迷い人ふたり
迷い人ふたり
その言葉と意味を、俺はしばらくの間受け止められなかった。
なんで……
どうして……!?
目が覚めてから今までの記憶と、膨れ上がる#数多__あまた__#の疑問、そして不安が俺の頭の中に濁流のようになだれ込んできた。
激しい水の中で溺れていくように、俺の思考も現実を受け止められずに混乱している。
しばらくの間言葉を失っていた。
さっきまで夢の中にいたような感覚だった。
夢を見ている時特有の、あの「なにが起きても特に不思議に感じない」感覚だ。
当たり前のようにこの状況を受け入れていたが、ようやく事の異様さと重大さに気がついた。
あまりの衝撃に、ふらついて倒れそうになったが、同じ境遇の内田の前で、俺だけそんなことはしたくなかった。
「ああ、夢だ」と一瞬思ったが、腹を殴られた痛みの生々しさが、その考えを打ち消した。
…………。
まだ混乱しているが、少し腰を据えて考えを巡らせてみた。
?:『「日本」を知らない』ことについて。
見える景色、それにグルカさんや街の人達の姿から、ここが日本とは違ったところであるとは分かっていた。
まあ、さっきまでそんなこと気にしてなかったけど。
だから「日本について何も知らないくらい遠い場所」にいるのだと予想はつく。
?:『「地球」を知らないこと』について。
これは考えにくいけれど、「人間が生活しているこの大地のこと」を「地球」と呼ぶということを知らない可能性がある。
学校とか行ってなかったら教わらないかもしれない。
だかこの街、国が極めて貧困状態にあるとも、文明レベルが低いとも思えない………。
見た目はまさに俺たちが想像する、中世の西洋や西アジアあたりのような……。
まあ……、まさかタイムスリップなんてことはないだろう。うん。
ましてや異世界?なんてやつは非現実的すぎる……
……もしかしたら明日の朝には自宅の布団の中かもしれないしな。
ここまで考えて、俺は突然強烈な違和感に襲われた。
「日本」も「地球」も知らないような人達とどうして会話が成立している?!
いやいやいやいやいやいや…………
どう考えてもおかしいだろ!!外国人ならまだしも、「日本」を「#らしい__・__#」で認識してる人が日本語を話せる訳がない!!
中々気付きにくく、しかし考えてみれば当たり前の事に突然気付いた時の、あの「サーーっ」と血の引くような、背中が凍り付くような感覚が分かるだろうか……まさに謎が解けたような感覚であったけど、今回はそれがより一層不可解で恐ろしくもある謎を生み出した。
「なん…でグルカさんは……その……僕らと会話出来てるのでしょうか……?」
緊張で喉奥がはっついてるみたいだ。途切れ途切れにしか声が出ない…
「お、よく気付いたね」
グルカさんは俺の怖れなど対して気にしてないという風に平然と答えた。
「言語魔法だね、下級のものだけど日常会話なら支障なく伝わるよ」
「げん…………」というか#魔法__・__#だと?!
あぁ、もうわからん………もうたくさんだよ。
謎→謎→謎→謎ときて、ここで回答が「魔法」…
つまり「異世界」…………
ありえねぇよ…………
はっ、となって俺は内田を見た。
…………目を輝かせている…。
「まほう……!」
なんだこいつ。ほんとに…
バッ!と内田が挙手する。真っすぐぴーんと挙げてる姿は元気いっぱいの小学生と相違ない。
「てことは!ドラゴンはいますか!!!」
笑いを空に放つようにグルカさんがガハハハと笑う。
「いるよ!人間の住まないような極地の先にはね!」
あーあーあーもうなんでもありだなコレ、もういいよ魔法でもドラゴンでもゴーレムでも好きにしてくれ……
はしゃぐ内田をよそにグルカさんは俺の方に向き直る。
「言い忘れてたけど、ここは『魔法』が存在する世界」
「それを用いて文明が成立してる。それを使う事を職業にして生きてる人もいる。」
「いきなり来てしまった君達には気の毒だけど、ここはそういう世界だ。よろしく頼むね」
フランクであるが、瞳に真剣さを備えて言った。
それがどういう意味を含有しているのかはまだわからない……
「さて、」
グルカさんが立ち上がる。
「お試しテストも終わったから『仲間』と合流しようか」
「安心して。君たちと同郷だよ」