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プロローグ『魔女、火の中へ』




 なんで、こんな事になったんだろう。


私はただ村の皆の役に立ちたかっただけなのに......




 多くの群衆が気持ちの悪い目で何かを見ている。


 その中には、親しかった友人や、家族......

かつて私のことを好きだと言ってくれたジャックの姿もある。



 恨みの籠った瞳。


親の仇と出会ったのかとでも思うくらい、恨みの籠った瞳だ。




 そして、あぁ、うん。


その視線はどうやら私に向けられているようだ。





......なぜ?





困惑で頭が回らない。



吊るされている腕が痛い。



首を縛っている縄が痛い。





 何も、何も理解ができない。


ひとつだけわかることといえば、私が十字架に磔にされているという事実だけだ。



そんな私の元へ、一人の男が寄ってくる。




「何か言いたいことは?」



 黒い装束を着たその男は、異端審問官と呼ばれる存在だ。


 彼は、私にそう問いかけると、嘲るように笑い濁った目でこちらを見上げてくる。



 なにか......言いたいこと?



───助けて欲しい、死にたくない、どうしてこんなことに?



様々な事が思い浮かぶなかで、村の皆を、アイクを見てふっと口を出た言葉。





「......何故、裏切ったの......?」





自分でも驚く程に掠れた声だった。



 アイクが口を開く。



「はぁ?裏切った?

誰が?なにを裏切ったって?」



「私を、村のみんな......なんで......」



「何言ってんだ、お前。


───俺たちとお前は最初から仲間じゃねぇよ!」



 私を好きだと言ってくれた、アイク。


彼の、その口から発せられた言葉に、軽く絶望を覚える。



だから、間違いであって欲しいと、乾いた唇が自然と動く。



「皆、私にありがとうって......助かるって言ってたのに......」



「そんなの、お前が怖いからに決まってるだろ!


いつ魔術で殺されるか分からねぇ!皆お前に恐怖してたんだよ

───この化け物が!」



"そうだ、魔女を殺せ!"


"神の信徒を(かどわ)かす化け物に、死を!"



そう言って私を糾弾するのは、私が尽くした村の人々。


そして、その中心にて、恐ろしい目で私のことを見てくるアイクに、最後に一つだけ聞きたかった。



「......愛してるって。

......守ってやるって、言ってくれたの......嘘だったの?」



 それを言った瞬間。

アイクは唖然とした顔でこちらを見やり。



───そして、堰を切ったかのように語り出した。



「あぁ、嘘だね!

全部、お前に言った言葉全てが嘘さッ!」



 頭をぶん殴られたような衝撃が走る。


あの日の告白も、言葉も、全て本心ではなかったのか。




「親父に無理やり言わされたんだよ。

お前に少しでも気に入って貰えるようにって、俺はお前と幼なじみだったからな!取り入る隙があるからってな!」



取り入る隙......なぜ私に取り入ろうと?


──簡単だ。

私が魔女だったからだ。



「俺はな、メアリー!

お前に嘘の告白をする前から、付き合ってた彼女がいたんだよ!」



......嘘の告白。

その言葉が、何よりも重く突き刺さる。


認められていると思っていた。


慕われていると思っていた。



「なのに別れることになった。

お前が気持ちの悪い魔術で村に関わってきたからだ!」




───しかし、そうか、そうか。



 私がしてきたことは、間違いだったんだ。


村のために出来ることを考えて、私の扱える魔術で村の環境をより良くしようと働いて。




「村のみんなの為になれば?少しでも力になりたかった?」




 私が直した家も、私が作った井戸も、私があげた薬も。




「はっ......気味悪ぃんだよお前!邪魔なんだよお前!

村の皆が嫌がってるの気が付かなかったのか?その力が人の役に立つと思ってたのか?」




 全部、全部。



村のためだと思っていたこと全て。




「はははははは!

馬鹿が、魔女は存在しちゃいけないんだよッ!


人の力になんてなれねぇんだよッ!神に仇なすゴミがッ!」






全部......空回りだったんだ、私。





「あー、お前がいなくなって清々するね!

これで安全な生活が出来るし、あいつともヨリを戻せるからな!」



 枯れた目では、涙も流せない。


悲しいのに、悔しいのに、涙も流れない。



しかし、その涙の代わりのように、強く噛んだ唇から血を垂らしながら私はアイクを見つめる。


 もしかしたら私の中には、この期に及んでさえも、助けてくれるのではないかという期待があったのかもしれない。


 アイクは昔から優しかったから。

村にとけ込めないで泣いていた私にも、分け隔てなく接してくれていたから......




「じゃあな、せいぜい苦しんで死ねよ!


メアリー......いや、人の皮を被った化け物めがッ!!!!」



 でも、そんなのは幻想だった。



そう言って、群衆に消えていくアイク。


溜まりに溜まった感情をぶちまけたせいか、その後ろ姿はとても清々しい雰囲気を漂わせている。



「う、あ......」




その後ろ姿を見て、思わず呻き声をあげる。




「あ......」




ただただ、悔しかった。



ただただ、醜かった。




「あぁ......!」




 ずっと、信頼されていると勘違いしていた自分が、酷く悲しかった。




 涙で視界が霞む。


絞り出すように落ちた雫は、頬を濡らして消えていく。


見られないように他所を向きたかったけど、拘束されていて顔も隠せない。



 そんな私を見て、嗤う群衆。



やめて、そんな目で見ないで......お願い......



頭の中で、様々な感情が飛び交いあう。


怒り 悲しみ 屈辱 困惑。



 そして、後悔。



堂々巡りの思考の中、異端審問官が声を荒らげた。



「これより、火炙りの刑を行う!!!」



男が私の足元に火を放つ。



 視界が煙に包まれる。


立ち込める煙を吸い込んで、呼吸が苦しい。


徐々に火が近づいてるのだろう、熱が伝わってくる。



 私は堪らずに叫んだ。



「あついよ......!苦しい......誰か助けてッ......!!!」



その声に帰ってきたのは、人々の嘲笑の声だった。



「......くるし......たす、け......」



 薄れゆく意識の中で私は思った。



私が魔術を使わなければよかったのだろうか。



人のためになんて、人の役に立ちたいなんて思わなければ良かったのだろうか。



そうすれば、もっと生きれたのだろうか?






神様どうか、お願いします。





出来るならば、もう一度......私に......









───灰が舞う。



空に浮かぶ曇天と同じような、濃いねずみ色をした灰が、ひらりひらりと舞い踊る。





 私を乗せて。



あるいは、群衆の嘲笑を乗せて。








そして、熱が伝わって。





やがて、体の輪郭が曖昧になって。












私の体は舞い上がる灰とともに、世界へと溶けていった。













ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







『......て!......!』



......頭がズキズキする。



『......きて!......!』



......私は、何をしていたんだろう?



『......きて!......め!』



......声が聞こえる。優しい声だ。なんて言ってるんだろう。



『おきて!めありっ!!!』



 その瞬間、意識が覚醒する。

どくどくとなる心臓、肺めいいっぱいに空気を吸い込む。


 冷たい空気だ。

焼けるような灰煙とは違う、新鮮な空気。



「あぁ、良かっためありっ!ようやく目を覚ましたのね!」



 傍から聞こえてくる声に、ぱっと目を開ける。

すると、知らない女性が私を覗き込んで泣いているのが分かった。


 優しそうな顔の女性だ。それに美人。

鼻が少し低いところが、ちょっとおかしいぐらいだろうか。



「ッ!めありが目を覚ましたぞ!

誰か、誰か早く先生を呼んできてくれッ!」



 女性の隣にいた男が、慌てて叫ぶ。

それを聞いて、部屋の隅にいた白い服の人が外へ走り去っていく。


......ふむ。

この男も美形だけど、やっぱり顔がのっぺりしてるというか......それに二人とも黒い髪をしてるし。もうほんと真っ黒だ。


本とかで黒髪の人がいるとは聞いてたけど......

私は少なくとも見た事がなかった。村から出たこと無かったし。



(だれ?)



 声を出そうとしたが、口を覆っている緑の透明なマスクで声が出せなかった。なんだこれ、邪魔だな。


 そんなことを思い、マスクを取ろうと手を動かす。

しかし、普段通り動かしたはずの手は、空を切って明後日の方向を掴み、力なく項垂れた。




???......あれ?

体がうまく動かない。なんでだろう?



「あぁッ!先生はまだなのかっ!?

ぼ、僕、もう待ってられない......レミさん、ちょっと僕、先生探してくるッ!」


「あなた?!ちょ、ちょっと待って??!

めありの事で焦るのはわかるけど落ち着いて───」



 部屋を飛び出していこうとする男と、それを慌てて止める女性。なんか知らないけど大変そうだ。



とりあえず、私は暇になったので周りを見渡す。


 ここは室内のようだ。

初見の感想としてはめちゃくちゃ白いって感じ。


そのすごく真っ白な部屋を見渡してみると、緑色の四角に、何やらジグザグした白い線が生まれている物体や、液体の入ったすごく透明な袋を付けた鉄の棒。


 そして、それらから伸びているロープが、どうやら私に繋がっているらしいことが分かった。

......まぁ、毛布で体が見えないので恐らくではあるが。



そうこうしていると、部屋に一人の男が入ってくる。


 白い服を着た男だ。

黒髪で、目に変なマルを付けているのが印象的。


そんな見た目をしたマル男は、さっき部屋を出ていった白服に連れられて慌てたように私へと駆け寄ってきた。



「目を覚ましたのですか!」


「は、はい!ついさっき目を覚ましました!

先生、めありは、僕の娘は大丈夫なんですか!!!」



(......娘?私の父親はあなたじゃないよ?)



 そう言おうとして、またも緑のマスクに阻まれた。

私の娘ってどういうことだろう?誰かと間違えてるんだろうか?



「おぉ、何か言いたいんだね......?今外してあげよう」



 そう言うと、マル男が四角いのを確認してマスクを外してくれる。


───あぁ、楽になった。

私は窮屈なのは好きじゃないんだ。特に口を塞がれるのは嫌だね。呪文詠唱できなくなるから。



「めあり、大丈夫?痛い所ない?私のこと分かる?」


 そんなことを考えて、私がふぅと一息ついている最中。

目を覚ました時に私を見つめて泣いてた女性が、心配そうな顔で話しかけてくる。


めちゃくちゃ心配そうだ。これでもかってぐらい眉を下げている。

たぶん少しでも痛いとか言ったら、泣き出してしまうんだろうなぁ......って感じの顔だ。



「えーと、大丈夫です。私は元気ですよ......?」


「まぁ、そうなのね......!

よかったわ貴方っ!元気だって!(ぎゅっ)」


「あぁ、そうだな!無事でよかった!(がしっ)」



 そう言って、嬉しそうに色めき立つ男女。

抱擁まで交わしちゃって、まぁお熱いことである。


......しかし、このままイチャイチャが終わるのを待ってやるほど、今の私は冷静では無い。

団欒をぶち壊すようで申し訳ないが、幾つか質問させてもらおう。



「あのー、すみません。

ひとつ聞きたいのですが、ここはどこでしょう?」


「え......?

えっと、越々市の病院だけど......ど、どうしたのめあり?」


私の質問に、抱き合っていた男が答える。


 こえごえしの、びょういん?

なんだそれ。聞いたことない地名だし、多分なにかの呪文だろうか......?



......ていうか、こいつもしかして私を馬鹿にしてないか?



「あの、私は"めあり"ではなく"メアリー"ですよ?

なぜ私の名前を知ってるのかは知りませんが、変な訛りで人の名前を呼ばないでいただけると助かるのですが......」


「......め、めありー?」



抱き合っていた片割れの女性の呟きに、私は深く頷く。



 そう、私はメアリー。

めありでもアメリでもなく、メアリー。


フランスの片田舎の村に住んでいる、しがない15歳の天才魔女である。



そんな意味合いを込めて、若干不愉快そうな表情を作り男に言葉を返す。



「そもそも、私は貴方達のことを知らないのですが?

なぜ私の名前を知ってるんですか?どうして私はここに居るんですか?答えてください」



 ふんと鼻を鳴らし、男を睨みつける。

さっきの馬鹿にした態度に対する意趣返しである。



「え、あ......え?」



───すると、男は唖然とした表情を見せたあと、目をうるうると湿らせて隣にいた女性に抱きついたのだ。



「うわぁぁぁ!レミさん、めありが酷いこと言うよ?!

僕たちのことを忘れたって!こんなことってないよ!??」


「いや、ほんとに知りませんし。

女の人に泣きつく大人なんて私の知り合いにはいません」



 きっぱりとそう言い切り、男が向けてくる構ってオーラを跳ね除ける私。

そんな言葉を受けて、男はより一層悲しそうな表情を浮かべた。ダサい。マヌケ。弱々しい。ひどく頼りのない男である。



「あぁ、なんてこったぁ!

めありが、僕たちの娘が壊れたよぉ〜ッ!」



 男が女性に頭を撫でられながら、そう声を出す。


私はその訳の分からない内容に、思わずぽかんとして......



「......?私は貴方の娘ではありませんよ?人違いでは?」



 反射的に、彼に向かってそう答えた。



───ピシャリ。


それによって、今日一番の凍った空気が部屋に流れたのが分かる。



「え、な、何を言ってるの?

めあり、貴方は私たちの娘でしょう?」



 女性が困惑した表情で言う。

彼女は先程の会話でも笑顔を崩さなかったのだが、どうやらさっきの言葉が凄く衝撃的だったらしい。下げ眉だ。


 続くように、男が戸惑った声で話す。



「?どうしたんだ、めあり?

......覚えてないのか?ほ、ほらパパだぞ〜!純一郎だぞ〜?」



「......えっと、すみません。よくわからないです。」



 泣き出す女性。更に喋る男。


部屋の中は、混沌を鍋で煮詰めたかのような重い空気に包まれていった。



「えっと、なんか変なこと言いましたか、私?」



 純粋に、何故、今こんな空気になっているのか分からない。


 だって私は、本当に彼らのことを知らないし、なんならここに居る理由すらも知らないのだ。


正直泣きたいのはこっちである。



「あ、ほ、ほら!!寝込む前に練習したよなアレ!」



 そんな困惑の感情の溢れる私の問いかけに、危機を覚える何かを感じとったのか。


抱き合っていた男が、焦った様子で私に語りかけてきた。



「小学校に入るからって、自己紹介!

ほらお父さんに続けて言ってみな〜?!


───旭芽(あさひめ) 愛有(めあり)です!6歳です!趣味はー」



必死そうな男の表情。


心配そうな女性の視線。



そして、あさひめ めあり という誰かの名前。



───それを聞いた瞬間、嫌な汗が額から吹き出る。

あるはずの無い記憶、しかし、朧気ながらも記憶の片隅に存在する不可思議な記憶。



旭芽 愛有、あさひめ めあり。



それが私の名前だった......はぁ?



 いや、そんな訳ない。


私はメアリー、只のメアリーだ。

フランスのとある村で()()された、十五歳の魔女で......



「あれ......?」



───そうだ、私死んだんだ。



 それを理解した瞬間。

今まで無意識に目を逸らしていた違和感に、直面することになる。



ようやく感覚が戻ってきた自分の体を見る。


 幼い体。色々小さい。ぺったんこ。

元から身長と胸はなかったが、そんなんじゃなく......なんか色々物理的に小さい。



 私はばっと男を見て言う。


さっき言っていた言葉、それが本当なら───!?



「ろくさい?!今六歳って言いましたか!!?

ここどこですか、どの国ですか!?というか......今何年ですか何月ですか此処ってなんなんですか?!」



 そうやって、私は困惑しながらも全力でまくし立てる。


私が思っていることが本当ならば、これはすごく重要な事だ。

答えによっては、これからの人生を大きく左右するだろう。



 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、男が私の迫力に気圧されたように口を開いた。



「え?えーと、曰本の2024年の二月一日だけど?」



 それを聞いて、私は思わず天を仰いだ。







 1590年 フランス。



 村の為に魔術を使い生活していた少女メアリーは、村の人々の告発により魔女裁判にかけられ死んでしまう。



彼女は死に際に願った。もう一度生きたいと。



 そうして幸か不幸か。

願った通りに、もう一度人生を歩むことになるのだ。




だが、それは彼女の住んでいた1590年ではなかった。





2024年、二月一日。



日本に、高熱で意識不明となり、死んでしまうはずの少女がいた。



彼女の名前は、旭芽(あさひめ) 愛有(めあり)今年で6歳となる。






そんな彼女の身体に宿ったのは、ひとつの過去の魂だった。






───空回り魔女、メアリーの新たな人生が始まる。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

メイン投稿作品の息抜きとして投稿していきます!

ある程度のストーリーラインは出来上がっているので完結までは行くつもりですが、メインの執筆があるので投稿頻度は不定期となります!


───また、今作は以前投稿していた作品の書き直しに当たります。前作は数話しか投稿していないものの、内容はある程度一緒なのでお気をつけください。


それでもいいよって方は、気長にお待ちいただけると幸いです。では、また次の話で!

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