番外編1. オースティンがリディアを好きな理由
コミュ強イケメンのオースティンが、助けられたからといってリディアに惚れるだろうか? という感想をいただきました。
ごもっともな疑問だと思いましたので、エピソードを追加しました。
いつから、なぜ、リディアを好きになったか? たまに聞かれる。
「見た目のつり合いが取れていないって言われない?」
「リディア姉さんのどこが好き?」
「助けられたから、美化しすぎなのでは」
遠慮なく聞いてくる三人。トム、フィオナ、リディアだ。それぞれが、こっそりと聞いてきた。
トムとはつき合いが長いから、「うるさいなあ」のひと言で済ますこともできる。でも、トムが心配して聞いてくれていることは分かるので、説明はしておきたいとも思った。
「確かにリディアは一般的な美人ではない」
「まあな。フィオナさんは美少女だけどな」
「俺が好きなのはリディアだ。あの、ほとんど表情が変わらないところがいい」
「ふーん」
トムが野菜の切れ端をウサギたちに与えながら、気のない返事をする。
「犬も猫も割と表情豊かだろう」
「まあな、犬は笑うよな」
「でもウサギって笑わないだろう。ずっと見てると、喜怒哀楽が分かってくるんだ。そのとき、心が通じたなって感じる」
「ほー」
トムは野菜の切れ端を自分の口にも放り込み、バリバリかみ砕いている。
「まあ、あれだろ。オースティンは媚売られるのにうんざりしてるからだろ。上目遣いはもう勘弁って言ってたよな」
トムの指摘に、オースティンは顔を伏せる。愚痴は言わないようにしていたけど、トムには漏らしてしまっていたようだ。
ひと時の楽しみとして、お茶会の場だけの刺激を求めてくれるならいい。寄付の対価として、仕事と割り切って対応できる。デートをねだられたり、夜会に誘われたりするのは疲れる。何度か断りきれなかったことがあった。
花畑のような色鮮やかなワンピースを着た令嬢と公園を散歩したとき、彼女はオースティンの右腕にしがみついて歩いた。エスコートの範疇を越えている密着具合。屋台の前を通りかかったときは、オースティンのズボンのポケットに銀貨を押し込んできた。
「ねえ、オースティン。わたくし、ドラジェが食べたいわ」
「ドラジェ?」
「あら、オースティンてば、知らないのね。アーモンドの砂糖がけのことよ。外国で人気なんですって。最近こちらでも流行りだしたのよ。あそこに売っているわ」
世間知らずでウブな青年に、世界を教えてあげるのが楽しくて仕方がないみたいだった。
令嬢はオースティンのズボンの中にまた手を入れ、銀貨を取り出すついでに腿を撫でまわした。全身をミミズが這いまわったような不快感。オースティンは微笑みを絶やさないよう気をつけながらアーモンドを買った。
令嬢は鼻にかかったような甘い声を出す。
「はい、オースティン。食べさせてあげる。あーん」
気は進まなかったが、断れるはずもなく。オースティンは大量のアーモンドを食べ、その夜吐いた。
月が隠れ、真っ暗な孤児院の裏庭でオースティンは丸くなった。ウサギたちが心配して取り囲む。
「お前たちもイヤだったか? 俺の手からセロリ食べるの、もしイヤだったならごめん」
ウサギたちが裏庭の草を噛み切り、オースティンの前に積み上げる。抗議するみたいにプウプウ鳴く。ウサギたちが頭をオースティンに押し付けてきた。
「イヤじゃなかったんだ。それならよかった」
うずたかく積まれた草を、ウサギたちに少しずつ与えていると痛みがおさまっていった。
「そんなことがあったんだ」
トムが気の毒そうな目をしてオースティンを見る。
「リディアはそういうことしない」
「まあ、しないだろうなあ。自分のパンケーキは絶対死守する人だよなあ」
トムが言い、オースティンは吹き出した。リディアのパンケーキに対する執着はちょっとしたものだ。
ロザリー夫人の屋敷に住むようになってから、オースティンは毎朝リディアと一緒に朝食を取っている。オースティンはピーナッツバターブルーベリージャムパン、リディアはパンケーキだ。
ペーターの感謝の念が込められているらしいパンケーキ。果物が色とりどりに散りばめられ花束のようだ。あの令嬢のワンピースより、ずっと華やか。
それを前にするとリディアはいつも少し震える。
「おお」
おお、と言いながらプルッと震える。ウサギの耳みたい。
しっかり組んでいる手に力を込め、感謝を口にする。
「神様、冥界の神様、ペーターのお母さんを治す方法を教えてくださってありがとうございます。おかげでペーターは絶好調です。ペーターに幸あれ」
そして手を放し、指をヒラヒラさせてからフォークとナイフを取り、一心不乱に食べる。「オースティン、あーん」は一度もされたことがない。
「試しに、口を開けてあーんて言ったことがあるんだけど」
「げっ」
「なんだよ、げって」
「お前、イメージが崩れるって女性陣にがっかりされるぞ。オースティン様―って陰で言われてんのに」
屋敷の使用人女性たちから熱い目で見られていることは知っている。でも、どうでもいい。
「あーんて言ったらさ」
オースティンは構わず続ける。
「リディアは最初気づかなくて。やっと俺を見たときはほとんど食べ終わってて」
リディアは病気の診断をするときみたいに冷静な目でオースティンの口の中を見た。
「オースティン、喉が痛いのですか? 治しましょうか? でも、少しぐらいの痛みならハチミツを舐めればよくなりますよ」
「いや、違う。リディアのパンケーキ、ひと口もらえないかと思って」
「どうしてですか? これは私のパンケーキです」
「恋人同士ってお互いに食べさせあったりするんだ。俺のパンをひと口あげるから」
「妙な習慣ですね。でも、私はピーナッツバターブルーベリージャムパンよりパンケーキがいいんです」
眉間にシワを寄せているリディアの口に、パンをひとかけら入れる。リディアは腑に落ちない様子で口を動かし、渋々とオースティンの口にパンケーキを入れてくれた。
トムが肩をすくめる。
「甘くないな」
「まったく甘い雰囲気はなかった」
翌日から、オースティンのピーナッツバターブルーベリージャムパンの隣に、小さなパンケーキが置かれるようになった。
「ペーターに頼みました。オースティンがパンケーキをひと口だけ食べたいことを伝えました。ブルーベリーがひと粒乗っていて、かわいいですね」
問題は解決した、と言わんばかりに満足気なリディア。それ以来、あーんは封印している。
「なんか、すげえな、リディアさん。お前にあーんされて動揺しないとこ。心が鋼」
「そういうとこが好きだ」
「はいはい」
トムが半笑いで答える。
「そう言えば、お金持ちの貴族夫人に服屋に連れて行かれたことがあってさ」
「マジか。ヒモじゃん」
「うん。ヒモだな」
「ウソウソ、ごめん。それで? 続けて」
トムが焦ってオースティンの背中を叩く。
次々と服を試着して見せなければならなかった。店員たちは礼儀正しかったけど、オースティンは彼らから軽蔑されていることを感じた。うんざりするほど着せ替え人形になり、最終的に正装を一着買ってもらった。その代償として、夜会でエスコートすることになった。
「夜会かー、それ緊張するだろう」
「いい気分ではない」
片腕のない平民だ。見た目がよくても、所作が違う。異物が紛れ込んでいることは、すぐにバレる。
「ご立派ですわ。さすが慈善家ですわね」
「彼に新しい世界を見せてあげたかったのですわ」
貴族同士でそんな会話をし、悦に入っているエスコート相手。オースティンは何も感じないよう、心を石にした。
気まぐれに、足の不自由な野良犬を抱き上げ、慈悲深い貴婦人を演じるのは楽しかろう。一生飼い続ける気なんて元からない。一時の、気まぐれ。暇つぶしだ。野良犬にも誇りがあることに、思い及びはしない人たち。
「リディアさんは、オースティンが正装したら喜ぶかな」
「どうだろう。後で試してみる」
捨てるわけにもいかず、持ってきた正装。リディアが喜んでくれたら、イヤな思い出も消えるだろう。
「リディアさん、服とか興味ない人かと思ってたけど。アンナが縫ったウサギのワンピースは毎日着てるよな」
好きすぎて、毎日ウサギのワンピースを着ているリディア。カーラが洗濯させてと懇願すると、顔が曇るリディア。
「アンナが新しいウサギのワンピース縫ってるらしいぞ」
「よかった。リディアが毎日ご機嫌で過ごせる」
「まあ、あれだな。なんかよく分からんけど、オースティンがリディアさんを好きなことはよく分かった」
トムはやれやれと言いながら立ち上がる。
「そろそろ厨房に戻らないと。もうすぐお茶の時間だ」
「俺はここで訓練する」
オースティンはまだ鏡の箱で毎日訓練しているのだ。左腕を右腕と同じぐらい体に馴染ませたい。そうすれば、仕事の選択肢が増える。自分の納得する方法でお金を稼ぎ、リディアの好きなものを買って贈りたい。
「何を贈ろうか」
オースティンは箱の中に両腕を入れ、鏡を見ながら指や手を動かした。




