追って来た二人
「ロイ様、リディア様をもみくちゃにしないでください。ただでさえ、疲れているのに」
マリーがロイを止めてくれた。マリーはロイに、あまり遠慮がない。リディア付きの侍女なので、ロイの事も小さい時から知っているのだ。
「それは、私の方が聞きたいのだけど。まずは、あなた方は、なぜここに居るの?」
「ユーリ殿下から、君がシリカ修道院に送られたと聞いて、慌てて追って来たのさ。こんな急な処分なんてありえないよ」
そう言われても、実際にそうなっているのだから仕方ない。相変わらずロイは感情的ね、と幼馴染の腕に手を置いた。
「まあ、座って頂戴。私も聞きたいことが山程あるのよ」
ロイと、後ろで黙って立っているトーマス様に、敷物の上に座るよう勧めた。
二人は行儀よく、敷物の端の方に遠慮がちに座った。しかし市場で買って来た、鶏の丸焼きやパンやチーズなどを、マリーが手際よく皿に盛って渡すと、二人共お腹が空いていたようで、すごい勢いで食べ始めた。
二人が一息ついたところを見計らって、事情を聞いてみた。
「私が修道院送りになったこと、いつ聞いたの?」
「今朝、君の事が気になって、早くに王宮に出掛けたんだ。それで、ユーリ殿下に会いに行った。すると殿下はまだ寝ていて、侍従が言うには、朝早くに一度出かけたから、二度寝していると言うんだ」
「まあ、そうね。そちらに居る隊長と一緒に、朝早くに私の所まで来たもの」
ロイが隊長を睨み付けてから、続けた。
「それで、彼が起きるまで待ったのさ。その間にトーマスもやって来た。起きて来たユーリ殿下に、君がどこに居るのか聞いたら、もうここにはいない、修道院に送ったって言うんだ。心臓が家出しそうになったよ」
「相変わらず、大げさね」
「大げさじゃないよ。昨夜のパーティー会場から護衛達に連れて行かれたっきり、君がどうなったのかわからなかったんだ。殿下は、しかるべき場所に押し込めていると説明しただけで、誰にも君の居場所を教えなかった」
「ねえ、パーティーはどうなったの?」
「あの後、何事もなかったようにパーティーが行われたよ。その間、誰も君の事を殿下に聞けなかった。なにせ、とてもご機嫌で夜会を楽しんでいる様子で、聞ける雰囲気ではなかったからね。一応王子だから、扱いは慎重にしないと危険だ」
まあ、ロイもかなりあからさまな物言いをするのね。
「マリーもロイも、揃ってユーリ様に対して言葉が過ぎない? 抑えないとだめよ」
「いつもこうだろ。今更何を言っているんだよ」
ロイに言われて驚いた。そうだったかしら、と考えてみると、そうだったかもしれない。
「君の事だから、どうせユーリ殿下の悪口は、耳から耳に抜けていたんだろうな。誰もがあんなに、あの王子は辞めておけと言ったのに、全く聞きやしないんだから」
私は思いがけない言葉に首を傾げた。そんなことは……言われていたわね。気にしていなかったけど、今思うとみんなの言うことの方が正しかったようだ。
そう思ったら、また失恋したことを思いだしてしまった。
「ロイ、私、失恋したの。君なんか大嫌いで、顔も見たくなかったんだって言われたの。王から婚約解消の承諾を得たから、自分の目に入らない場所に追い払うって」
そう言った途端に、離れた所に居た兵たちの方から、がさがさいう音がしてきた。見れば、一斉に寝支度をして横たわり、寝たふりをし始めたようだ。
さすが伊達に王宮務めではないわ。王家の内輪の話など、聞いてしまったら、ろくな事にならないのを、良く知っているのだ。
「ちょっと待って、リディア嬢。婚約解消ってどういうことなんだ? そんな話は、聞いていないが」
静かに聞いていたトーマス様が、突然ロイの後ろから身を乗り出してきた。目を見開いている。よっぽど驚いたのだろうけど、いつも冷静な彼の驚きように、こっちの方が驚いた。
「ユーリ様から今朝聞きました。内々の話で、まだ公にされていないそうです。私も初耳でしたから、誰も知らないと思います」
「本当に?」
私は寝た振りを続ける隊長に声を掛けた。
「隊長は一緒に聞いたわよね。他の兵の皆さんは寝たままでいいけど、あなたは直接聞いたのだから、今更知らん顔しても無駄よ。こっちに来てちょうだい」
隊長は起き上がり、渋々やってくると、リディアの言葉が事実であると答えた。ロイ達に促され、今朝のやり取りを話すに従って、隊長は辛そうな様子になっていった。
「私は王子に命令されたら従うしかありません。多少……いえ、かなりおかしいと思ってもです」
ロイとトーマス様は、強行軍でなるべく早く、修道院に送り届けるよう命じられたことも、旅の間に便宜をはかってはいけないという命令の事も、黙って聞いていた。
しかし私が薄い紙包みを開いて、与えられた食料の実物を見せると、本気で怒りだした。
「この透けたハムはなんだ。この極限まで薄いパンは! 何を考えているんだ」
「いやがらせですよ。根性曲がってますよね」
声を上げたロイに、マリーが答えた。
目が吊り上がっているわよ、怖いわマリー。
「お嬢様が機転を効かせて、ピアスを換金しなかったら、今もひもじいままだったはずです」
ロイがずいっと、寄って来た。
「リディア、帰ろう。こんな仕打ちはあってはならない。従う必要なんてないよ」
「それは駄目よ。だって王子殿下の命令よ。従わなければ、不敬罪どころではなくなるわ。だからこのまま修道院に向かいます。そして、後のことはお父様にお任せするわ」
父は数日前から、外交団の一員として、隣国のメルリック王国に行っている。絹織物の流通について、我が国に有利な条件をもぎ取って来る、と鼻息も荒く出掛けて行った。帰国するのは一週間ほど後の予定だ。
そう言えば、夜会の前日にクックの運んで来た手紙には、帰国したら卒業パーティーの様子を詳しく聞かせてくれ、と書かれていたのだった。
詳しく話したら、お父様の血管が切れるかもしれない。
「お父様が黙っているはずがないのよ。皆様もよくおわかりでしょう。もしかしたら、隊長はご存じないかしら」
「伯爵様がリディア嬢を、非常に大切に思われていると、耳にしたことがあります。それですと、私はどちらに従っても、明日が無いのでは......」
「大丈夫よ。父には私が取りなすわ。だから、この先の旅はよろしくね」
そう明るく言うと、隊長は喜んで従うと約束してくれたので、隊長を解放して、タヌキ寝入りに戻ってもらった。その時、本当に寝てしまったほうがいいと思うわ、と付け加えて、ウイスキーをもう一本手渡した。
そしてロイとトーマス様に向かいなおした。
「お二人にぜひ聞きたいことがもう一つあるの。昨夜の夜会のあれは何? あなた方はどう説明されて壇上に立っていたの?」