カミラの知人
三人でぶらぶらとのんびり歩いていると、周辺の見知らぬ人たちから頻繁に声を掛けられた。当たり障りなくそれらを捌きながら、私は二人に提案した。
「お茶会の準備のお手伝いに行きましょう。親と話をしたくない人たちが手伝いに回っているけど、手が足りないと思うわ。思っていたより人数が多いみたい」
来客数は、想定していた人数より一割は多い。1枚につき五人までと通達していたが、希望者が多かったようで、どの家も五人まで連れて来ている。つまり想定のマックスの人数なのだ。
今回は主だった貴族と、主だった宗教関係者、見習い修道女の家に、招待状が送られている。ミサには全員が纏まって参加したが、それからは目的によって、別々の行動を取ることになっていた。
高位貴族と宗教関係者は、ミサの後そのまま食堂に移動してもらっている。
トーマス様のお父上リンツ公爵と、私のお父様は、そちらに出席している。シリカ修道院の今後についての会議が開かれるのだ。
会議は王太子殿下とベラさんが仕切り、神獣の仲介者としてジョナサンも列席している。一応、ホープにもそこに付き合って欲しいと頼んだ。
神様に強要することは出来ないので、あくまでお願いだ。
シリカ修道院の位置付けと、扱い、運営体制などを決める。
それに先立ち、ここ百年間の修道院の運営状態、今回の事件、神獣が復活するまでの経緯も報告される。王宮と、教会の書記係が複数人で、この会議の議事録を作成することになっている。
実は数日前に、王太子殿下とお父様、それと修道院生活の経験者としてベラさんと私で、どこまで情報を出すかの相談が行われていた。
記録が残っている五代前から三代前までの院長は、ごく普通の修道院として運営していたようで、変な噂は無かった。それより昔の記録は失われている。
締め付けのきつい修道院の噂が立ち始めたのは、二代前の院長、つまり王の伯母の代以降の四十年間だけらしい。当時、見習い修道女としてそこにいたベラさんは、修道院の実態を証言出来るが、それをしたら王族を貶めることになる。
「ベラ・グレイ院長代理。あった事そのままを、皆に話してもらえないだろうか。この修道院は、神が眠るにふさわしい場所であるべきだ。隠ぺいして、そこからまた腐りだすのは避けたい。次期国王として、そう判断する」
殿下は厳しい顔でそう決定した。
「今でも思い出すと嫌な気分になりますが、隠すことなくお話しします。私のころより、リディア達のころの方がもっとひどいのだから」
三人が私の方を向いた。
「ひどいのは確かだけど、私には友達がいたから大丈夫でした。ジョナサンもいたし。私は、ここに送られて良かったと思っています。そうでなければ、ここはもっとひどい状態になったでしょう」
そうして、この会議の中で、修道院の暗黒時代の生活が語られることになった。
スカリー院長の下での、私達の生活については、事件の後に調書を取っているので、それを発表してもらうことになっている。
会議にはグレイ侯爵も出席するが、妹の体験を十七年後の今聞かされて、どう思うのだろうか。
私は今頃進められているだろう会議の様子を想像した後、お茶会の方に意識を切り替えた。
会議に出席しない夫人や子息子女や連れの人々は、庭でお茶を楽しんでいただくことになっている。
本棟の庭と、中庭にお茶会の準備が整い、人々がテーブルに案内されて行く。
見習い修道女たちは各テーブルに数人ずつ配置され、私はカミラが心配だったので、同じテーブルにしてもらっていた。
そして男性がちょっかいを掛けて来ないように、見習い修道女がいるテーブルは、女性客ばかりにしている。そうすると、男性は近寄りにくくなる。親兄弟や特別に親しい者くらいしか声を掛けてこないだろう。
私が隣の席に着くと、カミラがホープの事を教えてくれた。
「神獣様は人間の姿のまま、会議に出席されました。それと肩布を気に入ってくださったようで、私にありがとうって言ってくださいました」
ホープはこの国の言葉を思い出している最中で、まだ声に出しての会話はぎこちない。取りあえず挨拶と、よく使う簡単な言葉を教えてある。“ありがとう”、もその一つだけど、気に入った相手にしか言わない。そんなこともあって、この最近のカミラは大きく変わった。
もう下を向かない。
その会話を貴族の令嬢たちが、興味津々で聞いていた。
「神獣様は、人間にも変身できるのですか。あまりにお美しくて、驚きました。こちらの修道院には、いつもお姿を現されるのでしょうか」
一人の令嬢が問いかけると、他の令嬢や夫人が、我先にと質問を出してきた。
「そんなに頻繁にはおいでにならないのですよ。でもとてもやさしくて、かわいらしい方です。撫でてもらうのがお好きなようです」
カミラが説明をしている。
まあ、私も撫でたい、と言う声がいくつも上がった。
ホープは基本的には、私のいる所にしか姿を現さない。最近はロイの前にポンと出て来ることがあるそうだが、よほど波長が合うのだろう。
大勢がいる場所に出てもらう時は、先に説明をしている。それは私の気遣いなのだけど、ホープは実は何も気にしていなそうだ。出て来た所に私一人しかいなかろうが、全国民が見ていようが、大して違いはないのだろう。
さすが神獣で、人間の事を特に気にしていない。
今はまだ仔馬で無邪気に接してくれるけど、大人の体になって記憶も取り戻したら、もう私との絆も切れるのかもしれない。そう思うと寂しくなってしまう。
そんな事をぼんやり考えていたら、カミラの後ろに男性が数人近寄って来たのに気付いた。
先頭の男は不機嫌な表情をしてる。後ろの二人は先頭の男の肩を叩いて、何か彼の耳元で言っている。そして男がカミラに話し掛けた。
「お久しぶりですね、カミラ嬢」
後ろを振り向き男を見たカミラは、私の手をテーブルの下で握って来た。この男か、と私の背にも力が入った。
私はカミラの手を握り返し、男の方を向いてにっこりと微笑んだ。
「カミラ嬢、お知り合いの方ですか?」
「はい、以前の知人でハインツ伯爵家のガストン様です。お久しぶりです、ガストン様」
落ちついて何の動揺も見せずに、そう挨拶を返した。ガストンは意外そうな顔をし、後ろの男二人は肩をすくめた。
カミラが、では、と言って体を戻し、私に目を向けた。私も、もう男たちを無視して、テーブルの他の女性達に神獣の話題を振った。
ところが男たちはテーブルから離れようとせず、カミラの後ろに立っている。
私は思いっきり戸惑った風を装い、彼らに声を掛けた。
「申し訳ございませんが、ここは女性だけのテーブルです。ご挨拶や、特別な用事以外はご遠慮いただきたいと思います」
「カミラ嬢に特別な用事があります。少しあちらで話しましょう」
押しつけがましい物言いに、テーブルの女性達が、喉の奥から不満そうな音を出した。一人の夫人が、んまあ、とつぶやくと、年配の夫人がガストン伯爵家ね、とぽつりと言った。そして全員で男達をじっと見つめた。
「カミラ嬢、お話を伺う必要がありそう?」
私の問いかけに、カミラは首を振った。
「ご遠慮しておきます」
「私にそんな態度を取るのですか!」
ガストンが怒りをあらわにすると、カミラは困ったように首を傾げて言った。
「私には、あなたと話すことはありません。それにそんな態度も何も、あなたとは交際していた覚えも、婚約した覚えもありません。もしかして今から申し込みたいと言う事なら、お断りしますので、悪しからず」
女性達は、その言葉に口元を隠して下や横を向いた。
ガストンは黙ったまま、顔を真っ赤にした。後ろの男たちは驚いたような笑いたいような、変な表情で横を向いている。
私は、ハアッと、溜息をつき、立ち上がった。そして手を上げた。
すぐに女性騎士が駆け付け、三人の男を拘束し、そのまま連行した。
テーブルを囲む女性達は、全員でにっこりと微笑んだ。
カミラが、お騒がせしましたと頭を下げると、軽やかな笑い声が上がった。
「心得違いの若者ですね。愚かしい事」
それからまた神獣の話題に戻って、お茶を頂いた。




