柳少佐
アミーゴ2、3を追尾しているのは16機のJ20。その隊長は、中部戦区第56旅団に所属する柳少佐だった。
彼は総飛行時間4000時間以上。今までJ7、SU27、J11、そしてJ20を乗りこなしてきた、中国空軍最高レベルの戦闘機パイロットだ。
年齢は50歳近い。40歳前後で一線から引退することが殆どのファイターパイロットの世界では、異例の「高齢者」だった。それほどに中国空軍部内で一目置かれる技量を持っていたのだ。
彼は、戦闘機乗りは常に冷静さと、積極性を併せ持つべきと考えていた。だが、今この瞬間の彼は、いささか興奮に支配されつつある。
全軍の先鋒を務め、長年の宿敵と見なしてきた日本のF15を、世界で初めて撃墜できるチャンスを手にしようとしているからだ。
柳が新人戦闘機パイロットとしてJ7を飛ばしていた頃、日本は自国のF15を、アジア最強の戦闘機と喧伝して恥じなかった。アメリカから恵んでもらった代物にもかかわらずだ。だが渋々ながら、柳もその事実を認めざるを得なかった。
J7では、F15と比較して運動性能も劣る上、レーダーは比較も空しいほど貧弱だった。
武装も機銃と短射程のミサイルしか無く、レーダー誘導方式の長射程ミサイルを持つF15とは、総合的な戦闘能力において話にもならなかった。
だが、90年代に入り、中国はロシアからSU27を購入する。
幸運にも当時の柳は、若手のうちからSU27装備部隊に転属になり、彼はキャリアの早い段階で第4世代戦闘機の操縦経験を持つ中国軍パイロットとなった。
この頃、SU27は日米台の戦闘機と互角以上に戦える唯一の戦闘機として、中国空軍戦闘機パイロットの憧れの的だった。
それどころか、パイロットだけでなく、SU27は中国人民解放空軍と海軍航空隊将兵の希望の星だったのだ。
その後、中国はロシアからの制約から自由になろうと、SU27にリバースエンジニアリングを行い、違法コピー品のJ11Bを開発した。
SU27は、不具合のたびロシアに高値で交換部品を売りつけられるという不満があったのだ。
柳はまたしても機種改編に立ち会ったが、この時は失望を味わった。
J11Bはオリジナルに比べてエンジンの信頼性が低く、特に洋上飛行をする時は不安で仕方なかったからだ。
だが、中国がまがりなりにもJ11を生産できること、その意義も理解していた。
その後、柳は練習機部隊の教官配置を長く勤めてから、戦闘機部隊に復帰すると、最新バージョンのJ11Bに搭乗した。
最初は、J11Bに乗ることに多少不安があった柳だが、J11Bはかつて乗った機体とは全くの別物になっていた。
エンジンの信頼性は、すっかり解決していたのだ。
それだけではない。国産の強力なレーダーを搭載し、PL12による撃ちっぱなしかつ、同時多目標攻撃を可能とし、国産誘導兵器による対地攻撃能力まで獲得したJ11Bは、オリジナルのSU27を遥かに凌ぐ、世界最高峰のマルチロールファイターに生まれ変わっていたのだ。
J11Bの国産装備による性能向上は、中国という国家の躍進そのものを象徴していると柳には感じられ、改めて中国空軍のパイロットであることに誇りと自信を深めた。
そして、ついにはJ20という、米軍以外では唯一実戦で使えるステルス戦闘機を与えられた。
アビオニクスの洗練具合では、噂に聞くF35やF22には劣ると感じる部分もあったが、もはや、あれほど恐れていた日本のF15など、敵では無いという絶対的な自信を持つに至っていた。
自国製の高性能戦闘機の配備が進むにつれて中国空軍は、整備に手間がかかることもあり、あれほど大事にしていたSU27をあっさり退役させつつある。
有り余る軍事費のなせる業だったが、柳には「卒業」という言葉がしっくりきた。
もうロシアの戦闘機に学ぶことは何も無い。
今、柳は彼自身と中国空軍の悲願を達成しつつある。
彼が率いるのは、嘉手納のF22に対抗するため、優先的に上海方面の基地に配備された200機のJ20。
そこから、さらに沖縄攻撃第1波の先鋒として選抜された、9個大隊72機のうちの2個大隊、16機だった。
彼等には未だ数が圧倒的に不足している、空中給油機の支援まで与えられていた。
もともと台湾空軍を主な敵として考えてきた中国空軍では、上海方面から沖縄方面への長距離侵攻を支援するための、早期警戒機や空中給油機の配備は、最近になって本格的に始まったばかりで、数が十分では無いのだ。
柳は、巡航ミサイルを追いかける形で久米島方向から沖縄に接近する途中、迎撃を行うF15JSIのレーダーを逆探知することに成功した。
さらに、空中給油機より前進した位置に滞空している早期警戒機KJ500が、柳達の前方に存在するアミーゴ2、3を捕捉し、中国国産のデータリンクJIDSを通じて瞬時に伝えてきた。
作戦通り、日本軍機は沖縄に迫る巡行ミサイルを追尾して、自分達に背中をさらしている。
彼は逆探知を避けてステルス性を完璧にするため、切っていた自機のレーダーを作動させた。前方で格好の獲物となっているF15を探知、即座にロックオンをかける。
後方から追尾する形での攻撃では、射撃距離50キロは遠すぎるとも感じたが、柳は敢えてPL15を撃った。
日本軍機との距離をさらに詰める間に沖縄本島に接近すると、他の敵機やイージス艦から妨害を受けるかもしれないと考えたからだ。
だが、日本軍機は柳の期待に反して直ぐに攻撃に気づき、全速で逃げ出した。
J20はF22やF35と違って、超音速巡航までは実現していない。
超音速巡航を実現するための強力な世界最高峰のWS15エンジンは、2年前に開発が完了したものの、初期不良が相次いだこともあり、柳の56旅団の機体は従来型のWS10エンジンのままだった。
柳は迷わずアフターバーナーの使用を全機に命じて、追撃に移る。
柳達が攻撃したことで、日本軍機は巡航ミサイルの迎撃はあきらめ、久米島レーダーサイトの攻撃は成功した。
これで、柳は最低限の任務は果たしたが、彼は本能的にアミーゴフライトを追尾し続ける。
順調に敵を追いかけていたPL15は、ある程度敵に接近したところで、突然目標を見失って、ことごとく失中した。
射程はまだまだあったはずだった。どうやら敵は何らかの方法でPL15を妨害することに成功したらしい。おそらくはECM(電子対抗手段)だろう。
だが、柳は諦めない。なおも沖縄に向かって追撃を続行する。レーダーでもデータリンク上でも、新たな敵は現れていないが、部下も含めて敵ステルス機の出現を警戒して目視での警戒を怠たらない。
その時、他のJ20部隊が高らかに日本のF15の撃墜を宣言してきた。
EPAWWSを装備していない、304飛行隊のF15改が逃げきれずに次々と撃墜されたのだ。
柳は悔しさを味わったものの、自分の獲物に集中する。
沖縄本島上空まで逃げ込まれると、特に後方のステルス性能に不安のあるJ20は、敵の対空ミサイルに攻撃される可能性があった。
だが沖縄本島までは、まだ距離がある。柳は目の前の敵機を逃がすつもりは無い。