10. リディアの大変なお茶会
王族たちがやってきた。小さな街の孤児院に。オースティンに会いに。
「ふたりきりで話したい」
王太子殿下とやらがオースティンを連れて行った。リディアは心配なので、オースティンに黒い糸をつけた。何かあったら、すぐに助けに行ける。全力でオースティンと王太子の会話を盗み聞きしたかったのだけど、リディア自身も対処しなければならない難題があった。
「わたくしたちは、こちらの部屋でお茶を飲みましょう。あなたが好きなパンケーキも用意してあるわ」
「はい」
オリヴィア王太子妃からじきじきに誘われたのだ。断れない。これほど気が進まないお茶会があるだろうか。
パンケーキをなるべく上品に切り口に運ぶ。音を立てずにお茶を飲む。王太子妃と会話をする。オースティンの様子を探る。四つを同時にしなければない。無理に決まっている。リディアは、パンケーキを最速で片づけ、紅茶を飲み干し、必要最小限の会話をすることにした。
パンケーキを口に押し込む。全力で噛み、ほどほどで紅茶と共に流し込む。
「オースティンのお母さんを見たと聞いたけれど、本当?」
「はい。生きているときと、あちらの世界での姿、両方見ました」
王太子妃が身を乗り出している。仕方がない、詳しく話すしかないみたい。オースティン、がんばって。
「若い時のお母さんは苦労したみたいです。孤児で、色んな仕事を転々としていました。いつか王子様が来ないかなと夢を見ていて、実現してしまいました。お母さんはとても幸せでした。でも、王子様と結婚するつもりは全くなかったんです。一度の夢。それでオースティンを授かって、困ったけど、少し大きな街に仕事を見つけて、住み込みで働いて子どもを育てて」
リディアが紅茶を飲み干すと、王太子妃が新しい紅茶をいれてくれる。王太子妃がまだ身を乗り出しているので、リディアはどんどん話すことにした。
「オースティンはお父さんの目を持っているってお母さんはずっと言っていました」
「そうね、同意見だわ」
「どんなに毎日が大変でも、オースティンの目を見ればがんばれると」
王太子妃が目元を指で拭った。目にホコリが入ったのかしら。黒い糸で取ってあげた方がいいかしら。リディアは王太子妃の目を食い入るように見つめる。大丈夫、ホコリもまつ毛も入っていない。
「ああ、あともう一度だけ会えたらなあ。オースティンを彼に紹介したい。王子に、オースティンを抱きしめてキスをしてあげてほしい。それがお母さんの願いでした。だから、つい、考えなしに声をかけてしまったんです。そんなこと、してはダメだった。住む世界が違う人。王子様は覚えていないのに。でも、夢の王子様がもう一度現れて、お母さんは止められませんでした」
「その気持ちは分かるわ。彼はとても魅力的だから」
しゃべるとお腹がすいたので、リディアは急いで大きなひときれを口に押し込み、紅茶で飲み下す。
「アタシの子どもの父親は本当に王子様なのよ。見せびらかしたい気持ちも正直あったそうです。バカだったと、お母さんは今でもずっと後悔しています。そのせいで、オースティンは左腕と母を失ったから」
王太子妃が下を向く。少し肩が震えている。寒いのかしら。リディアはどうしていいか分からなくて、両手を組み親指同士をこすり合わせた。しばらくすると王太子妃はリディアを見て、うなずく。
「あの日、何があったのかしら。わたくしの父も、詳細は分かっていないのよ」
「あの日は、曇り空で霧のような雨も降っていました。お母さんはソワソワしていました。街に入ってきた騎馬隊の中に王子様を見つけて、声をかけ、子どもに会いにきてもらえることになったからです。そしたら、足音がたくさん聞こえて、知らない男の人が部屋に入ってきました」
リディアは大きな音が聞こえた気がして、両手で耳を押さえた。大きな音は怖い。リディアはさっさと終わらせたくて、早口で続けた。
「結局のところ、ウサギなんです。あの子がすごく後悔しています。あの子も、お母さんも、苦しんでいます。知っていますか? ウサギって仲間に危険を知らせるとき、足をダンッてするんです。あの子はオースティンが大好きだったから、危ない危ないオースティン危ないって伝えたくて、何度も足をダンッてしたんです。それで男の人が怒ってウサギを切ろうしたの。オースティンは止めようとしたの。大好きなウサギを助けようと手を伸ばしたの。男の人は止められなくて、剣がそのままオースティンの腕を。その後ウサギを」
「ああ、なんてこと」
王太子妃が立ち上がり、リディアを抱きしめる。フィオナとオースティン以外に触られるのは嫌いだけど、王太子妃の手は大丈夫だった。
「お母さんはオースティンを守ろうとして、間に入って、剣がお母さんを刺してしまって。それで、血がいっぱいで。兵隊が来て男たちと切り合って、血がたくさんで。ウサギとお母さんは、どうしてこうなったのかって、今もオースティンの左腕を守りながら泣いているの。まだ泣いているの。どうしたら泣き止んでもらえるか私には分からなくて。でも、オースティンは一度も泣かないの。私はどうしたらいいんでしょう」
リディアは途方に暮れて王太子妃を見る。なんだか水の中に入ったみたいに世界がぼやけて見える。王太子妃の額がリディアの額にコツンとぶつかった。
「オースティンと話してみましょう。あの人たちふたりとも、今困っていると思うのよ」
王太子妃がリディアの頬をハンカチで拭いてくれた。ふたりで手をつないで、部屋を出て、オースティンと王子様がいる部屋に行く。