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異世界キャンプ

作者:

『異世界キャンプ~ゆっくりと星空を眺めてみませんか?』




 その看板を見つけたのは偶然だった。佐野達也は、キャンプの帰りだった。


 秋の三連休を使ってのソロキャンプ。キャンプ場までは車を使わず、バスと電車で行くのが達也の趣味だった。荷物を増やしすぎず、自分の持てる範囲で考えるのも楽しい。帰りにちょっとビールを飲みたいな、と思っても、電車ならできるのだ。今日もキャンプ場からバスで駅まで戻ってきたところで、何か食べようとうろうろしていたところに、その看板が目をひいた。満点の星空の下、大きなマッサージチェアのようなものに座って空を眺めている人がシルエットで描かれている。


 ゆっくりと星空を眺める。これがキャンプの目的だった……のだが。達也は昨日の様子を思い出し、もやもやとした気持ちになった。今回のキャンプ場は星空がとても綺麗だと聞いていたから期待していたのだが、最近ネットで人気が出たせいか、とても人が多かった。特に昨日は流星群が見えるということで、空き地のほとんどは寝転がるためのマットで埋め尽くされていた。そしてあちこちで聞こえる楽し気なささやき声。一人で静かに過ごすつもりだった好む達也としては、場違いな場所に来てしまったなという感覚だった。家族で来ようがカップルで来ようがそれは自由だけれども。


「異世界ねえ……。最近流行りのVRかな。」


 フルダイブ型のVRゲーム機が出たのはつい2,3年前。最近ではショッピングセンターのゲームセンターにも入ったと聞いている。やってみたことはなかったが、興味はあった。看板が置いてあるのは、少し古びたビルだ。入口は少し奥まったところにある。わざわざキャンプと銘打ってあるからには、自然を楽しめるようなものなのだろうか。達也は木製のドアを開いてみることにした。




「いらっしゃいませ。」


 部屋を入ると山小屋のような内装で、カウンターには山歩きの恰好をした男の職員がこちらを見て、にこりと笑った。頭には青いバンダナを巻いている。胸には「案内人 青木」と書いた名札がついている。キャンプ場か登山口の受付をイメージしているのだろうか。

 他のお客はいないようだった。達也がカウンターに近づくと、タブレット端末を出してきた。どうやらこれで説明をするらしい。下の方には何種類かの料金も載っている。初めてか、と聞かれたので頷くと、説明がはじまった。




「お客様にはこれから異世界でのキャンプを楽しんでいただきます。1時間ほどですが、機械の中では12時間ほど時間が経過いたします。」

「12時間?」

 少し星空を見て終わりだと思っていた達也は驚いた。

「30分で6時間のコースもありますが、実際のキャンプのように過ごしていただけますので12時間の方をお勧めしています。」

「あ、いや、1時間で12時間も過ぎるのがすごいなあと思って。」

「夢を見るのと同じ感覚と考えていただければいいかと思いますよ。」

 そう言われても想像がつかないが、せっかくなので12時間コースを選択することにした。タブレットの時計は現在13時を回ったところだった。


「料金はこちらになります。2回目以降は会員になっていただければ、会員価格でお楽しみいただけますよ。」

「うーん。今日は会員はいいです。」

 会員登録には入会費がかかる。めったに来ない場所だし、面白くなかった時にはもったいないと思ってしまいそうだった。

「そうですか。あ、このお店、他の場所にもありますのでね。ひょっとするとご近所にもあるかもしれませんよ。もちろんそちらでも会員価格でお楽しみいただけます。」

 営業トークはとりあえずかわして、達也は目の前に出されたタブレットを見る。説明だけでなく、申込用紙も兼ねていたようだ。


「では、これからどのような設定がいいのか選んでいただきます。私は部屋の準備をしてきますので、少しはずしますね。」

 他の店員もいないようだ。機械のメンテナンスもできることを考えると、一人でこの店を切り盛りしているのかもしれない。


 カウンターの横から伸びる通路には、3つほどドアがついており、男ははそのうちの一つのドアへと向かっていった。達也はタブレット端末に出てくる設定を見る。


 自分で世界の設定が細かくできるようだ。昔こうやって設定したゲームでサバイバルをしたことがあるな、と懐かしく思い出しながら達也は項目をチェックしていった。

 川の近くで開けた場所を選択する。気温はどの程度感じるのだろうか。冬の星空を見たくもあったが、無難に秋を選択した。今は秋だし。


 更に下の方へとスクロールすると、魔物の有無という項目があった。なんとも異世界っぽい。眠っている間に襲ってくるのだろうか。戦闘をしてみたい人向けなのかもしれない。


「見てみたい気もするけど、とりあえずキャンプを楽しみたいからなあ。」


 魔物はなし。荷物は写真から選べるようになっていた。とりあえず、キャンプ道具と食料があればいいだろう。自分の使っているものと同じようなものがあったので、それを選んだ。


 ふと、下の方の項目に目が留まる。


「異世界に住む人との交流……?」


 はいといいえがあり、はいを押してみると人数と性別も選べるようだ。残念ながら種族は選べないらしい。そこまではまだ難しいのかもしれない。


 達也はかなり悩んだが、女性一人を選んだ。騒がしいのは苦手だが、誰とも会わないのもなんだか味気ない気がした。VRの中でちょっと出会いを求めたっていいじゃないか。どうせ機械だと思えば、話しかけるのも怖くない。


「終了っと。」


 5分ほどかかっただろうか。達也が設定を終わるのを待っていたかのように、男が顔をだした。タブレットと機械が同期しているのだろう。


「あ、おわりましたか。ではこちらにどうぞ。」


 案内された部屋の中は薄暗く、大きなマッサージチェアのような椅子が一台、真ん中におかれている。部屋の隅には大きな棚があった。達也のもっている大きなリュックでも置けそうだ。

 小さな金庫もついていて、暗証番号で開けられるようになっている。

「荷物は、こちらの棚に入れてください。貴重品は金庫に入れてくださいね。自分で暗証番号を決められますから。」

 言われるままに達也は荷物を棚に置き、スマホと財布を金庫に入れる。その間に男は上着をハンガーにかけてくれていた。

「ひょっとしてキャンプの帰りですか?あ、こちらにお座りください。」

「ええ。ここからバスで行ったところのキャンプ場に。」

 達也がキャンプ場の名前を告げると、男はしたり顔で頷いた。促されるまま、大きな椅子にもたれかかる。

「SNSで取り上げられて、最近人が押しかけているそうですね。昨晩も人が多かったんじゃないですか?」

「空き地を埋め尽くしてました。」

 椅子の横についているボタンを押して、ゆったりした姿勢を取る。椅子の身体を包み込むような感覚が心地よい。眠ってしまいそうだ。つい昨日から胸の中でくすぶってた思いが口から出てしまった。

「キャンプを楽しむ人が増えるのはいいんですよ。人が来なくなって廃業してしまうと、それはそれで寂しいですからね。ただ……。」

「お客様としては、静かに過ごしたかった。というところでしょうか。異世界キャンプでは、静かなひとときを過ごせますよ。私が保証します。」

 達也はぱちぱちと瞬きした。保証します、の部分をやたら強調している。ひょっとして。


「キャンプ、試したことがあるんですか?」

 達也の問いに、男はにこっと笑った。

「ええ、もちろん。一度行くとやみつきになってしまって。従業員は割引がきくので……。あ、これ内緒です。」

 従業員割引は普通じゃないだろうか。むしろ一人で切り盛りしているなら、閉店後に無料でやろうと思えばできるだろうに。達也は苦笑した。男は達也の指に機器をとりつけ、大きなヘッドギアを取り出すと、思い出したように付け加えた。


「閉所恐怖症はないですか?ヘッドギアが苦手なお客様もおりまして。」




「ああ、大丈夫です。むしろ狭いところの方が落ち着くので。」

 小学生の頃は、押し入れに秘密基地を作って過ごしていた。家庭用のプラネタリウムを買ってもらって、良く映していた。夏は暑くて入っていられなかったけれども。


「そうですか。では、素敵なキャンプをお過ごしください。合図が聞こえてくるまで、しばらく目を閉じていてくださいね。」




 ヘッドギアをかぶせられた達也は、もういちど椅子に体重を預け直すと目を閉じた。






「コンタクト完了。目を開けてください」




 機械の声で目を開けると、達也は真っ暗な世界に座っていた。いや、頭上には星が無数に輝いている。ただ、月もないのか、本当に暗い。

「……すごいな。」


 冬ほどではないが空気はひんやりと感じる。空気感すらVRは出せるらしい。水音と虫の音も耳に心地よい。

 が、自分の周りに何があるのか全く分からない暗闇がずっと続いていると感じると、背中がひやりとする。

 いつもの癖でスマホを探すが、ポケットにはなかった。金庫に入れてきたのを思い出す。

 椅子にもたれていたはずが、今背中を支えているのはキャンプ用のリュックのようだ。

 手探りでリュックを下ろしてランタンを探す。いつもの場所に入っているランタンを探り当てると達也はほっとした。さっそく灯りを点け、ぐるりと辺りを見回した。


 達也の立っている場所は、開けた平地になっていた。あまり背の高い草は生えていない。焚火の跡や座りやすそうな倒木が数歩進んだところにあった。野営で使われる場所なのかもしれない。遠くに黒々と見えているのは森だろうか。先程から水音がすると思ったら、左手には川が流れていた。それほど大きくはない。川の近くは氾濫が怖いが、天気もよさそうだし大丈夫だろう。達也は早速テントの設営をすることにした。




 テントを設営し、焚火台で火を熾すと、さらに明るさが増す。達也はローチェアに座ると一息ついた。どのくらい時間が経ったのかが分からないのが不安なところだ。残り時間が分かるようにしてほしいと戻ったら青木に伝えよう。彼の一存でどうにかできることではないだろうけれど。

 ふと、着ているものが気になって、自分の身体を見回してみる。ここに来る前と同じ、長袖のチェックシャツにジーパンだ。上着は来る前に脱いでしまったせいか、身に着けていなかった。リュックの中にブランケットが入っていたから、寒いことはないだろう。


 ぐるるう、と達也のお腹が自己主張をはじめた。

「そういえば、腹減ってたんだっけ。VRで食べてもお腹いっぱいになるのかな。」


 試してみてもいいだろう。そう思った達也はリュックの中から米と水、ジップロックに入れた野菜とベーコンを出す。トライポッドを使ってさっそく鍋を火にかける。野菜を軽く炒めてから水と米、コンソメブロックを入れてしばらく煮込めば、簡単リゾットのできあがりだ。ついでに何本か串刺しにしたフランクフルトを作って、焚火の近くの土に刺しておく。時々くるりとまわして焦げないようにする。しばらくするといい匂いが漂ってきた。


 そろそろできあがり、と思った時だった。背後でがさりと音がした。達也はびくりとして立ち上がった。魔物は出ない設定にできたが、動物が出ない設定はなかった。ウサギや鹿ならいいが、熊や猪は恐ろしい。匂いに誘われてきたのだろうか。振り向くと、何かが歩いてくる影が見えた。

 動物なら明りに弱いだろう。そう考えた達也はランタンを手に取ると光量をいっぱいに上げた。途端に辺りが昼間のように明るくなる。あまりのまぶしさに、思わず達也も目をそむけた。


「うわあっ」

「うわあ?」

 誰かの叫ぶ声がした。

 動物ではなかったのか。慌ててランタンの光量を下げて声のした方を見る。そこには目を両手で押さえた人が座り込んでいた。




「なるほど。タツヤ殿は優れた魔道具をたくさんお持ちなのだな。」


「いや、なんていえばいいんですかね……。」


 どう説明していいのかわからず、達也は途方に暮れた。遠い国から来たキャンパーだと説明したのだが、

『きゃんぱーとはなんだ?』

 からはじまり、ランタンを見て、光魔法が使える魔法使いだと誤解された。今も興味津々でランタンを手に持って眺めているのは、ジーナと名乗る若い女性である。髪は後ろでポニーテールにまとめている。服は、ボタンのないシャツにズボン、それからベスト。腰には剣がある。この近くにあるアンベルという町の冒険者だという。異世界っぽいとわくわくしたのは秘密である。


 それにしても荷物が何もない。ローチェアは一つしか持っていないので、とりあえず譲って、達也は近くの流木を椅子代わりに使っている。水しか持っていなかったので、コップに入れて渡すと、ジーナは美味しそうに飲み干した。


「ジーナさんはなぜこんなところに一人でいるんですか?」

 達也の問いにジーナはコップを置いてうなだれる。


「いや、それがだな。今日は薬草の採取をしていたんだ。そしたら急にワイルドボアに追いかけられてだな。逃げるために荷物も別の方向に投げて、走っていたら……。」


「どこからきたのかよくわからなくなったと。」


 ジーナはもじもじしながら頷いた。それで荷物も何もないのか。


「日が暮れてしまったので、この時間ではもう町には入れない。仕方がないから木の上で一晩過ごすつもりだったのだが、明りが見えたのでな。タツヤ殿はどうしてこんなところに?宿で泊った方が安全だろうに。」

 達也は少し返答に困った。近くに町があるなんて知らなかったし、今回はキャンプが目的だったから、と言っても信じてもらえないだろう。しかし、それで押し通すしかない。


「こ、こういうところで夜を過ごすのが好きなんですよ。それが『キャンパー』です。」

 ジーナはしげしげと達也を見て頷く。


「町に行かずこんなところで泊まるのは、野盗と間違えられても仕方がないのだが、タツヤ殿は違うのだろうな。ところで……。」

 先程までとはうってかわって、真剣な顔でジーナは頭を下げる。


「その、朝までここにいさせてもらってもいいだろうか。もちろん町に戻ったらお礼をする。」

 どう見ても困っているのは本当のようだ。そして、おそらくこれがVRが用意した交流というものなのだろうと達也は納得して頷いた。



「今晩はここで過ごしてもらって構いませんよ。一応確認なのですが、この辺には危険な動物は出ませんか?」


 ワイルドボアが集団で襲ってきても困るのだ。ジーナは瞬きをする。


「火があるところに獣は来ない。野営地は獣の方が避けるからな。この季節だから腹を減らしていることもないだろう。」


 やはりここはもともと人が野営する場所だったようだ。ゴミが捨てられている様子もないし、残飯を求めて……ということはなさそうだ。


「もちろん火を絶やさないようにしなければならないが。お礼に見張りは私がしよう。」

 元々今日は木の上で寝ないで過ごすつもりだったのだとジーナが笑う。飾り気のない笑い方がむしろまぶしい。

「いやいや、休んでもらって構いませんよ。」

「それでは私が申し訳ない。」


 押し問答の末、途中で交代することで話がついた。

「ああ、ちょうどご飯にしようと思っていたところです。一緒にいかがですか?」

 話の途中もちらちらとジーナがフランクフルトの方を見ていたのは分かっていた。お腹が空いているのだろう。

 ジーナの顔がぱあっと明るくなった。




「この『りぞっと』、というのは身体が温まるな。なにやら色んなものが入っているような味がして、美味だ。」

 皿の中のリゾットを一口飲むと、ジーナはほっと息をつく。

「野菜と米をスープに入れて煮ています。」

「『こめ』?」

「この白いつぶつぶですよ。食べたことはないですか?」

 スプーンですくってみせるが、ジーナは首をかしげるばかりだ。

「わたしの村にはなかったな。町で売っているかどうか聞いてみよう。」

 植生が違うのだろうか。どちらかというと小麦が主体なのではないかと聞いてみるとジーナは頷いた。

「ただ、あまりお金もないから、町の料理屋にも行ったことがないのだ。いつも屋台で一番安いパンを買っている。スープももっと味がない。塩味だけだな。こんなに複雑な味の食べ物は初めてだ。」


 皿を目の高さまで上げて、うっとりと眺めている。それは食べ物であって、美術品ではないのだ。宝石を眺めるように見ないでほしい。


「コンソメで味をつけています。あると便利なんですよ。」

 あの茶色いキューブはいつもお世話になっている。あれがあればあまり料理をしない達也でも、味が変になることはないのだ。


「『こんそめ』とは?」

 また聞いたことのない単語だったようだ。説明しようとしてはたと困った。

 何でできているのか気にしたことがなかったのだ。コンソメを作る様子を料理系のドラマで見たような気がする。確か色々入れて煮込んでた。手間と時間がかかるとか、そんなことしか覚えていない。

「僕も詳しくは知らないですが、確か牛とか鶏とかの骨と野菜をたくさん煮込んで作るんだったと思います。」

「骨?骨でいいのか?」

 驚いた顔でジーナが達也にぐっと近づいてくるので思わず目をそらしてしまう。何かの香料のような匂いがふと香った。薬草の匂いかもしれない。

「え、えーと、多分。」

 豚骨とかあるから、多分間違っていないはずだ。いや、豚骨はラーメンだけど。


「骨なら肉屋の後ろに積んであったな。あれなら安く手に入る……。」

「もしよかったら、これをどうぞ。」


 とりあえず、コンソメキューブをいくつか渡してみると、ジーナは真剣に匂いを嗅いでいた。

「この『りぞっと』と同じ匂いがするな。これを入れるだけで美味しいものが作れるとは……。」

「もしよかったら使ってみてください。パンを浸しても美味しいと思いますよ。」

「本当か!ありがたい。ぜひ試させてほしい。」

 どうせVRの中だ。あげて困ることはないだろう。ジーナは感激しながら受け取った。

「それからこの肉はどうやって作ってあるんだ?」

 次はフランクフルトを持ち上げて一口かじる。またも驚いた顔をして、食べた跡を眺めている。

「確か、ひき肉を豚の腸とかに入れて作るんだったかな?これをリゾットに入れると、肉の味も加わって美味しいですね。今回は別々にしましたけど。」

「なるほど。中から熱い肉汁があふれてきてうまい。大きくて食べ応えがあるのもいい。」

 そこまで言って、ジーナは達也の顔を見た。

「タツヤ殿はもしや料理人ではないか? 新しい食材を求めて旅をしているのか?」


「いやいや、ただの……。」

 社会人です、といいかけて、はたと止まる。社会人と言っても多分通じない。営業をしてます、と言ってもよくわかってはもらえないだろう。物を売るために人と話をすると言えばいいのか?そこまで考えて思いついた。


「そう、僕は商人ですね。物を売る仕事をしています。」


 企業が製品の検査につかうための機械の部品を買ってもらうために色々な企業を回っているのだから、まあ、間違ってない。

 その言葉を聞いて、ジーナの顔が輝く。


「それはいい。ぜひうちの町にも色々な物を売ってほしい。タツヤ殿の持っているものはどれも人気がでそうだ。この椅子も素晴らしい。」

 ぽんぽんとローチェアを叩きながらジーナがいう。お気に召したようだ。

「これは売り物ではないのです。私がいつも売っている物は持っていませんし。」

 達也の言葉にジーナは残念そうな顔をする。

「違うのか?どれも皆欲しがるだろうに。」

「売ってしまったら私が使えなくなってしまいます。ちょっと洗ってきますので、火を見ていて下さい。」

 苦笑した達也は立ち上がると川へ向かった。、使った鍋や皿をざっと洗うと簡単に拭いて片づける。薪も十分にあるから、朝まで火が消える心配はなさそうだ。

 ジーナは小さくあくびをしていたが、達也の視線を感じると慌てて真面目な顔になる。

 沈黙してしまいそうになり、慌てて達也は会話を探した。この世界のことでも聞いてみようか。


「アンベルの町は大きいのですか?」


「いや、最近できたばかりなのだ。私ももっと南の方から移ってきた。新しい町なら仕事もたくさんあると聞いてな。食うに困らないくらいは稼げている。」


「南……。」




 月もない場所では方角もよくわからない。ジーナがふと空を指さす。


「あそこに赤い星があるだろう。あっちが南だな。いつでも南に輝いていて、方角を教えてくれるのだ。」


 なるほど、北極星のようなものか。口調が少ししんみりとしてるのは、故郷でも思い出しているのか。


「ジーナさんは普段どのような仕事をしているのですか?」


「薬草採取がメインだな。まずは薬草を見分けられるようにならないと薬師にはなれないと言われた。私はあまり強くないから、何か手に職をつけて、稼げるようになりたいと思ったのだ。」

 ジーナは手を握ったり開いたりしながら答える。


「薬師になりたい訳ではないのですね。」」


「薬のいらない人間などあまりいないだろう?ただ、材料の薬草が町の近くには少なくてな。」

 むうっと頬を膨らませる顔がかわいい。あまり危険な目に合わないようにするにはどうしたらいいかと考え、ふと達也は自分の部屋にあるハーブを思い出した。

 一時期付き合っていた彼女が置いて行ったもので、なんとなくそのまま育てている。といっても時々水をあげるくらいだが。

 あれも薬草の一種と考えれば、育てられるのではないだろうか。


「薬草を育てることは難しいのですか?その、野菜みたいに。」

 達也の言葉にジーナはぽかんと口を開ける。

「育てられるのか?」

「あ、いや、分からないですけど。周りの土ごと持って帰って育ててみれば増えるかも?」

 枝で地面にプランターの絵を描く。

「こんな形の入れ物に土を入れて、植えておきます。元々あった場所が日なただったら、よく日にあてる。暗いところだったらあまり日の当たらないところにおいておく。水もあげてください。野菜の肥料とかがあればそれも。」


 簡単なプランター栽培だ。庭があるとは思えないので、部屋でもできる方法をおすすめしてみる。

 ジーナが黙り込んでしまった。薬草を育てるというのはひょっとしてこの世界ではタブーなのか?


「薬草というか、香草なら料理にも使えるし、需要はあるんじゃないですかね。ひょっとして薬草を育てちゃいけないとかいう決まりがありましたか?」


 焦って続ける達也の言葉にジーナはぎゅっと服の胸のあたりを握ったまま達也の顔を見る。少し目がうるんでいるような気もする。


「薬草を育ててはいけないという決まりはない。薬草を料理に使う人もいない。今まで育てた人を見たことがないし、採りにいかなければいけない貴重品だったからだ。私がそれに成功したらきっとすごいことになる。」

「はあ。」

 とりあえず、出来そうなことを提案しただけだったのだが。話の出口が見えず、達也はとりあえず相槌をうった。


 ジーナはさらにもじもじとする。

「その、そのような貴重な情報をもらっても私には返せるものが今何もないのだ。こ、この身体くらいしか……。」


 数秒の沈黙ののち、達也はその言葉の意味を理解した。とたんに顔が熱くなるのが分かった。


「いや、いらんです!そういう意味で言ったわけでは!」

「やはり、このような貧相な身体では」

「いや、そういう意味でもなく!にじりよるのもやめてください!離れて!」


 とりあえず、距離を置くことに成功した達也の様子を見て、ジーナはふっと身体の力を抜いた。


「すまぬ。勘違いしたようだ。情報を渡したのだから、と寝込みを襲われるくらいならと思ったのだが。」

「だから、そういうことはしませんから。」

「すまぬ。」


 二度目のすまぬ、で、なんとなくジーナの今までが垣間見えた。達也はそろそろと流木に腰をおろす。


「ジーナさんが危険な目にあわないためにはどうしたらいいかと思っただけなので。成功するかどうかもわかりません。やってみるかどうかもジーナさん次第です。」


「タツヤ殿はお人よしだな。そんなんで町に行ったら骨までしゃぶられるぞ。」

「町には近づかないようにします。」

「それがいい。」

 ふふっと笑うと、ジーナは膝を抱えてそこに顔をのせる。


「さっきの『りぞっと』も売れるだろう。町へ戻ったら骨を買ってきてスープを作ってみようと思う。『こめ』があるのか、聞いてみないとな。豚の腸も肉屋で聞いてみる。それから、その四角いいれものを作って、そこで薬草を育ててみよう。うまくできたら、スープに入れてみてもいいな。屋台で『りぞっと』を売るんだ。」


「いいですね。」


「儲かったら、店を建てて、料理屋にするんだ。裏の庭で薬草を育てて……。」


 言葉が途絶えたのでジーナを見ると、丸くなったまますうすうと寝息をたてている。どうやら疲れて眠ってしまったようだ。昼間は走り回っていたというのだから、無理もないだろう。

 達也はリュックからブランケットを取り出すと、ジーナにそっとかけた。


 自分一人でテントに入るのも気が引けたので、グランドシートと寝袋を出してくる。眠らないよう、足だけ寝袋に入れた。

 ふと、空を見上げると、先ほど教えてもらった赤い星が目に入る。星の名前を聞いておくべきだったなと達也は思った。スマホも本もない。長くて静かな夜が過ぎていった。


「タツヤ殿!そろそろ起きてはどうだ?」

 ジーナの声ではっと目が覚める。気づけば寝袋にどっぷりと入り込んでいた。慌てて寝袋から這い出す。

 周りはもう明るくなっている。焚火台を見ると、火はほとんど消えていた。

「すみません!気づかない間に寝てしまったようで。」

「なに、私も寝てしまったからお互い様だ。さて、片づけてしまおう。」

 達也がテントや寝袋を片づけている間に、ジーナは火の始末をする。

 あらかた片づけが終わったころ、ジーナは達也に右手を差し出した。

「すまないが、このまま町に戻ろうと思う。世話になったな。」

「いえ。お店、持てるようになるといいですね。」

 差し出された手を握る達也のことばにジーナは笑顔になった。握った手にさらに力がこもる。

「ああ。その時はぜひタツヤ殿にも来てほしい。」

「ぜひ寄らせてください。町の中も案内してほしいです。」

 どんな人達が住んでいる町なのか見てみたい。その中でジーナが笑顔で暮らしている様子を見て安心したい。

「約束だぞ?」

「はい。その時はまた美味しい料理の情報を持ってきます。」


 手を振りながら遠ざかるジーナが見えなくなったころ、周りがうっすらと白くかすんできた。どうやら戻る時間が来たようだ。

 達也は後ろ髪をひかれる思いをしながら、目を閉じた。



「目を開けてください。終了です。」


 機械の声に、達也は目をあける。ヘッドギアを外すと、薄暗い部屋の天井が見えた。

 荷物を持ち、金庫からスマホを取り出すと、画面を見た。時間は14:30。本当に1時間しかたっていない。

 部屋を出てカウンターに向かうと、先程の青木という店員がいた。達也の姿を見てにこりと笑う。

「お帰りなさい。体調に変化はありませんか? 時々具合の悪くなるお客様がいるもので。」

 VRが合わない客もいるのだろう。

「大丈夫です。その、今のやつって、続きを見たりできるんですか?」

「会員登録していただければ、会員証に記録を残せますよ。」

「じゃあ、会員登録します。」

 いそいそと財布を出す達也に青木はタブレットを取り出して渡す。

「楽しい旅行ができたみたいですね。」

「ええ。また、行きたいです。」

 コンソメの作り方をきちんと勉強してからだけれども。


 数年後。

 ジーナはお金をため、町で料理屋を始めた。米と野菜、薬草を一緒に煮た『りぞっと』という料理が評判だ。美味しいだけでなく、具合が悪い人には少しずつ入れる薬草を変えてくれると評判で、家族が病気になると買いに出る者も後を立たない。

 美味しさの秘訣を聞くと、ジーナは笑ってこう答える。

「命の恩人に教えてもらったのだ。」

 時折、ジーナは店を休むことがある。その時決まって同じ男が側にいる。

 その男のことを誰も知らない。



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