婚約者の浮気から、どうしてこうなった?
「内乱を防ぐ方法がわかるか?」
「は?…母上、今はそれより僕たちの婚約解消と可愛い恋人との新しい婚約のお話を」
「いいから。お前の考えを示してみよ」
私の婚約者であり王太子である彼は、平民の恋人とやらを連れて私とお茶を飲んでいた王妃殿下の元へ来た。私との婚約の解消と恋人との新たな婚約を求めて。私はあまりの事態に閉口する。王妃殿下は、何故か別の話を始めた。
「…平民たちの最低限の生活を保障することでは?」
「その心は」
「我々王族や貴族達はあらゆる面で優先されます。それを平民達が不満に思う気持ちが高まれば間違いなく問題が起きます。ですから」
「ふむ」
王妃殿下は扇子で口元を隠した。
「お前の言うことは、まあわかる。平民達の不満はやがて国全体の不和に繋がる。だが」
王妃殿下の王太子殿下を見る目は冷たい。
「情報統制さえできれば、そんなもの幾らでもどうとでもなるものだ。平民達は我々王族や貴族の生活を詳しくは知らぬ。知らぬが故格差にも気付くことはなく、気付かぬが故内乱も起きぬのだ」
「ですがそれはあまりにも…」
「国は綺麗事では回らぬ。清濁併せ呑むことも必要だ。だから」
王妃殿下はチラリと私に視線を寄越した。
「ここで起きたことは、秘密にできるな?」
「はい、王妃殿下」
私は頷く。すると王妃殿下は自らの護衛騎士達に命じた。
「この者達を捕らえよ。離宮にて幽閉せよ。その後のことは、国王陛下に指示を仰げ」
「はい!」
「な、母上!?」
「お前は愚かにも、その娘に婚約者のために使うべき予算を使って贅沢をさせたな。それが他の平民達の不満を煽ったのに、何故気付かなかった?」
「え」
彼は固まる。バレていないと思っていたのか。
「その娘がお前の寵愛を受け、お前のおかげで贅沢をする姿を見て。平民達は、王族や貴族はこんな良い生活を送っているのかと。王族に気に入られた一部の人間はこんなに優遇されるのかと。そう不満を口にしている。おかげでスポーツイベントを開催して平民達の不満を逸らすための捌け口を作らなければならなくなった。無駄に金をかけさせてくれたものだ」
「な、な…」
「お前がしたことはな、平民達に不満を持たせ、我々王族や貴族の立場を脅かし、そして内乱にならないようにと国に無駄な金を使わせる愚かな行為よ。さらに、本来なによりも大切にするべき婚約者を蔑ろにして、婚約者に使うべき予算を着服した。いくらお優しい国王陛下であっても、決してお前は許されぬ」
彼の顔色が青くなる。
「離宮にて反省するが良い。その後、お前やその娘がどうなるかは…わかるであろう?」
そして王太子殿下と平民の恋人とやらは、口も塞がれ袋を頭に被せられ離宮に運ばれていった。
多分おそらく、近いうちに病で亡くなったと報じられるのだろう。
そして、一部始終を見ていた私は。
「さて。お前の処遇だが」
「はい、王妃殿下」
「この秘密を守り通すこと。それができるのなら、〝病に倒れた王太子〟の婚約者である可哀想なお前を、私の側近として雇おう。今となってはもうそのくらいしかしてやれぬが…どうする?」
断るのなら、私は王太子殿下やあの女と同じ末路を辿るのだろう。
「やります」
「よく言った。私もよく色々言われるが、女が政治に関わると何かとうるさい者もいるだろう。それは私の威光で黙らせるが良い。お前は何かと頼りになるからな。これからが楽しみだ」
「はい、王妃殿下」
これは王妃殿下からの最大限の慈悲。出来る限り恩返しできるよう頑張ろう。
「よお、お嬢ちゃん」
「王弟殿下」
「女の子があの義姉上の側近の一人になるなんてなぁ。でも、頑張ってるんだって?」
「はい。おかげさまでなんとか」
「おじさんさ、そんな健気で可愛いお嬢ちゃんをヘッドハンティングしに来ちゃった」
王弟殿下の言葉に、思わず王弟殿下の顔を二度見する。
「はぁ…はい?」
「おお、綺麗な二度見。お嬢ちゃんさ、義姉上の側近は辞めて俺のお嫁さんに永久就職しない?」
「はぇ…?」
何を言ってるんだこの人。
「おじさんまだまだ現役だし、子供なら心配ないよ」
「最低」
「いやいや、若いお嬢ちゃんには大事なことだろう?このまま独身貫いても良いことないよ?」
「独身も楽しいですよ?お金も有り余ってますし、余ったお金を慈善事業に充てられますし」
「クソ真面目め」
王弟殿下にデコピンされる。
「そんな肩肘張ってないでさ、俺の隣でもっと楽に生きようよ」
「そうはおっしゃいましても」
「兄上や義姉上には許可ももらったしさ」
「行動力の化身か」
思わずツッコミを入れてしまう。だって本当に行動力の化身としか思えない。
「いやぁ、実はお嬢ちゃんが義姉上の側近になってからのここ数年、ずっとお嫁さんに欲しいなぁって思ってたのよ?むしろ自制心の塊」
「じゃあなんで今更」
「兄上がいい加減結婚しろってうるさくてさぁ。でもお嬢ちゃん以外の女性ってなんかしっくり来ないんだよね」
「お相手の女性に失礼ですよ」
言いながら、いつのまにか壁際に追い詰められていた。両手で退路を塞がれる。
「お嬢ちゃん。おじさんのお嫁さんになって」
「…はぁ。おじさんおじさん言うけど、貴方様は所謂イケオジって奴でしょう。もっと広い目で他の女性を探されては?」
「やだ。お嬢ちゃんがいい」
「…あー、もう」
負けたようでなんだか悔しいけど。
「…幸せにしてくれます?」
「もちろん!」
「浮気しません?」
「するように見える?」
「…見えますけど」
私の言葉に王弟殿下は不満気な顔。
「しないよぉ。もう、お嬢ちゃんのイケズ」
「その軽薄な言動のせいだと思いますけどねぇ」
「で?答えは?」
「…結婚して差し上げてもいいですけど」
「やったー!」
いつ見ても子供っぽい人だなぁ。
「じゃあ早速兄上と義姉上に報告に行こう!ほら、早く早く!」
「ちょっ…引っ張らないでくださいよ!廊下は走らない!」
「いいからいいから!」
「貴方様は王弟殿下なのですからもっと落ち着きを持ちなさい!」
なんだかんだで、この人の隣は楽しそうかもと思う私も私だと思う今日この頃。