屈辱と被弾
柳は残燃料を気にしながら追撃を続行していた。
アフターバーナーを使用しているから、燃料は急速に減っている。だが、上海と沖縄の中間点に進出した空中給油機と合流できれば、帰投に必要な燃料は給油してもらえるはずだった。
柳はその判断に基づき、積極的に追撃を続けている。
電子戦装置は、敵の捜索レーダーの電波を盛んに検知しているが、おそらく敵に発見はされていない。
J20のステルス形状が、捜索レーダーの電波を受信器に返さず、あらぬ方向に捻じ曲げているのだ。
その証拠に、広範囲に電波をばら撒く捜索レーダーと違い、捜索レーダーが見つけた目標に向けて、的を絞って電波を発信する照準レーダーの電波は一切検知していない。
沖縄が見え始めた時も、正面からの敵の射撃管制レーダーには捕捉されていなかった。
だが、突然後方から捕捉される。
敵艦隊の射撃管制レーダーだった。J20は後方のステルス性に、弱点があると言われていたが、柳にとって腹立たしいことに、それは事実だったことが証明された。
しかも敵艦隊には、まだミサイルが残っていたらしい。ミサイルは数発だけだが、柳の編隊に向かってくる。
柳は罵りを漏らし、アミーゴフライトの追撃を打ち切り、大隊全機に回避を命じる。
「くそっ。悪運の強いやつめ!」
海上にいたのは、弾道ミサイル迎撃と巡航ミサイル迎撃で、対空ミサイルをかなり消費した、BMD グループ。すなわち、日米のイージス艦群とその護衛艦群だった。
「ひゅうが」が、上空を通過した柳達をFCS3レーダーで探知と追尾に成功。最後に残っていたESSMを発射したのだ。
攻撃された柳は、敢えてミサイルに正面を向けてレーダー反射面積を最小とし、妨害電波とチャフ(細かく切ったアルミ箔。レーダーの電波を反射し、探知を妨害する)を散布してESSMを全弾回避する。
発射されたESSMは4発だけだった。
一時はどうなるかと思ったが、柳は正面のJ20のステルス性能に自信を持った。
艦対空ミサイルを回避できるなら、大抵の対空ミサイルは回避可能と判断できるからだ。
橋本は友軍艦艇の援護によって、辛くもJ20の攻撃から逃れることが出来た。
残っている武装はAAM5が三発と、機銃だけだったが超低空飛行を行って、敵のレーダーを躱しながら反撃しようと考えた。
だが、AWACSの指揮官は、204、304飛行隊各機に残っている燃料と残弾を報告させた。
そして、AAM4やAIM120を全弾射耗したフライトに対しては、燃料に余裕のあるうちに、宮崎県の新田原基地への退避を命じてきた。沖縄の飛行場への着陸はどこもダメらしい。
橋本は屈辱にまみれた。巡航ミサイル多数を撃墜したとはいえ、J20に一方的に追い回されただけで終わってしまったのだ。那覇市街を吹き飛ばされた復讐も出来なかった。
それはともかく落ち着いたら、援護してくれた海自に礼を言わないといけないなと思った。
橋本達の窮地を救った「ひゅうが」は、海上自衛隊で「いずも」型に次ぐサイズの大型護衛艦だ。
巨体に空母のような甲板を備え、充実した指揮能力とヘリコプター運用能力を誇っている。
指揮能力を活かし、実際に艦隊の指揮を担当する艦=旗艦になることも多い。
だが、橋本は自分を助けてくれた「ひゅうが」に迫る運命に気付いていない。
2025年4月2日 04:30 上海沖
高速で位置を変えるBMDグループの捕捉には時間がかかったものの、DF21D対艦弾道ミサイルを搭載したH6N爆撃機は満を持して、BMDグループへの攻撃を開始した。
彼等は、当初は射撃データを得られずにいた。沖縄周辺の味方潜水艦と偵察・観測衛星は沈黙していたのだ。
通信衛星も北斗も沈黙しているから、高度3万メートルを超高速で飛翔できるステルス無人偵察機WZ8を投入することも出来なかった。それでも2機だけは投入されたが、1機は妨害電波もあって行方不明になった。
もう1機はWZ8を脅威として受け止め、マークしていた米軍が、あらゆる種類のレーダーを組み合わせて捕捉に成功。そして、嘉手納付近から性能曲線のエッジをなぞるように、限界性能でロケットのように急上昇してきたF22に撃墜されてしまっていた。
対艦・巡航ミサイルは数が多いこともあり、概略が分かれば射撃できる。(そのデータは開戦直前に、単機で侵入してきたJ20が、ほんの一瞬にだけレーダーを海上捜索モードで使用して得ていた。)だがDF21Dは、少数かつ高速のため、正確な情報が必要なのだ。
同様の理由でロケット軍の地対艦弾道ミサイルは、「アメリカ」LCGに対する攻撃も、「ニミッツ」CSG攻撃も待機状態にあった。
航天軍は衛星のブラックアウトの原因が、宇宙戦の敗北にあると未だに認めていなかったのだ。
だが、巡航ミサイル群の迎撃で、BMDグループが派手にレーダーを使用した結果、爆撃機群はようやくその捕捉に成功していた。
順番は最後になったが、対空ミサイルの残り少ない敵艦隊は、まだ損害を出していない。
おかげで史上初めての日米合同艦隊に対する撃沈戦果は、彼等第10爆撃師団のものになるはずだった。彼らは確信に満ちた射撃を開始する。
高空からマッハ10近い速度で、弾道飛行してくるミサイルに気付いたBMDグループは、SM2で迎撃を行った。
だが、相対速度が速すぎて、近接信管が作動しても有効範囲にDF21Dを捉え難く、7発を撃墜しただけで終わる。
ESSMは直撃を狙えたが、空自のF15に対する援護に使ったこともあり残弾が乏しく、やはり4発しか撃墜できなかった。
妨害電波の放射と同時に、デコイ(囮)、チャフを撒いたものの、もっともレーダー反応の強い、海自の「ひゅうが」と、米軍タイコンデロガ級イージス巡洋艦「シャイロー」がロックオンされた。
護衛艦「ふゆづき」が盾になろうとしたが、敵ミサイルの速度があまりに早く、位置変更は間に合わなかったのだ。
最終的に「ひゅうが」に3発、「シャイロー」に1発が命中。幸運なことに、中国軍のテストにもかかわらず、DF21Dの信管は遅延気味に作動した。
「ひゅうが」はアイランドと呼ばれる艦橋構造物1カ所、船体2カ所を貫通される。
DF21Dは海中に突入してから炸裂。水中衝撃波と破片で「ひゅうが」は、さらに浸水を生じた。
「シャイロー」の被害も似たようなものだった。
2隻は速度が低下し、一部の機能は停止していたものの、「ひゅうが」の旗艦用司令部 =FIC、戦闘指揮所=CICは依然機能していた。
ひき続き佐世保に退避する彼等は、曳航支援が必要になった時のため那覇港に進出していた、ひうち型多用途支援艦「あまくさ」を呼び出す。