者を取り調べた時、私は感動したんだ。不倫の証拠でしかなかったあのペットカメラから、全ての真実を言い当てたんだから」
「俺は違和感を全て論破していっただけだ。まあ、結局資料には『怒りに任せて』なんてでたらめ書かされたけどな」
ササキはミヤジの才能を見抜いていたからこそ、この組織に誘ったのである。
当時の取調室、最後の取り調べにミヤジがねじ込まれた。
「なあ、お前嘘ついてるだろ」
「わ、私は夫が不倫してるのをペットカメラで観てしまって、それで何も考えられなくなって……」
「これは衝動的殺人じゃない、計画殺人だ」
「そんなことありません!」
ミヤジは容疑者を問い詰める。
「じゃあ、なんでペットカメラを止めた?」
「それは、見てられなくて……」
「その場で衝動的に走ったなら、そんな余裕は生まれない。一刻も早く事実確認がしたくてたまらないだろうからな」
「そんなの、人によりますよね」
容疑者はまだ余裕のようだ。
あくまで引き下がらない容疑者に、ミヤジが過去の証言を確認する。
「事件日、お前は犬を病院に連れて外に出た。そして自宅に戻ると、夫と不倫相手の女がいて、衝動で殺してしまった。そう言っていたな?」
「はい、その通りです」
「ならペットカメラなんて観ないだろ。犬は自分のそばにいるんだから。電源だって切っているはずだぞ。その点に関してはどう説明する?」
「い、いや、家に帰ったら不倫現場に遭遇して……」
「さっきの質問、俺は『なぜペットカメラを止めた』のか聞いたよな。それにお前は『見てられなくて』と答えた。これは見ていたという立派な証言だ」
「あ、あの、それは……」
目が泳ぎ始めた容疑者。
ミヤジは問い詰めるのを止めない。
「その時犬を連れていくのにも関わらず、ペットカメラを起動したままだったということは、お前は夫が不倫しているのを知っていた、尚且つ不倫相手を家に呼び込める状況をわざと作り出したんだ」
「そ、そんなつもりは!」
「それで、殺す機会をうかがっていたんだろ?」
「違います!」
ため息をつきながら続けるミヤジ。
「話を変えよう。自宅に死体を放置したのはなぜだ?」
「それは、気が動転していて……」
「違うな。本当にそうなら、実家に帰省なんかしないだろ。おおかた無理心中に見せかけたかったのかもしれないが、警察を甘く見るなよ」
「……なんなんですか、あなた」
容疑者の目つきが変わり、ついに本性が露わになった。
取り調べは終わり、一部始終を見ていたササキがミヤジに声を掛けた。
「今度新しい組織を立ち上げるんだ。私に付いてきてくれないか?」
「俺なんか役に立たねえぞ」
「いいんだよ。真実が知れれば」
この言葉により、ミヤジは現在『事件特別捜査室』で活躍している。
「あーあ、なんでこんなとこ入ったかなあ」
ササキとミヤジは、これから加わる新人アキタと共に、事件を調べ、隠れている真実を暴いていく。
作者の畝澄ヒナです。
短編ばかり書いている、自称小説書きです。
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