花が散る
2025年4月2日 04:30 嘉手納弾薬地区
李の部下達4人は、米軍嘉手納基地の裏山に進入していた。
彼らは、服装こそ留学生を装っていたが、密輸した小火器と通信機にレーザー誘導装置を携行していた。
任務は嘉手納基地に対する弾着観測と、嘉手納弾薬庫への破壊工作だ。
彼らは、弾着観測中に危うく味方の弾道ミサイルに殺されかけた。
迎撃対象外とされたDF21の一発が目標の滑走路から大きく外れて、彼らの潜んでいた嘉手納弾薬庫地区に着弾したのだ。
この時点で彼等は、何か上層部の思惑と異なる事態が起きているのでは無いかと考えた。
嘉手納基地の被害も、聞かされていた計画と比べて大したことが無いように見える。
李から聞かされていた断片的な情報だと、嘉手納は完全な廃墟になるはずだった。
しかし、彼等が観察した限り、嘉手納基地には大穴がいくつか空いており、火災も発生していたものの、1日もあれば復旧できそうに見えた。
弾道ミサイルの爆発の混乱から、部下の安否を確認していたリーダーは弾着観測の結果をまとめると、破壊工作は適当に切り上げて離脱しようと考える。
何か嫌な予感がしたのだ。
リーダーの予感は当たっていた。そして遅すぎた。
彼らの行動をはるか以前からモニターしていた、米軍のDELTA3個チームと自衛隊の特殊作戦群1個班が、完璧な包囲網を敷いていたのだ。
さらに嘉手納飛行場から、第160特殊航空連隊「ナイトストーカーズ」の特殊仕様MH60ヘリが、やはり米軍の特殊部隊である「グリーンベレー」の増援を載せて、ロケット弾とミニガンを搭載したAH6ヘリを伴って接近中だった。
2025年4月2日 04:40 嘉手納
李は嘉手納基地の敷地内で米軍ヘリが発砲を始めたのを見て、部下達の運命を悟った。
この分だと自分も遠からず補足されると思うが、とりあえずキャンピングカーを発車させて位置を変える。
作戦開始直前に李は電波封止を解除している。
だが、ノートPCに映る状況は良くない。ここ1年の李の努力は水泡に帰しつつあった。
SONや他のNPOのメンバーのスマホの反応が、次々と消えている。
敵の特殊部隊や警察に、身柄を拘束されているらしかった。
連中はこちらのスパイアプリの存在に気付いているらしく、押収したスマホを即座に物理的に破壊しているようだ。
電源を切っていても所在を把握できるのに、協力者達の反応はぷっつりと途絶えていく。
澤崎が裏切ったこともあるだろうが、どうやら随分前から目をつけられていたらしい。
「しょせんは素人か。」
李はつぶやく。第2波の弾道弾攻撃が迫っているが、目標を満足に評定できた者は居ない。
重要な目標を撮影することに成功した者もいたが、タイミングが早すぎて逆探知されてしまった挙句、直ちに拘束されていた。せっかく撮影した目標も位置を変えているに違い無かった。
だが、絶妙なタイミングで03式地対空誘導弾中隊の写真を3枚アップした者が居た。
花だった。
指示通りに位置を変えながら3枚撮影した写真をもとに、サイバー戦部隊がAIを使って写真と地図アプリを比較照合。さらに三角測量を行うことで、目標の位置を割り出すはずだった。
念のために花が持っている、久米から支給されたスマホ。それに仕込んである、スパイアプリを走らせる。
このアプリはバッテリーを急速に消費しながら、最大出力で弾道弾の誘導電波を放射する。
このために彼等のスマホには、強力すぎる通信能力を持たされていた。
これで弾道弾の1個大隊分は、花を中心とした同心円状に着弾するはずだ。
「よく頑張ったね。そしてさようなら。花ちゃん。この1年楽しかったよ。小田と青池に続いて君まで失うことになるのは心が痛むけど、沖縄のためだから君も本望だよね。」
李がそうつぶやくのを聞いた、車内に残る運転手役の最後の部下はゲンナリした。
「車を捨てるぞ。」
二人はキャンピングカーをから降りると、部下はサーモバリック手榴弾を車内に放り込んで、証拠品と通信機材を焼却処分しようとした。
部下の動きが急に止まった。次の瞬間、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちる。
「ここまでだな。」
李は両手を上げて振り返る。
機械のように冷たい表情の男達が、いつの間にか接近していた。日米の特殊部隊だ。
無駄の無い動きと、カスタマイズされた装備のせいで、まるでロボットのように見える。
「酷いな。お互いプロなんだから、無駄な抵抗なんかしないよ。」
李は投降し、身柄を拘束された。5人いた部下は全員戦死だった。