ファースト・ペンギン
2025年4月2日 10:05 沖縄県庁付近
新垣と仲間達はヘトヘトになって、ボロボロになったコンビニの前に腰かけていた。
空襲はどうやら終わったらしいが、救助活動そのものはまだ続いている。
数時間前、派手な頭髪をした新垣達が、我が身を省みずに救助活動を救急隊と共に始めた。
すると、その姿を見た大人達が、次々と後に続いたのだ。
斎藤達消防隊員は、自分達に任せて避難するように彼等にも説得したが、新垣達には手伝わせてしまっていた手前、強く断ることはできなかった。
平良がコンビニのレジに2千円程置いて、店内にあった軍手をあるだけ調達してきた。
軍手をとりあえず身につけると、少年たちは消防隊の指示にしたがって、ひたすら瓦礫を描き分けた。そして、奇跡的に重症ながらも生存者2名を救い出すことに成功する。
だが、それ以上に無残な姿になった、犠牲者の冷たい体を掘り出したのだ。
それでも、新垣は軍手が破れても、手が血だらけになっても、凄惨な遺体の有様に嘔吐しても、救助をやめずにいた。
無我夢中で働き続けた新垣達だったが、気持ちとは裏腹に、次々とバテて動けなくなっていった。
大人達は「ありがとう」「よくやってくれたから、兄ちゃん達は休んでな」
と、普段はかけられることの無い、感謝と優しい言葉を掛けられた。
家族との連絡はつかない。マンションに居たはずの、友人とその家族の安否も分からないままだ。
少年達はボロボロになった自分の手を見つめていた。冷たい犠牲者の感触を思い出す。涙が止まらない。
新垣は中学までは、県内でも名の知れた野球選手だった。
だが、県内の名門高に入学したものの、早々にケガをしてしまったのだ。ケガをしている間にスランプに陥り、ライバル達との差が絶望的に開いたような気がしてしまった。
そうしてヤケになった新垣は、部活も高校そのものも辞めてしまったのだ。
それでも、あの頃は自分の体力は無限に感じられたというのに、今や自分の体は運動不足と不摂生、喫煙で衰えて、気持ちとは裏腹に5時間程で動かなくなった。(それでも世間一般のレベルから見れば、新垣は大した運動量なのだが、彼自身の基準には達していないのだ)
こんなことになるなら、部活を辞めるんじゃなかったと思う。
肝心な時に「お前は役立たず」と言われている気がした。悔しくてたまらない。
新垣達に休むように促したおっさんは、「兄ちゃん達が先陣を切ってくれたから、みんなが続いたんだ」と言ってくれたが、優しい言葉がかえって痛かった。
そんなことを思い、新垣がこの日何度目になるか分からない、くやし涙を流していると、近くの県庁の方から数人の男達がやってきた。何やらTVカメラを持った人間もいる。
「なんだあ?」
「TVだ。有名人でも来たか?」
「あれは知事だよ。」「県で一番偉い人?」
その時新垣は、作業中に誰かが話していた「せめて知事が、シェルターの建設に反対しなけりゃ」という言葉を思い出す。
知事は弾道ミサイル着弾現場に駆け付け、マスコミの取材に応じていた。
シェルター建設への反対は、失敗では無かったのか?という問いかけに対し、彼は
「そうは思わない。中国は平和的解決を追求していたのに、事態を悪化させた政府にそもそもの問題があると信じている。
これ以上の犠牲を防ぐためにも、自衛隊と米軍に即時停戦と、政府に中国との対話を求めていく。
今からでも中国との対話と、平和的解決に全力を尽くすべきだ。
無論、このような事態を招いた、政府の責任を強く追及していく。
場合によっては一刻も早い停戦のために、尖閣諸島や先島諸島の中国への割譲も、視野に入ってくると思う。そもそも自衛隊では中国軍に勝てない。」
と明言した。
納得のいかない若い記者が食い下がる。取り巻きの記者が露骨に遠ざけ、それ以上の質問を遮ろうとする。負けずに若い記者は叫んだ。
「しかし、知事!確かにミサイルの直撃には、頑丈なマンションですらこの通り。
シェルターがあったとて、でしょう!
しかし!屋外や車に居た人々は、破片や爆風で!家屋に居た人も、壁や窓を突き破ってきた破片や、火災で多数の死傷者が出ています。
これらの犠牲は、シェルターがあれば防げたのではないですか?
沖縄県から補助金を交付していた団体の代表が、独立を勝手に宣言したことについては?中国はこれを根拠に攻撃してきたんですよ!」
「くどい!そのような対策を講じれば、かえって中国を刺激するだけだ!
例えシェルター建設といえど、我々が戦争への備えをしていると、中国が判断するのも無理は無い!
だから私は反対してきたのだ!沖縄独立を宣言した団体の主張にも一理ある!」
「何故、澤崎氏の記者会見を見ても、何の手も打たなかったのですか!?
そもそも、過度に日米政府に批判的で、中国に融和的だった知事の政治姿勢は、中国にとっては沖縄への武力攻撃を成功させる有利な要素に見えていたのではないのでしょうか!?
あなたのやってきたことは・・!」
そこまでで若い記者は、取り巻きに抑えられて遠ざけられる。
知事の周りから少しだけ人が減った。
その様子を傍らで見ていた平良がぼやく
「なんなんあれ?わけわからん。俺らが悪いってか?でもって、要するに黙って殺されろってことか?
なあガッキー、あのおっさんが喋ってること、どう思う?あれ?ガッキーどこ行った?」
少し離れたところから、新垣の絶叫が聞こえてきた。
「ふっざけたことをっ!!抜かしてんじゃあああ!!ねええええ!!!こおのクソ野郎おおっ!!」
ブチ切れた新垣は、知事に駆け寄ると体重を乗せ、捻りを効かせた血だらけの拳を知事のアゴ先に見舞っていた。
周囲にいた大人達は、新垣を止めにかかるが、それ以上に新垣に続く者が多かった。
「よくやったぞ兄ちゃん!おれにも一発殴らせろ!」
「何が平和的解決だ!政府のせいにしやがって!全部お前のせいだろうが!ふざけやがって!」
「もうよせ、知事が死んじまうぞ!」
「止めなさい!止めなさい!」
救助現場に居合わせた警官がその場を収めるまでに、知事は気を失う程袋叩きにされていた。




