13. リディアの喜び《完》
王宮で関係者による緊急会議が開かれた。参加者はボイド王太子、オリヴィア王太子妃、騎士団長、ロザリー伯爵夫人の四人だ。
「リディアがまたとんでもないことを始めようとしているわね」
オリヴィア王太子妃が口火を切る。
「オースティンの左腕が治るかもしれないとは。画期的ではないか。私は率直に言って、感動している」
ボイド王太子が笑顔を見せた。
「もちろん、素晴らしいことです。私が懸念しているのは、リディアの力を利用しようとする動きが出てくることです。国内、国外勢力からの誘拐も考えられます」
騎士団長の言葉に、全員がため息を吐いた。思いつめたような様子でロザリー夫人が口を開く。
「わたくしがお願いしたいことは、ここにいる全員がリディアの健康と幸せを第一と考えてくださることです」
ロザリー夫人が切々と訴えると、皆が同意する。
「リディアが嫌がることはさせない。リディアが嫌がらなくても、リディアの体力が大幅に奪われることはさせない。それを第一といたしましょう」
「リディアもしくは、リディアの大事な人を使って思い通りに操ろうとする者には、厳重に対処するとしよう」
次々と意見が出る。課題を洗い出し、対策を決める。王国の権力者が集まっているので、決断は早い。一番紛糾したのは、誰を救うかだ。
「病気を治したい人、病気の子どもを持つ人。王国には無数にいます。リディアに誰を癒してもらうのか、誰がどのようにそれを決めるのか。難題ですわね」
「下手をすると貴族間の闘争や、王家への不信にもつながりかねん」
「今まではロザリー夫人が決めていたのですな?」
「はい。リディアの力を秘匿するためにも、ごく少人数、わたくしの知人かつ口の堅い者のみとしていました。屋敷の者や、使用人の家族、孤児院の子たちはリディアがぜひにと言うので、好きにさせておりました」
「リディアに選ばせるというのは、公正でいい気がしますな」
騎士団長が言う。しばらくして、オリヴィア王太子妃がゆっくり口を開いた。
「いい考えのような気もするけれど、やはり大人が選ぶべきではないかしら。十五歳の少女に負わせる重荷ではないでしょう。なぜ私の子を選んでくれなかったと非難されたとき、リディアは傷つくでしょう」
「その通りだ。選んだ結果、非難を受けるのは大人であるべきだな。となると、ここにいる四人で決議すればいい。王家への恨みが集中するかもしれぬが」
ボイド王太子が腕を組んだ。治してもらったら感謝される。それだけで終わればいいが、治してもらえなかった人が恨みを募らせるのは目に見えている。
考えこんでいたロザリー夫人が手を軽く叩く。
「そうですわ、神にお任せいたしましょう。わたくしたちで選んだとしても、神が選んだと言えばよいのです」
「神とは?」
「ウサギの神が選んだと言いましょう。ウサギが選び、リディアに伝えた。人々にはどうしようもありませんわ」
大人たちはじっくり検討した上で、それ以上に良い案がなさそうと結論づけた。当面はその方針で進め、問題が発生したら都度対応を考えることとなった。
「主要都市にウサギの銅像でも建てますかな」
騎士団長がのんびり言い、最後はなごやかな雰囲気で会議が終わったのであった。
***
「ウサギの銅像を建てるお金があるなら、孤児院や養老院に使ってほしいです」
リディアのひと言で、ウサギ像の建立は却下となった。
「でも、ウサギが決めるのはとてもいい考えだと思います。ウサギを大事にする人が増えれば、街に優しさが広がります。癒すのは、ウサギや子どもや弱い人に優しい人がいいです」
とにもかくにも、リディアの意向が最優先。権力者たちは粛々とリディアを守る仕組みを固めていく。
騎士団長が腕利きの護衛をリディアとオースティンにつけてくれた。
「ふたりとも、変な人についていってはいけませんよ」
「子どもじゃないですから、大丈夫です。それに、危ない目にあったら相手の心臓を止めます。その間に逃げます。逃げ切ってから蘇生させれば罪悪感もありません」
「それは頼もしい。しかし、そのことは外では言わないでください。あなたのできることは、色んな人が悪用したいと思うでしょうから」
「はい、余計なことは言わないようにします」
騎士団長が冷や汗を流しながら、リディアに言っていいことと悪いことを教え込む。リディアは手帳に書き留めたかったが、文字にするのもダメと言われ、がんばって覚えた。
優秀な大人たちに支えられ、リディアはじっくりとオースティンの左腕再生に取り掛かることができた。
「気絶はごめんだ」
「大丈夫、ウサギたちが止めてくれることになったから」
母とウサギの刺繍をしたリディアが白目をむいて気絶して以来、オースティンはとても過保護になっている。ウサギたちも心配してくれて、リディアが限界に近づく前に警告をしてくれるようになった。
「足ダンが出ました。今日はここまでにしましょう」
ウサギたちはとても繊細にリディアを見守ってくれる。やりすぎる前にウサギたちが後ろ脚をダンッと打ち付ける。何匹ものウサギが立てる音はとても大きく、音に敏感なリディアはやめざるを得ない。
リディアは地道にオースティンの左腕をつなげていく。冥界にある左腕を黒い糸でこちらの世界に移動させ、オースティンの腕に当てがい、黒い糸で縫い付ける。二十歳のオースティンの腕に、幼児だったころの左腕は小さすぎる。
「黒い糸をグルグル巻きつけて、肉付きをよくしていきます」
黒い糸も、小さな左腕も、リディアとウサギにしか見えない。オースティンはリディアを信じて完全に体を委ねている。
「腕の長さが足りないので、肘の先に新しい腕部分を追加しましょう」
治療というよりは奇術、工作のよう。
「手も大きく、指も長く。右腕に合わせます」
オースティンの長くて美しい指は、リディアのお気に入りだ。入念に仕上げる。
「美しい人は、爪の先まで美しいのですね」
リディアの爪は短くて丸っこい。オースティンの爪は長くて形がいい。爪のピンク色の部分が指の先まであるのだ。いつまででも見ていられる。
ウサギに足ダンで止められつつ、数週間かけてリディアはオースティンの左腕を完成させた。
「できました、オースティン」
「できたんだね? リディア」
オースティンは見えないし動かない左腕をいろんな角度から眺める。
「訓練が必要です、オースティン」
鏡のついた木箱にオースティンの両腕を通す。
「右手を閉じたり開いたりしてください。それと同じことを左手でやってください」
オースティンは真面目に木箱の鏡を見ながら、毎日両手を動かした。
燃えるような太陽の日差しがやわらぎ、木々が色づき始め風が涼しくなったある日、ウサギたちがリディアを呼びに来た。
早く早く。せきたてるようにリディアの周りを駆け回る子。
今すぐ今すぐ。リディアのスカートを噛み、引っ張る子。
「オースティンに何かあったのですか?」
リディアは走った。走るのは苦手だけど、夢中で駆けた。前を行くウサギたちが何度も振り返る。オースティンはいつものように、ウサギたちに囲まれて裏庭の木の下で木箱に両腕を入れている。
「オースティン」
リディアは叫んだ。走って息が切れ、大きな声が出せない。オースティンがゆっくり立ち上がる。こちらを向いたオースティンはなんだか妙な顔をしている。笑っているのか、泣いているのか、リディアには見分けがつかない。黒い糸を出し、オースティンの頭のどの部分がざわめいているか調べようと伸ばす。
「リディア」
オースティンの右腕がリディアの手を握る。
「オースティン?」
オースティンの左腕が持ち上がり、左手がリディアの頬に触れた。長く繊細な指が、リディアの頬、まぶた、額、髪の毛をなぞり、アゴから唇にたどりつく。
「愛するリディア。いつか君を両腕で抱き上げたいと思っていた」
オースティンの両手がリディアの腰をしっかり持ち上げ、ふたりの目線が合う。
何度もキスを交わし、笑い、泣いた。
***
ウサギをかわいがるのよ。そして周りの人に親切にするの。そうすれば、お腹が痛くなっても聖女様が助けに来てくれるから。
大人たちの言うことを、子どもたちは真剣に聞いている。子どもたちはウサギの聖女様の話を聞くのが大好きだ。
「ウサギの聖女様はかっこいいの。どんな怖い病気も黒い糸で治しちゃうのよ」
「空を見上げて神様とお話するんだって。そうすると治せるんだって」
「ウサギの聖女様が力を使いすぎると、ウサギが足をダンダンッてするんだ。かわいいね」
「僕は神の手を持つ王子様に会いたい。王子様だけど、王子様って呼んではダメな王子様」
「左腕で悪いやつらを倒しちゃうんだよ。右手で剣を持って、左手で敵を倒すんだ」
「左手で魔物の胸をつくと、魔物が気絶するって聞いた。かっこいいなー、僕もすごい左腕がほしい。父ちゃん、いい子にしてるから買ってきてー」
「坊主、あれはウサギの聖女様の愛が起こした奇跡だ。父ちゃんにはできねえわ」
「父ちゃんのバカー」
「こらっ、親を大事にしない子は、ウサギの聖女様に会えないぞ」
「あああーー、父ちゃん天才―」
「いいぞー、坊主」
子どもも大人も、ウサギの聖女様が神の手を持つ王子様と一緒に村を訪れる日を待っている。
心が清らかな人は、ウサギの聖女と王子を繋ぐ神聖な黒い糸が見えるらしい。
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