直接手段
2024年4月1日 10:05 北京
「例の計画は成功しました。」
張少将は部下からの報告を受けていた。
「現地の実行班は日本の著名な軍事アナリスト一名と、SNSアカウントの運営者一名の殺害に成功しました。実行班は無事、国内に帰還しつつあります。
引き続き今回の件を受けサイバー戦部隊が殺害予告と絡めて、リアクションを起こすことで日本の言論空間を、我が国寄りの言説優位に持ち込むことが期待できます。」
「うん。上出来だぞ。よくやった。」
二人が話していたのは、日本の世論を混乱させるための工作、その一環だった。
中国軍はハイブリッド戦や、武力衝突に至る前段階での工作活動を重視していた。
日本の言論界やネット空間に中国寄りの言説や、沖縄独立論を浸透させる工作もその中に含まれている。これによって日本の世論における、中国の行動に対しての警戒感や抵抗が無意識に弱まることを狙っていた。
台湾に対しては同様の工作が長年行われていたが、日本に対する工作はここ数年で本格化したばかりだ。
だが進攻まで1年以内となれば、時間をかけた工作を行う余裕は無い。即効性のある工作が必要とされた。
そこで、参謀本部2部と3部の活動双方に精通する張が指揮して、2部主導で今回の暗殺を実行し、3部担当の世論工作を支援したのだ。
暗殺された二人はインターネットの言論空間において、中国寄りの言説やフェイクニュースを論理的に否定しては潰して回っており、3部にとっては割と目障りな存在だった。
この2名を殺害予告から実際に暗殺してみせることにより、中国寄りの言説を否定する動きそのものを委縮させることが狙いだった。
それでもあきらめない者には改めて殺害予告でも出せば、今までとは受け止め方が異なり、身を守るために口を封じることが期待できる。
脅迫を行う「こちら」のアカウントには偽装工作もしてあるから、日本の裁判所が開示請求等を行っても問題無い。
そして今回のひき逃げ事件が、中国側の工作と判明する頃には、事態は次の段階に推移しているはずだった。
張は部下に別の件で質問する。
「沖縄独立の工作はどうなっている?」
「ちょうど大学入学の時期です。新入生からリストアップした者を我々の組織に勧誘し、規模を拡大します。こちらがリストです。」
部下からリストを受け取った張は、パラパラとめくる。ざっと50人分はあった。
東京の教育関係者から不正に流出させた高校卒業生の個人情報。その中からピックアップされたものだった。
「残り一年を切っている。うまくいくのか?」
「ここ数年で実績はあります。我が国の若者にも多くが言えることですが、挫折を抱えながら、プライドも高く、思慮の不足気味な若者はむやみやたらと承認欲求に飢えています。SNSでトラブルを起こすような連中ですね。
この手の若者は少しおだててやるだけで、容易く我々のことを信じるようになりますよ。」
「そんなものかね。まあその手法で実績は出てるしな。だが肝心なのは、作戦時に実力を伴う行動を躊躇しないレベルまで、我々の末端組織を信じ込ますことだ。数だけ増やせば良いわけでは無いぞ。」
「仰る通りです。閣下が3部時代の部下と共に開発されたAI、あれが助かっております。候補者の選定はおかげで円滑に進みました。」
「私に追従は要らんぞ。」
苦笑しながら張がめくるリストの中に「八木花」の名前があった。顔写真には2重の赤丸がつけられている。