第四話『魔女、幼稚園へ』
ジリリリリリリリリ!ジリリリリリリリリ!
「......」
ジリリリリリリリ!ガシャン!
「んぁ?ここは......」
ふかふかのベットで目が覚めた。
夢の中で何かを殴り飛ばした気がしたのだが、気の所為かな?
眠気眼でやっとベットから床に降り立つ。
そして、その光景を目にして......私は静かに言葉を呟いた。
「......あー、やっちゃった。」
私は床に転がっている〈目覚まし時計〉という奴の存在を確認して、自分が殺ってしまった事を悟った。
どうやら目覚まし時計は中身が飛び出しているようで、何やら円柱状の何かが飛び出してしまっているようだ。
......いやけど、私は悪くない。
100:0で目覚まし時計が悪いのは明白だ。
「めありー?なんかすごい音したけど大丈夫ー?」
目覚まし時計に、死の救済を与えた私。
そんな私が、一人崇高なる理論提唱をしていると、その部屋の扉をガチャリと開ける何者かの姿がある。
───レミ様だ。
私は目覚まし時計の死体を隠しながら、返事を返す。
「あ〜、大丈夫だよ......?
ちょっと朝から運動......ベリーダンスしてたらベットから落ちちゃってっ!」
「あらあら、昨日テレビに出てたものねベリーダンス!朝から元気で良いわね。
......でも、もう朝ごはん出来てるから早く下に降りてきてね〜?」
ふぅ......危ない危ない。どうやら私が名役者だったお陰で、何とか目覚まし時計の死をごまかせたみたいだ......!
レミ様が下に降りていく音を聞いて、私はほっと胸をなで下ろしたのだった。
───そんなふうにして、私は初めての?幼稚園に行く月曜日の朝を迎えたのだ。
それは、メアリーが本格的に日本での生活を考え始めた二月四日、月曜日の......麗らかな朝の出来事であった。
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「めあり、もうすぐ着くよ〜?かばんの準備しといてねー。」
「はーい」
あれから歯磨きしたり、へんな青色の服を着たり、色々な準備をすませて数十分。私はレミ様の運転する車で幼稚園とやらに向かっている最中だ。
一体。どんなとこなんだろう、幼稚園。
六歳児が通う所だし、そこまで高等な教育機関ではないと思うけど。
しかし、制服とか備品とか、しっかりと作り込まれているので油断は禁物である。もしかしたらお貴族様学校の可能性があるので。
その場合、私は細心の注意を払わなければならないだろう。
もし礼節でミスでもしようものなら糾弾されてしまう。もちろん、お貴族様にも魔女達にも。
......大口の雇い主として、切っても離せない間柄なんだよね。貴族様って。
「着いたわよ〜。さぁ行きましょうか」
そして、車が止まった。
レミ様が直ぐに降りて、私のいる後ろのドアを開けてくれる。
そして、ぎゅっと私の手を取って。
車の座席から降ろしてくれた。
───ありがとうごさいます、レミ様。
私、今大魔女様に気遣われて感無量です。
そんなことを考えながら、私はレミ様に手を引かれて歩いていく。
「わぁ......、あれが幼稚園......?」
そして、見えてきたのは豪奢な建物だった。
一面死ぬほどに透き通った"Verre"......ガラス張りの建物で、外から中の様子が見渡せるようになっている平屋のような構造をしていた。
他にも、門で区切られた幼稚園の中。
その柵に囲まれた土地の中には、様々な謎物体が溢れ返っていた。
私はその様子に、思わず目を輝かせる。
色んな色の棒。
それを四角形になる様に組み合わせて作られた檻のような建築物や、確か南の方の国の動物で、ぞうだったか。それを模した様な変な建築物。
その傍には一箇所だけ砂漠になっている地帯もあれば、植物が植えられている整った花壇も備え付けられていると来ている。
その謎の建築物群を見て、思わず笑ってしまう。
こんなの、わかり易すぎる。
五大属性に準えた四角形、神と崇められる動物の模型、
魔法実験の為の訓練場に触媒となる植物育成の為の広大な花壇ッ!!!
───こんなの、魔女の為の施設じゃないか!
───ここは、幼稚園っていうのは、魔女為の育成教育機関だったんだね!?
そんなことを考えて、思わず口が緩んでしまったのだ。
「?どうしたのめあり。いきなり笑い出して?」
「いえ。なんでもないです。
ちょっと天気が良くてテンション上がっちゃいまして。」
あぁいけないいけない。
私は顔に出る感情を押さえつけながら、レミ様になんでもありませんと言って内心でほくそ笑んだ。
昨日の純一郎の話。
そして、レミ様の反応。
それを見るに、ここが魔女専用の教育機関だということは私に黙っていることなんだろう。
理由は分からないけれど、きっとそうだ。
だから、できるだけ反応しないように努めることにする。
という訳で、レミ様にバレないように、内心でほくそ笑んでいた私だった。
───のだが。
「ね───、あれって──」
「うん、めあ───だ。」
「───てたんだ。─ってきた。」
幼稚園の、一面ガラス張り扉の向こう側。
そこから幾つもの瞳がこちらを覗いていることに、ふと、気がついてしまった。
それは今の私と同じような服装。
青い礼服を着た、幼い少年少女達の瞳だった。
恐らく、私と同じ園児達なのだろう。
そんな彼女たちが、私を見つめながら───
「じゃ─、───だね?」
「うん、───だね。」「───そうしよう。」
何やら、コソコソと話をしているのが聞こえてしまったのだ。
その声を聞いて、私は少しだけ首を傾げる。
見たことない......はまぁ当然として、その様子が少しだけ不思議で気になってしまったのだった。
......因みに、声が聞こえるのは仕様である。
私と彼らとの距離はまだまだ遠いし、分厚いガラス越しなので普通ならば声はおろか物音すら聞こえない距離ではある。
しかし、今は特別な理由があって聞こえていたのだ。
実は......ちょっと前に使っていた魔法、【五感強化】の魔法によって、知覚能力を軽く強化していたのだ。
これはホースを探す時、以前に使った【身体強化魔法】の応用である。
それで、ギリギリ聞き取ることができていたのだ。
......え?
強化してた理由はって?
いや、あさごはんが美味しくて。
もっと味わって食べたいなーって思って。
それで味覚を強化するついでに、他のやつも───
......まあ、そんなことはどうでもいいのよ!
ガラス張りの向かい側に目を向ける。
そこから覗いている子供たちは、明らかに私を指さして、何やらコソコソと話を進めている。
......なんだろうか?
私のことを知っている子供たちだろうか?
だとすると、もしかしたら"あさひめめあり"の事を心配して、こちらを眺めているのかもしれない。
そう思って、私は軽く手を振ってみるが───
「あれ?行っちゃった......。」
しかし、私が手を振った瞬間。
子供たちは脱兎のごとく逃げ出して、ガラス壁の前から消えてしまった。
その様子に私は少しだけ違和感を覚えながら。
しかし今何かすることも出来ないので、レミ様の後をついて幼稚園の中へと足を踏み入れていった。
「なんか、不思議な子達だったなぁ......」
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「───という事で記憶喪失でして......。
この子、病み上がりで心配なんですけど......私の用事が終わるまでの間、何卒よろしくお願いします。」
「あーいえいえ!
そんなに頭下げなくても大丈夫ですよ!
私もみんなも心配してたので、むしろ来てくれて嬉しいぐらいです!」
レミ様と話していた、緑色のエプロンを着た女性。
長髪を肩辺りで纏めて横に流している、"ヒトミショウコ"なる年若い先生を見て、私はレミ様の後ろに隠れながら話を聞いていた。
「じゃあ瞳先生、あとはよろしくお願いします。
ばいばい、めありー?また後でね───?」
しかし、どうやらレミ様は私を置いて帰ってしまうらしい。
なんでもお家柄の用事があるとかで、偉い人に呼びされているそうだ。
───うん。ということは魔女の仕事だ。
私としては是非ともそっちを体験してみたかった。
しかし、そういう訳にもいかない。
遠く離れていくレミ様。それを見て、私は少し心細くなりながら。
ヒトミ先生と二人っきりになってしまった幼稚園の玄関ホールにて、静かに立ち竦んでいた。
「......。」
「......めありちゃんおはよう!お病気だいじょうぶだった?
倒れたって聞いたけど、今日は元気かな?」
けれど、そんな風に黙り込んでいると。
その気まずい沈黙を終わらせるようにして、ヒトミ先生が私に話し掛けてくる。
「あ、はい。おはようございます......。
たぶん、もう体調は大丈夫だとおもいます......?」
だから、私はそのヒトミ先生の小さめの黒い瞳を見つめながら、挨拶を返してみることにした。
「お、そっか!それなら良かった!
めありちゃんが元気になってくれて先生も嬉しいよ!」
......うん、どうやらこの先生はいい人そうだ。
子供と話す時、常に笑顔を作ってくれる大人は信頼に値するのだ。
自論だけど、結構大切なことだ。
「───じゃあ、早速みんなのとこに行こっか!」
だから、私は少しだけ警戒を解いて、ヒトミ先生の跡をついて行く。
どうやら、他の学童達の所へと行くらしい。
たぶん、向かってるのはガラス張りの学び舎だね。一体どんな子たちが居るのか楽しみだ。
そんなことを思いながら、私は教室へと歩みを進める。
そして、数十分後───
「はーい、みんな!ちゅうも〜く!」
沢山の幼子......というか。
私と同じ六歳児が集まっている部屋の中。
幾つかの子供サイズの机や、子供用の本。
色とりどりの玩具に加えて、上蓋がパカっと開いている大きな黒い机?が部屋の片隅に置いてある様な内装をした部屋の中だ。
そんな部屋の中で、私は思い思いの位置で座っている子供たちに見つめられながら。
彼らの元締め的魔女様である、
ヒトミ先生によって紹介を受けている最中なのであった。
入院していたこと。
病気から回復したこと。
そして、今日からまた"アサキ幼稚園"、
この魔女教育機関に通園することになったことを伝えられ、私は此方を見ている子供たちに対して軽く頭を下げた。
「よろしくお願いします......。
幼稚園のこと、あんまり覚えてないのでいろいろと教えてくれると嬉しいです。」
そんな私を見て、ヒトミがにこりと笑い手を叩く。
「はい、という訳なので!
あさき幼稚園の良い子のみんなは、いつもと同じように遊んであげてね〜!」
「はーい」「わかったー!」
そして、ヒトミは元気よく返事する子供たちを見渡して、うんうんと頷く。どうやら私が馴染めているのを見て安心しているようだ。
「おはよーめありちゃん。
ごびょうきだいじょうぶだったー?」
「あ、うん。
意識不明だったらしいけど、なんとか大丈夫だったよ。ヒガシ先生が言うには後少し入院が遅かったら手遅れだったとか......」
「いしきふめい?? それってなぁにー?」
「あー、えっと。意識不明っていうのは───」
そんな話を、恐らく友達であろう子供たちに話す。
すると、その話を聞いて「えぇー!」とか、「そうなんだー」とか反応する六歳児達のふわふわした様子を見て、私はちょっとだけほっこりしながら話を続ける。
病院のこと、病気のこと、ヒガシに教えて貰った体調など私が覚えていた限りで話して聞かせ、その反応を楽しんでいたのだが───
「だから、私は何も考えられないよー、ってなる状態がずっと続いてるみたいな感じだったらしくて......」
「......ふん。」
───しかし、そんな中に数人。
部屋の後ろの方で私が話しているのを見ながら、眉間に皺を寄せている子供たちの姿が目に映る。
「......?」
私は、そんな子供たちに少しだけ疑問を覚える。
なにか、どこかで見覚えのある子供たちだ。何処だろうか?
いや、普通に考えて、私はメアリーの記憶しか持ち合わせていないので気のせいだとは思うんだけど......。
「ねーねー!?
めありちゃんびょういんどうだったー?こわかったー?!」
「───え、あぁ......そうだね?
うん、色々な魔道具があって新鮮だったかも?なんか、緑色の線の揺れ動いてる魔道具とか......」
しかし、私に群がってくる周りの子供たちに問いかけられた質問を返答することに注力を注ぐことで手一杯になっていて、彼らに声をかけることは出来なかった。
「───はーい!
みんな時間になったよー!せんせいにちゅうもーく!」
「「「はーーーい!」」」
そして、どうやら教育の時間になったようで。
ヒトミの方に子供たちが一斉に集まっていく。なので、私も一緒にそちらへ集まっていくことにしたのだった。
統率のとれた子供たちだ。聞き分けが良くて、ヒトミも何処となく嬉しそうに笑っている。
「えー、今日は二月四日の月曜日!
日本では"立春"と呼ばれる日で、春の訪れを伝えてくれる大切な節目の年で───」
始まりの挨拶なのだろう。
そうやって前置きのように話していくヒトミ先生。
そんな彼女の話を聞きながら、私は幼稚園に通っている魔女の卵たち、その多くが黒目であることに疑問を抱いて子供達を見渡して......まぁでも、この日本であればこんなもんかと思い納得もしていた。
だって、あれだけ凄い魔道具技術がある訳だし。
きっと日本の魔道理念は、どちらかと言うと信仰する神の力に頼るだけではない、"理との調和"に重きを置いた信仰者が多いのだろう。
力を制御するための魔道具を用意することによって、魔法の力を"神の信仰者"だけのものにするのではなく......魔法の使えない者たちでも十分扱えるようにしているのだ。
だから、恐らく内在魔力量が低い黒目の人間でも、こうやって魔女教育機関に入ることが出来るのだろう。
───それに、ヒトミ先生も黒目だしね。
その事実が、今の世界が信仰者間での黒目差別がなくなっていることを示唆しているようなものだったのだ。
純一郎がレミ様と問題なく付き合えているのも、今思えばそれが理由なのだと理解できた。
「......いい世界じゃん。日本って。」
私はその光景に思わず笑みを浮かべる。
前世の私は残念ながら体内魔力が多い方ではなかった。黒目とまではいかないが、それに準ずるぐらいの素質しかなかったのだ。
その事で、同業者からは結構バカにされたし。
たまに魔女間での会合なんかがあり、小規模なものだったら各地域で開かれたりもしていたのだが、私はそれすら呼ばれないことが多かったし。
それに伴って、貴族様お抱えの白魔女になるような良家の出である魔女様には、穢れた血がどうとかで近づきさえもできなかった事もあった。
......まぁ、私もそんな環境が嫌で、足りない部分は知識や技術でカバーしてバカにし返したりはしていたけど。
やはり、魔女の世界において。
才能の差というのは大きかったのだ。
......元から持って生まれたものが、
その後の人生を左右するのが、当たり前の世界だったのだ。
「───でも、ここにはそれがないんだ。
それって、とっても素晴らしいことじゃない。」
どこかノスタルジックな気持ちでそんなことを呟く。
そして、周囲の子供たち、ヒトミ先生、部屋の中にある高度な技術を有した魔道具群。
その全てを見渡して私はふと思うのだ。
───あぁ、こんな世界で大魔女になれたら。
......きっと、私の名は、全世界に轟くのだろうとッ───!!!
「ふ、ふふ......!
ぐふふふふふ......!!?」
だからこそ、私は一人にやにやと笑いながら。
部屋の中心で続けられていたヒトミ先生の話を、半分以上、上の空で聞いて黙り込んでいたのです。
「───ぇ、ねぇ!あなた、きいてるのッ!?」
だからこそ、気が付かなかったのかも。
「.....ねぇ!!!
きいてるのかってきいてるのよ、ばかめあり!!!」
「───え?」
その、背後から私のことを不名誉な渾名で呼んでくる、気の強そうな赤目の女の子の存在に。
その子に引っ張られた服の感覚とともに。
───私は、そこまでされてようやく気がついて、呆けた声をあげながら後ろに倒れ込んだのでした。
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※前回(お風呂話)の魔女用語解説!
・"miroir"、ミロワールについて
フランス語で「鏡」を意味する言葉。
メアリーが生きていた当時のフランスでは、未だガラスを用いた鏡面の製法が確立されておらず、その存在は貴族間で取り扱われる高級品という立場の商品となっていた。
"ガラス鏡"は14世紀初頭からずっとフランス隣国のヴェネツィア共和国の戦略商品の一つであり、17世紀になるまでは共和国側の独占技術として取り扱われてきた商品だったのだ。
だからこそ、当時のフランスの一般市民であったメアリーがガラス鏡を目にしたことがないのは、当然の事であった。
・金眼、紫眼について
基本的に瞳の色によって魔女の才能は評価される。
金=紫系統、赤=青=緑系統、黄、茶、灰、そして黒の順番で評価され、色が濃いほど優秀な神の信仰者になるとされている。
しかし、これは一種の迷信的な噂話であり、瞳の色や生まれ、血液型によって魔女としての才能が決まるという確信的な研究資料は無いに等しい。
だが、その指標は何故か魔女社会に根強く張りついており、瞳の色による差別や侮蔑が横行していたのが当時の魔女社会の実情だった。
・『魔方陣』について
【印】による呪文詠唱文を書き起こし、言葉を発するだけで魔力が流れるように形を整えて描かれた、魔道理念におけるプログラムコードのような役割を持つ技術の総称。
しかし、これを扱える神の信仰者は少なく、少しでも【印】の形が崩れるだけで魔力暴走を起こし自壊してしまう為、並の大魔女・魔術師ですら扱いに躊躇するような高等技術であるらしい。
→追加注釈、ガラス鏡について
メアリーの死後、17世紀中期。
当時のフランス国王『ルイ14世』によって、ガラス鏡の技術はフランス国にもたらされる事になる。
ベネツィア共和国が独占していたガラス鏡の技術を有した技術者を、秘密裏に引き抜いて大々的なガラス製造の拠点を作りあげたのだ。
そして、そのガラス鏡を使い作り上げた王室宮殿の公開と共に、ルイ14世はフランス国内外に王朝の権威を大きく見せつけて統治の足がかりとし、王朝最盛期を自らの欲しいままにしたそうだ。
そして、その際に創られた王室宮殿こそ......
かの有名な『ヴェルサイユ宮殿、鏡の間』であるという、歴史が残されているらしい。
───以上、作中に全く関係のないフランス歴史の注釈であった!いあ待て次回!!!