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修道院パラダイス  作者:
第三章 リディアの回想、そして今
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リディアの回想5 謎の影が動いた


 祈りが逆方向に向かっているのか、もしくは全く聞き届けられていないのか、影がモゾッと動いた。


「ア‥リ……ス」


 影から声まで聞こえてきた。

 アリス? それってお母様の名前だけど。


 影がふわっと一歩前進した。私は思わず掛け布団を被って隠れた。そのままクロスを握って丸く縮こまり、悪を祓いたまえと祈り続けた。


 そのはずが、やはりいつの間にか寝ていたらしい。そして恒例の修道女の怒声で起こされた。


「三人揃って、よくまあこんなに眠れるものね。起きなさい」


 そして礼拝の間中ぼんやりとしたまま、時間が過ぎるのを待った。礼拝が終わり、私は二人に聞いてみた。


「ねえ、夜中に何か気になることがおこらない?」


「いいや、何も」


「私も朝までぐっすり寝ているわよ」


 影を見ているのは私だけのようだ。気になって仕方ないので、今日の当番のキンバリー修道女に聞いてみることにした。


「キンバリー修道女。夜中に黒い影が出てくるのですが、何なのかご存じありませんか?」


 キンバリー修道女は、私をじーっと見てから嫌な笑い方をした。


「それはあなたの罪が形を取っているのです。懲罰房に入った甲斐がありましたね。じっくり、自分の罪に向き合いなさい」


 まあ、私には何の罪もないわよ。強いて言えば、夜会でもここでも、ちょっと正直にものを言い過ぎたってことよ。


 この人は何も知らなそう。それなら私があの影の正体を暴いてやる。と言っても、人間ではないのでしょうね。害はないのかしら。


 キンバリー修道女はご機嫌で片付けをしている。ケイトがそっとスカートを引っ張った。


「私が聞いた噂では、薄い影のようなものが、時々現れるって。礼拝堂の裏手の物置に出るって聞いたよ。見たの?」


「毎晩、夜中に部屋の中にいるの。昨日は声も聞こえたような気がする」


 ダリアが、また何かをポケットに素早く入れてくれた。


「これが最後なの。これが一番必要なのはリディアよ。全部あなたにあげる。後2日だから頑張って」


 ケイトも頷いた。

 キンバリー修道女が、おしゃべり禁止よ、と言って寄ってきたので、三人で、ガッチリと握手をしてから、それぞれの部屋に戻った。


 その夜、思ったとおり夜中に目が覚めた。黒い影は部屋の隅に現れた。昨夜より、もう少し濃いように見える。じわじわと濃さを増していき、輪郭がしっかりしていく。もう気の所為というレベルではない。


 私は片手にクロス、もう片手に飴を持って影を見つめていた。

 

 ダリア、ケイト、神様、私に力を。


 そして、飴を口に放り込んで、ゆっくりと影が動くのを待った。口の中の飴がパニックをなだめてくれる。これがなければ、また布団の中で震えていただろう。

 だけど、私は昨夜聞いた母の名が、気にかかって仕方がないのだ。気の所為なのか、聞き違いか確かめたい。


 影がモゾッと動いた。私はクロスをグッと握って、前に突き出した。


 神よ!


 ところが影は、たじろぐどころか、こちらに一歩寄ってきた。クロスは全く利かないみたい。やっぱり安物だから?

 影がもう一歩寄ってくる。なぜか輪郭が濃くなってきて、次第に人間のような動き方をし始めた。


 怖い怖い。どうしよう。


 私は思わず、飴を握った方の手を突き出していた。すると、影から手のような形のものが出てきて、飴にそれを伸ばしてきた。こわごわと、飴をその手の平らしきものの上に落としてみた。すると飴は影を通過して落ちて行った。影は不思議そうにしている。


 戸惑っているような雰囲気に、少し怖さが和らいだので、ゆっくり話しかけてみた。


「私はリディア」


「ア…リス」


「アリスは私の母よ」


「ラリー」


 ええ! ラリーは父の名だわ。もしかしたら、私の記憶を読んでいるの? でもそれじゃあ、これは幽霊じゃなくて、悪魔とか?


「ラリーは父だけど、なんで知っているの? あなたは悪魔なの?」


 影は興奮しているようだ。何か色々と話している様子だけど、何も聞こえない。

 散々ジェスチャーで何か伝えようとした後、散らばるような感じにブワッと薄くなった。何やら必死な様子なのはわかったので、私はもう一度声をかけた。


「落ち着いて。何が言いたいの」


 影は少したって濃くなってから、やっと言った。


「ジョ…ン」


 その後、バラッと崩れて消えてしまった。




 翌朝早くにべッドから出て、私はクロスを握りながら考えた。


 あの影は、クロスを突き出した途端に輪郭が鮮明になった。悪魔が正体を顕にされた、ということなのかしら。だけど、飴を不思議そうに見ている姿と悪魔は、どうにも結びつかないのだけど。

 今夜はもっと近寄ってみる?

 それとも布団を被って、絶対に出ないほうがいいのかしら。


 考えても分からなかった。

 それで、影が母と父の名を知っていた理由を考え始めた。

 一つ、私の頭の中を読んだ。でもあの時、母の名前なんて考えていなかった。それに父のことも母のことも、名前で考えることなんて無い。

 じゃあ、二人を知っている悪魔か幽霊? 例えば生前に二人を知っていた人?


 私を見て、初めにアリスって言ったわ。乳母が、その内に母そっくりになると言っていたけど、慰めじゃなかった?

 この童顔と、棒のような体が、ああなれるの? もし影が私と同じくらいの年の母を知っていたら……

 私、母のような美女になるかもしれない、ってこと? やったわ。

 クロスを近付けるとくっきりするなら、今夜は握らせてみようかしら。そもそも夜中でないと駄目なのかしら。今、呼び出せないかな。


 私はクロスを両手で握りしめ、影を呼んだ。影はジョンと言っていたから、ジョンの名で呼んでみた。


「毎晩現れる影のジョン。我が祈りに答え、今ここに姿を現し、我に従え」


 ん? これは以前読んだ物語の、悪魔を呼び出すセリフだわ。でも、こんな感じよね。まあいいか。


 最後の我に従えを省き、クロスを握ってブツブツと唱え続けた。

 そうしている内に、まぶたの裏に、影の姿が見え始めた。影がこちらに手を伸ばしている。


 よし、もう少しこっちに、と呼びかけ続ける。その集中を破ったのは、ハリエル修道女の声だった。


「リディア見習い修道女。起きている?」


 いつもより早い時間に、しかもハリエル修道女が何の用なの? 

 集中が途切れてイラッとしながら、私は答えた。


「はい。起きております」


「出なさい。今から部屋に戻って、身支度しなさい」


 ドアが開いて外に出ると、ハリエル修道女は私をジロジロと眺め回した。


「顔を洗って、少し化粧したほうがいいわね。後で持って行くから、着替えと洗顔だけしておいて」


「あの、一体何のためにでしょう。」


「あなたのお父上が面会に来られるのよ。だからきれいにしておかないと」


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