静かな罵倒
2025年4月2日 04:45 台湾上空
既に中国軍機の第1波制空隊に続く、第2波が台湾上空に飛来していた。
だが、J20を第2波との合計で100機を滞空させていても、台湾空軍機の反撃を防ぎきることは出来ず、防空部隊の対空ミサイルと併せて痛打される展開になった。
何より低空から出現した台湾軍機に中国軍機戦闘機は懐に飛び込まれる形となり、PL15のアドバンテージを消し去られた。
台湾軍機の装備するAIM120空対空ミサイルや、天剣2空対空ミサイルで十分に交戦できたのだ。
それどころか、非力なFCK1戦闘機による目視視程内戦闘すら可能となっていった。
中国軍の攻撃隊は、制空隊に続いた攻撃機を狙われた。
直掩のJ11戦闘機、爆撃任務のJ10戦闘機やJH7戦闘爆撃機、さらにはJ20すらも合計で53機も撃墜されたのだ。
2波合計で約400機の攻撃隊の損害としては1割超。大損害だった。
だが、台湾空軍はFCK1を中心に、さらに30機を撃墜され被害を拡大させている。
レーダーも武装も貧弱なFCK1では、地上からの管制が途絶えた状況で効果的な迎撃を行うには力不足だった。
このため、どうしたら良いのか分からず、ウロウロしている間に撃墜された例が多数あったほどだ。
それでも、中国軍機を探知出来たFCK1は果敢に戦闘を挑んだが、エンジン出力とレーダー、それにミサイルの射程の差で苦戦を強いられた。
台湾の国産機であるFCK1は、外見こそ米国製のF16に似ているが、エンジンも非力ならレーダーも貧弱な機体だった。90年代なら有力だったかもしれないが、急速に強化された中国軍相手に戦うには厳しい。
武装もAIM120は装備できず、国産の天剣2型空対空ミサイルを装備していた。
天剣2はアクティブ誘導方式とは言え、射程が60キロだった。
射程が200キロにも達するPL15や、100キロのPL12を装備した中国軍戦闘機との撃ち合いでは、圧倒的に不利だ。
(戦闘機が空中戦で使用する空対空ミサイルには、アクティブ・レーダー誘導方式、セミ・アクティブ・レーダー誘導方式、赤外線誘導方式に大別される。
この中で、セミ・アクティブ・レーダー誘導方式のミサイルは廃れつつある。
レーダーを使用して、人間の目では見えない遠距離の敵を攻撃できる視程外距離(BVR)戦闘が可能だが、ミサイルのレーダーが目標を捉えるまで、発射母機である戦闘機が発射から命中直前まで照準レーダーを照射しつづけなければなない。
そのため、攻撃中は直線飛行を強いられたり、目標との位置関係によっては撃てないなど、制約が多いからだ。
レーダーの小型化など、技術が進歩したことにより登場したアクティブ・レーダー誘導方式は、ミサイル自体のレーダーの能力が大幅に向上したことにより、セミ・アクティブ式にあった制約がかなり無くなっている。
特に発射後、すぐに母機が位置を変えることが出来る「撃ちっ放し」能力があり、位置を変えることの出来ないセミ・アクティブ式とでは、撃ち合いになった時に圧倒的に有利だ。
とはいうものの、ミサイルの搭載しているレーダーは小型だから、セミ・アクティブ式でも、なるべく発射母機のレーダーを使用し続けた方が命中率は上がる。
故に、各種ミサイルには目標との位置関係ごとに必中距離が設定されていた。
赤外線誘導方式のミサイルは、相手機のエンジンの排熱などに向かって誘導される。
「撃ちっ放し」ではあるが、センサーが相手の排熱を捉えられる範囲は、レーダー誘導方式に比べると大幅に限られる。
だが、より安価で小型なため、レーダー誘導方式のミサイルが遠距離の目標に使用されるのに対して、接近戦用の武器として多用されていた。)
中国空軍機は大損害と引き換えに、ダメ押しとばかりに台湾各地の空港、高速道路に爆弾を叩き込んだ。さらに勇敢な防空網制圧=SEAD任務機は、対レーダーミサイルを発射して、台湾陸軍の索敵用と照準用レーダーを破壊。対空ミサイルを次々と沈黙させていった。
第3波が台湾上空に現れるころには、民間を含めて殆どの飛行場は破壊され、戦時滑走路の高速道路すらも使用が困難になった台湾軍機は、密約に基づき、燃料が残っている内に下地島空港、あるいはフィリピンのクラーク飛行場へと落ち延びて行った。
両飛行場には米軍が密かに台湾軍用の物資と搬入すると共に、整備の人員を事前に台湾から脱出させている。
目立たないように、オスプレイで運べる程度の人数だったから、被弾機の修理は難しい。だが、最低限の補給と整備は可能にしてあった。
中国側の攻撃隊が全て帰投した時、台湾軍の作戦機は地上撃破と併せて、虎の子のF16Vを30機以上、ミラージュ2000やFCK1は50機以上を喪失していた。現有約320機の台湾軍戦闘機隊は、開戦後1時間で戦力の25パーセントを喪失したのだ。
この時点で台湾空軍機は、損害と残存機の大半が国外に緊急着陸を強いられたことで、台湾西武の制空権をほぼ失っていた。
これに対して帰投時の事故等も含めると、中国側は結局60機を喪失した。
それでも金門島や馬公へ出撃した機体を含めると、900機もの空軍機を投入した中国側は、多少の損害には目もくれずに攻撃を継続する。
上海の統合司令部では東部戦区の空軍司令官であり、長征作戦空軍司令官でもある胡中将が戦況表示を見て満足気だった。
損害は大きいが、それ以上に戦果は挙がっている。他の軍との戦功争いに一歩リードだと思った。
彼は個人的に、さらに勝ち馬に乗っておこうと「意外にいい奴だった」張に話かけた。機嫌取りの一つもしておくことにする。階級は同じだから、総司令の張に対しても慣れ慣れしい。これまでは張も気にする風もなかった。
「総司令。おめでとう。見事奇襲成功じゃないか。」
だが、期待に反して張は、胡に信じられない阿呆を見るような表情で、
「何が奇襲成功だ。馬鹿者が。」と言い放った。
それを聞いた胡は顔を真っ赤にした。
「何だと!貴様!誰に向かって!」
胡の怒声は空軍のオペレーターが鳴らした警報と報告にかき消された。
「泉州沖の低空に敵機らしきもの探知!」
「何!?」
張が呆れた口調で言い放った。
「だから言っただろう。戦いは始まったばかりだ。何が起こるか分からんよ。今の内に海軍と陸軍に頭を下げる準備をしておけよ。
あのあたりは、ご自慢の第6旅団が哨戒中のはずだっただろ?言い訳が大変だな。」
花蓮基地を発進して、台湾の東海上の低空に潜んでいた、台湾空軍第26戦闘機作戦隊のF16V戦闘機16機は、超低空で中国本土に接近。泉州港に未だ在泊中の上陸船団と、集積されている物資を狙って攻撃を開始した。
そして、中国による大規模航空攻撃は沖縄方面でも進行中だった。