雄風吹いて
2025年4月2日 04:10 台湾西岸部
中国ロケット軍の圧倒的な弾道弾攻撃の一撃を受けたとはいえ、台湾側も一方的に攻撃されていたわけでは無かった。
中国側のミサイル発射を検知し、総統からの命令を受けた台湾軍司令部は、空軍機に退避を命じると同時に、対地ミサイル部隊に即時反撃を命じたのだ。
沖縄の自衛隊迎撃アセット同様に、親中派と敵工作員の目から逃がれつつ、台湾軍の虎の子のスタンドオフ兵器である「雄風ⅡE」巡航ミサイルは発射態勢を整えている。
努力のかいあって、彼等はHIMARSロケット砲システムからの、ATACMS短距離弾道ミサイルと同時に雄風を発射した。
人民解放軍東部戦区の航空基地は、台湾からの攻撃を警戒して比較的内陸に設置されてきたが、近年になって沿岸部に漳州、龍田、泉州の3基地が建設されている。
雄風ⅡEを装備する4個大隊が目標にしたのは、これら3基地に加えて、茶の名産地(烏龍茶の原産地とされる)で世界遺産の景勝地として有名な、武夷山の航空基地だった。
すでに、これらの基地の所属機は離陸した後だが、そのまま放置していては所属機に帰投を許し、反復攻撃されてしまう。
中国側はロシア製地対空ミサイルS300、S400に加え、国産のHQ9、HQ22を配置して迎撃態勢を整えていた。
だが、これらの対空ミサイルは巡航ミサイルのような、低空目標への迎撃能力が西側の同クラスの対空ミサイル程では無かった。
S400に至っては弾道弾迎撃能力すら謳っている。だが、ウクライナでHIMARSを迎撃できなかったという実績から言っても、能力は限定的というよりも、はっきり言って弾道弾迎撃能力はアテにならない。
HQ9も弾道弾迎撃能力を付与されていることになっていたが、元々がS300ベースであり、無数のスラスターを備えた米軍のPAC3と比較すると、やはり能力は限定されていた。
このため、雄風の集中攻撃を受けた4つの基地は、平均で雄風巡航ミサイル50発中、15発を迎撃により撃墜したが、それぞれ30発以上の命中弾を受けた。
沿岸の3基地はさらに、3発ずつのATACMSの命中弾を追加されて、当面の使用が困難になる程破壊された。
しかし、それは人民解放軍にとっては予測の範囲内の事態だった。所属機には樟樹や長沙といった、さらに内陸に位置する基地への帰投命令が出される。
日米台の航空基地と異なり、中国側の航空基地群には、内陸に後退できるだけの十分な縦深があるのだ。
最初の反撃を終えた台湾側のランチャーは大急ぎで発射位置を変更する。
急ぐ必要がある。発射位置目掛けて中国の戦闘爆撃機やドローン、あるいは工作員や売国奴が突っ込んで来るはずだった。
2025年4月2日 同時刻 中国福建省 南平市郊外
中国ロケット軍の将兵達は発射直後の達成感に酔いしれる間もなく、良く訓練された精密な動作で第2射の再装填作業に移り、1時間以内に全弾発射準備を完了する。
だが、臨時の発射陣地に布陣した部隊では、国家主席の演説を見て感極まり、五星紅旗を振って応援に駆け付けようとする熱狂的人民を遠ざけるのが大変だった。
いくら情報統制を施行しても、派手な発射をした後では見つかってしまう。群衆を無下に扱うわけにもいかず、現場の各部隊は困惑し、武装警察の到着を待った。
ロケット軍司令部は、第2射発射準備完了の報告を受けると、発射体制が整った部隊から順次に射撃再開を命じる。
弾道弾の第2射を見た市民達は、台湾と沖縄の解放を確信して更なる熱狂に包まれた。
福建省の南平市郊外の陣地に布陣していた、DF16短距離弾道弾装備の第617旅団第一大隊もそうした部隊の一つだった。彼等は第2射の目標については、台湾ではなく、沖縄の宮古島にするようにあらかじめ命令を受けている。
目標は、島に存在する指揮所、対艦ミサイル、対空ミサイル、電子戦装置。
大隊長には多少疑問があった。そういった目標は頻繁に位置を変えている。まして、訓練の良い日本軍は、ロシア軍と違って横着はしないはずだからだ。
弾道ミサイルは固定目標を攻撃するには強力な兵器だが、基本的に移動する目標の攻撃には向いていない。
いくら弾頭を調整破片型榴弾にしてあるとはいえ、上手く直前の目標位置が入手出来ない限り、効果は無いのではないかと思う。
だが、旅団司令部は射撃諸元を現地の協力者と、工作部隊が送ると言ってきた。今回の弾頭には特別仕様の対電波源誘導装置も組み込んであるらしい。
機密扱いでその詳細は知らされず、大隊長は気に食わなかったが。
発射態勢を整えると、本当に具体的な座標が旅団司令部から送られてきた。
発射間隔を短縮するため、反撃を受けるリスクを承知の上で彼等は陣地変換をしていない。
大隊長は大急ぎで発射を命じた。
2025年4月2日 05:03 東京 練馬区
真紀子は近所のタワーマンションの地下駐車場に避難していた。
マンションの住民が避難場所として開放し、近所の住人を受け入れてくれていたのだ。
エントランスの共用トイレまで使わせてもらっている。
4月になったとはいえ、この時間はまだ寒い。
鉄筋コンクリートの柱にもたれながら、三角座りして真紀子は時間が過ぎるのを待っていた。
スマホを見たくなるのを我慢する。何が起きるか分からないから、バッテリーの無駄使いは禁物だと思ったのだ。
不意に親しい誰かに呼ばれた気がした。「花?」
周りを見渡すが、誰も自分を向いていない。妙に胸騒ぎがした。
スマホが震えた。
通信状態が悪化しているはずなのに、メッセージが奇跡的に届いたのだ。
着信拒否しているはずの花からだった。
真紀子は飛び上がる。花が連絡を寄越してきて嬉しいはずなのに、とても嫌な予感がした。
鼓動が妙だ。息苦しい。
スマホを操作する手がなぜか震えていた。
メッセージは短いものが2件。いずれも短く、ひらがなのみ。
「おかあさんたすけて」
そして
「ごめんなさい」
彼女は蒼白になってスマホを取り落とすと、その場にへたりこんだ。
中年の女性が真紀子の様子に気付いて駆け寄ってきた。「ちょっと!あなた大丈夫!?気分が悪いの!?」
真紀子は悪寒に襲われ、女性の声はまるで聞こえていなかった。